76 / 77
カーテンコール
二
しおりを挟む
立つ鳥跡を濁さずって言葉を知らねえのかよ。大和の授業で、いままでなにを習ってきたんだよ。
そこでどんなに悔しいことがあったとしても、去る人間は、留まる人のことを考えて、ああだこうだ残さないのが男子たるものってやつだろ。マキさんが気に入らないなら、ここの生徒らしくタイマン勝負でもすればいい。
相手にしてもらえないとでも思ったんだろうか。だからああいう暴挙に出たんだとしても、やることが極端すぎる。
維新は冴えない顔になっている。
そりゃ、そうだ。数カ月とはいえ、同じ屋根の下で暮らしていた人があんな裏切りをかましたんだ。
あともう一つ。できれば蒸し返したくないんだけれど、津田さんに触れたのなら、あの人のこともはっきりさせないと、このもやもやは完全に晴れない。
「維新、あのさ」
「ん?」
「柳さんのことなんだけどさ。……結局はあの人も加担してたんだよな」
「……ああ。みたいだな」
維新は切歯して言った。
俺が思っていた通り、ぜんぜんか弱くなかったんだ、あの人。どこか儚げに見えたらしい外面に騙された維新は相当ヘコんでいる。
目的が目的だし。えげつないとしか言いようがない。
「生徒会のくせにね」
「市川会長に相手にされなかったのが悔しかったらしい」
「相手……って、なんの」
俺が訊くと、維新は鼻で笑った。
「チェスだと」
「……は、はああ?」
ちぇ、ちぇすぅ?
開いた口が塞がらない。……てか、チェスってなんだっけ。
そんな疑問はさておき、維新が続ける。
「些細な理由で起こしたことが警察まで動く大事になったから、本人は相当反省しているらしいが」
猛省しているからって、このまま穏便にことが済むと思ったら大間違いだ。
次に会ったときが百年目! はっきり言ってやる。
維新は俺のもんだ。人のもんに手ぇ出すんじゃねえ!
そう拳を震わせていたら、俺を抑え込むように維新が手を重ねてきた。
「気持ちはわかるけど、風見館へ殴り込むのだけはやめてくれよ」
「べつに。……殴りはしねえし」
蹴りは入れるかもだけど。
「それと、市川会長がお前を心配していた。自分が医者にかかったことを気にしすぎてんじゃないかと」
「そりゃあ、気にかけるに決まってんじゃん」
「充分に足りてる──」
「え?」
「そう念押しを頼む、とも言われた」
俺は拳を開いた。
「心配する人間は充分に足りてる。これ以上増えたら、僕は自己嫌悪に陥る──」
風見館の会議室で、マキさんから言われたことを思い出した。
きのうの件に関してだけ言えば、マキさんたちのせいじゃない。
けど、津田さんや柳さんのことには非があった。それを感じていたから、きのうのマキさんはあそこまで申し訳なさそうにしていたんだ。
でもさ。あんな姿見ちゃったら、こっちも心配もするよ。
人はさまざま。欠点もさまざまだ。
だから仲間でそれを補う。知恵を出す。話し合い、ときに切磋琢磨する。
大切な人ができれば、やたら不安になったり、変に考えてしまったりもする。それでぎごちない感じになっても、その都度わずかでも触れ合えれば、きっと想いは通じ合う。
そう思えるから、俺は気づかないとこでいつも気遣うよ。……マキさんのこと。そして、みんなのことを。
「柳さんも退学かな」
「市川会長が言うには、処分保留にして向こうの出方を見るって」
「……」
「生徒会での実績もあるからってことらしい。それに、あの人を推薦したのは黒澤さんだからとも言っていた」
「黒澤サンに免じて猶予を与えるってことか。……黒澤サンってさ、柳さんがあいつらに手を貸してたこと、ほんとに知らなかったのかな」
維新が怪訝そうにしている。
そういえば、風見館の黒澤の部屋で、主ではない人影を見たことを維新には言ってなかったと気づいた。
黒澤なら、それがだれだったのか絶対に調べると思うんだ。なぜそこにいたのかも、自ずと知りたくなるはずだ。
俺が話し終えると、維新が唸った。黒澤さんを庇うわけじゃないけどと、前置きをする。
「薄々なにかを知ったとして、よくないことを企んでいるのかもしれないけど、自分が推薦したやつだから信じたい気持ちもある。それが、卓にきのう言っていた、黒澤さんの過信なんじゃないかな」
……なら、いまこの時間も、あの人なりに落ち込んでいたりするのだろうか。このあいだみたいな試合に負けたボクサーよろしく。
この際、あの人にはちょっとくらい反省してもらったほうがいいんだけど、なんか気持ち悪いんだよな。こっちが気を緩めていると変につけ込まれそうだし。
それに、俺たちの生徒会なんだ。やっぱり、なにがあっても毅然としててほしい。
「卓」
「……ん? なに」
「報告会はこのくらいにして、二人の時間にしないか」
とっさに体を引いたけど、素早く背中へ手を回され、もっと近くに来いと押された。
維新の指が、パジャマの襟元にかかる。
そこでどんなに悔しいことがあったとしても、去る人間は、留まる人のことを考えて、ああだこうだ残さないのが男子たるものってやつだろ。マキさんが気に入らないなら、ここの生徒らしくタイマン勝負でもすればいい。
相手にしてもらえないとでも思ったんだろうか。だからああいう暴挙に出たんだとしても、やることが極端すぎる。
維新は冴えない顔になっている。
そりゃ、そうだ。数カ月とはいえ、同じ屋根の下で暮らしていた人があんな裏切りをかましたんだ。
あともう一つ。できれば蒸し返したくないんだけれど、津田さんに触れたのなら、あの人のこともはっきりさせないと、このもやもやは完全に晴れない。
「維新、あのさ」
「ん?」
「柳さんのことなんだけどさ。……結局はあの人も加担してたんだよな」
「……ああ。みたいだな」
維新は切歯して言った。
俺が思っていた通り、ぜんぜんか弱くなかったんだ、あの人。どこか儚げに見えたらしい外面に騙された維新は相当ヘコんでいる。
目的が目的だし。えげつないとしか言いようがない。
「生徒会のくせにね」
「市川会長に相手にされなかったのが悔しかったらしい」
「相手……って、なんの」
俺が訊くと、維新は鼻で笑った。
「チェスだと」
「……は、はああ?」
ちぇ、ちぇすぅ?
開いた口が塞がらない。……てか、チェスってなんだっけ。
そんな疑問はさておき、維新が続ける。
「些細な理由で起こしたことが警察まで動く大事になったから、本人は相当反省しているらしいが」
猛省しているからって、このまま穏便にことが済むと思ったら大間違いだ。
次に会ったときが百年目! はっきり言ってやる。
維新は俺のもんだ。人のもんに手ぇ出すんじゃねえ!
そう拳を震わせていたら、俺を抑え込むように維新が手を重ねてきた。
「気持ちはわかるけど、風見館へ殴り込むのだけはやめてくれよ」
「べつに。……殴りはしねえし」
蹴りは入れるかもだけど。
「それと、市川会長がお前を心配していた。自分が医者にかかったことを気にしすぎてんじゃないかと」
「そりゃあ、気にかけるに決まってんじゃん」
「充分に足りてる──」
「え?」
「そう念押しを頼む、とも言われた」
俺は拳を開いた。
「心配する人間は充分に足りてる。これ以上増えたら、僕は自己嫌悪に陥る──」
風見館の会議室で、マキさんから言われたことを思い出した。
きのうの件に関してだけ言えば、マキさんたちのせいじゃない。
けど、津田さんや柳さんのことには非があった。それを感じていたから、きのうのマキさんはあそこまで申し訳なさそうにしていたんだ。
でもさ。あんな姿見ちゃったら、こっちも心配もするよ。
人はさまざま。欠点もさまざまだ。
だから仲間でそれを補う。知恵を出す。話し合い、ときに切磋琢磨する。
大切な人ができれば、やたら不安になったり、変に考えてしまったりもする。それでぎごちない感じになっても、その都度わずかでも触れ合えれば、きっと想いは通じ合う。
そう思えるから、俺は気づかないとこでいつも気遣うよ。……マキさんのこと。そして、みんなのことを。
「柳さんも退学かな」
「市川会長が言うには、処分保留にして向こうの出方を見るって」
「……」
「生徒会での実績もあるからってことらしい。それに、あの人を推薦したのは黒澤さんだからとも言っていた」
「黒澤サンに免じて猶予を与えるってことか。……黒澤サンってさ、柳さんがあいつらに手を貸してたこと、ほんとに知らなかったのかな」
維新が怪訝そうにしている。
そういえば、風見館の黒澤の部屋で、主ではない人影を見たことを維新には言ってなかったと気づいた。
黒澤なら、それがだれだったのか絶対に調べると思うんだ。なぜそこにいたのかも、自ずと知りたくなるはずだ。
俺が話し終えると、維新が唸った。黒澤さんを庇うわけじゃないけどと、前置きをする。
「薄々なにかを知ったとして、よくないことを企んでいるのかもしれないけど、自分が推薦したやつだから信じたい気持ちもある。それが、卓にきのう言っていた、黒澤さんの過信なんじゃないかな」
……なら、いまこの時間も、あの人なりに落ち込んでいたりするのだろうか。このあいだみたいな試合に負けたボクサーよろしく。
この際、あの人にはちょっとくらい反省してもらったほうがいいんだけど、なんか気持ち悪いんだよな。こっちが気を緩めていると変につけ込まれそうだし。
それに、俺たちの生徒会なんだ。やっぱり、なにがあっても毅然としててほしい。
「卓」
「……ん? なに」
「報告会はこのくらいにして、二人の時間にしないか」
とっさに体を引いたけど、素早く背中へ手を回され、もっと近くに来いと押された。
維新の指が、パジャマの襟元にかかる。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】12年前の教え子が、僕に交際を申し込んできたのですが!?【年下×年上】
彩華
BL
ことの始まりは12年前のこと。
『先生が好き!』と、声変わりはうんと先の高い声で受けた告白。可愛いなぁと思いながら、きっと僕のことなんか将来忘れるだろうと良い思い出の1Pにしていたのに……!
昔の教え子が、どういうわけか僕の前にもう一度現れて……!? そんな健全予定のBLです。(多分)
■お気軽に感想頂けると嬉しいです(^^)
■思い浮かんだ時にそっと更新します
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる