いとしの生徒会長さま 2

もりひろ

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アリアとハーラ

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 この十五年間で、一つのことにこんなにも懸命に取り組んだのは初めてかもしれない。
 寝ても覚めても、とんでもセリフばかりが頭に浮かぶ。
 風見祭が終わるとすぐテスト期間に入るから、勉強も平行してやらなきゃいけないのに、まるっきりそれどころじゃない。
 練習も大詰めになってきた。台本もようやく本来の姿になりつつあり、ストーリーに流れも生まれてくる。そうなると愛着も湧くのが人情ってものだ。
 あの「ハーラ二大虫食い」は、奥芝さんにアドバイスをもらいながら、維新もなんとか考えたそう。その光景を見てみたかったような、見なくてもよかったような。俺は複雑な心境でいる。
 ここのところの練習は、セリフ回しや立ち位置、立ち回りなど、シーンごとの確認だったのが徐々に通しの形になってきている。
 維新は愛を囁くとき、それらしいまなざしを送ってくる。しかし、オーケーの声がかかると同時に我に返って、しばし固まる。
 アリアがバルコニーから言葉を放つシーンでは、庭にいるハーラがそれを受け止め、優しい愛の言葉でもって返す。そして、またアリアが愛を叫ぶのだ。
 禁断のキャッチアンドリリースと、俺たちが呼ぶシーンである。ほかにも、それを言っちゃ身も蓋も底までもがなくなるよなお乗り換えシーン、喋ってる間にやれんだろな決闘シーンと目白押しである。
 こうして一週間もつき合っていると、さすがにこの劇への耐性もつき、アリアとハーラに情みたいなものまで移っていた。
 台風でも来ておじゃんにならないかと願っていた俺だけど、おスギ先輩の熱血さとか、裏方さんの頑張りとかを見たら、みんなでいいものを作り上げていくんだって気持ちのほうが強くなった。

「つつみん、また間違えてるわよ!」
「す、すみませんっ」
「こっちの細身のがハーラの剣。何度言ったらわかるのよ」

 申し訳なさそうにしながら、つつみんが維新と藤堂さんの剣を入れ替えて渡す。すぐさま小走りで舞台の袖へはけると、ため息をついて、俺の横をすぎていった。
 その背中に声をかける。

「つつみん。ドンマイだよ」
「僕、また間違えちゃった。さっき、アリアの小道具を間違えたばっかりなのに。そのたびに、せっかくの流れを壊してる」

 ああ、さっきのとこか。ランタンを持っているはずがナイフを手にしてて、危うく維新を殺すところだったってやつ。
 だいぶ下がっりっぱのつつみんの肩を、俺は励ますように強めに叩いた。

「剣ぐらいどれでもいいじゃんな。ほんと、変なとこにおかしなこだわりたくさんな劇だよな」
「うん……。でも、それが風見原の伝統のもので、先輩たちは立派に成功させてきたんだから、悪いのはできない僕だと思うんだ。僕がダメすぎるんだよ。……部活でもおスギ先輩に怒られてばっかだし」

 つつみんはまた深々とため息をついた。

「ねえ、卓くん。どうして僕は選ばれたんだろう。それがよくわからないんだ。僕より適役な人はいっぱいいるはずなのに」

 つつみんが縋るように俺を見る。メンバーに選ばれたことを戸惑い、不安もあるから身が入ってないのかもしれない。だから、道具も手順も覚えられない。
 つつみんも、俺たちみたいにいい意味で諦められれば楽だとは思う。ただこればっかりは性格の問題もある。
 とはいえ、アリアをやらされるよりはマシだと思うんだ。

「くじ引きで外れちゃったのかな」

 まだ収まらないつつみんがぼやく。
 そういえば、裏方の人選も生徒会がしたんだよな……。ていうか、生徒会というよりは黒澤の一存な気がする。

「つつみんて、以前から黒澤サンと面識あんの?」
「直接お話したことはないんだ。たまにうちの部へ顔を出されて、そのときにおスギ先輩とお話されてるのを見たことがあるだけで……」

 つつみんの肩が一段と落ちた。

「くじ引きだとしたら僕は、運にまで見放されてるんだね」

 なにか気の利いたことの一つでも言ってやりたかったけど、おスギ先輩に出番だと怒鳴られ、放置となってしまった。
 そのまま、つつみんとは話せる機会も持てず、きょうの稽古も終わった。セリフの最終チェックで遅くなった俺たちが体育館を出ようとしたとき、ステージのほうから物音がした。
 奈落につつみんの姿があった。小道具を並べ、台本を見ながら指さし確認をしている。
 俺は、舞台袖でつつみんとした会話を、維新に話した。
 すると維新は、俺より先に奈落までの階段を下り、つつみんに声をかけた。

「お疲れ、堤」
「あ、松永くん。卓くんも」
「つつみんお疲れ」

 つつみんは腰を上げ、笑顔で「お疲れさま」と返した。
 その姿にほっとする。
 なんとか浮上してくれたみたいだ。
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