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1章

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「無事みたいで安心したよ。それにあんたの方が大変だったろ? で、成功したのかい?」

 鈴の手を握りながら雅が言うと、鈴はコクリと頷いた。そんな鈴を見て雅も楽もホッと胸を撫で下ろしている。

「そうかい。お勤めご苦労さまだったね、二人とも。それにしても神事の後にあんたが花嫁と休息を取るとはね。今後もその予定ならあの部屋にも暖炉をつけるかい?」
「そうですね。私は平気ですが鈴さんが心配です。ただでさえ神事の間ずっと痛みに耐え続けたのですから」
「だ、大丈夫ですよ? 千尋さまが隣に居てくださったので暖かかったですし、痛みももうありませんから」
「ちょっと待て。なんだ、痛みに耐え続けたって。そんな事今まで無かったろ!?」
「それが、鈴さんは終わるまでずっと意識を保っていたんですよ」
「そんな……鈴、あんた大丈夫かい!?」
「はい! もう元気です。それに痛みを乗り越えたおかげで私はとても尊いものを見られました。痛みを我慢した甲斐があったというものです」

 そんな事を言って微笑んだ鈴を見て雅は青ざめ、楽は鈴がずっと痛みに耐えていたと聞いて愕然としている。

「な、なぁ痛みってどんぐらいの奴なんだよ? お前の後遺症とどっちが痛いんだ?」
「比べるのは難しいですね……後遺症の方は熱くてこう、何か鋭い物でグリグリされている感じですが、神事の方はお腹の中に鉛のような物を沢山詰められてギュウギュウ押される感じでした」

 あまりにもあっけらかんと痛みについて説明する鈴に思わず千尋も雅も眉根を寄せてしまったが、楽はそれを聞いて震えだした。

「はあ!? な、なんでそんな呑気に笑って……千尋さま、この儀式ずっとするの? 本当に?」
「そうですね……致し方ありません。雅、私は今まで大きな思い違いをしていたようです。花嫁が若くして亡くなる原因はこの痛みにあったのかもしれません」
「ああ……あたしもそう思った。今まであたし達は花嫁が神事の間の事を何も覚えていないから知らなかったけど、何せ意識を失うぐらいの痛みなんだ。何か改善した方が良さそうだね、これは」

 腕を組んでそんな事を言う雅に千尋もまだ楽と話している鈴をじっと見下ろした。鈴が神事の間も意識を保っていられたのは、普段から千尋の力に触れていたのと、痛みに慣れていたからだ。そうでなければ鈴も今までの花嫁と同じように意識を失っていただろう。そうしたらこの話を聞くことも無かった。

「後世の龍神の為にもこれは伝えておいた方が良さそうです。鈴さん、もしかしたらあなたのおかげで次の代の龍の花嫁達の寿命を伸ばすことが出来るかもしれません」

 真剣な顔をして鈴を見下ろすと、それを聞いて鈴は素直に喜んだ。

「そうですか! それは花嫁達もきっと喜びますね。もしかしたら私と同じように子どもが旅立つ所を見る事が出来るようになるかもしれません!」
「ええ、そうですね」

 それを聞いてあまりにも衒いのない鈴の声に千尋は泣きそうになってしまう。どこまでも純粋で正直な鈴は、やっぱりどこまでもお人好しで優しい。

「そうと決まればとりあえず暖炉はつけよう。どうせあんた達はこれからも神事の後は一緒に籠もるんだろ?」
「え!? えっと、その……」

 雅の言葉に鈴は頬を染めて千尋を見上げてくるが、その眼差しには不安と期待が入り混じっている。

「もちろんです。今の話を聞いて私が鈴さんを一人残して側を離れられると思いますか?」
「いいや、思わない。それから神事の後の食事も考えないとな。今まではお粥一択だったけど、もうちょっと栄養のつきそうな物の方が良さそうだ。楽、鈴の部屋を暖めてきてやってくれ」
「分かった! お前、とりあえずもうちょっと書斎で休んでろよ。あと何か温かい飲み物持って行くから!」
「え? え? だ、大丈夫ですよ? もうたくさん休みましたよ?」
「駄目だ! ね? 千尋さま!」
「楽の言う通りです。今日はもう一日大人しくしていてください、鈴さん」
「……はい」
「鈴は働き者だからねぇ。でもあんたは今、世界の誰よりも大変な仕事を終えたとこなんだよ。自覚は無くてもね。それを肝に銘じて書斎のソファでふんぞり返ってな! で、千尋は――」
「私は忘れないうちに龍神の仕事についての改善案を提出してきます」
「そうだね、それがいい。そうと決まったら、はい! 解散!」

 雅が手を叩くと、それを合図に楽が鈴の部屋へ、そして雅は台所に向かって走り去っていく。

「鈴さん、少しの間書斎で待っていてくれますか?」

 千尋が鈴の頬を撫でると、鈴はくすぐったそうに笑って頷いた。とても元気そうに見えるが、体自体はまだ悲鳴を上げているはずだ。

「では、すぐに仕事を終わらせてきます」

 千尋はそう言って書斎まで鈴を送り届けた。
 
 
♥ 
 神事の間はこんなにも体というのは軋むものなのかと驚いたが、3日間ぐっすり眠った事でもう何とも無い。

 それでも千尋を始め、雅も楽も異様に鈴を気遣ってくれた。楽など泣きそうな顔をして千尋に「これからもこんな儀式をするの?」と問いかけてくれたほどだ。

 それが嬉しくもあり申し訳なくもあって複雑だが、見えない所でもしかしたら鈴の体はやはり千尋達が言うように疲れているのかもしれない。

「いつもなら絶対にお手伝いしに行っちゃうな」

 それでもこんな風に素直に休もうと思えたのは、皆が本気で心配してくれている事が分かったからだ。今までの鈴であれば無理をしてでも手伝いに行っただろうが、それは皆の厚意を無下にするものだと言う事にようやく気づいた。

 鈴は本棚からお気に入りの恋愛小説を取り出して暖炉の前にあるソファに腰掛けると、表紙をそっと撫でた。表紙には美しい男性と可愛らしい少女の絵が描かれている。この小説のヒーローが一番千尋と似ているのだ。

 神森家で字の勉強をした鈴は、あれから千尋に沢山の本をプレゼントしてもらった。その中でも特別お気に入りなのがこの本だ。

「よ。ほら、ココア。喜兵衛さんの特別仕様だって」
「楽さん! ありがとうございます。喜兵衛さんの特別仕様ならきっと美味しいですね!」
「おう。ん? なんだお前も恋愛小説読んでるのか?」
「私も?」
「ああ。この間菫が俺は人間の心の機微が分かって無さすぎるって言って何冊か本貸してくれたんだけど、それ全部恋愛小説だったんだよ。あいつ、案外恋愛ごとに感心あるんだな」

 楽は鈴の隣に腰掛けると皆のおやつにと作り置きをしている缶に詰まったクッキーの蓋を開けながら笑う。

「ああ見えて菫ちゃんはとても可愛いんです! あ、もう大分少なくなってきてますね。また作り足さないと」
「可愛いけどあいつの場合はあの気の強さがなぁ。ところでこれ、クッキー美味いよな。いつも気づいたら少なくなってて、次の日にはちゃんと増えてる。お前がいっつも作ってくれてんだろ? ありがとな」
「はい。私と雅さんでいつも作ってます。千尋さまもお仕事をしながら齧っているみたいですよ」

 クッキーを作っていると、いつも千尋が自分専用の缶を持ってやってくるのだ。頭を使う仕事や体力を使う仕事にはちょうど良いと言って。

 それを楽に伝えると、楽は苦笑いしている。
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