いとしの生徒会長さま 2

もりひろ

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意地悪

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 はははとわざとらしく笑って、鷲尾さんはスニーカーを履いた。出入口へと手を伸ばす。
 それを阻むように俺はドアの前へ滑り込んだ。

「あんた、なに隠してんだよ」
「あ?」
「いま、ごまかしただろって」

 視線を俺から天井へ移し、鷲尾さんはあごを撫でた。
 めんどくせえ。
 と、その口は動いたように見えた。
 舌打ちまでする。
 あの金髪がはったりじゃないのに気づいたときには遅かった。俺が後ろにしたドアへ両手をつき、鷲尾さんは顔を近づけてきた。

 「いますぐ黙らねえと、この口でその口塞ぐぞ」
「……はあ? てか、男にする趣味はなかったんじゃねえのか」
「男はやだけど、お前には興味あるかな」

 ……それじゃあまるで俺は男と別モンみたいに聞こえるだろうが。
 目睫の間にまで迫っている瞳をそう見返してから、俺はちらっと下にも視線をやった。

「あ、すねはやめてね。頭突きも勘弁。前に一回やられてっから」
「……」
「俺はエムじゃねえんだわ。あいつみたいに。やられるのは好きじゃねえ」

 なんとかしてこの狭い空間から逃れるべきだと思うけど、暴れれば暴れるほど、向こうは面白がる気がする。藤堂さんのときがそうだった。
 鷲尾さんをじっと見上げてみる。

「なに、お前。その目」

 しかし、なぜかにやっとされた。

「俺を誘ってんの?」
「……いい加減、離れてクダサイ」
「引き止めたのはそっちだろ」
「引き……止めたカタチかもしんないけど、近づいてくる必要はねえだろっての」
「ああ、そっかそっか。大丈夫。あいつはしばらく出てこねーから」

 なにを勘違いしているのか、鷲尾さんはそんなことを言ってもっとにやついた。
 俺の思惑は、完全に外れたのだ。
 ……こうなったら、頼みの綱はあいつしかいねー。

「いや、出てくる。絶対。つかね、ああ見えてキレたら怖ぇんだぞ」
「ふうん」

 と鼻から言って、鷲尾さんは上体を起こした。手も退ける。

「キレたら怖ぇか。なるほどな。……たしかに、同じ匂いがするとは思ってた」

 横へと体をずらしかけ、俺は動きを止めた。

「……匂い?」
「誉と松永な。雰囲気も似てる。だから誉も気になってんだろ。あの一年ボーズをさ」
「維新とあんなやつを一緒にすんな」

 鷲尾さんは、「へえ」と、どこか意外そうな声を出した。それから、突拍子もないことを訊いてくる。

「お前さ、口堅い?」
「はい?」

 また天井へ視線を巡らし、鷲尾さんはぶつぶつ言い始めた。

「ここでお前をどうにかしてあいつにキレられるか、誉に説教される覚悟であれをゲロするか。どっちがいいんかな」

 やっぱり鷲尾さんはなにか隠しているらしい。
 ……ていうかその二者択一、パフェ食うか、ピーマン食わなきゃいけないかぐらい簡単だわ。

「説教食らえ」

 と、ついツッコんでいた。
 鷲尾さんがぐいっと視線を下げる。

「お前、ほんと面白えな。藤堂の言った通り。ちょい泣かしてみたい気もすんね」
「あ。やべ」
「え?」

 と、わずかに目を見開いた鷲尾さんが俺の視界から消えた。
 思ったよりも筋肉質な背中が壁になった。下にも目をやれば、どこかの水泳選手みたいな膝丈パンツの足がある。そこも思いのほか筋肉の隆起が見える。

「出た出た」
「鷲尾さん。卓になんの用ですかね」
「べつに。帰ろうと思ったらそっちから誘われたんだよ。ドアの前に出られて、行かないで~ってさ」

 ああ、もうまじで黙って。あんたが去ったあと大変なのはこっちなんだから。
 維新の後ろから顔を出し、俺は鷲尾さんを睨みつけた。
 なのに、あの人は白々しくそっぽを向いて、口を尖らせていた。
 維新が低い声を出す。

「あんた、そんなにおめでたい人だったのか」
「あ? おいお前、口の利き方には気をつけろよ」

 維新はあっさりと鷲尾さんの言葉をシカトして、まず俺を下駄箱のほうへ押した。自分もドアから離れ、行けと言うように表へと顔を向ける。
 鷲尾さんは髪を掻き毟ったあと、その指を維新へ突きつけた。

「絶対ぇ、てめえには負けねえからな」
「わかってますよ」
「あと、さっきの言葉は撤回。まじですっから。がっつり舌まで入れてな」

 鷲尾さんがなんのことを言っているのか俺はわからなかった。それでも維新に目をやると、ものすごい無表情でいたから、思わず名前を叫んだ。
 こんなとこでケンカでもしたら、レースは中止になるかもしれないけど、それこそ黒澤に説教されてバツがいくつになるかわからない。
 俺は維新の前に出て、鷲尾さんにも声を飛ばす。

「はいはい。きょうはもうこのくらいにして、鷲尾さんもどうぞお帰りください」
「おい、松永。もう一回言っとくけどな、俺はバレー部の部長で先輩なんだ。口の利き方どうにかしろよ」
「……」

 維新はやっぱりなにも返さなかった。
 俺の後ろの空気がさらに変わったのに鷲尾さんも気づいたのか、ちっと舌打ちはして、ようやく出入口を開けた。
 最後の最後まで余計なことしてくれるよ、あの人。

「あ、維新。あのさっ」

 気を取り直すように俺は声を張りながら振り返った。
 その次の瞬間だった。維新の豪快なクシャミがプールのエントランスにこだました。



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