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「25だ」
「若い!」
「お前のほうが若いだろ。いくつなんだ?」
「分かんない。数年前からお客さん取ってたらしいけど、多分20代前半かなって」
「なるほど。その歳でこんな色魔に育つなんてな。俺が親なら卒倒するな」
「人のこと言えないでしょ? それに以前の私がどんなかだったかは分からないよ。だって、記憶ないんだもん」
「ああ、そうだったか。前世を覚えているのも大概だが、記憶が無くて困らない物なのか?」
「どうだろ。気づいたら私はこの世界に居たし、翌日には慰み者として馬車に詰め込まれてたからあんまり考えた事ないかも。文字も読めるし言葉も話せるし、お金も計算出来るから大丈夫でしょ」
「そうか。まぁ、今更記憶が戻ったらお前が俺にした数々の無礼に慄くだろうから、戻らない方がいいかもな」
「それはそうかも」
オズワルドの言葉に思わず笑うと、沈む夕日を見つつ買ったチキンカツを食べながら拠点に戻ったのだった。
拠点の入口でオズワルドと別れて自分のテントに戻ると、私は悲鳴を飲み込んだ。
「な、なによこれ!?」
テントに鍵などない。だから当然と言えば当然なのだが、私が留守にしている間に私のテントの中は酷く荒らされていた。そして金目の物がごっそり無くなっている。
「嘘、でしょ……全財産が……」
至る所に隠しておいた全財産(とは言っても大した額ではない)が、全て根こそぎ盗まれている。
私がペタリとその場に座り込んでしばらく放心していると、突然テントが開いた。
「おい、忘れも――どうした?」
「オズ……」
テントを開けたのはオズだ。手には今日買った歯ブラシが握りしめられている。
「一体何事だ、この有り様は」
「泥棒に入られたみたい……全財産盗られちゃった……」
「いくらあったんだ?」
「120000マール」
「……それが全財産?」
「うん……全財産……」
「……そうか。とりあえず残ってる大事な物を持ってついて来い」
「……うん」
何故か悲しげな顔をするオズワルドに急かされて、私はいそいそと下着だけを落ちていた袋に詰めてオズワルドの後に続いた。
向かったのはオズワルドの天幕だ。
「?」
「とりあえず入れ」
「うん」
もうすっかり慣れた天幕に私は何の遠慮も無しに入っていくと、オズワルドが目の前にお茶を置いてくれた。
「これを飲んで、今日は休め」
「で、でも……お給料日までまだ大分あるのにどうしよう。それに犯人だって捕まってないよ。下手したら他の人の所も危ないかも」
「それは俺が探しておく。お前は犯人が見つかるまでここに居ろ」
「仕事は?」
「その事も明日、管理者に伝えておく。それから金の事は心配するな。俺が建て替えてやるから」
「それはいいよ! 何でオズワルドが建て替えるの!」
「俺の部隊で起こった事だからだ。ここで起こった事の全ては俺の責任だ。しかし、こんな事は初めてだな」
オズワルドはそう言って私の前に座ると、腕を組んで考え込む。
私は意気消沈しつつもオズワルドが入れてくれたお茶を飲んでため息をついたのだった。
それから夕食を一緒にとり、温泉に行ってベッドに入ったけれど、珍しくオズワルドは一切手を出してこなかった。ただ落ち込む私を抱きしめ、背中を撫でてくれていただけだ。
「ありがと。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
それだけ言って眠りにつき、翌朝。
何だか息苦しくてナイトドレスの前を確認すると、相変わらずボタンが一番上まできっちりと止まっている。
寝苦しくなるからいつも二番目のボタンまでしか止めないのに、どうしてもオズワルドは私のナイトドレスのボタンを一番上まで止めたいようだ。
とりあえず着替えて天幕から顔を出すと、そこには今日もあの兵士が立っている。
「おはよ」
「ん? ああ、あんたか。おはよう。王が――」
「出すな、でしょ?」
思わず私が言うと、兵士は笑って頷く。どうやら昨日惚気を聞いたおかげで大分仲良くなれたらしい。
「今度は何があったんだ? 王が早朝に怒り狂って出てきたが」
「怒り狂って? なんでだろ。夜は普通だったよ?」
「本当に? それじゃあ、あんたの寝相が悪くて王をベッドから蹴り出したとかか?」
「私は寝相悪くないよ! でもどうしたんだろ」
「さあ……ただ、本当に怖い顔だったぞ。ところであんたは昨日休みだったんだよな? どうしてここに居るんだ?」
「ああ、それがね――」
事の顛末を説明すると、兵士は血相を変える。
「そんな事があったのか! 全財産って……可哀想に。いくらだったんだ?」
「120000マール」
「ん?」
「だから、120000マールよ。ねぇ、王と言い何でそんな顔するの?」
「あ、いや……王都だとそんな金額じゃとても暮らしていけないな、と」
「どうせ私は田舎者よ!」
オズワルドもきっとそう思ったのだろう。だからあんな顔をしたのだ。
唇を尖らせた私を見て兵士が申し訳無さそうに頭を下げてきたその時だ。
「随分仲が良くなったんだな」
「王!」
「どこ行ってたの?」
「昨日言っただろ? 管理者に話をつけに行ったんだよ。それから、戦争が終わるまでお前は俺専属になった。今日からお前の寝床はここだ」
「なんで!?」
「ええ!?」
私と一緒に兵士も驚くが、そんな私達の前にオズワルドがキラリと光るナイフをおもむろに取り出した。
「ダリア、これに見覚えは?」
「無い。ていうか、名前久しぶりに呼んでくれた」
「そうか? だが今は名前などどうでも良い。本当に見覚えはないか? お前が持ってきた物ではないんだな?」
「違うよ。そんな物騒な物持ち歩かないよ」
というか、刃物は駄目だ。殺された時の事をつい思い出してしまう。
ナイフから視線を逸らした私をみてオズワルドは納得したように頷く。
「そうか。分かった。ではやはり、お前の寝床は今日からここだ」
「ちょっと、どういう事なの?」
「このナイフがお前のベッドの脇に落ちていた。恐らく犯人は休暇で休んでいるお前を殺そうと思ってテントに侵入したものの、お前が居ない事が分かって腹いせにテントを荒らし、全財産を持ち去ったのだろう」
「そ、それは重罪では」
震える声で言う兵士にオズワルドは真顔で頷く。
「そうだ。重罪だ。他の場所でもだが、まさかこの拠点で、俺の監視下でそんな事をする馬鹿がいるとは思ってもいなかった」
「ちょ、っと待って。もしかして私、また刺殺されそうになったって、そういう事?」
「ああ。因果なものだな。そういう訳でお前は今日から俺専属だ。いいな?」
「う、うん。それは別に……ん? でもそうしたらもう他の人とはヤれないって事?」
それは少しだけ残念なのだが? そんな思いを込めてオズワルドを見上げると、オズワルドは仏頂面で私を見下ろしてきた。
「なんだ、俺だけでは不満か?」
「う、ううん。ちょっと残念だなって思っただけ」
「……こいつだけは本当に……お前は絶対に碌な死に方をしないぞ」
呆れ返ったオズワルドの視線が痛いが、それはもう私の性癖だ。仕方ない。
「若い!」
「お前のほうが若いだろ。いくつなんだ?」
「分かんない。数年前からお客さん取ってたらしいけど、多分20代前半かなって」
「なるほど。その歳でこんな色魔に育つなんてな。俺が親なら卒倒するな」
「人のこと言えないでしょ? それに以前の私がどんなかだったかは分からないよ。だって、記憶ないんだもん」
「ああ、そうだったか。前世を覚えているのも大概だが、記憶が無くて困らない物なのか?」
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「そうか。まぁ、今更記憶が戻ったらお前が俺にした数々の無礼に慄くだろうから、戻らない方がいいかもな」
「それはそうかも」
オズワルドの言葉に思わず笑うと、沈む夕日を見つつ買ったチキンカツを食べながら拠点に戻ったのだった。
拠点の入口でオズワルドと別れて自分のテントに戻ると、私は悲鳴を飲み込んだ。
「な、なによこれ!?」
テントに鍵などない。だから当然と言えば当然なのだが、私が留守にしている間に私のテントの中は酷く荒らされていた。そして金目の物がごっそり無くなっている。
「嘘、でしょ……全財産が……」
至る所に隠しておいた全財産(とは言っても大した額ではない)が、全て根こそぎ盗まれている。
私がペタリとその場に座り込んでしばらく放心していると、突然テントが開いた。
「おい、忘れも――どうした?」
「オズ……」
テントを開けたのはオズだ。手には今日買った歯ブラシが握りしめられている。
「一体何事だ、この有り様は」
「泥棒に入られたみたい……全財産盗られちゃった……」
「いくらあったんだ?」
「120000マール」
「……それが全財産?」
「うん……全財産……」
「……そうか。とりあえず残ってる大事な物を持ってついて来い」
「……うん」
何故か悲しげな顔をするオズワルドに急かされて、私はいそいそと下着だけを落ちていた袋に詰めてオズワルドの後に続いた。
向かったのはオズワルドの天幕だ。
「?」
「とりあえず入れ」
「うん」
もうすっかり慣れた天幕に私は何の遠慮も無しに入っていくと、オズワルドが目の前にお茶を置いてくれた。
「これを飲んで、今日は休め」
「で、でも……お給料日までまだ大分あるのにどうしよう。それに犯人だって捕まってないよ。下手したら他の人の所も危ないかも」
「それは俺が探しておく。お前は犯人が見つかるまでここに居ろ」
「仕事は?」
「その事も明日、管理者に伝えておく。それから金の事は心配するな。俺が建て替えてやるから」
「それはいいよ! 何でオズワルドが建て替えるの!」
「俺の部隊で起こった事だからだ。ここで起こった事の全ては俺の責任だ。しかし、こんな事は初めてだな」
オズワルドはそう言って私の前に座ると、腕を組んで考え込む。
私は意気消沈しつつもオズワルドが入れてくれたお茶を飲んでため息をついたのだった。
それから夕食を一緒にとり、温泉に行ってベッドに入ったけれど、珍しくオズワルドは一切手を出してこなかった。ただ落ち込む私を抱きしめ、背中を撫でてくれていただけだ。
「ありがと。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
それだけ言って眠りにつき、翌朝。
何だか息苦しくてナイトドレスの前を確認すると、相変わらずボタンが一番上まできっちりと止まっている。
寝苦しくなるからいつも二番目のボタンまでしか止めないのに、どうしてもオズワルドは私のナイトドレスのボタンを一番上まで止めたいようだ。
とりあえず着替えて天幕から顔を出すと、そこには今日もあの兵士が立っている。
「おはよ」
「ん? ああ、あんたか。おはよう。王が――」
「出すな、でしょ?」
思わず私が言うと、兵士は笑って頷く。どうやら昨日惚気を聞いたおかげで大分仲良くなれたらしい。
「今度は何があったんだ? 王が早朝に怒り狂って出てきたが」
「怒り狂って? なんでだろ。夜は普通だったよ?」
「本当に? それじゃあ、あんたの寝相が悪くて王をベッドから蹴り出したとかか?」
「私は寝相悪くないよ! でもどうしたんだろ」
「さあ……ただ、本当に怖い顔だったぞ。ところであんたは昨日休みだったんだよな? どうしてここに居るんだ?」
「ああ、それがね――」
事の顛末を説明すると、兵士は血相を変える。
「そんな事があったのか! 全財産って……可哀想に。いくらだったんだ?」
「120000マール」
「ん?」
「だから、120000マールよ。ねぇ、王と言い何でそんな顔するの?」
「あ、いや……王都だとそんな金額じゃとても暮らしていけないな、と」
「どうせ私は田舎者よ!」
オズワルドもきっとそう思ったのだろう。だからあんな顔をしたのだ。
唇を尖らせた私を見て兵士が申し訳無さそうに頭を下げてきたその時だ。
「随分仲が良くなったんだな」
「王!」
「どこ行ってたの?」
「昨日言っただろ? 管理者に話をつけに行ったんだよ。それから、戦争が終わるまでお前は俺専属になった。今日からお前の寝床はここだ」
「なんで!?」
「ええ!?」
私と一緒に兵士も驚くが、そんな私達の前にオズワルドがキラリと光るナイフをおもむろに取り出した。
「ダリア、これに見覚えは?」
「無い。ていうか、名前久しぶりに呼んでくれた」
「そうか? だが今は名前などどうでも良い。本当に見覚えはないか? お前が持ってきた物ではないんだな?」
「違うよ。そんな物騒な物持ち歩かないよ」
というか、刃物は駄目だ。殺された時の事をつい思い出してしまう。
ナイフから視線を逸らした私をみてオズワルドは納得したように頷く。
「そうか。分かった。ではやはり、お前の寝床は今日からここだ」
「ちょっと、どういう事なの?」
「このナイフがお前のベッドの脇に落ちていた。恐らく犯人は休暇で休んでいるお前を殺そうと思ってテントに侵入したものの、お前が居ない事が分かって腹いせにテントを荒らし、全財産を持ち去ったのだろう」
「そ、それは重罪では」
震える声で言う兵士にオズワルドは真顔で頷く。
「そうだ。重罪だ。他の場所でもだが、まさかこの拠点で、俺の監視下でそんな事をする馬鹿がいるとは思ってもいなかった」
「ちょ、っと待って。もしかして私、また刺殺されそうになったって、そういう事?」
「ああ。因果なものだな。そういう訳でお前は今日から俺専属だ。いいな?」
「う、うん。それは別に……ん? でもそうしたらもう他の人とはヤれないって事?」
それは少しだけ残念なのだが? そんな思いを込めてオズワルドを見上げると、オズワルドは仏頂面で私を見下ろしてきた。
「なんだ、俺だけでは不満か?」
「う、ううん。ちょっと残念だなって思っただけ」
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