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暮れ泥むころ
一
しおりを挟む「耐久レース開催日時と、参加者募集について」
掲示板に貼り出された一枚には、まず、そういう見出しがあった。
そうなのだ。あのレースは、レースでも、耐久レースだったのだ。
たしかに、維新も黒澤も、レースに「勝つ」じゃなくて「残る」を連呼していた。
俺は、あんぐりと開けた口を閉じるのも忘れ、アウストラロピテクス状態でいた。
昇降口と向かい合う購買のとなりに、掲示板はある。最初は結構な数のギャラリーがいたけど、気付いたときには人っ子一人いなかった。
耐久レースの開催は来週の日曜日。つまりは四日後。なんつー早さだ。アホか。
参加者募集の締め切りはあしたの放課後。これは妥当。むしろ募集なんてしなくていい。
つか、問題は耐久の中身だ。
最初に二時間のジョギングをする。あのお盆カレー、唐揚げのせを十皿完食し、極めつきは、だれか一人残るまで延々と泳ぐ。
こんなの……無理に決まっている。
俺は、最初のジョギングで脱落する。
正直いって、維新にそこまで体力があると俺は思っていない。普通の男子以上にはあるかもしれないけど、ここではそれが十人並だ。
それに、体力勝負以外に胃袋勝負もある。
維新はわりと食うけども。それだって、普通よりちょっと食べられるレベルだと思う。
最後の水泳は……もういいよ。もう、きすでもなんでもするよ。俺がちょこっと我慢すればいいだけの話だもん。
だれかさんじゃないけど、減るもんでもないし。不本意な一回より大好きなやつとの何万回のが大事だ。
少し体を起こし、すっかり閑散としている廊下の先へ俺は目を動かす。そのとき、だれかに後ろから抱きつかれた。
「卓~」
ジョーさんだった。
掲示板の紙切れ一枚に、俺は叩きのめされ、いつもの反応ができずにいた。
ジョーさんは、ぱっと俺から離れる。
「なんだ、卓。気持ち悪ぃな。いつもみたいに嫌がってくれねえと調子狂うわ」
「だって~」
俺は口を尖らせ、掲示板を指さした。
ジョーさんは、貼られてある紙を見て、顎を撫でた。
「おー。地獄の耐久レースな。ことしはやんのか」
地獄……。
ジョーさんでさえ、あれを地獄っつうんだ。俺たち常人は、参加してはならんやつなのだよ。松永くんよお。
「ん? ことしはって……去年はなかったの?」
俺は、完全に体を真っ直ぐにして、ジョーさんを見上げた。
「ああ。去年は簡単に決まっちまったからな。それで、いまいち盛り上がりに欠けてたところはあった」
「あー……」
だからか。その去年を黒澤は知っているから、どうしてもこのレースをさせたかったのか。
百歩譲って、劇のことも、主役が女装しなきゃいけないのも、最後にきすシーンがあるのも、苦汁をなめる思いで許そう。だが、この耐久レースはいただけない。
「卓。悪ぃな。俺も参加してやりたかったんだが」
と、ジョーさんは申しわけなそうにパンと手を合わせた。
「ギターある上に、前夜祭まで参加することになっちまって」
まじ、悪ぃ。
なんて謝られても、いえ、べつに参加していただかなくて結構です、としか返せない。
しかし、立ち去る最後まで、ジョーさんは俺に手を合わせていた。
なにはともあれ、棄権してもらうように維新に言おう。
あいつ、レースのことを知っていたのに、黒澤の口車に乗せられたから、やっぱ冷静ではなかったんだ。それとも、ここのしきたりに感化されすぎて常識が麻痺しているか。
ならば、俺が正しい道へ戻すしかない。
昇降口で、気合いの握り拳を作ったあとスニーカーへ履きかえた。
ふと、さっきのジョーさんの言葉を思い出す。
劇のことを考えると、台風でも来て風見祭なんてお流れになれよと思うけど、バンドライブは楽しみだ。
あとのメンバーがだれか。なんの楽器をするのか。それを想像して、ちょこっとでもテンションを上げてみた。
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