ブラザーフッド

もりひろ

文字の大きさ
上 下
24 / 36
鈍感ロミオ

しおりを挟む
 先生は微笑み、近くの布巾を取ってくれた。

「じゃあ次郎さんは、先生に会ったときはもうパティシエに?」
「そうだな……。たしか、入り直した養成学校の二年生だった。本格的な勉強をしにいつかフランスへ行きたいとも言っていた。俺はそのとき進路に迷っていて、自分の夢に一直線に進んでいる次郎を見て、いろいろと刺激されたよ」
「先生はいつごろから教師になろうと思っていたんですか?」
「漠然とは、高校くらいから考えてはいたかな。さっきも言ったように、大学のときは自分が本当に教師としてやっていけるんだろうかと悩んでもいたから、正式に決めたのは実習が終わったあとだな。そこで出会った先生や生徒のお陰で、道が決まったというか」

 そう言いながら先生はどんどん食器を洗う。
 ぼくはゆっくりと手を動かして、ため息をついた。

「どうした」
「え?」
「なにか将来のことでも悩んでるのか?」
「悩んでるというか……。悩んでないことに、悩んでるというのか……」

 先生が小首を傾げた。
 ぼくも、いまの自分の状態をどう言ったらいいのかわからない。だから、お兄ちゃんが言っていた先生の名言や、健ちゃんや勇気くんがもう進路を決めている話をした。

「学校へ行って、勉強をして、友だちと話をして。家では宿題して、ご飯を食べて、お風呂に入って寝る。いまはそれで充分だとぼくは思っていたけど、みんなはもっといろんなことを考えて、先のことを見据えて、いろんなことをしている。ぼくの好きなことといったら、本を読むことだけで……。だからこのままじゃダメなのかなって」
「べつにそれでもいいんじゃないのか。中学のときから将来をきちんと決めてるやつは、そんなにいないだろ。仙道も三津谷も、将来というより、いま自分がやりたいこと、その、篠原が好きな本を読むようにやっているだけだ。目標だって、趣味だって、人それぞれなんだから、周りに合わせる必要なんてない」
「……」
「篠原は、もう少しいろんなやつといろんな話をしたほうがいい。そうすれば自分が遅れてるなんて思えないはずだ。高校は自分のできる範囲、もしくは、ちょっと背伸びしたくらいで選んで、それから将来のことを考えてもぜんぜん遅くはない。たしかにこんなご時世だし、いろいろ不安もあるだろうけど、中学も高校も三年間しかないんだ。思いっきり楽しまなきゃ損だろ」

 先生はそう言ったあと、これは教師として誉められるアドバイスじゃないかもしれないなと笑った。
 それでもぼくにとっては、先生の言葉は心強くて安心もできた。
 とりあえずいまのまんま、高校はぼくの行けるところを選ぼう。勇気くんが目指す光明のことも気になるけど、それは絶対に無理なんだから、いまの、中学の残された時間を有意義に過ごすことを考えようと思った。



 九時を回ったころ、ようやく次郎さんが帰ってきた。
 お店を閉めたあとも、後片づけや伝票整理といった仕事があって、すぐに帰れるわけじゃないみたいだ。
 それなのに次郎さんは、これっぽっちも疲れを見せないで、玄関へ出迎えに行ったぼくに「いらっしゃい」と微笑んでくれた。
 ぼくは次郎さんの晩酌を眺めながら、このあいだお兄ちゃんの高校へ遊びに行った話をした。

「学園祭か。楽しそうだね」
「うん。ほとんど見て回ることしかできなかったけど、結構よかったよ。お兄ちゃんの高校がどういうとこか知れたし」
「そうか。それはよかった。僕も、人夢くんが豪とうまくやってくれてて安心だ」
「うまくやれてるのかな。だってお兄ちゃん、機嫌のいいときと悪いときの差が激しくて、ときどきどうしたらいいかわからなくて困るよ。もちろん、ちゃんと優しいときもあるけれど」

 次郎さんは笑う。あいつらしいね、なんて呟いて、ポトフをあてに焼酎を飲む。
 お兄ちゃんのことをいまさらああだこうだ言っても仕方ないのはぼくもわかっているから、それ以上は愚痴らない。
 そこへ、いつの間にかいなくなっていた小林先生が、お風呂が沸いたと言ってリビングのドアを開けた。
 ヒトの家の一番風呂をもらうのは悪いと思って、ぼくは遠慮していたら、次郎さんと先生が揃って手を振った。

「僕らはまだすることがあるから」

 と、次郎さんがさらに勧める。
 それじゃあと、ぼくは着替えを取ってきて、リビングのドアへ手を伸ばした。ノブを回そうとして、あっと思い出したことがあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

どうも俺の新生活が始まるらしい

氷魚彰人
BL
恋人と別れ、酔い潰れた俺。 翌朝目を覚ますと知らない部屋に居て……。 え? 誰この美中年!? 金持ち美中年×社会人青年 某サイトのコンテスト用に書いた話です 文字数縛りがあったので、エロはないです ごめんなさい

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

処理中です...