いとしの生徒会長さま 2

もりひろ

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予兆

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 まさか本当に台風が来るとは思わなかった。
 でも、日本の下のほうでだいぶ足止めを食らうみたいで、こっちに上がって来るのは風見祭の次の日か次の次の日くらいだそうだ。
 みんなも大丈夫だって言ってるし。
 ただ、足止めを食うぶん勢力を増してくるってのが気になるところではある。
 風見祭まであと三日と迫った木曜日。きょうからいよいよ本番を想定した通し稽古となる。
 もちろん格好もシュミレートするから、俺はただいま、鏡の前で化粧中。更衣室に作られた簡易的ドレッサーの前で、顔のすべてをおスギ先輩に預けていた。
 鏡の前のテーブルには、おスギ先輩自前の化粧道具がある。俺は最初、画家が持ち歩く画材道具かと思った。
 衣装はすでに着ている。
 裾が床スレスレなスカートは、傘を開いたようにふんわりしている。中は、レース地の布が何重にもつけられてある。
 スカートのこの仕様だけは親切だと思った。長さがあるし、中にもいろいろあるとズボンを穿いていてもわからない。いまも膝丈のパンツを穿いている。
 それに引き換え、上半身は拷問みたいになっていた。腰のくびれを出すためのコルセットは苦しいし、レースのスタンドカラーは首がちくちくする。
 そして、目線を下げれば、いわれない二つの山がある。掴んでみたらぺこっとした。
 足元はハイなヒールではないけど、ペタンコでもないから変な感じだ。つねにかかとを浮かして歩いているみたいだ。

「はい、できあがり」

 最後にカツラを被せられる。それも整い終えると、おスギ先輩が俺の肩を叩いた。
 化粧がどうなるかは、ぜんぶ終わるまで見ないでおこうと俺は目を閉じていた。
 まぶたを開けたら、鏡の向こうに女の子がいた。アリアだ。俺が喋ろうと口を動かすと、アリアもぱくぱくする。
 気持ち悪ぃ。
 けれども、鏡の中のあの子は自分なのだ。

「思った通りの仕上がりね。歴代のアリアのなかでも一番よ」

 おスギ先輩は鼻高々に言っていたけど、俺には不名誉な一番だ。ていうか、なぜにおスギ先輩は歴代のアリアを知っているんだろう。まさか……。いや、きっと風見館にでも写真が残っているんだ。
 鏡台から離れ、慣れない靴によろめきながら俺は体育館へ出た。
 みんなが一斉にこっちを向く。同じタイミング、同じ表情で目を剥く。
 いたたまれない気分になった俺は維新のそばへ行こうとして、足を止めた。
 維新が……いない。
 仕方なくつつみんの元へ向かう。

「維新知らね?」

 つつみんは周りを確かめながら首を横に振った。

「いや、僕はわからないよ。いないみたいだね……」
「うん……」
「なんやお前。エラい化けよったな。まあ、元々がアレやったけども」

 アレってなんだ。アレって。
 そう顔をしかめた俺に構わず、カザーミな格好の藤堂さんがこの肩を抱く。
 藤堂さんは、どっかの国の騎士というより、ゲームの世界から飛び出してきたようなスタイリッシュな剣士になっていた。敵役らしく、黒をモチーフにした衣装だ。
 ひざ丈のトップスの上に、光沢のある模様があしらわれたマントライクな上着を羽織っている。ズボンは革のようにツヤがあって、黒のロックなブーツとよく合っている。
 ところどころにシルバーの装飾がつけられて、歩くたび、それがジャラジャラいう。
 地毛を後ろに流し、男役だけども、目の辺りにメイクが施されてあった。
 なんだかんだ、俺もぽかんと見とれていたら、藤堂さんにからかわれた。
 ……つか、維新のほうがかっこよかったけどね!
 俺が変身する前にちらっと見えたのは、藤堂さんとは対照的に、優しげな焦げ茶をベースとした衣装。羽織ものはなく、スタンドカラーで丈の長いトップスの前を開けて、中の紫紺のかたびらを見せていた。
 細身のボトムス。ブーツはひざ下まであって、ダークブラウンの革のやつだった。装飾品は控えめに腰辺りにだけ。
 まだなにも始まっていないのに、藤堂さんがカザーミよろしくな視線で俺を見下ろしてきた。頬に触れてこようとするから、歯を剥きだしにして噛みつくフリをしてやった。

「なんでやねん。俺の手はスペアリブか」
「は? てか、筋肉ばっかだからうまくないね」
「どうせ噛みつくんやったら、アレんときに肩口辺りででも」
「そうだ、藤堂さん。維新知らね?」

 ちょっと間があってから、藤堂さんはどこかへ顔を動かした。

「……ああ。生徒会のやつが来て、そこで話を──あれ、おれへんな」

 藤堂さんが指したのは体育館の出入口。学食とつながっているほうではなく、外へ通じるほうだ。
 でも、そこにはだれの姿もない。

「生徒会?」

 なんか嫌な予感がする。

「ほれ、書記の……」

 俺はかかとを鳴らした。
 体育館の出入口から外を眺める。樹海と、その名残りの木々が見える。しかし、ここでも人影は見当たらない。
 ……維新のやつ、どこで話してんだよ。
 いても立ってもいられず、衣装のまま外へ出た。
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