冷酷王の知られざる秘密

あげは凛子

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 そんな兵士を見て天幕に戻ると、大きなため息を落とした。

「はぁ……見たかったな」

 兵士に色仕掛けでも仕掛けようと思ったが、そんな事をしてあの兵士の職が無くなるのは可哀想だ。

 けれど見たいものは見たい。

 私は仕方なく一芝居打つことにした。そう、仮病だ。

 少し時間を置いてわざと音を立てて倒れ、まんまと天幕から運びだされて救護テントに寝かされた私は、皆が離れた一瞬の隙をついてテントの隙間からこっそり抜け出した。

 そして野営地から離れ呑気に歩いていたおじさんに何食わぬ顔で声をかける。

「戦場が見られるのってどこですか?」
「ん? そんなもん見なくても、とうとう王が出てきたんだ! 勝ちは決まりだぞ!」
「そうなんだろうけど、私、田舎者で王様見たことないの。遠目で良いから一目見てみたいなって」
「ああ、なるほどな! 確かに遠方からわざわざ来る奴らも居るもんな! この丘真っ直ぐ上がってった所だよ。でも気をつけろよ? 矢が飛んできたりするから」
「分かった! ありがとう!」

 それを聞いて私はドレスをたくし上げて丘を駆け上った。そして人だかりを掻き分けて崖の下を覗き込む。

 崖下には物凄い怒声が飛び交い砂埃が舞い、視界は相当悪い。そんな中、一頭の真っ白な馬だけが何の迷いもなく駆けているのが見える。

「すみません、もしかしてあれが王様ですか?」

 隣りにいた綺麗なドレスの女の人に話しかけると、女の人はちらりとこちらを見て虫けらでも見るような顔をして離れていってしまう。

 いわゆる貴族のお嬢様なのだろうか。何だか悪いことをしてしまった。私がしょんぼりしていると、見かねたのか後ろに居た人が親切に教えてくれる。

「そうだよ、あれが王だ。乗ってる本人も美しい方だけど、馬まで綺麗だからねぇ。目の保養だよ」
「教えてくれてありがとう! すっごく強いんでしょ?」
「そりゃもう! 今日だってずっとあの調子だよ! 休むって事を知らないんじゃないのかね!?」

 そう言ってその人が崖下を指さした。オズワルドは片手に剣を持ち、さっきから一振りで何人もの兵士を薙ぎ倒している。

「ここ最近ずっと調子が悪かったみたいだけど、今日は全然そんな事はないね! これでこの国も安泰だ!」

 満足げに頷いて教えてくれた人は丘を降りていく。私はしばらくそこに座り込んでじっとオズワルドを見下ろしていた。

 しばらくすると、後方からこんな声が聞こえてきた。

「お嬢様、そろそろお戻りになられませんと」
「あら、もう少し良いでしょう? 未来の旦那さまの雄姿はしっかり見ておかないと!」

 可愛らしい声に振り返ると、そこには先程のお嬢さんが取り巻きとメイドらしき人たちに囲まれて談笑している。

「オズワルド王の正妻になるのはこの私よ。彼が唯一口を利いてくれたのもこの私。他の人達よりも二歩も三歩もリードしてる。そうは思わない?」
「仰るとおりですわ。オズワルド王が唯一話しかけられたのはお嬢様だけです。他の候補者達は未だに口すら利いてもらった事が無いと聞き及びましたよ。ですがお嬢様、側室候補にはまだ空き枠があります。そこにもし隣国の姫などが来られたら……」
「関係ないわ。側室が何人居ようと、あの方の子どもを産んだ者だけが王妃の座を掴めるのよ。それに、私が正妻になったら側室制度なんてすぐに廃止するわ。だって、オズワルド王には私だけを見ていてもらいたいもの」

 そう言って女性たちは丘を軽やかに下って行った。なるほど、オズワルドはモテモテだ。

 それにしても側室か。まぁそれでもオズワルドには足りないのだろうな。そんな事を考えながらそれからもしばらく戦場を見下ろしていたが、徐々に砂埃が少なくなり、とうとうオズワルドが剣を掲げた。それに続いてあちこちから歓声が上がる。よく見ると、敵が一斉に後方に下がっていくのが見えた。

 それを確認した私は急いで救護テントに戻って寝た振りを決め込んでいたのだが――。

「おい、起きろ」
「……」

 オズワルドだ。もう戻ってきたのか。早すぎやしないか。どんな脚力なんだ。そんな事を考えつつ起きようかどうしようか迷っていると、不意に身体が浮いた。

「起きないのなら俺が運んでやる」
「……」

 ヤバい。勝手に抜け出した事がすっかりバレている。多分あの兵士が告げ口したな。
 私はため息をついて目を開けてオズワルドから降りようとじたばたしたが、オズワルドは放してはくれない。

「歩ける! 自分で歩けるから!」
「どうだかな。少し目を離した隙に逃げ出すような奴だからな。下ろしたら最後、二度と戻って来ないかもしれない。諦めろ」
「うぅ……逃げ場なんて無いじゃん。こんなに私にぴったりの所も無いし……」

 性欲を満たすにはここはうってつけの場所だ。何せ絶倫のオズワルドにサキュバス呼ばわりされた私だ。あんな村では私の性欲など絶対に満たせない。

 その点、ここなら毎日何時間でも誰かと繋がっていられるのだ。これほど私にぴったりの場所もない。

 私の答えにオズワルドは気を悪くしたのか、私を抱いたまま無言で歩き出した。そして天幕に辿り着くと、そのまま奥の部屋まで連れていかれる。

 私をベッドに放り出しこちらを見下ろすオズワルドの目は凍りそうな程冷たいが、オズワルドの次の言葉を聞いて私は目を輝かせた。

「そうだな。お前にとってここはまるで天国のような場所だろうな。脱げ」
「うん!」

 それを聞いて意気揚々とドレスを脱ぎだす私を見て、オズワルドの冷たい視線に何だか呆れが混じった。そして私がコルセットに手をかけるのを見てそれを止める。

「……冗談だ。食事が先だ」
「えー!」
「えーじゃない。なぁ、お前は本当に人間なんだよな? 俺は悪魔の手下に手を出したのか?」

 怪訝な顔をして私を覗き込んでくるオズワルドに「人間だよ!」と答えたが、そんな私を見てもオズワルドは疑いの視線を向けてくる。

「ところでオズワルド、食事の前にお風呂入ってきたら? 流石に血まみれで食事するのはどうかと思うの」

 真っ直ぐにここへ戻ってきたのか、オズワルドはまだ砂埃と血に塗れたままだ。

 けれど至極真っ当な提案をした私に向かってまたオズワルドは呆れている。

「お前は何を見ても本当に怯えないんだな」
「血の事? だってそれは戦ってきた証拠だし、そのおかげで国が守られたんでしょ? 亡くなった人にはひっそりと御冥福をお祈りするわよ」
「……そうか。この近くに温泉があるんだ。行ってくる」

 私の答えにオズワルドがくるりと踵を返し歩き出そうとした所で、私はその腕を掴んで早口で言った。

「温泉!? 私も行く! 絶対に行く! ちょっと待ってて!」
「は!? 良いとは言ってな――」

 オズワルドの言葉も聞かず私は天幕から飛び出して急いで自分のテントに戻り着替えを用意して表に出ると、そこには憮然としたオズワルドがこちらを見下ろして立っている。

「……今日だけだぞ」
「うん! お風呂でする?」
「しない」
「えー!」
「えーじゃない! そもそも男女は入る所が別だ!」
「ちぇっ、つまんないの」
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