冷酷王の知られざる秘密

あげは凛子

文字の大きさ
上 下
21 / 58

21

しおりを挟む
 オズワルドの馬車は豪華なのかと思いきや、思いの外簡素だ。

「あんまり広くないんだね」
「俺一人だからな。おい、詰めろ」
「うん」

 オズワルドに押されて馬車の奥に移動すると、ドアが閉められる。

「なんか、オズワルドっていっつも一人だね」
「その方が気楽だからな。けれど今回はよく喋った」

 腕を組んでそんな事を言うオズワルドに私が首を傾げると、オズワルドは私のおでこを指で軽く弾く。

「お前のせいだろ」
「え!」

 わざと分からない振りをして馬車の中で大きく伸びをすると、欠伸を噛み殺し何の遠慮も無しに横になってオズワルドの膝の上に頭を置いた。

「硬い枕だなぁ」
「お前、不敬罪という単語を知っているか?」
「私の辞書には載ってないかも~。でも横になれるだけいいね。おやすみ~」
「……話を聞け」

 それでもオズワルドは私の頭をどかしたりはしなかった。それどころか私にそっと自分の上着をかけてくれる。本当にこの人は皆が言うほど冷酷なのだろうか? そんな考えが脳裏を過ったが、気がつけば私はまた眠りに落ちていた。私は昔から乗り物には超弱いのだ。

 それからどれぐらいの時間眠っていたのか、突然馬車の振動が変わったので目を覚ますと、いつの間にか馬車の外が明るくなっていた。

「んん?」

 どうやら夜の間に無事に砂漠は抜けたようで、窓の外にはまばらだが民家が見える。

「オズ?」

 もしかしてずっと膝枕をしてくれていたのかと思いながら身体を起こすと、オズワルドは窓枠に肘をついてすやすやと眠っていた。

「なんかごめんね」

 私はオズワルドを起こさないように小さな声で囁くと、かけてくれていた上着をそっとオズワルドにかける。

 それからオズワルドが起きるまで私はじっと窓の外を見ていたが、突然馬車が大きく揺れてオズワルドがパチリと目を覚ました。

「ん? ああ、起きていたのか」
「うん、ついさっきだけど。枕と上着ありがとう」
「ああ。相変わらずお前は一度寝ると何をしても起きないな」

 そういうオズワルドの視線は私の髪に注がれている。その視線に釣られたようにふと髪を見ると、そこには大量の三つ編みが出来上がっていた。

「ちょっと! 変な癖つくでしょ!」

 慌てて三つ編みを解いてみたが、既に時間が経っていたのか一部だけ見事なソバージュになっている。

「そう言えばお前は大体決まった髪型しかしないな」
「しないんじゃなくて出来ないの」
「不器用なのか?」
「どうかな。男の人を縛るのは得意なんだけど」

 何気なく呟いた私にオズワルドは何かを思い出したかのように頷く。

「言われてみれば俺の手を縛った時の手早さは凄かったな。結び方も特殊な物だったが、まさかあれも仕事で培ったのか?」
「うん。亀甲縛りとか痛くない鞭打ちとかね。いつか披露する日が来るかな?」

 期待を込めてオズワルドを見上げて見たが、オズワルドは顔を顰めただけだ。

「俺は遠慮しておく。俺にそんな趣味はない」
「そっか、残念」
「そう言えば俺もお前に聞きたい事があるんだが」
「うん、なに?」
「記憶喪失というのは、どこまでの記憶が無いんだ?」
「どこまでも何も、目が覚めたら私は知らない小屋で小汚いおじさんに犯されてたのよ。二晩買ったんだって言われたから、そうなのかと思って相手したけど、どういう経緯で客を取ったかも分からなければ、最初は自分の名前も分からなかったんだよ」
「それは全く何も覚えていなかったと、そういう事か?」
「うん。名前も住所も何も。マリアが教えてくれた事が嘘じゃなければ、私はダリアという名前であの村の花街で産まれてそのままそこで育てられたって」
「それでそのまま慰み者になったという事か。分かった」

 それだけ言ってオズワルドは窓の外に視線を移す。オズワルドが一体何を聞きたかったのか気になって、オズワルドを覗き込んだ私は素直に聞いてみた。

「何か気になる事でもあるの?」
「いや、お前の素性を調べたと言ったろ? でもあの村にダリアという若い女がそもそも居なかったんだよ。この国ではたとえ孤児でも申請をしなければならないというのに」
「どういう事?」
「分からん。ただ言えるのは、お前はあの村の出身では無いかもしれないと言う事だ。だとすればお前の記憶の鍵を握っているのは、そのマリアとかいう女だな」
「あ、あんの小娘……もしかして私、あの子に何かされたの!?」
「さあな。何にしてもお前は厄介事に巻き込まれる習性があるようだから、気をつけた方がいいぞ」
「分かった。変なところは前世を引き継いでくれなくて良かったのになぁ。これ以上変な事に巻き込まれたら夢の腹上死がまた出来なくなっちゃうじゃん」

 自分の出自も気になるが、そんな事よりも、マリアが私を騙していたかもしれないという事の方が気になる。

 とは言えマリアの嘘のおかげで今こうして居られるのだから、そこだけは感謝しているが。

「お前な、まずは命の心配をしろ。王都に戻ったらもう一度詳しく調べてみるつもりだが、まぁ、お前は記憶が戻らない方が幸せだろうな。色々と」
「それはそう。ところでオズワルド、私も聞きたいんだけど」
「ああ、何だ?」
「何かね、どっかでオズワルドは世継ぎを残せないんじゃないかって噂になってたみたいなんだけど、知ってる?」
「いいや、初耳だ。誰かがそんな事を言っていたのか?」
「うん。最近オズワルドがサロンに現れなくなったって。だからセックスが出来なくなったんじゃないかって噂が流れてたみたい」
「そうか。だがその噂も今日で終わりだ。お前限定で俺は回復したからな」
「そうなんだけど、な~んか気になったのよね」
「何がだ?」
「それを聞いてきた女の子、私が否定したら少し顔を顰めたの。普通、逆じゃない? そこは喜ぶ所だよね?」

 何だかずっと気になっていたのでそれをオズワルドに伝えると、オズワルドは口元に手を当てて少し考え込み頷く。

「なるほど。その女の特徴を教えてくれるか?」
「えっとね、髪は赤毛でそばかすがあって可愛かったよ。白いドレスで大人しそうな子。あと、胸に黒い花のモチーフのペンダントがついてた。でさ、もう一個聞きたい」
「まだあるのか」
「あのお手付きになった二人が側室候補にならないかって誘われたって凄い喜んでたんだけど、オズワルドは本当に私達みたいな人でも子どもが出来たら結婚するの? ていうかそれ、許されるの?」

 王族と結婚して王妃になるなんて、どう考えても私達庶民には務まらないと思うのだが。

 そんな疑問にオズワルドは何かを察したかのように肩を竦めた。

「あれか……いや、あれは単なる習わしだ。一応誘うんだよ、戦場で俺と寝た奴は。だが妊娠の兆しが無かったらすぐに側室候補から外れる」
「そうなの?」
「ああ」
「なるほど。それじゃあ妊娠してるかどうかを確かめる期間だけの候補者って事か」
「そうだ」
「……それはそれは……あの二人が聞いたら発狂しそう。でもどうして子ども出来ないの? それこそ三年前まではじゃんじゃん抱いてたんでしょ? はっ! もしかしてあなた、その……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死神令嬢は年上幼馴染からの淫らな手解きに甘く溶かされる

鈴屋埜猫
恋愛
男爵令嬢でありながら、時に寝食も忘れ日々、研究に没頭するレイネシア。そんな彼女にも婚約者がいたが、ある事件により白紙となる。 そんな中、訪ねてきた兄の親友ジルベールについ漏らした悩みを克服するため、彼に手解きを受けることに。 「ちゃんと教えて、君が嫌ならすぐ止める」 優しい声音と指先が、レイネシアの心を溶かしていくーーー

向日葵ー靖子ー

絵麻
恋愛
 戦争で夫を失くした一ヶ月後、愛娘の純夏とはぐれた。  失意のどん底にいる靖子を、友人のアメリカ人・パトリックはずっと愛していたことを告げ、二人は結ばれる。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

義兄の執愛

真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。 教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。 悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...