アノマリー・ライフズ

カジタク

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一章 鮮やかなる国 ブライト

第一章 第四十七話 街の東

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「名前が無いですか……」
〈オボエテルノハダレカニキラレタコト、コノカラダノモトニナッタオンナノコノコトダケダヨ〉
「その二つの記憶は、死の直前と理性を手に入れる前の記憶といった所ですか」

 リュートさんの憶測に、名無しを公表した当人は頷く。前者は善也さん、後者はフェルンか。
 このスライム娘、初めからフェルン要素はあったけど、あの時フェルンを喰らったスライム見て良さそうだ。状況証拠が二つもある……。けど一旦それは棚上げするとして。

「ところで名前が無いと、色々困りません? この先呼ぶ時とか」
「ああ確かに。どうやら彼女も寂しがっているようなので、ここは付けてあげましょうか」

 提案に、皆納得した様子で頷いた。
 名前とはその人物が何者かを表すもの。名は体を表すとまで行かずとも、「呼んで、返事してもらう」という行為ができないのは大変に不便だ。

「ならよ、コバルトってぇのはどだ?」
「おいおい安直だなあ。色からだろ?」
「へへっ、バレちまっただか。けどオラは好きだあよ。呼びやすいだ!」

 ニカっと笑ってみせる敦だけど、そんなに単純なのは如何なものか。俺ならもうちょっと捻った物を付けたい所だな。
 ここは一度元の世界に戻り、ネットで外国語やら花言葉だとかを調べて上手く使ってだな……。

〈コバ、ルト。コバルト……。ワタシノナマエ〉
「おお。気に入っただか!?」
〈ウン。コノヒビキ、ワタシスキ!〉
「マジかー。気に入ったかー……」

 何度が自分に付けられた名を口ずさみ、その度頬を綻ばせるスライム娘。
 当人がこうも嬉しそうにしているのだ。外野が口を挟むのは無粋、引っ込んでおくか。

「さて名前も付きましたし、コバルトさん。ギルドまで一緒に来てくれますか?」
〈イイケド、ムズカシイノワカラナイヨ?〉
「大丈夫。あなたは質問に答えれば良いですから」

 スライム娘改め、コバルトは首を傾げている。
 ギルドでするのは恐らく上の人間へ理性があることの証明や、この先コバルトをどのように扱うか等の方針決めとかの事務的なものだろうか。

「ああ、それとアツシさんも来てもらえますか?」
「オラか。別に良いけんど」

 あれっ、敦も連れて行くんだ。
 何するのか気になる所だけど、わざわざこの場から連れて行くのだから、事情ありそうだ。ここは首を突っ込まないでおくか。

「ありがとうございます。では僕達は行きますけど、サナさん達は他に何かありますか?」
「私達は……。どうだろ?」

 サナがこちらに話を振ってきた。
 特に無いから首を横に振ると、正行とフェルンも同じく要件が無いと身振りで伝えると、リュートさん達は背を向けてギルドのある方へ歩き出して。

「今日は皆さん、ありがとうございました!」

 すぐ振り返ってお辞儀を一つしてから、また農業地帯の坂を登っていった。

「人型スライム、コバルトか……」
「どうしたフェルン、気がかりでもあるのか」
「いや彼女の行く末が少し心配になっただけさ」

 そう頬を掻きながら「気にしないでおくれ」とちょっとはにかんだ。
 コバルトの将来が気になるのは皆同じだろうけど、フェルンはコピー元だから余計に思うものがあるだろうな。

「なあ、それはそうとさ」
「どしたー?」

 そんなコバルトへの未来へ皆想いを馳せる中、澄まし顔な正行が口火を切る。
 そして皆からの視線を察してか「大した事でもねえけどよ」と前打ってから、続けた。


「この後、どうすんだ?」


 ああうん、確かに。
 俺もサナもフェルンも、問いかけに皆合点が行ったものの返答が無く、いつの間にか去った雨雲から隙を見て顔を出し、中点から西へ傾きつつある太陽を眺めた。



_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆



『寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 力の弱い奥さんでもカボボをラクラク切れる包丁だぁー!』
『この盾は凄いよ! 軽い上にストロングホーンの突進に耐える魔法金属製だ! お安くしとくよ!』
『魔導書はどうかなー!? 大好きなあの子もイチコロな魔法から皆滅ぼす雷の魔法まであるよ!』

 けたたましく叫ぶ商人と取引する客。
 赤や青から紫に黒といった色の暴力の屋根屋根に剣に盾に服に指輪、果てには野菜や怪しい草まで種類のある看板。
 それらが色んな形の家屋の群れに載っかり、そしてその下で商いが行われている。

「全体的にうるせえな、おい」
「まあ賑やかなのは嫌いじゃないよ、俺は」
「東の商店街はいつもこんな風だよー。慣れよ?」

 今度は何をするか。
 丁度クエストを終えた直後に、コバルト絡みの話に降りかかった為にそんなの考える暇も無かったのだけど、サナが俺と正行に「街の東に行った事ある?」という質問から、この商店街に来た。

「しかしこの商店街の売り物の種類は感心するよ」
「へえ、フェルンがそう思うのか」
「例えばこっちにあるのはこの辺りではごくごく一般的な果物のリゴゴだけど……」

 ふと近くにあった八百屋で足を止めたフェルンが右手で取ったのは、リンゴにそっくりな赤い果物。それを手に取ったまま、色取り取りのフルーツの山を漁り、黄色い果実を手に取った。

「これは確か南国でしか取れない果物だね。店主、これの名前はなんだい?」
「ナナバだね。しかしそれを手に取るとはお嬢ちゃん、お目が高いねえ!」

 バナナによく似た果実を持ったまま「褒めても何もないよ?」と返し、店主は苦笑した。
 まあしれっとしたやり取りだったけど、この辺りでは育たないはずの果実があるなら輸入品のはずだ。それに魔法があるとはいえ、四六時中環境を維持するのはコストが高すぎるから、外国の産物と考えるのが自然だし。

「ねえ皆、せっかくだからどこか入ってみない?」
「ああ、せっかく来たんだから入らないとな」

 なんて、何となく商店街を歩いていたところでサナがそう言う。
 噴水広場に近い方は道具とか食べ物が多く、東に行く程鎧、剣といった装備品が多いとか構造や景色ばかり考えてたけど、ここは商店街だからな。本番は店に入り、商品を選び出してからだろ。

「よっしゃ! 俺は武器屋が良いぜ!」
「素材屋かな。まあ大抵の物はボクの羽と合わせれば何か出来るよ」
「わ、私は装身具のお店が良いかなって……。指輪とか……ごにょごにょ」

 全員バラバラかよ。
 俺は特にこれといった希望はないけど、あるとしたら今は皆の希望を叶えられそうな店を。

「おっ、あの店は?」
「お化け屋敷のミニチュア版みたいだな……」

 と、視界に入ったのは壺のマークに「魔道具」と書かれた看板を壁からぶら下げ、紫屋根でサナ家より一回り大きめの店舗の怪しげな店だ。
 しかし、否。だからこそ魔道具作りに必要という事で何らかの素材や特別な効力を持った装身具、武器の類が手に入るかもしれない。

「——なあ、入ってみようぜ?」
「けどここ何だか怪しげ……」
「まーまー。入ってみたら案外名店、かもだし」

 サナが一人心配を拭えぬ中、恐る恐るドアの取っ手に手を掛ける。
 少し取っ手がガタつく。年季入ってるぞこれ。ますます雰囲気出てきたな。

「おし、行くぜ?」

 手前に引く。
 手に汗が滲み出てくるのがわかるが……。
 入ってみないと、始まらない……!

ぎいいいぃぃぃ——ぃぃい

 ヒッ!
 な、何だ今の……。
 効果音の素材で出てきそうな古ぼけた屋敷の扉を開いた音、て言われても納得するぞ俺は。

「けど、中は一応……。店だな」
「怪しげなのは変わんねえけどな」
「いや、ボクは好きだよこういうの」
「うう……。こういうの、苦手なんだけどなあ」

 三者三様の反応だが、とりあえず店内を進む。
 店の内装は木製の床にレンガの壁で、サナ家やギルドと構成は変わらない。ボロいの除いて。
 売られている物の多くは、何らかの動物の部位だの、濃い緑をした植物の葉だのといった、予想通りに怪しげなシロモノが不透明の瓶に詰められ、年季の入った棚に陳列されている。

「さて、何か買おっかなー」

 購入にあたって、対応してくれる人を探す。
 近くにある木のカウンターには人が居ない。材料の買い出しにでも行っているのだろうか。ともあれ居ない以上、探すか待つかして——

「と、と、た、と、たたたぁっぁぁ……っ!?」
「え?」

 なんて考える中、足音が聞こえた気がして階段に視点を向けた時。
 丁度踊り場から一段降りた地点から、山積みの商品のせいで、という絵に描いたような原因でバランスを崩し。

「う、わあっ、あぁあぁぁ!?」

 今にも転げ落ちそうな、ドジで危険なサナと同い年位の女の子が居た。
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