冷酷王の知られざる秘密

あげは凛子

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「ただいまー」

 自宅の玄関のドアをあけると、廊下の先にあるリビングから、猫達がお迎えにやってきた。

「ただいま、マツ、タケ、ウメ。あれ? ヒノキとヤナギはどこにいるの?」
「やあねえ、そんな名前で呼ばないでよ。ちゃんとつけた名前があるでしょ?」

 猫達の後ろからついてきた母親が顔をしかめる。

「だって、お母さんがつけた名前、覚えられないんだもん」
「だからって松竹梅まつたけうめなんてやめて。それとひのきやなぎも!」
「えー……」

 ちなみに、うちの母親が猫達につけた名前は、ヒュー、レオナルド、ジョニー、などなど。猫達には自分のお気に入りの、某ハリウッド映画の俳優さん達の名前をつけている。どの子にどの名前にしたかの理由はない。なんの脈略もなく、母親のその時の気分らしい。

「こっちのほうが、絶対にわかりやすいよね、ねえ?」

 私の問いかけに、猫達はニャアと鳴いた。

 私の名前は、山崎やまざき真琴まこと。両親と祖母、そして五匹の猫達と暮らす女子大生。ちなみに姉が一人。こちらはすでに、結婚をして家を出ている。

「せっかく素敵な名前をつけたのに」
「でも覚えられなかったら意味がないじゃない? お父さんだって、松竹梅のほうが覚えやすいって言ってるし」
「そんなことないと思うけど……」

 私にはカタカナの長ったらしい名前は覚えられないので、勝手に名前をつけて呼んでいる。猫達はどちらの名前にもそれぞれがきちんと反応するので、きっと彼らの中では、私達がつけた名前は「ヒューマツ」「レオタケ」「ウメジョ」と合体したものになっているんだと思う。

「ああ、それから、しゅうちゃん、帰ってきてるよ」

 玄関の靴に顔を突っ込もうとしているマツを抱き上げながら、母親が言った。

「そうなの?」
「うん。いま、お婆ちゃんちで爆睡中」
「そうなんだ。てっきり、部活で山登りしてるかと思ってた」

 ちなみに修ちゃんは猫じゃない。れっきとした人間で、名前は藤原ふじわら修司しゅうじ。私とは親戚、正確に言えば、私達のひいお爺ちゃんとひいお婆ちゃんがイトコ同士とかハトコ同士とかの、かぎりなく他人に近い親戚の幼なじみだ。

「山に行くには短い休みだから、先輩達と話し合って、今回は全員を帰省させることにしたんですって」
「へー、珍しいこともあるもんだ」
「一年生君がホームシックになっちゃって、ちょっと大変らしいって言ってたわ。帰省できたのはそのせいかも」
「そうなんだ」

 その限りなく他人に近い修ちゃんが、どうして自分の家に帰らず、我が家に〝帰って〟きているのか。そこは色々と複雑な事情があった。

「大変なんだねえ、ボーダイってとこは」
「ほんとにね」

 修ちゃんが通っている大学はボーダイ、ボーエー大学校というところだ。つまり、自衛官になるための大学。もちろん自衛官にならない人も少なからずいるけれど、だいたいの人は卒業すると、自衛官や自衛隊関係の企業や研究所に就職したりするらしい。

 修ちゃんは自衛官になるために、この学校に進むことを選んだ。だけど修ちゃんの周りの人はなぜか大反対。受験するための書類をそろえるのも大変なぐらい、周囲は大反対の嵐だったらしい。そんな反対をはねのけて、修ちゃんはボーダイに進学した。

 その代償として、親には勘当されるは、親戚には縁切りされるはでいろいろと大変らしい。で、そんな四面楚歌しめんそかな修ちゃんに手を差し伸べたのが私の祖母だった。祖母は、帰省することもままならない状態の修ちゃんに、帰省先として二世帯住宅の祖母側のスペースを提供したのだ。

「去年はこんなふうに帰省できなかったのにね」
「二年生になって少しだけ余裕ができたのかもね」

 休みの間も訓練や部活があって、帰省もままならないのがボーダイセイってやつらしい。それでも今は、昔に比べてずいぶんゆるくなったらしいというから信じられない。

「聞いてはいたけど、ほんとうに大変だねえ」
「顔を見に行くのは良いけど、起こしたら可哀想だから、寝てたら起こさずに寝かせておいてあげなさいね」
「寝てたら顔だけ見てほっとくよ」

 自分の部屋に荷物を置くと、祖母の居住スペースに向かった。こういう時、二世帯住宅って実に便利だ。

「ただいま、お婆ちゃん。修ちゃんが帰ってきてるって聞いたから、顔を見にきた」

 台所で晩御飯のしたくをしている祖母に声をかけた。

「おかえり、真琴。さっきのぞいた時はまだ寝てるようだけど、起きてたらメロンがあるから出ておいでって言ってくれるかい?」
「わかった」

 修ちゃんが自分の部屋として使っている、二階の部屋にむかう。部屋のドアが中途半端な状態であいていた。

「?」

 普段はきちんとしているのに、珍しいこともあるもんだと思いながら部屋をのぞく。敷かれた布団の上で寝ているのは、修ちゃんと、ヒノキとヤナギだった。どうやらドアが開いていたのは、猫達のせいらしい。

「二匹ともめったに会えないのに、修ちゃんのことだけは忘れないんだねえ……本当に好きなんだから……」

 猫達がピッタリと密着しているせいか、修ちゃんはちょっとだけ顔をしかめている。私のつぶやきに二匹が顔をあげた。鼻をスンスンとさせて起き上がると、あくびをしながら思いっ切りノビをする。二匹は私の足元にくると、足に頭をこすりつけてきた。

「ただいま。もうお昼寝は良いの?」

 そう話しかけながら二匹の頭をなでる。

「……ちょっとやせたかな」

 やせたのは猫ではなく修ちゃんだ。顔の頬骨ほおぼねが以前よりも目立っているような気がする。年末に顔を合わせた時、これはやせたんじゃなくて贅肉ぜいにくが落ちて筋肉がついたんだって言ってたけど、それって本当なんだろうか?

「んー……本当に贅肉ぜいにくが落ちたのかなあ、どう思う? ヒノキ、ヤナギ?」

 私の言葉に猫達はニャンと鳴いた。寝ている修ちゃんの横に座る。贅肉ぜいにくと筋肉を確かめるとしたら、やっぱりお腹のあたりかな?

贅肉ぜいにくと筋肉、たしかめてみようか?」

 ニャンと二匹が同意したので、ツンと脇腹を指でついてみた。

「うぉ?!」

 とたんに修ちゃんが慌てた声をあげて飛び起きる。

「おお、起きた。おはよー修ちゃん。お婆ちゃんが、メロンあるって」
「まこっちゃん?!」

 修ちゃんは目を丸くしながら、私のほうに顔を向けた。

「うん。メロン、食べたくない?」
「え?」
「メロン」
「メロン?」
「うん、メロンがあるって」

 しばらくボンヤリしていた修ちゃんは、やがて我に返ったようだ。

「それより、いきなり腹にパンチするってひどいな」
「パンチなんてしてない。指でついただけ。あ、もしかして急所ついた? ほら、お前はもう死んでるよってやつ」
「まったく、いつの漫画だよ……」

 ヒノキとヤナギがなでてくれと修ちゃんにまとわりつく。修ちゃんはそんな二匹をなでながら溜め息をついた。

「まこっちゃん、久し振りに顔をあわせたと思ったら、いきなり攻撃してくるんだもんな……」
「攻撃なんてしてない。ただ、ほんとうに贅肉ぜいにくが筋肉になったのかなって疑問に思っただけ。贅肉ぜいにくはお腹が一番わかりやすいでしょ?」
「まだ疑ってるのか。だったら見てみる? 腹筋、けっこう割れてきたから」

 修ちゃんが着ていたTシャツをめくり上げようとするので、慌ててその手をおさえる。

「見ない見ない! そんなの見たくない!」
「そんなのって、ますますひどいな」
「ところでさあ、修ちゃん」
「ん?」
「そろそろ、一度ぐらい、実家に帰ってあげたら? 猫じゃないけど、そのうち顔、忘れられちゃうよ?」

 その言葉に、修ちゃんの顔が能面みたいに無表情なものになった。

「まこっちゃん、俺が親から勘当されてるの知ってるよね?」
「でもさあ、それって今も有効なの?」
「親からは何も言ってこないだろ? ってことは、うちの親にとって俺はいないも同然だってことだよ」
「そうかなあ……」

 そりゃあ、修ちゃんとこのおじさんおばさんから、我が家に何か言ってきたことは一度もない。だけど、毎年のようにやり取りしているお歳暮とお中元、修ちゃんが我が家に〝帰省〟するようになってから、明らかに量が増えている。これは単なる偶然ではないはず。少なくとも、母親であるおばさんは、修ちゃんのことを気にかけていると思うのだ。

「万が一、仲直りするきっかけがないまま、会えなくなったらイヤじゃないの?」
「その時はその時だよ。少なくとも今は顔を見せる気分にはならないかな」
「そうなの……わっ」

 修ちゃんがいきなり私の頭をワシワシとなでてきた。

「ちょっと、髪がグチャグチャになるからやめて!」
「変なことに気を回すからだよ。今の俺の実家はここなんだから、今はそれで良いだろ? それで? メロンがあるって?」

 布団をたたみながら明るく話し始める。この話はここで打ち切りってことだ。

「うん。メロンがあるってお婆ちゃんが」
「良かった。まこっちゃんが先にメロンを見つけたら、半分は食べられちゃってたな」
「私の野望はメロン丸々一個を独り占めすることなの。あ、今からでも野望達成できるんじゃないかな。お婆ちゃんとこ行ってくる!」
「え、ちょっと、マジ?! そのメロン、俺になんだろ?」
「早い者勝ち!! ヒノキ、ヤナギ、行くよ!!」

 あせっている修ちゃんを部屋に残し、私は猫達と台所へと走った。


+++


「あ、しまった」

 そしてメロンを食べながら、母親に言われたことを思い出す。

「?」
「お母さんに、寝てたら起こさないであげてって言われたんだった。起こさないままだったら、メロン、独り占めできたのにな。もったいないことした!」

 私がそう言うと、修ちゃんと祖母はあきれたように笑い出した。
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