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手応えはありまくり
二
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僕たちは前後に並んで映画館を出た。すっかり日の暮れた駐車場を横切り、併設されてあるショッピングモールへと入る。僕はきょろきょろしつつ、逢坂先生に置いていかれないようにもして歩いた。
それにしても、この人とつき合う女の子は大変だ。後ろのツレには全く目もくれないのだから。
あ、違うか。
きょうのツレは女の子じゃないからこうなのか。ただでさえ無頓着なのだから、職場の後輩にすぎない僕に気を使うわけがない。
思わず立ち止まりそうになった。
職場の後輩であるのは事実だし、だとすると気を使うべきなのはこっちなのだ。
いつの間にかお友だち感覚でいて、僕は首を振る。おかしな考えに捕らわれていたぶんの距離を、慌てて詰める。
さすがの逢坂先生も、モール内の食堂街へ差しかかるとスピードを緩めた。
「どこか行きたいところがあるんですか?」
と、僕はとなりに並んで訊いた。
「とりあえず混んでないとこだな」
逢坂先生は答えながら、もう店の暖簾を分けていた。
入り口の上には、料理の写真パネルが貼られてある。どうやら和食屋さんらしい。
どうせただの後輩だし、そんなに好き嫌いもないから、僕はどこで食事となっても構わない。
……構わないんだけど、運転もしてきたわけだから、雀の涙でも意見を聞いてくれたってバチは当たらないと思う。
僕は首をひねり、あの巨体が消えた和食屋さんへと入る。逢坂先生はしれっとテーブル席に収まっていた。その向かいで僕も腰を下ろす。
和食屋さんなだけあって、古い家屋をモチーフにした内装だ。
僕が初めて耳にする魚の煮つけ定食を、先生は頼んだ。それから渡されたメニューを行ったり来たりして、最終的に、僕はお刺身定食にした。
向かいへ目をやれば、すでに、逢坂先生は携帯をポチポチやっている。
せっかくの親睦会なのだから、それらしい会話をと思ったけど、なにも出てこない。
……僕も携帯でも見るかな。
仕方なく、膝にカバンを乗せたとき、中畠先生の声が耳奥で響いた。
「冒涜している」
僕は、携帯もなにも取らず、となりの椅子へペレボルサを戻した。
考えれば考えるほど言葉がすぎる。
結果的にプラスへ作用しているから、好き放題やっていても、今日まで、ちゃんと「逢坂先生」でいるんだ。中畠先生だって、それはわかりきっているだろうに。
キャバクラの件は……まあ、あれだけど。
下げていた目線を上げると、逢坂先生もこっちを見ていた。テンキーにある親指も止まっている。
僕が埋めるべき「間」なのかと思って、ちょっとした疑問を口にした。
「先生はどうしてそんなに生徒におモテになるんですかね」
しかし、「は?」どころか「ん?」の返事もなかった。ただ、耳障りな音でも聞いたかのような顔で、逢坂先生は視線を外した。
勢いよく携帯が閉じられる。
素朴な質問のつもりだったけど、まずかったかな……。
僕は背筋を正した。それとも、訊き方がフランクすぎて、気に障ったのか。
そこへ、助け舟のごとく料理が運ばれてきた。
空腹だったのも機嫌を損ねた要因かもしれない。
そう片づけ、僕がいそいそと箸を動かす中、逢坂先生は苦虫を噛み潰したような顔で口を動かしていた。
……むむ。食べ物じゃあ、機嫌は回復されなかったか。
「あの、さっきはすみません。変なこと訊いたみたいで……」
僕が頭を下げると、逢坂先生は箸を止めず、目だけをゆっくりと上げた。
「べつに『おモテ』になってるつもりもねえけどな。……俺はただ、あいつらと同じころの気持ちを忘れねえようにしてるだけ」
「……」
「意気がっちゃいるし、突っぱねたりもしちまうけど、大人なら上手いとこそこをかわして、向かってきてくれよっていうね」
先生は、「反抗期」のことを言いたかったのだろうか。
そういう意味でなら、高校生は、中学生より難しくないと、聞いたことがある。でも、人はそれぞれだ。決めつけてかかるのもよくない。
反発しなかったほうだと言われる僕でさえ、そういう時期は、たしかにあった。
うちの親はどちらかというと放任主義で、とくに勉強しろとも言われなかったし、妹や弟とケンカして、「お前はお兄ちゃんなんだから」と怒られることもなかった。同じ長男である友だちから、「一番上だからいろいろ理不尽な我慢を強いられた」と聞いて、長男とはそういうものなのかと思ったくらいだ。
つかず離れずな関係だったからこそ、訊かれたことはなんだって話したし、人が言うほどの反抗期もなかった。
だけど現実は、僕のような家庭のほうが希少で、血の繋がった家族でさえ、ぎすぎすしているところもある。
「教師ってさ、そんなに偉いもんかと思うわけよ、俺は。人間的にも隙があったほうが、やつらは近づきやすくなる。要は同じ目線な」
……それは言えるかもしれない。
それにしても、この人とつき合う女の子は大変だ。後ろのツレには全く目もくれないのだから。
あ、違うか。
きょうのツレは女の子じゃないからこうなのか。ただでさえ無頓着なのだから、職場の後輩にすぎない僕に気を使うわけがない。
思わず立ち止まりそうになった。
職場の後輩であるのは事実だし、だとすると気を使うべきなのはこっちなのだ。
いつの間にかお友だち感覚でいて、僕は首を振る。おかしな考えに捕らわれていたぶんの距離を、慌てて詰める。
さすがの逢坂先生も、モール内の食堂街へ差しかかるとスピードを緩めた。
「どこか行きたいところがあるんですか?」
と、僕はとなりに並んで訊いた。
「とりあえず混んでないとこだな」
逢坂先生は答えながら、もう店の暖簾を分けていた。
入り口の上には、料理の写真パネルが貼られてある。どうやら和食屋さんらしい。
どうせただの後輩だし、そんなに好き嫌いもないから、僕はどこで食事となっても構わない。
……構わないんだけど、運転もしてきたわけだから、雀の涙でも意見を聞いてくれたってバチは当たらないと思う。
僕は首をひねり、あの巨体が消えた和食屋さんへと入る。逢坂先生はしれっとテーブル席に収まっていた。その向かいで僕も腰を下ろす。
和食屋さんなだけあって、古い家屋をモチーフにした内装だ。
僕が初めて耳にする魚の煮つけ定食を、先生は頼んだ。それから渡されたメニューを行ったり来たりして、最終的に、僕はお刺身定食にした。
向かいへ目をやれば、すでに、逢坂先生は携帯をポチポチやっている。
せっかくの親睦会なのだから、それらしい会話をと思ったけど、なにも出てこない。
……僕も携帯でも見るかな。
仕方なく、膝にカバンを乗せたとき、中畠先生の声が耳奥で響いた。
「冒涜している」
僕は、携帯もなにも取らず、となりの椅子へペレボルサを戻した。
考えれば考えるほど言葉がすぎる。
結果的にプラスへ作用しているから、好き放題やっていても、今日まで、ちゃんと「逢坂先生」でいるんだ。中畠先生だって、それはわかりきっているだろうに。
キャバクラの件は……まあ、あれだけど。
下げていた目線を上げると、逢坂先生もこっちを見ていた。テンキーにある親指も止まっている。
僕が埋めるべき「間」なのかと思って、ちょっとした疑問を口にした。
「先生はどうしてそんなに生徒におモテになるんですかね」
しかし、「は?」どころか「ん?」の返事もなかった。ただ、耳障りな音でも聞いたかのような顔で、逢坂先生は視線を外した。
勢いよく携帯が閉じられる。
素朴な質問のつもりだったけど、まずかったかな……。
僕は背筋を正した。それとも、訊き方がフランクすぎて、気に障ったのか。
そこへ、助け舟のごとく料理が運ばれてきた。
空腹だったのも機嫌を損ねた要因かもしれない。
そう片づけ、僕がいそいそと箸を動かす中、逢坂先生は苦虫を噛み潰したような顔で口を動かしていた。
……むむ。食べ物じゃあ、機嫌は回復されなかったか。
「あの、さっきはすみません。変なこと訊いたみたいで……」
僕が頭を下げると、逢坂先生は箸を止めず、目だけをゆっくりと上げた。
「べつに『おモテ』になってるつもりもねえけどな。……俺はただ、あいつらと同じころの気持ちを忘れねえようにしてるだけ」
「……」
「意気がっちゃいるし、突っぱねたりもしちまうけど、大人なら上手いとこそこをかわして、向かってきてくれよっていうね」
先生は、「反抗期」のことを言いたかったのだろうか。
そういう意味でなら、高校生は、中学生より難しくないと、聞いたことがある。でも、人はそれぞれだ。決めつけてかかるのもよくない。
反発しなかったほうだと言われる僕でさえ、そういう時期は、たしかにあった。
うちの親はどちらかというと放任主義で、とくに勉強しろとも言われなかったし、妹や弟とケンカして、「お前はお兄ちゃんなんだから」と怒られることもなかった。同じ長男である友だちから、「一番上だからいろいろ理不尽な我慢を強いられた」と聞いて、長男とはそういうものなのかと思ったくらいだ。
つかず離れずな関係だったからこそ、訊かれたことはなんだって話したし、人が言うほどの反抗期もなかった。
だけど現実は、僕のような家庭のほうが希少で、血の繋がった家族でさえ、ぎすぎすしているところもある。
「教師ってさ、そんなに偉いもんかと思うわけよ、俺は。人間的にも隙があったほうが、やつらは近づきやすくなる。要は同じ目線な」
……それは言えるかもしれない。
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