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病院送り
二
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俺がこうして寮へ入らずにいるのは、ママの言葉があるからだ。
風見原へ転入したいと言ったとき、真っ先に反対したのはママだった。息子を一人で帰国させるのにも抵抗があったんだろうけど、風見原の習慣や風習を嫌ってもいたから。
そこをどうにか説得して通っている手前、ケガなんかしたって知れたら、なにを言われるかわかったもんじゃない。下手したら、強制送還になるんじゃないかと思って、それが怖い。
「どうしようかしらね」
「頼むよ。おばさ~ん」
「とりあえず、そのおばさんていうのを止めたら、考えてあげないこともないけど」
「え?」
「うふふ。冗談よ。あたしもたっくんがいなくなったらつまんないから、いいわ。黙っておいてあげる」
俺は、合わせた手を揉むようにして、藍おばさんを拝んだ。
そこへ、話を終えたじいちゃんとつき添いの先生がやってきた。四人で病棟へと移動する。
個室だから、間仕切りのカーテンはなく、むき出しのベッドがぽつんとある。俺がそこへと落ち着いてすぐ、藍おばさんは売店へ、じいちゃんと先生は電話をしに、それぞれ病室を出て行った。
一応、寝ては見る。けど、眠れるはずもなく、すぐに体を起こすと、俺は携帯を開いた。
すると、維新やメイジを始め、クラスメートからもたくさんのメールが来ていた。
──もうみんなに知れ渡っている。
嬉しかったけれど、マズイという気持ちもあった。
とにかく、「大丈夫」と、みんなに返信しなくては。そう指を動かしていると、病室のドアをノックする音が聞こえた。
俺が返事をするかしないかのタイミングで現れたのは、マキさんと黒澤だった。
びっくりして、思わず布団を剥ぐ。
「いいよ。起きなくて」
と、マキさんは神妙な面持ちをして、ベッドへ近づいてきた。
その後ろから、黒澤も病室へ入る。マキさんの背後で立ち止まり、同じく表情を曇らせていた。
「ど、どうして」
ワンツーコンビのまさかのお出ましに、俺はベッドを降り、あたふたしてしまった。
「中野が救急車で運ばれたっていうから、急いで車を出してもらったんだ」
「そんな、大したことないのにー」
「大したことって……」
マキさんの目線が動く。
俺は、包帯にやった手をぶんぶんと振り、まくし立てた。
「これは、一応の応急処置的なやつで、ほんと大したことないんですよ。軽い軽い、かるーい脳震とうなんで、そんなわざわざ二人して来るようなもんではないんです。まじで」
「歩けるのか?」
「はい。そりゃあもう、すったかたったと」
素早く両腕を振って、ぜんぜん大丈夫を猛アピールする。
それで安心してくれたのか、マキさんはようやく口元を緩めた。ほっと息をつく。
黒澤がマキさんの横へ出る。
「ほら、きっと大丈夫だと俺も言っただろう」
「だってさあ。救急車とかいうからさ……」
拗ねた子どものような表情で、マキさんはとなりを見上げた。
それにしても、新鮮なツーショットだ。風見館へ行けば、毎日見れる普通の光景なんだろうけど。
「こいつ、卓が倒れたと、講堂へ俺を呼びに来たとき──」
「あーあーあー!」
と、マキさんがいきなり大声を出した。
それを、柔らかい笑みでもって、黒澤は受け流す。
「それ以上言うなし」
「ああ、はいはい」
俺は目をパチパチさせた。
……なんだ、この雰囲気。つか、俺のときとずいぶんちがくね、あの人の態度。マキさんの頭をポンポンしてるし。しかも、とおーっても、やさーしく。
それをみとめて、俺が首を傾げたら、その視線に気づいたらしい黒澤が、ポケットにさっと手を入れていた。
「中野。きみは、このあいだのチャリの件と今回で、バツ二個だからな」
俺は、マキさんのほうへ顔を戻した。
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「ええー。うそーん」
「うそーんじゃない。僕をこき使った、心配させたの欄にバツをつけておく」
「なんすか、それ」
「あと、クロは、僕に恥をかかそうとした欄に、三角。一応、未遂だったから三角だ」
喉で弾くようにして、黒澤は乾いた笑いを吐き出した。
「そりゃあ、どうも」
それから俺を見る。
笑みはもう消えている。
「卓。今回のことはどうして起こったか、お前は把握できているのか」
「あー。バスケ部とバレー部のケンカに巻き込まれちゃったってやつ?」
「そうだ。わかっていたんだな」
「うん。ほら、救急車に乗ってくれたの、バスケ部の顧問の」
マキさんと黒澤は同時に「ああ」と頷いた。
俺は、はたと思い出したことがあった。あの、関西弁のヒト──。
「そういえば、バスケ部かバレー部かわかんないけど、とーどーさんて人、いるでしょ?」
黒澤が横へと視線をやった。
それを受けた形でマキさんが言う。
「藤堂慶市(とうどうけいいち)。バスケ部の部長だね」
「部長さんか……。その人さ、俺が倒れたとき、すっげえ親身に介抱してくれたんだ。もし処分云々があるなら、なしか、軽くしてくれません?」
「だけど、中野に当たったボールは、そいつが投げたんだぞ」
「あ、そうなの? んー。でも、できればお願いします」
俺は深々と腰を折る。顔を上げて二人を見れば、目を合わせたあと、頷いていた。
「最終的に決めるのは会長だ。俺は、マキに任せる」
「そーね。まあ、当事者の中野が言うなら、厳重注意で留めときますか」
「ああ、マキさん。ありがとう」
ほっとしてベッドに腰を落としたとき、ドアが開いた。
買い物から帰ってきた藍おばさんは、ケガ人の俺を気遣うより先に黒澤を見つけ、目を輝かせていた。俺が頼んだジュースやらお菓子やらが入っている袋を乱暴によこす。
じいちゃんとつき添いの先生も戻ってきた。それと入れ替わるようにして、黒澤とマキさんが病室を出る。
検査結果は、やっぱり軽い脳震とうだった。
夕方、維新とメイジが家へ見舞いに来てくれた。
農業部のみんなも駆けつけてくれて、だだっ広いだけの居間が、やっとその機能を果たした。
風見原へ転入したいと言ったとき、真っ先に反対したのはママだった。息子を一人で帰国させるのにも抵抗があったんだろうけど、風見原の習慣や風習を嫌ってもいたから。
そこをどうにか説得して通っている手前、ケガなんかしたって知れたら、なにを言われるかわかったもんじゃない。下手したら、強制送還になるんじゃないかと思って、それが怖い。
「どうしようかしらね」
「頼むよ。おばさ~ん」
「とりあえず、そのおばさんていうのを止めたら、考えてあげないこともないけど」
「え?」
「うふふ。冗談よ。あたしもたっくんがいなくなったらつまんないから、いいわ。黙っておいてあげる」
俺は、合わせた手を揉むようにして、藍おばさんを拝んだ。
そこへ、話を終えたじいちゃんとつき添いの先生がやってきた。四人で病棟へと移動する。
個室だから、間仕切りのカーテンはなく、むき出しのベッドがぽつんとある。俺がそこへと落ち着いてすぐ、藍おばさんは売店へ、じいちゃんと先生は電話をしに、それぞれ病室を出て行った。
一応、寝ては見る。けど、眠れるはずもなく、すぐに体を起こすと、俺は携帯を開いた。
すると、維新やメイジを始め、クラスメートからもたくさんのメールが来ていた。
──もうみんなに知れ渡っている。
嬉しかったけれど、マズイという気持ちもあった。
とにかく、「大丈夫」と、みんなに返信しなくては。そう指を動かしていると、病室のドアをノックする音が聞こえた。
俺が返事をするかしないかのタイミングで現れたのは、マキさんと黒澤だった。
びっくりして、思わず布団を剥ぐ。
「いいよ。起きなくて」
と、マキさんは神妙な面持ちをして、ベッドへ近づいてきた。
その後ろから、黒澤も病室へ入る。マキさんの背後で立ち止まり、同じく表情を曇らせていた。
「ど、どうして」
ワンツーコンビのまさかのお出ましに、俺はベッドを降り、あたふたしてしまった。
「中野が救急車で運ばれたっていうから、急いで車を出してもらったんだ」
「そんな、大したことないのにー」
「大したことって……」
マキさんの目線が動く。
俺は、包帯にやった手をぶんぶんと振り、まくし立てた。
「これは、一応の応急処置的なやつで、ほんと大したことないんですよ。軽い軽い、かるーい脳震とうなんで、そんなわざわざ二人して来るようなもんではないんです。まじで」
「歩けるのか?」
「はい。そりゃあもう、すったかたったと」
素早く両腕を振って、ぜんぜん大丈夫を猛アピールする。
それで安心してくれたのか、マキさんはようやく口元を緩めた。ほっと息をつく。
黒澤がマキさんの横へ出る。
「ほら、きっと大丈夫だと俺も言っただろう」
「だってさあ。救急車とかいうからさ……」
拗ねた子どものような表情で、マキさんはとなりを見上げた。
それにしても、新鮮なツーショットだ。風見館へ行けば、毎日見れる普通の光景なんだろうけど。
「こいつ、卓が倒れたと、講堂へ俺を呼びに来たとき──」
「あーあーあー!」
と、マキさんがいきなり大声を出した。
それを、柔らかい笑みでもって、黒澤は受け流す。
「それ以上言うなし」
「ああ、はいはい」
俺は目をパチパチさせた。
……なんだ、この雰囲気。つか、俺のときとずいぶんちがくね、あの人の態度。マキさんの頭をポンポンしてるし。しかも、とおーっても、やさーしく。
それをみとめて、俺が首を傾げたら、その視線に気づいたらしい黒澤が、ポケットにさっと手を入れていた。
「中野。きみは、このあいだのチャリの件と今回で、バツ二個だからな」
俺は、マキさんのほうへ顔を戻した。
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「ええー。うそーん」
「うそーんじゃない。僕をこき使った、心配させたの欄にバツをつけておく」
「なんすか、それ」
「あと、クロは、僕に恥をかかそうとした欄に、三角。一応、未遂だったから三角だ」
喉で弾くようにして、黒澤は乾いた笑いを吐き出した。
「そりゃあ、どうも」
それから俺を見る。
笑みはもう消えている。
「卓。今回のことはどうして起こったか、お前は把握できているのか」
「あー。バスケ部とバレー部のケンカに巻き込まれちゃったってやつ?」
「そうだ。わかっていたんだな」
「うん。ほら、救急車に乗ってくれたの、バスケ部の顧問の」
マキさんと黒澤は同時に「ああ」と頷いた。
俺は、はたと思い出したことがあった。あの、関西弁のヒト──。
「そういえば、バスケ部かバレー部かわかんないけど、とーどーさんて人、いるでしょ?」
黒澤が横へと視線をやった。
それを受けた形でマキさんが言う。
「藤堂慶市(とうどうけいいち)。バスケ部の部長だね」
「部長さんか……。その人さ、俺が倒れたとき、すっげえ親身に介抱してくれたんだ。もし処分云々があるなら、なしか、軽くしてくれません?」
「だけど、中野に当たったボールは、そいつが投げたんだぞ」
「あ、そうなの? んー。でも、できればお願いします」
俺は深々と腰を折る。顔を上げて二人を見れば、目を合わせたあと、頷いていた。
「最終的に決めるのは会長だ。俺は、マキに任せる」
「そーね。まあ、当事者の中野が言うなら、厳重注意で留めときますか」
「ああ、マキさん。ありがとう」
ほっとしてベッドに腰を落としたとき、ドアが開いた。
買い物から帰ってきた藍おばさんは、ケガ人の俺を気遣うより先に黒澤を見つけ、目を輝かせていた。俺が頼んだジュースやらお菓子やらが入っている袋を乱暴によこす。
じいちゃんとつき添いの先生も戻ってきた。それと入れ替わるようにして、黒澤とマキさんが病室を出る。
検査結果は、やっぱり軽い脳震とうだった。
夕方、維新とメイジが家へ見舞いに来てくれた。
農業部のみんなも駆けつけてくれて、だだっ広いだけの居間が、やっとその機能を果たした。
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