アノマリー・ライフズ

カジタク

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一章 鮮やかなる国 ブライト

第一章 第三十一話 賢い愚策

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「はは、あはっ、あははっ……」

 出来た。出来ちまった。
 釘にフロートが発動する魔法陣を書いた紙を括り付けて攻撃するとか、なんて残酷な。おまけに俺の魔力が尽きるまで対象を追尾する効果まであると、我ながら殺意しか感じない活用方法だ。

「しかも自分で操作するより省エネとは。怖いくらい使いやすい」

 自分で操作していた時は、幾つもの対象に逐一命令を出す為、非常に集中する必要がある。
 その上、命令一つ一つに魔力が必要だったせいで消耗が青天井だ。対しこれは集中力も要らず、魔力もフロートと誘導の魔法による持続的な消耗のみ。

「やり過ぎな気もするなあ。ああそういえば、フェルンの魔法も組み合わせる事で使ってたのかな」

 黒い炎と白い炎。
 光と闇の魔法のどちらかを火の魔法に混ぜる。そんな風にすれば難易度は高くないかもしれない。
 それから難易度、といえば。

「これだけ使えるのは、サナの恩恵?」

 手の甲に刻まれた青い魔法陣を見て、ふんぞり返ったドヤ顔が目に浮かぶ。
 延々と魔力が送られているお陰で実質無限なんだっけ。水の魔法以外の魔法が使いにくく、というデメリットもあるけど。

「物は試し。色々使おう……!」

 出来れば使ったことの無い魔法が良い。
 今見ているウォーターは使った。防御関係はシールドを習得しているし。

「わ、本が勝手に!」

 本が一人でにぱらぱらとめくられていく。
 フェルン曰く閲覧者が見たい、という感情に合わせてページをめくるようになってるとか。因みに魔力は閲覧者から僅かに頂戴しているらしい。

「この魔法は今までとは違うな」

 開かれたページに目を通すと。
 これまでの魔法とは趣向が異なっていた。

『基本的には魔法の糸を出現させ、対象を拘束する魔法です。応用的な使用法として縄等に付与する事で自動的に拘束する事も可能となっています』

 見出しには【バインド】とある。
 確かに攻撃するウォーターや防御のシールドともまた違って、敵を妨害する魔法だ。応用も効きそうだし、使えて損は無いな。

「けど大型な魔法を使えるようにもなっときたい」

 今現在、俺が使えるのは小技が多い。
 初心者だからそんなの当たり前だけど、サナが見せた豪快な魔法や便利な魔法の数々は、正直使ってみたいと思う。

「特にセデム。あれは便利な上に綺麗だった」

 青い輝きの中の神聖さすら感じさせたサナは、よく記憶に焼き付いていて、いつだって鮮明に思い起こせる。
 技量の違いはあるけど、本人が同じように魔法が使えると言ってたんだから出来るはず、出来るようになりたい。

「一回やってみよう。サナみたいには行かずとも」

 そう思っても魔導書のページはめくられない。
 何故かと文庫本サイズ魔導書のあちこちを観察すると、タイトルで目が止まった。

「誰でも出来る! お手軽魔術五十選、かぁ……」

 うんわかった。
 セデムのような異なる世界からの召喚も可能である魔法が、お手軽なはずがないんだよ。普通に考えて負担も消費魔力も、そして難易度もぶっ飛んでるはずだ。

「でもいつも見てるから、きっと」

 我が身に託されし魔力よ、その力を以って彼の書物を我が望みし場へと……。
 使いたいと思うのは便利なのは勿論難易度が高いんだろうとは思うけど、親しみからか遠いという思いは出てこない影響で試すのに抵抗が無いからだ。

「よし何とか出来上がったぞ」

 ふと時計の針を見れば、七にさしかかろうとしていて窓の外を覗くと夕闇が空を覆っていた。
 時間があっという間だ、なんて考えつつも書いた魔法陣に手をつき、体の中の魔力へ意識を集中させて使う準備をする。

「セデムっ!」

 魔力を流した瞬間、身体中の力が抜ける。
 同時に魔法陣が眩い光を放って、反射的に目が閉じた。やっちまった、これじゃ何が起こっているかわからないぞ。

「上手くいってくれたか?」

 僅かな後悔と共に目を開くと。
 茶色い幾何学模様が表紙の辞書みたいな一冊の本が魔法陣の真ん中に鎮座している。

「タイトルは、召喚魔法辞典……」

 成功だ。
 狙い通りの物を呼び出せた。一気に魔力を使ったらしく脱力感が凄くて真似した大元とは同じとはいかないけれど。

「それでも、できたんだよ」

 初めてなら上出来だろと自我自賛しつつ、本に手を伸ばしページをめくる。
 こんな分厚い本ならさぞすごい情報が眠って。


『召喚魔法は、あらゆるものを喚べる』


 目次をめくって一ページ目。
 でかでかとした謳い文句と共に、人や動物、魔物が魔法陣が出たり入ったりしているが。

「なんだ、これ?」

 その内の一つ、蛇に翼をくっ付けたような魔物が召喚される寸止めの状態で魔法陣に囚われ、酷く苦しんでいる姿が描かれていた。


_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆



「急げっ、とにかく足を動かせ……!」

 ああくそ、初めから気づけなかったのが失策だ。
 考えてみればそうだ、この世界でも魔法は使えるから何かしらあっちに干渉する事も可能だったかもしれないのに、大人しく待っててと言われて言う通りにしたのが馬鹿だったんだ!

「けどあんなの知る術もなかったからさっ、仕方ないんだけどよ!」

 今こうして引きこもりな俺が山道を走る事になったのは、あの魔物の絵を見たのがきっかけだ。
 最初は意味不明だったけど、別世界に身体を召喚するという拘束なのを読みといていく内に理解し、そして丁度この拘束を使うべき相手が居た。

「この魔法なら、あの怪物にだって!」

 皆が必死に戦っているであろう、揺れる炎を漆黒の体躯に宿した骸骨の羊。
 あの絵のように体の一部分、特に脚をこちらの世界に召喚出来れば脚を奪って動けなく出来るはずだと閃き、怖気ずきもしたけど何かしたくて行動を起こした。

 ただメリットに引き換え懸念は山積み。
 例えば拘束しようが使えそうな魔法の攻撃やそもそも可能か否か、さらにもし出来たとしても魔力の量や技量的に、長い拘束は不可能な点等。

「はあはあっ。よし着いたぞ」

 そうこうする内来れたぞ山の中腹。
 ここまで来たのは周囲への配慮だ。召喚した脚を見られたら大騒ぎになって助け舟どころじゃなくなる。

「この身に託されし魔力よ」

 気休めに詠唱を口ずさみつつ魔法陣を画用紙へと書き記す。
 曰く口ずさむと願う事、想像する事は魔法がより正確になるらしい。

「その世界を越える力を以って」

 描く青写真はもう浮かんでる。
 こちらの世界に脚を持っていかれて動けない骸骨羊に、集中攻撃して無事討ち取れ、喜びと安堵に満ちる知り合いやそうでない冒険者の皆。

「我らが忌むべき敵を縛りたまえ」

 この際俺の消耗はもう考えない。
 苦しもうが構わないから、出来る最大限のパフォーマンスを発揮して、居てほしいであろうシーンに居れない分を取り戻す。

「来いよバケモノ。セデムッ……!」

 魔力を流した瞬間、心臓が跳ねた。
 かと思えば立てず、呼吸が辛い。
 さらに活力を尽く吸われ、動けなくなっていく。
 そして最後に。


 ドォォォオ……ン


 地響きと一緒に出てきた、黒い蹄のついた脚を見たのを最後に意識が消えた。



_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆_☆



「か、ぶふ。お、おぉぉ……」

 意識が醒める。
 服越しに僅かな痛みを伴う砂利の感覚がする。
 確か、俺は羊の脚を召喚して、それから。
 それから。

『あ、目を覚ましてくれたね?』
「おう、サナ。無事で、何より……」

 目が覚めてヴィジョン越しにサナの顔が映った。
 確か俺はサナ達の為に脚を召喚して、身体が耐えてきれず意識が途絶えたんだ。サナも髪は青く染まり目が腫れぼったく、疲れが色濃く顔に出ている。

「あいつは、アイツは倒せたのか?」
『残念だけどまだ健在だよ』

 目線の指す先には、魚のように一人でにじたばたと動いている黒い脚が。無事召喚は出来たか。
 どの位経ったか知らないけど、無力化されてまだ尚足掻くとは流石怨念の集合体。しぶとさが違う。

「ここまで、してまだ、くたばらねえか」
『もうちょっとで倒せるよ。それより』
「それより?」
『派手にやってくれちゃったね』

 その場から退くと、よくある家一軒はあろう巨躯の骸骨羊が脚を失い横転した姿が映った。
 目を凝らせばフェルンや正行、健助の他周りを囲うように多くの冒険者が集まっている。

『タクマの目論見通り、パイロシープは無力化出来てるよ。冒険者も集まってる』

 あの骸骨羊、パイロシープって名前なのか。
 いかにもそれっぽいけど、新たに名付けられたのかな。前は「あの魔物」って呼んでただけだし。

「後は、集中攻撃すれば、終わりか」
『うんそんな所。まあ他にも言いたい事はあるけど、今は言わないであげる』

 そうは言いつつもふい、とそっぽを向いて何か言いたげな顔をしている。
 こういう場合どうするべきか、流石に経緯を考えれば自ずとわかるが。

「勝手に行動して、悪かったよ」
『解ってくれていてよかった。助かったからつべこべ言わないけど、無茶しないで』
「俺も無茶なんて望んでないしな」

 痛切な顔つきでそう言われ、こちらも真面目に返すしかなくて、それ以上言葉が出なかった。
 軽口を言える場面でもなく何も口に出来ず、気付けば通信は切れていた。
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