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嵐の前の静けさ
四
しおりを挟む敷地内の至るところで灯光器が焚かれ、前夜祭は始まろうとしていた。
それなのに芋煮の準備が終わりそうもないってことで、俺とメイジは維新抜きで会場へ向かった。
学食では、大食い大会で使われる焼き芋が山のように積まれてあった。
そう、この大食い、なにでやるのかと思っていたら、焼き芋なんだ。
あんなもさもさしたやつをだよ。
のどにつまらせたりしたら最悪、あの世行きだっていうのに。
一筋縄ではいかないからレースとしての醍醐味ってのがあるのかもしれないけど、そのチョイスは絶対おかしいと思う。
そう考えると、維新のときは、むしろ親切だったのかもしれないと、ちょっと思ってしまった。
学食と中庭の一角には、お祭りらしく、軽くつまめるオードブル料理がたくさん並んでいた。
飲み物のサーバーもある。
運動部しかないから、飢えた野獣どもがそこに群がるんじゃないかと心配になったけど、いまのところ人はまばら。やってくる数もぱらぱら。
維新のように仕事をかけ持ちしている人は、前夜祭を楽しむどころじゃないだろうし、上級生にもなれば仕切りがある。一年生は一年生で仕事を押しつけられるで、それぞれ余裕がないのかもしれない。
それでも、会場のセッテイングが整うにつれて、人も増えてきた。
大食堂では、それこそ野獣たちが熱気ムンムンで勝負のときを待っている。
はたしてジョーさんと奥芝さんは、あのガチムチ先輩たちに勝てるのだろうか。
俺とメイジは、そのぎらぎらした雰囲気を感じ取り、顔を見合わせてから同時に肩をすくめた。
……見学するんだったら、やっぱクイズ大会のほうがマシか。
とくに言葉はなくとも、俺とメイジの足は自然と中庭へと向いていた。
外へ出たところで、後ろから声がかかった。
振り返ると、徐々に集まり出した人のあいだを縫うようにしてつつみんがやってきた。
朝のパーカ姿よりちょっとお洒落になっている。ワイシャツにジャケット、チェックのズボンを穿いていた。
「朝はどうもありがとう」
律儀に朝のことに触れてから、つつみんは首を伸ばして辺りを見回した。
「松永くんは一緒じゃないんだね」
「うん。芋煮の準備が長引いてるらしくてさ」
「そうなんだ……。残念だね。せっかくの前夜祭なのに」
つつみんは眉尻を下げ、本当に気の毒そうにして言った。
俺はそれに頷きつつとなりを見やった。
「でも、ま、メイジがいるし」
「俺はオマケかよ」
「なんで。そういう意味で言ったんじゃねーのに」
下唇を突き出す。
「卓、わかってるから。そんないじけんなって。つか、つつみんは一人?」
そういえば朝に講堂で会ったとき、前夜祭はどうするのかとつつみんに訊いたら、クラスの友だちと行く予定だと言っていた。
「やっぱりみんなも忙しいみたい。どこの部も一年生はいろいろ大変なんだって」
「つつみんは大丈夫なの?」
「僕は劇の裏方に選ばれたから、部活の仕事は手伝わなくてもいいってことになってるんだ」
「そっか。優しい部長さんだ」
「うん。……というか、おスギ先輩かなって。なにか進言してくれたのかもといまになったら思う」
たしかにおスギ先輩は面倒見がよさそうだし。部の後輩というのもあったんだろうけど、劇の練習のときも、つつみんをいろいろ気にかけていた。
つつみんが、俺からメイジへ視線を移した。
「メイジくんは部活のほうはいいの?」
「ああ。ほら、うちの部は新設だろ。伝統のなんちゃらってのがないから案外と身軽なんだよな。ゴルフ教室のセッティングして完了」
「楽ちんが一番だよ。年に一度の学祭だもん。僕らも楽しみたいよね」
メイジが「そうそう」と人さし指を振って言った。そしてその人さし指を、くいっと俺の鼻にくっつけた。
「なんか言いたげですな。お嬢さん」
俺ははっとなって、そんなに顔に出てたのかと頬を押さえた。
「つーか、お嬢さんじゃねえ」
鼻をグイグイ押してくるメイジの人差し指。俺はそれを掴んで、空に投げ捨てた。
「言えよ。文句でもなんでも聞くぞ」
「いやさ、メイジ、そんなに身軽なら維新の仕事替わってやればいいのにって思っちゃって。芋煮の手伝い」
「もちろん言ったよ。卓にそう言われると思ったからさ。替わろうかって」
「あー……断ったんだ」
「そう。心配するなと」
維新らしいっちゃあ維新らしいけど、そんな無理することもないのに。
ふっと息を吐いて、俺はメイジに空目を送った。ついでに片目をつむってみせる。
「ごめん」
「なんで謝る?」
「ちょっと責めたみたいになっちゃったから」
メイジが「気にするな」と俺の頭を撫でた。
ふとつつみんへ目をやると、柔らかい笑みを浮かべて俺たちを見ていた。
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