13 / 77
病院送り
一
しおりを挟むさもつまらなさそうに目を閉じ、ミケはコンクリートの上で伏せをしていた。
謝りながら、電灯の足から綱を外す。その途端、ミケは鉄砲玉みたいに飛び出し、俺を先導し始めた。
道へと戻る階段を下りながら、さっきの黒澤とのやりとりを思い出す。
断じて、どきどきはしてない。けど、意外な一面に釘づけになったのはたしかだ。ただ、奥芝さんやジョーさんが楽器を弾いていて、それを目の当たりにしても、ああなるとは思う。
「うん?」
少し歩いてから気づいた。来るときと道が違う。
この学校は本当に人を迷子にさせる。いちいち木が多くて見通しも悪いから、こういうふうにすぐ迷ってしまう。
とりあえず道なりに進んでみると、なにかの建物が見えてきた。
第一体育館に形が似ている。それから察するに、第二か第三体育館だろう。
正面の入り口に人が集まっていた。一様に館内を覗いていて、困ったというような顔をしている。
俺はミケを連れて、体育館の脇へ回った。二つの出入口はどっちも開放されてある。
ここには人がおらず、俺は近づきながら中へ目をやった。
「だーかーら。なんなんだよ、この当番表! インチキだろが!」
「なにがや。インチキちゃうわ。こないだそっちがケンカふっかけよったバツやろが!」
──関西弁?
聞こえてきたイントネーションに首を傾げつつ、俺は入り口から顔を出した。
「ええ加減にせえ!」
そんな怒号とともに、何人かの叫び声が上がる。
危ない、という声もあって、なんだろうと、俺はきょろきょろした。
そこへ視界に飛び込んできた、大きくて丸いもの。俺は避ける間もなく、頭に受けた。
一瞬、周りの音が聞こえなくなって、気づくと倒れていた。起き上がろうとしても頭がくらくらで、全身を普通に保っていられなかった。
「あかん。起きたらあかんで。そのままじっとや」
駆け寄ってきた人を見上げる。
心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
どういう状況か、俺はいまいちわかっていなかったけど、とにかく立ち上がって大丈夫と言わなきゃと思った。
「鷲尾、先生呼んできて。あと、だれか濡れタオル頼む」
駆け寄ってきた人が周りへ声を飛ばす。
俺はどうしても立ち上がりたかった。でも、自分はどうしちゃったんだろうと思うくらい、体がいうことを聞かない。
「めーわくかけられ──」
なんだか舌も回らない。
「だからあかんて。動きよんなや。悪いのは俺なんやから、お前はじっとしとけって」
「藤堂。大丈夫かな、この子」
まただれかがやってきた。知らない顔が、三つ四つと目に入る。
みんな、すごく心配そうにしている。
「わからん。たぶん脳震とうちゃうかな」
「あーあ。ケイちゃん、悪いんだー。こりゃあ、生徒会に知れて、即しばき決定!」
「ああ、そやそや俺のせいや。なんとでもゆえや。それよりタオルはまだか」
「いま見てくる」
そんな会話を耳にしながら、俺は空を仰いだ。
維新の顔を思い浮かべる。
……あいつ、いまなにしてるんだろ。なんだか、ものすごく会いたい。
だって、なにか大変なことが起こる予感しかしないんだ。……あ、悪寒かも。
とりあえず、これから救急車に乗るだろう予感はある。
そして──。
なんて思っているうちに、俺は担架に乗せられ、どこかへ運ばれた。
遠くで、サイレンの音がした。
俺は、学校から一番近い総合病院へ救急車で運ばれた。
病院へ着いたときには、あのくらくらはなくなっていて、いろいろ検査されたあとは、自分で歩けるくらいに回復していた。
つき添いの先生とともに診察室を出る。その頭には包帯が巻かれてある。
検査結果が出るまで、病棟の個室で待機となった。そこへと移動していると、藍おばさんとじいちゃんがやってきた。
「たっくん!」
「卓!」
二人とも、この世の終わりみたいな青い顔をしている。
……当たり前か。だって、救急車だもん。
だから、あのとき意地でも立ち上がりたかった。こういうふうに心配させたくなかったから。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。じいちゃんもごめんな。忙しいのに」
「なにがだ。報せを聞いたときは、心の臓が止まるかと思ったぞ」
「たぶん軽い脳震とうだよ。平気、ヘーキ」
じいちゃんは、つき添いの先生からも事情を聞いていた。
うーん。やっぱ大事になってるし。
俺は一抹の不安を覚え、藍おばさんに縋るように視線をやった。
「お願いがあるんだけどさ」
「なあに?」
藍おばさんは、着物の合せを直しながら、じいちゃんから俺へ目を動かした。
「このこと、ママには内緒にしてて」
「え?」
「お願い。じいちゃんにもそう言って」
俺は手を合わせた。ママに知れたら、めちゃくちゃ叱られる。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】12年前の教え子が、僕に交際を申し込んできたのですが!?【年下×年上】
彩華
BL
ことの始まりは12年前のこと。
『先生が好き!』と、声変わりはうんと先の高い声で受けた告白。可愛いなぁと思いながら、きっと僕のことなんか将来忘れるだろうと良い思い出の1Pにしていたのに……!
昔の教え子が、どういうわけか僕の前にもう一度現れて……!? そんな健全予定のBLです。(多分)
■お気軽に感想頂けると嬉しいです(^^)
■思い浮かんだ時にそっと更新します
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる