デカラバ!

もりひろ

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とまり木

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「考えもしなかったって、俺みたいなド素人でも、そこは疑問に思ったんだぞ。あんたこそ刑事失格なんじゃないの」

 正確には、うちの店長が挙げた疑問だけども。
 刑事失格という、若干の言い過ぎにも関わらず、橘さんは怒らなかった。

「佑、俺はね。神崎が放火をしたこと、そして警察から逃げ続けたこと、それらも本当に許せない。だけど、なんにも関係ないきみに危害を加えたことが腹立って腹立って仕方がないんだ。それこそいまからでも殴りに行きたいくらいに」

 橘さんは眉間にぐっと力を込め、いままでで一番、刑事の顔をした。
 俺は目を離せなかった。
 けど、橘さんはすぐに眉根を緩めると、俺に視線をやって、微苦笑した。

「やっぱ、俺って刑事失格かな。思いっきり私情だらけだ」

 そんな橘さんを抱き締めたくならないわけがなかった。
 その巨体を絞るように、胴に回した腕をありったけの力で閉めた。




 定岡さんにもらったおにぎりの夜食を、橘さんと食べて、俺はシャワーを浴びにいった。
 浴室から出ると、部屋に備え付けのバスローブを着て、窓の外を眺める。
 街のネオンももちろんきれいだけど、遠くの、真っ暗い一帯に浮かぶ小さな灯りが、俺は気になった。
 そこをじっと見つめていると、いまは鏡にもなっている窓に橘さんの姿が映った。俺が出たあと、すぐにシャワーへ行った橘さんは、スラックスを穿いただけの格好で戻ってきた。
 俺はぱっと振り返る。

「じつは俺、こうやってバスローブ着るの憧れてたんだよね。これでワイングラスなんか持ったら、ブルジョワだね」
「ブルジョワ? ガウンじゃなくて?」
「ガウン……。あれってバスローブじゃなかったっけ?」
「バスローブなんて、たいがいのホテルにあるよ。それでブルジョワって言われてもなあ」

 ベッドに腰かけ、熱心に携帯を見始めていた橘さんは、その目を上げて吹き出した。
 俺は急に恥ずかしくなって、橘さんに噛みつくようにベッドへ近づいた。

「じゃ、じゃあさ。あの窓の奥のほう、なんにもないけど、なんだろう」
「ああ。海だよ」
「海? ってことは、もしかしてここ──」
「美山(みやま)だよ。定岡さんから聞かなかった?」
「聞いてない。だってあの人さ、車ん中では橘さんの話しかしなかったんだもん」

 橘さんは苦笑いをこぼして、また携帯をいじり始めた。
 美山は、わが県の県庁所在地であり、海に近い都市である。

「橘さん、なんでこんなとこにいんの?」
「神崎はもともと東京の事件での手配犯だ。引き渡しのこともあるから、いまは本部に身柄があるんだよ」
「取り調べって橘さんはできないの?」
「まあ、向こうさんがメインになるだろうね。でも、少しは話が聞けるし、きみの件もちゃんと訊問するよ」

 俺は、うんと返事をして、橘さんのまだ生乾きの頭の上から、携帯を覗いた。
 こんな盗み見みたいなこと、ほんとはしちゃいけないんだろうけど、あまりに真剣だから、めちゃくちゃ気になった。
 画像の整理をしているみたいだった。よくよくそれを見て、恥ずかしさやら怒りやらで、俺は真っ赤になった。

「ちょっと! なんなんだよ、それ!」

 橘さんの後ろから手を伸ばし、携帯を奪い取る。

「あ、こら」
「なにこれ。……つか、警察官のくせに。こんな状況なのに」

 きれいな風景写真のあいだあいだに、俺の写真が。
 しかも、まともなのが一枚もない。寝顔とか、着替えの最中とか、パンツ一丁で立ってるやつとか。

「俺の名誉のために言っときますが、佑。それはすべてきみの生活のワンシーンなんです」
「はあ?」
「無防備すぎるんだよ」
「うるさいうるさいっ」

 たしかに家じゃあ、風呂上がりとかに裸でうろうろするけど、それとこれとはべつだ。
 片っぱしから消去していると、奪い返そうとする橘さんの手が左右から出てきた。

「佑。おとなしく返しなさい。それは俺の珠玉のコレクションなんだよ。日々の癒しなんだよ。普段は裸で平気なくせに、変なところで恥ずかしがるんだから」

 もみ合っているうちに、気がつくとベッドに押し倒されていた。
 動こうにも、手も足もガッチリとホールドされている。
 橘さんはニヤニヤして、俺のバスローブのベルトを掴んだ。

「なにすんだよ!」
「ほら、また~。そんな格好しときながら、いざとなったら恥ずかしがる」
「べつに、あんたが脱がしやすいようにバスローブを着てきたんじゃない!」
「あら~? バスローブが脱がしやすいなんて、俺は生まれてこのかた、思ったことないけどなあ」

 このとぼけた面。腹が立つ。
 俺は、目線を上に据えつけた。
 すると、橘さんは肩をすくめ、俺の上からどいた。
 ……ほっとしたというか、拍子抜けしたというか。
 こんなところで、なんの準備もなく「こと」に及ぶとは思ってなかったけど、もしやという考えもよぎっていた。
 俺の髪を撫で、橘さんはベッドを揺らしながら立ち上がる。
 そのときに見えた表情は、もうべつの色をしていた。橘さんは、俺がベッドに放った携帯を取り、ゆっくりと窓のほうへ向かった。
 まだ、神崎のことでなにかが残っているのかもしれない。
 それは心残りかもしれないし、し残し、言い残しかもしれない。
 起訴までいけば、警察としての役割は終わりだろうけど、いつもの事件とはやっぱりなにかが違うんだ。
 橘さんもそんなふうに言っていたし。
 なにか声をかけようと思って、しかし俺は口を閉じた。いまの橘さんにはたぶん、冗談も通じない。
 そっとしておくのが一番だと思い、俺は布団を被って、目も閉じた。


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