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クライマックス
六
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あの車内で俺のとなりにいたやつが最後に出された。警官にまでメンチ切って、マキさんとミツさんに気づくや、雨を分けるように叫んだ。
「てめえ。サツ呼ぶなんて汚えぞ。なんだ。自分じゃもうどうにもできねえから、お兄ちゃーん、助けてぇってか。クソガキが!」
それを聞いて、マキさんとミツさんが同時にぴくっと反応した。二人がさしていた傘も動く。
その二本の腕を、俺はとっさに掴んだ。
マキさんとミツさんは顔を見合わせるようにして振り返った。
俺は強く首を振る。
「あんなやつの言うことなんて取り合う価値もねえよ。だからこうやって足をすくわれちゃうんだ。伝統を守りたいなら、いつなんどきでも毅然としてなきゃ」
二人の目を交互に見て、俺は言った。少しの毒と、嫌味と、心配の念ももちろん込めて。
それが二人に伝わったかはわからないけど、上がっていた肩が少しなだらかになったから、効果はあったみたいだ。
それだけでも甲斐はある。俺にだって、あの二人を止められた。
それでも、ミツさんはまだ気が収まらない様子で、一方のマキさんは、申し訳なさもあるのか、同様に眉間にしわを寄せ、目を伏せた。
「みっちゃん」
そこへ、奥芝さんの声がかかった。ミツさんの肩を叩いてもいる。
ミツさんの目の色は、それで完全に変わった。
「シゲ」
「俺たちは先に帰ろう」
わかったと、ミツさんは頷き、奥芝さんから俺へと視線を移した。
「卓。またお前に借り作っちまったな。ごめん。真紀のこと、よろしく頼むわ」
その眼力でも「頼む」を強調し、ミツさんは傘を畳むと、少し離れたところにいた黒澤へ渡した。奥芝さんも黒澤に傘を預け、近くに停まってあった二輪車のところへ向かった。
ともにフルフェイスのヘルメットを被り、ハンドルを握った奥芝さんの背中に、ミツさんはぴったりとくっつく。エンジンをかける前、奥芝さんはこっちに手を上げてみせ、それからバイクを走らせた。
その爆音は篠突く雨にすぐかき消された。
風は収まったままだけど、雨の降り方は変わらない。
すると、俺を呼ぶか細い声が聞こえた。危うく聞き逃しそうになるほど、その声は小さかった。
顔を戻すさなか、こっちへと近づく黒澤の姿を、俺は視界の端で捉えた。
「中野。きみを守ると約束したのに果たせなかったね。すまない」
「……なんで。ちゃんと守ってもらいましたよ。ほら、ケガもなにもないし」
「……」
「だから……泣かないで」
俺に言われて気づいたのか、マキさんはより口を歪ませ、額に手を当てた。
「マキさん」
「ごめんね、僕のせいで……っ」
異様にマキさんの呼吸が上がった。上下する肩の動きも大きい。胸を押さえて前かがみになる。
近くまで来ていた黒澤が俺より早くマキさんの二の腕を掴んだ。
維新も、マキさんの急変にびっくりして手を添えている。
俺はマキさんから傘をもらい、黒澤がさしていた傘の柄を維新が受け取った。それを二人の頭上へ持っていく。
奥芝さんとミツさんのぶんの傘も俺に渡し、黒澤は両手でマキさんを支えた。
間隔の短い息づかいの中でも、マキさんは大丈夫と繰り返す。
「すぐに車を持ってくる」
駆け寄ってきたジョーさんがそう言い置く。それを黒澤は引き止めた。
「ジョーさんは、松永と卓をお願いします」
それからパトカーのほうへ視線を投げ、黒澤は声を上げた。
「キョウヤさん」
パトカーの運転席にいる警官とマキさんのお兄さんが話をしている。黒澤の声に気づくと、お兄さんは顔を上げ、ただならぬ雰囲気を察したのか、すぐに駆けてきた。
「どうした。……マサ?」
マキさんの額へ、お兄さんが手をやる。なのに、それを振り切ろうと、マキさんは頭を動かす。
「大したことない」
「マサ。熱があんのになにぬかす。どこまで大バカなんだ、お前は」
お兄さんはマキさんから手をどけ、その指先をどこかへ向けた。
「誉。俺の車……わかるよな。あっちか。そいつ乗せといて。俺が医者に連れてくから」
「俺も行きます」
「……ん? まあ、とにかく乗せといて」
お兄さんは念を押し、さっきの警官のところへ戻っていった。
黒澤がびしょびしょの前髪から覗くようにして俺を見る。
「俺はマキに付き添って病院へ行くから、学祭のことは松永から聞いてくれ。それから、申し訳なかったと俺からも謝る。マキや光洋のせいだけじゃない。俺の過信もあったし、それは傲りだったと思う部分もある」
「いいってば」
俺は睨むように黒澤を見上げ、首を横に振った。
「ほんとに俺はなにもされてないし、ケガもしてない。そりゃあ、文句の一つくらいは言いたいけど、それはいまに始まったことじゃないし。今回に限っては、悪いのはぜんぶあいつら。そうでしょ?」
「卓……」
「そんなことよりさ、マキさんを気にかけてあげてよ。きっと、あんたが思うよりずっと無理してたんだと思うから。風見祭を無事終えられることに心血注いで……」
黒澤はただ首を動かし、マキさんを支えながらお兄さんの車のほうへ移動した。
すっかり傘さし係となっている維新もついていく。
俺は、ジョーさんに肩を叩かれた。
「てめえ。サツ呼ぶなんて汚えぞ。なんだ。自分じゃもうどうにもできねえから、お兄ちゃーん、助けてぇってか。クソガキが!」
それを聞いて、マキさんとミツさんが同時にぴくっと反応した。二人がさしていた傘も動く。
その二本の腕を、俺はとっさに掴んだ。
マキさんとミツさんは顔を見合わせるようにして振り返った。
俺は強く首を振る。
「あんなやつの言うことなんて取り合う価値もねえよ。だからこうやって足をすくわれちゃうんだ。伝統を守りたいなら、いつなんどきでも毅然としてなきゃ」
二人の目を交互に見て、俺は言った。少しの毒と、嫌味と、心配の念ももちろん込めて。
それが二人に伝わったかはわからないけど、上がっていた肩が少しなだらかになったから、効果はあったみたいだ。
それだけでも甲斐はある。俺にだって、あの二人を止められた。
それでも、ミツさんはまだ気が収まらない様子で、一方のマキさんは、申し訳なさもあるのか、同様に眉間にしわを寄せ、目を伏せた。
「みっちゃん」
そこへ、奥芝さんの声がかかった。ミツさんの肩を叩いてもいる。
ミツさんの目の色は、それで完全に変わった。
「シゲ」
「俺たちは先に帰ろう」
わかったと、ミツさんは頷き、奥芝さんから俺へと視線を移した。
「卓。またお前に借り作っちまったな。ごめん。真紀のこと、よろしく頼むわ」
その眼力でも「頼む」を強調し、ミツさんは傘を畳むと、少し離れたところにいた黒澤へ渡した。奥芝さんも黒澤に傘を預け、近くに停まってあった二輪車のところへ向かった。
ともにフルフェイスのヘルメットを被り、ハンドルを握った奥芝さんの背中に、ミツさんはぴったりとくっつく。エンジンをかける前、奥芝さんはこっちに手を上げてみせ、それからバイクを走らせた。
その爆音は篠突く雨にすぐかき消された。
風は収まったままだけど、雨の降り方は変わらない。
すると、俺を呼ぶか細い声が聞こえた。危うく聞き逃しそうになるほど、その声は小さかった。
顔を戻すさなか、こっちへと近づく黒澤の姿を、俺は視界の端で捉えた。
「中野。きみを守ると約束したのに果たせなかったね。すまない」
「……なんで。ちゃんと守ってもらいましたよ。ほら、ケガもなにもないし」
「……」
「だから……泣かないで」
俺に言われて気づいたのか、マキさんはより口を歪ませ、額に手を当てた。
「マキさん」
「ごめんね、僕のせいで……っ」
異様にマキさんの呼吸が上がった。上下する肩の動きも大きい。胸を押さえて前かがみになる。
近くまで来ていた黒澤が俺より早くマキさんの二の腕を掴んだ。
維新も、マキさんの急変にびっくりして手を添えている。
俺はマキさんから傘をもらい、黒澤がさしていた傘の柄を維新が受け取った。それを二人の頭上へ持っていく。
奥芝さんとミツさんのぶんの傘も俺に渡し、黒澤は両手でマキさんを支えた。
間隔の短い息づかいの中でも、マキさんは大丈夫と繰り返す。
「すぐに車を持ってくる」
駆け寄ってきたジョーさんがそう言い置く。それを黒澤は引き止めた。
「ジョーさんは、松永と卓をお願いします」
それからパトカーのほうへ視線を投げ、黒澤は声を上げた。
「キョウヤさん」
パトカーの運転席にいる警官とマキさんのお兄さんが話をしている。黒澤の声に気づくと、お兄さんは顔を上げ、ただならぬ雰囲気を察したのか、すぐに駆けてきた。
「どうした。……マサ?」
マキさんの額へ、お兄さんが手をやる。なのに、それを振り切ろうと、マキさんは頭を動かす。
「大したことない」
「マサ。熱があんのになにぬかす。どこまで大バカなんだ、お前は」
お兄さんはマキさんから手をどけ、その指先をどこかへ向けた。
「誉。俺の車……わかるよな。あっちか。そいつ乗せといて。俺が医者に連れてくから」
「俺も行きます」
「……ん? まあ、とにかく乗せといて」
お兄さんは念を押し、さっきの警官のところへ戻っていった。
黒澤がびしょびしょの前髪から覗くようにして俺を見る。
「俺はマキに付き添って病院へ行くから、学祭のことは松永から聞いてくれ。それから、申し訳なかったと俺からも謝る。マキや光洋のせいだけじゃない。俺の過信もあったし、それは傲りだったと思う部分もある」
「いいってば」
俺は睨むように黒澤を見上げ、首を横に振った。
「ほんとに俺はなにもされてないし、ケガもしてない。そりゃあ、文句の一つくらいは言いたいけど、それはいまに始まったことじゃないし。今回に限っては、悪いのはぜんぶあいつら。そうでしょ?」
「卓……」
「そんなことよりさ、マキさんを気にかけてあげてよ。きっと、あんたが思うよりずっと無理してたんだと思うから。風見祭を無事終えられることに心血注いで……」
黒澤はただ首を動かし、マキさんを支えながらお兄さんの車のほうへ移動した。
すっかり傘さし係となっている維新もついていく。
俺は、ジョーさんに肩を叩かれた。
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