54 / 77
予兆
一
しおりを挟むまさか本当に台風が来るとは思わなかった。
でも、日本の下のほうでだいぶ足止めを食らうみたいで、こっちに上がって来るのは風見祭の次の日か次の次の日くらいだそうだ。
みんなも大丈夫だって言ってるし。
ただ、足止めを食うぶん勢力を増してくるってのが気になるところではある。
風見祭まであと三日と迫った木曜日。きょうからいよいよ本番を想定した通し稽古となる。
もちろん格好もシュミレートするから、俺はただいま、鏡の前で化粧中。更衣室に作られた簡易的ドレッサーの前で、顔のすべてをおスギ先輩に預けていた。
鏡の前のテーブルには、おスギ先輩自前の化粧道具がある。俺は最初、画家が持ち歩く画材道具かと思った。
衣装はすでに着ている。
裾が床スレスレなスカートは、傘を開いたようにふんわりしている。中は、レース地の布が何重にもつけられてある。
スカートのこの仕様だけは親切だと思った。長さがあるし、中にもいろいろあるとズボンを穿いていてもわからない。いまも膝丈のパンツを穿いている。
それに引き換え、上半身は拷問みたいになっていた。腰のくびれを出すためのコルセットは苦しいし、レースのスタンドカラーは首がちくちくする。
そして、目線を下げれば、いわれない二つの山がある。掴んでみたらぺこっとした。
足元はハイなヒールではないけど、ペタンコでもないから変な感じだ。つねにかかとを浮かして歩いているみたいだ。
「はい、できあがり」
最後にカツラを被せられる。それも整い終えると、おスギ先輩が俺の肩を叩いた。
化粧がどうなるかは、ぜんぶ終わるまで見ないでおこうと俺は目を閉じていた。
まぶたを開けたら、鏡の向こうに女の子がいた。アリアだ。俺が喋ろうと口を動かすと、アリアもぱくぱくする。
気持ち悪ぃ。
けれども、鏡の中のあの子は自分なのだ。
「思った通りの仕上がりね。歴代のアリアのなかでも一番よ」
おスギ先輩は鼻高々に言っていたけど、俺には不名誉な一番だ。ていうか、なぜにおスギ先輩は歴代のアリアを知っているんだろう。まさか……。いや、きっと風見館にでも写真が残っているんだ。
鏡台から離れ、慣れない靴によろめきながら俺は体育館へ出た。
みんなが一斉にこっちを向く。同じタイミング、同じ表情で目を剥く。
いたたまれない気分になった俺は維新のそばへ行こうとして、足を止めた。
維新が……いない。
仕方なくつつみんの元へ向かう。
「維新知らね?」
つつみんは周りを確かめながら首を横に振った。
「いや、僕はわからないよ。いないみたいだね……」
「うん……」
「なんやお前。エラい化けよったな。まあ、元々がアレやったけども」
アレってなんだ。アレって。
そう顔をしかめた俺に構わず、カザーミな格好の藤堂さんがこの肩を抱く。
藤堂さんは、どっかの国の騎士というより、ゲームの世界から飛び出してきたようなスタイリッシュな剣士になっていた。敵役らしく、黒をモチーフにした衣装だ。
ひざ丈のトップスの上に、光沢のある模様があしらわれたマントライクな上着を羽織っている。ズボンは革のようにツヤがあって、黒のロックなブーツとよく合っている。
ところどころにシルバーの装飾がつけられて、歩くたび、それがジャラジャラいう。
地毛を後ろに流し、男役だけども、目の辺りにメイクが施されてあった。
なんだかんだ、俺もぽかんと見とれていたら、藤堂さんにからかわれた。
……つか、維新のほうがかっこよかったけどね!
俺が変身する前にちらっと見えたのは、藤堂さんとは対照的に、優しげな焦げ茶をベースとした衣装。羽織ものはなく、スタンドカラーで丈の長いトップスの前を開けて、中の紫紺のかたびらを見せていた。
細身のボトムス。ブーツはひざ下まであって、ダークブラウンの革のやつだった。装飾品は控えめに腰辺りにだけ。
まだなにも始まっていないのに、藤堂さんがカザーミよろしくな視線で俺を見下ろしてきた。頬に触れてこようとするから、歯を剥きだしにして噛みつくフリをしてやった。
「なんでやねん。俺の手はスペアリブか」
「は? てか、筋肉ばっかだからうまくないね」
「どうせ噛みつくんやったら、アレんときに肩口辺りででも」
「そうだ、藤堂さん。維新知らね?」
ちょっと間があってから、藤堂さんはどこかへ顔を動かした。
「……ああ。生徒会のやつが来て、そこで話を──あれ、おれへんな」
藤堂さんが指したのは体育館の出入口。学食とつながっているほうではなく、外へ通じるほうだ。
でも、そこにはだれの姿もない。
「生徒会?」
なんか嫌な予感がする。
「ほれ、書記の……」
俺はかかとを鳴らした。
体育館の出入口から外を眺める。樹海と、その名残りの木々が見える。しかし、ここでも人影は見当たらない。
……維新のやつ、どこで話してんだよ。
いても立ってもいられず、衣装のまま外へ出た。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】12年前の教え子が、僕に交際を申し込んできたのですが!?【年下×年上】
彩華
BL
ことの始まりは12年前のこと。
『先生が好き!』と、声変わりはうんと先の高い声で受けた告白。可愛いなぁと思いながら、きっと僕のことなんか将来忘れるだろうと良い思い出の1Pにしていたのに……!
昔の教え子が、どういうわけか僕の前にもう一度現れて……!? そんな健全予定のBLです。(多分)
■お気軽に感想頂けると嬉しいです(^^)
■思い浮かんだ時にそっと更新します
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる