いとしの生徒会長さま 2

もりひろ

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トカゲの尻尾切り

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 それ以上は断固として言いたくないのか、黒澤が額に手をやった。
 ……なにこれ。オモシロすぎるんですけど!
 明らかに怯んでいる。もちろん、黒澤のそんな姿を目にするのは初めてで、俺は心の中で小躍りした。
 いまなら、なにを言っても跳ね返されねんじゃね?
 耳に手を添え、俺はにやにやしてやった。

「えっ、えっ。なにが違うんですか、副会長さま?」
「にーんじん」

 マキさんが、また愉快そうに口にした。

「やめろ。マキ」
「クロはね、人参が食えないんだよ。だから、カレーも食えなくて、このレースもできない。いろいろザンネンだろ?」

 思わず、俺は吹き出した。
 あんな偉そうにしてて好き嫌いがあるとか、ウケる!
 あ、睨まれた。
 ……やばい。調子に乗り過ぎると、あとあとが大変になるかもしれない。
 俺は空気を読んで、半分は笑みを消したけど、マキさんは構わず追い討ちをかける。

「それと、高所恐怖症だから飛行機に乗れないし、にょろにょろしたものがダメだから林の中には行かない。僕が添い寝してあげないと、たまに眠れないときがある」
「マキ、いい加減にしろよ」
「あ、ごめん」

 俺があんぐりと口を開けていたら、マキさんは笑いながら言った。

「最後のは冗談だから。中野」
「ていうかさー」
「ん?」
「大食い。どうしてもカレーじゃなきゃ、だめだったんすかね」
「あ?」

 と声を漏らして、マキさんと黒澤は同時に顔を見合わせた。
 それまでの雰囲気が一変、気まずい感じになる。
 ……もしや、ツッコんではいけないところにぶっ込んだ? 俺?

「卓!」

 そこへ、メイジが助け舟を漕いでやってきた。
 申し訳なさげに苦笑いなんかして、俺は二人のあいだから抜ける。しかし、次に見えたメイジの表情が強張っていて、焦った。維新になにかあったのかと、飛びつく勢いで訊いた。

「もしかしてギブした? それともドクターストップ?」
「いや。いま食べ終わって、控え室で休んでる」
「え。えええ!」

 校門を通ったところで足が止まった。ズボンのポケットから携帯を出して時間を確認する。
 一時ちょい前だ。
 十二時に始まる予定で、それから一時間もたってない。

「なんだ、卓。放送聞いてなかったのか」
「ごめん。それどころじゃなかった。つか、まじで食べ終わったの? ぜんぶ? こんなに早く?」
「耐久とはいえ、四時までには完食しなきゃだから、早めに食べ終わって、あとは水泳のための休憩に充てたかったんじゃねえかな」
「俺が言いたかったのは、そういう早さじゃなくて。……だって、十皿だよ? 唐揚げつきだよ?」

 俺がさらに言うと、「ああ、そうか」とメイジは顎を撫でた。

「春季祭のとき、卓はいなかったもんな。あいつ、それでもカツ丼早食い競争で優勝してるんだよ。でも、あれは五杯だったから、今回はどうかなと思ってたんだけどさ」
「メイジ。一つ、いい?」
「うん?」
「あいつって、俺が思ってるより食うの?」
「思ってるより……って?」
「俺の中では、自分の御膳を平らげたあと、俺の残したものを食べられる程度なんだけど」
「あいつ、普段は抑えてるけど、大食漢なんだよ。前に寿司食い行って、百貫食えたって言ってた」

 ひゃ、百貫? ……て、どんなだっけ? あ、でも寿司って、一個を一貫て数えるから……。
 なるほど。それであいつ、あんなに自信たっぷりだったのか。
 俺はネックだと思っていた胃袋勝負が、一番の得意種目だったんだ。
 維新は、二年も会わないうちに、俺が思っていたよりもずっとパワーアップしていた。
 ……あいつ、着々と風見原に染まってってるし。いつか、ガチで黒澤みたいになって、雲の上の存在とか言われるようになるんだろうか。
 俺はぶんぶんと首を振った。
 維新は維新。たとえ周りがどう言おうとも、俺にとってはずっと「松永くん」なんだ。

「行こう、卓」
「うん」

 俺とメイジは、また歩き始めた。控室となっている保健室へ急ぐ。

「そういえば、藤堂さんと鷲尾さんは?」
「維新よりはゆっくりしてるけど、じきに食べ終わる。二人も相当食うからな。普通にクリアしてくると思う」

 それはそうだろうと俺も思う。
 じゃなければ、自分の代わりに、黒澤が二人を選ぶわけがない。
 保健室に着いた。
 自分は外で待ってるとメイジは言って、俺だけを中へ行かせた。
 六つあるベッドの一つにカーテンがかかってある。俺はそこを分けた。
 メイジの言うように大食いの維新でも、今回のお盆カレー十皿は腹にキたらしい。ベッドに横になって、布団を被っている。

「……維新、大丈夫?」

 声をかけ、布団の先からちょっと出ている頭を撫でた。

「ああ、だいじょぶ」

 と、なんとも弱々しい籠った声が返ってきた。

「でも、はらがくるし」
「維新」
「たく、くろさわさんは? いな、い」
「無理して喋んなって。リバースなるよ」

 そのあと、黒澤が棄権したことを伝えたけど、維新はなんの反応も示さなかった。
 寝たのかもしれない。とにかく苦しそうだったし、呼ぶのもやめることにした。
 藤堂さんと鷲尾さんも来て、維新のとなりのベッドにそれぞれダウンした。
 次の時間まではまだある。
 ずっとついていようかと思ったけど、気に障るかもとベッドを離れた。ちょっと家に帰ることを告げ、保健室もあとにした。



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