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ブラックホールと沼
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俺の目の前には今日の話きを聞きたくてうずうずしている黒猫が鎮座している。
さあ、俺のトークショーの始まりだ!
「いや、そんなのは良いからさ。お代を貰えるかな?」
特に何の感慨もなさそうな黒猫がそこにいる。俺を冷たい目で見ながら佇んでいる。
奴は、やっぱり何か食い物を出さないと俺の話は聞いてくれないらしい。
「現金な奴だ」
「地獄の沙汰も……って言うだろう?」
「もっと俺の話を喜んで聞けよ!」
「喜べるような話を持ってきたことがあったか?」
ぐぬぬぅ。
台所でキャットフードの缶を開け、小皿に移して持って来る。
すると、待ってましたとばかりに黒猫は小皿に顔をうずめてうまそうに食い始めた。
「で、聞いてくれるのか?」
「ま、聞かんでは無いな」
「どっちだよ」
「良いから話せよ」
扱いが悪い……ま、いいか。
「自分の待遇が悪いことに慣れるのは良くないぞ」
……
「それ、そんな待遇で接してくる本人が言う事かね?」
俺はジト目で黒猫を睨むが、奴はお構いなしの表情で顔をひとなめする。
「はて?」
小憎たらしい奴だ。
「いいよ。でだ。今日は朱莉と森本女史についてだな」
「ほほう。ブラックホールとパチンカスか」
「そう聞くと碌な従業員が居ないな。俺の店」
「まあ、そう嘆くな。で、何があった?」
「ハットリくんは朱莉信者として順調に育ってるんだけどさ」
「おう。朱莉が居ないと動かない木偶な」
「お、おう。相変わらず容赦ねぇな。まあ、そうなんだけどよ。だが、朱莉が居ると恐ろしく使えるフロアスタッフなんだよ。あれから二週間ほどだけど、ウチのバイトでは上位三指に入る勢いだな」
「三指ってのは?」
「社員を除いた……いや。除く必要なかった。もともとそんなに使える社員居なかったわ。なので、ウチのベストスタッフ3名だな。大友、本橋、花山」
「ああ、順当な3人だな。あれ?夜スタッフは?」
「夜は、のんびり仕事してるからな。あんまりテキパキって感じじゃないんだよ」
「でも、7時頃から始まるピークがあるだろうが」
「なんでそんなに詳しいんだよ」
「いいから」
「へいへい。いや、7時からのピークは女子高生が回してるんだよ。夜スタッフはだいたい8時から10時にかけて入って来る。ピーク終わりで高校生と入れ替わりだ」
「ふ~ん。じゃあ、それほど忙しい時間帯が無いって事か?」
「まあ、深夜に酔っぱらいが来て手を取られることはあるけどさ。基本少ない人数で上手に回すって感じかな。あくせく働く時間帯じゃないな」
「なるほどね。で、ハットリくんはその三指に入りそうなのか?」
「単体であの能力が発揮できるんなら、間違いなく入るね。おそらく本橋女史以上だ。あの大学に入れるんだから元々頭と要領は良いんだろうな」
「要領よけりゃ、推しバイト目当てでファミレス通うか?」
「そりゃ性癖の問題じゃない?知らんけど」
「何でも性癖で解決できると思うなよ。でも、朱莉が居ないとだめなのか?まだ」
「あ~。以前よりはましになったな。仕事を完全に覚えてきたから、惰性で動いても無駄が無くなって来てるよ」
「すげーじゃねぇか。ってか、そこまで仕上げた朱莉は三指に入らねぇのかよ」
「あの子は、別の意味で要領が良いからな。こっちが注意しづらいレベルで手を抜くんだよ」
「ある意味最強だな」
「だな」
「で、ここまでの話だと、随分順調そうだけど、違うのか?」
「順調……っちゃぁ、順調だな。まあ、今も」
「なら、今日の話はこれでお開きか?」
「ちょまてよ!」
「なんで?」
「いや、ここまでは助走みたいなもんだろうが」
「ほう。すでに腹いっぱいだが……仕方ない。聞いてやるか」
「ちっ。横柄な。
でだ。一応ハットリくんは一人でも使えるようになってきたから、今トレーニング中なんだよ」
「なんの?」
「だから、一人でイケるか」
「初めての幼稚園トレーニングみたいなもんか?」
「だから、なんでお前にそんなことがわかるんだよ」
「独身のお前もわからんだろうが」
「いや、独身関係ねーし、俺自身の記憶がうっすらあるし!」
「半世紀近く前なんじゃねぇのか?」
「いや、そこまで……あれ、近いな。確かに……」
「いいから、続けろ」
「お前が話の腰を折るんだろうが。もうボキボキだよ。チキショウ……え~と。なんだっけ」
「もう終わりで良いか?」
「だから聞けよ!あ、思い出した。で、一人立ちさせてるんだけどさ。一応俺もその様子を見たいから俺が入ってる時に朱莉と離して入れてるんだけどさ」
「なんだ。二人で回してるのか?」
「俺をカウントするなよ。俺は忙しいんだよ」
「いやいや。働けよ。イマジナリー店長会議ばっか行ってんじゃねえよ」
「イマジナリーじゃねぇし。いや。それは良いんだよ。まあ、ちょっと確認したいこともあるからさ。森本女史と組ませてるのさ」
「パチンカスか」
「……ひでぇ言いようだな」
「お前もそう呼んでたし、それに事実だろ?」
「事実だけどさ……」
「わかったよ。普通に呼ぶよ。で、なんで森本女史と入れたんだ?」
「ほら。前言ったじゃん。レジの集計合わないって」
「ああ、窃盗疑惑な」
「そ、それを確かめたいのもあったんだよね。俺が入ってるときは、流石にできないだろうしさ」
「それでもやるのがプロってもんだろ」
「何のプロだよ。いや、今回はしっかりと集計合ってたよ」
「なんだ。じゃあ。疑念は晴れたのか?」
「むしろ疑念が増したよ。普通にやってれば合うんだよ。集計は」
「ああ、そう言う見方もあるか」
「それに、もう一個の疑念は確信になりつつあるな」
「もう一個の疑念?」
「売春」
「ああ、そうか。それも森本女史だったか」
「そ。ハットリくんのトレーニングで、結構森本女史と組ませてたんだけどさ。3回目くらいかなぁ。明らかに森本女史の態度が変わったんだよね」
「態度が?」
「ああ、獲物を狙うって言うかさ。落としにかかる感じ?」
「落としにかかる?」
「ちょうど、コンパとかで意中の男にアプローチ掛けてる女の子が居るじゃん。あんな感じ」
「ボディータッチが増えて……って奴か」
「ああ、なんか突っ込むのもめんどくさくなってきたけど……相変わらずだな」
「なら触れるなよ。猫にもいろいろあるんだよ」
「そう言うことにしておこう」
「にしても、お前がそんな男女間の機微について語るとはな」
「どういう意味だよ!ん~。まあ、機微がわかるかと言われれば、正直わかんないんだよなぁ。女の気持ちなんて」
「なら、なんでアプローチ掛けてることがわかるんだよ」
「いや。心理描写じゃなくってさ。さっきお前も行ってたじゃん。ボディータッチが増えるとかさ。そういう行動的な奴よ」
「にしても、お前がそのあたりに気づくってのが信じられないな」
「うるさいなぁ!わかるもんは判るんだよ。これでも学生時代にコンパ経験はそれなりに有るさ。ただ、基本数合わせだったからな、俺。だから周りの様子を眺めてることが多かったんだよ。そうすると『あ、あの子上着脱いでアピールし始めた』とか、『机の下の見えないとこで足をつついてる』とかさ。まあ、色んなバリエーションを見てたからな」
「皆まで言うな!相手にしてもらえなかったんだろ?」
「いや、そんな、お前が言ってんじゃ……」
「だから!皆まで言うな!」
「うるせぇ!余計に悲しくなるわ」
「まあ、そんなだから周囲の人の動きには意外に敏感なんだよ。俺は」
「なるほどね。で、森本女史はアプローチを掛けてたって事か?」
「ああ、たぶんハットリくんができる男になったと判断したんだろうな。つまり、そこそこ小金を稼げるバイトに昇格したと。で、その小金を巻きあげようって魂胆なんじゃないかな」
「そう聞くと、つくづくクズだな。パチンカスだし」
「まあ、否定はせんけどな。だが、ハットリくんは森本女史が思う以上にできる男になってたよ」
「と言うと?」
「いやね。全く動じないんだよ。驚くほど動じない。興味を示さない」
「ボディータッチくらいでは朱莉への思いは揺らがないか」
「あ~。ボディータッチくらいじゃなかったけどね」
「は?それ以上があったのか?」
「なびかないと見るや、かなり露骨にアプローチしてたからね。徐々にエスカレートしてったな。見てて面白かったよ」
「エスカレート?」
「ああ、最初は耳元でのささやきからだったな」
「あ!?いきなりじゃねぇか!?」
「いや。客出しなんかの指示を装って耳元でささやいてたんだよ。まあ、俺達もやるっちゃやるけどさ。『あそこ皿下げといて』とかの耳打ち」
「ああ、やってる店員居るな。でも、そのくらいじゃなびかんだろ?」
「まあ、普通の距離ならね。森本女史が狙いを定めてからは、明らかに近かったからね。見てるこっちが恥ずかしくなるくらい近かった。耳に息もかかってたんじゃないかな」
「ハットリくんよく耐えられたな」
「朱莉に同じことされてたら、昇天してただろうな。でも、森本女史なので動じない」
「森本女史もそこそこイケてるんじゃなかったっけ?」
「ああ、好みの分かれるところだけどな。ケバ目が好きならかなりの美人だよ。でも大友女史大好きのハットリくんだからね。逆サイドだろうな」
「なるほど。で、エスカレートしてったのか?」
「ああ、効き目がないと見るや、ウィスパー作戦にボディータッチを追加だ。当然ささやきの距離も耳元数ミリってところだな」
「ハットリくんは身長低いのか?」
「いや。結構あるな。でも、森本女史もモデル体型だからな。無駄にスペック高い」
「無駄にって。お前の方が酷いじゃないか」
「まあ、そう言うなって。で、呼び止める時、肩に触れて耳打ち。それがだめなら腰や腹に触れて耳打ち」
「腰かぁ。男女逆なら完全なセクハラ案件だな」
「肩の時点でアウトだけどな。それでもだめなら、ハットリくんの肘に胸を押し当てる」
「おうおう。直接的に来るねぇ。それでもなびかない?生きてるのか?ハットリくんは」
「いやいや、俺もこのあたりからテンション上がって来たよ。仕事そっちのけでそればっか見てたもん。ハットリくんはどこまで耐えられるか!?ってね」
「楽しんでるなぁ。やっぱクズじゃん」
「まあ、そう言うな。で、今度は視覚で攻める方法に出るわけさ。今までのウィスパー&ボディータッチに加えて、胸元を大きく開いてくるのさ」
「お前んとこの制服どんなだっけ?」
「女性のは胸元にボタンをあしらったメイド服だな。で、それを外してきたわけだ」
「公序良俗に反するんじゃないか?お前らの就業規則ではボタンをはだけるのはOKなのか!?」
「何でお前が興奮してんだよ。ってか、ダメに決まってんだろ。「ちゃんと上まで留める事」ってなってるよ。でも、最終手段に出たんだろうな。4つあるボタンを最後は全部外してたよ。遠くからでもブラ見えてたし」
「お前が観察してどうするよ!?」
「まあ、性格を度外視すれば美魔女だからな。良い目の保養させてもらったよ。と笑ってられたのもそこまでだったけどな」
「なんだ?落ちたのか?」
「いや、ハットリくんは陥落せずだ。不沈艦だよ。素晴らしい。が、問題は森本女史だ」
「何があった」
「ハットリくんがバルチック艦隊だと分かった途端に……」
「沈んどるがな」
「いや、歴史まで詳しいのかよ!?何モンだよ」
「いやいや。お前のたとえが悪すぎるわ。っていうか。突っ込むのも煩わしい。話をとっとと進めろ」
「おやおやぁ~。俺の話に興味津々なんじゃないですかぁ?」
「うわぁ。ウザっ」
「あからさまに嫌な顔やめろ。傷つくわ」
「ならとっとと話を進めろ」
「へいへい。で、どこまで行ったっけ……」
「あ~。鬱陶しい。陥落しなかったんだろ!?ハットリくんは」
「ああ、そうだった。そう。陥落しないと見るや森本女史は作戦を変更してきたんだよねぇ」
「どう言う風に?」
「ターゲットが俺に変わった」
「なんだよ。のろけか?筆おろしか?」
「いやいや。DTちゃうし。何よりそんな身近なところに手を出さねぇよ。どんな神経してたら自分の店のパートに手を出すんだよ」
「居るんじゃないのか?そんな奴も」
「……」
「心当たりがあるんだな」
「……」
俺は黒猫がきれいに食事を平らげた小皿を手に取ると台所へと向かう。
「なんだよ。そんなに話しづらい事か?別にそれなら話さんでいいよ。で、どうなった」
なんだよ。興味津々じゃねぇか。このツンデレが。
などと考えながら、シンクに小皿を置くと
「ようやく話も佳境に入ってきましたねぇ!」
ひと際高い声がした。
「誰だ!?」
「これは失礼。なかなか面白い話をされているようでしたのでつい」
目の前にある黄色いスポンジが、俺に向かって話しかけてきた。
さあ、俺のトークショーの始まりだ!
「いや、そんなのは良いからさ。お代を貰えるかな?」
特に何の感慨もなさそうな黒猫がそこにいる。俺を冷たい目で見ながら佇んでいる。
奴は、やっぱり何か食い物を出さないと俺の話は聞いてくれないらしい。
「現金な奴だ」
「地獄の沙汰も……って言うだろう?」
「もっと俺の話を喜んで聞けよ!」
「喜べるような話を持ってきたことがあったか?」
ぐぬぬぅ。
台所でキャットフードの缶を開け、小皿に移して持って来る。
すると、待ってましたとばかりに黒猫は小皿に顔をうずめてうまそうに食い始めた。
「で、聞いてくれるのか?」
「ま、聞かんでは無いな」
「どっちだよ」
「良いから話せよ」
扱いが悪い……ま、いいか。
「自分の待遇が悪いことに慣れるのは良くないぞ」
……
「それ、そんな待遇で接してくる本人が言う事かね?」
俺はジト目で黒猫を睨むが、奴はお構いなしの表情で顔をひとなめする。
「はて?」
小憎たらしい奴だ。
「いいよ。でだ。今日は朱莉と森本女史についてだな」
「ほほう。ブラックホールとパチンカスか」
「そう聞くと碌な従業員が居ないな。俺の店」
「まあ、そう嘆くな。で、何があった?」
「ハットリくんは朱莉信者として順調に育ってるんだけどさ」
「おう。朱莉が居ないと動かない木偶な」
「お、おう。相変わらず容赦ねぇな。まあ、そうなんだけどよ。だが、朱莉が居ると恐ろしく使えるフロアスタッフなんだよ。あれから二週間ほどだけど、ウチのバイトでは上位三指に入る勢いだな」
「三指ってのは?」
「社員を除いた……いや。除く必要なかった。もともとそんなに使える社員居なかったわ。なので、ウチのベストスタッフ3名だな。大友、本橋、花山」
「ああ、順当な3人だな。あれ?夜スタッフは?」
「夜は、のんびり仕事してるからな。あんまりテキパキって感じじゃないんだよ」
「でも、7時頃から始まるピークがあるだろうが」
「なんでそんなに詳しいんだよ」
「いいから」
「へいへい。いや、7時からのピークは女子高生が回してるんだよ。夜スタッフはだいたい8時から10時にかけて入って来る。ピーク終わりで高校生と入れ替わりだ」
「ふ~ん。じゃあ、それほど忙しい時間帯が無いって事か?」
「まあ、深夜に酔っぱらいが来て手を取られることはあるけどさ。基本少ない人数で上手に回すって感じかな。あくせく働く時間帯じゃないな」
「なるほどね。で、ハットリくんはその三指に入りそうなのか?」
「単体であの能力が発揮できるんなら、間違いなく入るね。おそらく本橋女史以上だ。あの大学に入れるんだから元々頭と要領は良いんだろうな」
「要領よけりゃ、推しバイト目当てでファミレス通うか?」
「そりゃ性癖の問題じゃない?知らんけど」
「何でも性癖で解決できると思うなよ。でも、朱莉が居ないとだめなのか?まだ」
「あ~。以前よりはましになったな。仕事を完全に覚えてきたから、惰性で動いても無駄が無くなって来てるよ」
「すげーじゃねぇか。ってか、そこまで仕上げた朱莉は三指に入らねぇのかよ」
「あの子は、別の意味で要領が良いからな。こっちが注意しづらいレベルで手を抜くんだよ」
「ある意味最強だな」
「だな」
「で、ここまでの話だと、随分順調そうだけど、違うのか?」
「順調……っちゃぁ、順調だな。まあ、今も」
「なら、今日の話はこれでお開きか?」
「ちょまてよ!」
「なんで?」
「いや、ここまでは助走みたいなもんだろうが」
「ほう。すでに腹いっぱいだが……仕方ない。聞いてやるか」
「ちっ。横柄な。
でだ。一応ハットリくんは一人でも使えるようになってきたから、今トレーニング中なんだよ」
「なんの?」
「だから、一人でイケるか」
「初めての幼稚園トレーニングみたいなもんか?」
「だから、なんでお前にそんなことがわかるんだよ」
「独身のお前もわからんだろうが」
「いや、独身関係ねーし、俺自身の記憶がうっすらあるし!」
「半世紀近く前なんじゃねぇのか?」
「いや、そこまで……あれ、近いな。確かに……」
「いいから、続けろ」
「お前が話の腰を折るんだろうが。もうボキボキだよ。チキショウ……え~と。なんだっけ」
「もう終わりで良いか?」
「だから聞けよ!あ、思い出した。で、一人立ちさせてるんだけどさ。一応俺もその様子を見たいから俺が入ってる時に朱莉と離して入れてるんだけどさ」
「なんだ。二人で回してるのか?」
「俺をカウントするなよ。俺は忙しいんだよ」
「いやいや。働けよ。イマジナリー店長会議ばっか行ってんじゃねえよ」
「イマジナリーじゃねぇし。いや。それは良いんだよ。まあ、ちょっと確認したいこともあるからさ。森本女史と組ませてるのさ」
「パチンカスか」
「……ひでぇ言いようだな」
「お前もそう呼んでたし、それに事実だろ?」
「事実だけどさ……」
「わかったよ。普通に呼ぶよ。で、なんで森本女史と入れたんだ?」
「ほら。前言ったじゃん。レジの集計合わないって」
「ああ、窃盗疑惑な」
「そ、それを確かめたいのもあったんだよね。俺が入ってるときは、流石にできないだろうしさ」
「それでもやるのがプロってもんだろ」
「何のプロだよ。いや、今回はしっかりと集計合ってたよ」
「なんだ。じゃあ。疑念は晴れたのか?」
「むしろ疑念が増したよ。普通にやってれば合うんだよ。集計は」
「ああ、そう言う見方もあるか」
「それに、もう一個の疑念は確信になりつつあるな」
「もう一個の疑念?」
「売春」
「ああ、そうか。それも森本女史だったか」
「そ。ハットリくんのトレーニングで、結構森本女史と組ませてたんだけどさ。3回目くらいかなぁ。明らかに森本女史の態度が変わったんだよね」
「態度が?」
「ああ、獲物を狙うって言うかさ。落としにかかる感じ?」
「落としにかかる?」
「ちょうど、コンパとかで意中の男にアプローチ掛けてる女の子が居るじゃん。あんな感じ」
「ボディータッチが増えて……って奴か」
「ああ、なんか突っ込むのもめんどくさくなってきたけど……相変わらずだな」
「なら触れるなよ。猫にもいろいろあるんだよ」
「そう言うことにしておこう」
「にしても、お前がそんな男女間の機微について語るとはな」
「どういう意味だよ!ん~。まあ、機微がわかるかと言われれば、正直わかんないんだよなぁ。女の気持ちなんて」
「なら、なんでアプローチ掛けてることがわかるんだよ」
「いや。心理描写じゃなくってさ。さっきお前も行ってたじゃん。ボディータッチが増えるとかさ。そういう行動的な奴よ」
「にしても、お前がそのあたりに気づくってのが信じられないな」
「うるさいなぁ!わかるもんは判るんだよ。これでも学生時代にコンパ経験はそれなりに有るさ。ただ、基本数合わせだったからな、俺。だから周りの様子を眺めてることが多かったんだよ。そうすると『あ、あの子上着脱いでアピールし始めた』とか、『机の下の見えないとこで足をつついてる』とかさ。まあ、色んなバリエーションを見てたからな」
「皆まで言うな!相手にしてもらえなかったんだろ?」
「いや、そんな、お前が言ってんじゃ……」
「だから!皆まで言うな!」
「うるせぇ!余計に悲しくなるわ」
「まあ、そんなだから周囲の人の動きには意外に敏感なんだよ。俺は」
「なるほどね。で、森本女史はアプローチを掛けてたって事か?」
「ああ、たぶんハットリくんができる男になったと判断したんだろうな。つまり、そこそこ小金を稼げるバイトに昇格したと。で、その小金を巻きあげようって魂胆なんじゃないかな」
「そう聞くと、つくづくクズだな。パチンカスだし」
「まあ、否定はせんけどな。だが、ハットリくんは森本女史が思う以上にできる男になってたよ」
「と言うと?」
「いやね。全く動じないんだよ。驚くほど動じない。興味を示さない」
「ボディータッチくらいでは朱莉への思いは揺らがないか」
「あ~。ボディータッチくらいじゃなかったけどね」
「は?それ以上があったのか?」
「なびかないと見るや、かなり露骨にアプローチしてたからね。徐々にエスカレートしてったな。見てて面白かったよ」
「エスカレート?」
「ああ、最初は耳元でのささやきからだったな」
「あ!?いきなりじゃねぇか!?」
「いや。客出しなんかの指示を装って耳元でささやいてたんだよ。まあ、俺達もやるっちゃやるけどさ。『あそこ皿下げといて』とかの耳打ち」
「ああ、やってる店員居るな。でも、そのくらいじゃなびかんだろ?」
「まあ、普通の距離ならね。森本女史が狙いを定めてからは、明らかに近かったからね。見てるこっちが恥ずかしくなるくらい近かった。耳に息もかかってたんじゃないかな」
「ハットリくんよく耐えられたな」
「朱莉に同じことされてたら、昇天してただろうな。でも、森本女史なので動じない」
「森本女史もそこそこイケてるんじゃなかったっけ?」
「ああ、好みの分かれるところだけどな。ケバ目が好きならかなりの美人だよ。でも大友女史大好きのハットリくんだからね。逆サイドだろうな」
「なるほど。で、エスカレートしてったのか?」
「ああ、効き目がないと見るや、ウィスパー作戦にボディータッチを追加だ。当然ささやきの距離も耳元数ミリってところだな」
「ハットリくんは身長低いのか?」
「いや。結構あるな。でも、森本女史もモデル体型だからな。無駄にスペック高い」
「無駄にって。お前の方が酷いじゃないか」
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「腰かぁ。男女逆なら完全なセクハラ案件だな」
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「おうおう。直接的に来るねぇ。それでもなびかない?生きてるのか?ハットリくんは」
「いやいや、俺もこのあたりからテンション上がって来たよ。仕事そっちのけでそればっか見てたもん。ハットリくんはどこまで耐えられるか!?ってね」
「楽しんでるなぁ。やっぱクズじゃん」
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「公序良俗に反するんじゃないか?お前らの就業規則ではボタンをはだけるのはOKなのか!?」
「何でお前が興奮してんだよ。ってか、ダメに決まってんだろ。「ちゃんと上まで留める事」ってなってるよ。でも、最終手段に出たんだろうな。4つあるボタンを最後は全部外してたよ。遠くからでもブラ見えてたし」
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「まあ、性格を度外視すれば美魔女だからな。良い目の保養させてもらったよ。と笑ってられたのもそこまでだったけどな」
「なんだ?落ちたのか?」
「いや、ハットリくんは陥落せずだ。不沈艦だよ。素晴らしい。が、問題は森本女史だ」
「何があった」
「ハットリくんがバルチック艦隊だと分かった途端に……」
「沈んどるがな」
「いや、歴史まで詳しいのかよ!?何モンだよ」
「いやいや。お前のたとえが悪すぎるわ。っていうか。突っ込むのも煩わしい。話をとっとと進めろ」
「おやおやぁ~。俺の話に興味津々なんじゃないですかぁ?」
「うわぁ。ウザっ」
「あからさまに嫌な顔やめろ。傷つくわ」
「ならとっとと話を進めろ」
「へいへい。で、どこまで行ったっけ……」
「あ~。鬱陶しい。陥落しなかったんだろ!?ハットリくんは」
「ああ、そうだった。そう。陥落しないと見るや森本女史は作戦を変更してきたんだよねぇ」
「どう言う風に?」
「ターゲットが俺に変わった」
「なんだよ。のろけか?筆おろしか?」
「いやいや。DTちゃうし。何よりそんな身近なところに手を出さねぇよ。どんな神経してたら自分の店のパートに手を出すんだよ」
「居るんじゃないのか?そんな奴も」
「……」
「心当たりがあるんだな」
「……」
俺は黒猫がきれいに食事を平らげた小皿を手に取ると台所へと向かう。
「なんだよ。そんなに話しづらい事か?別にそれなら話さんでいいよ。で、どうなった」
なんだよ。興味津々じゃねぇか。このツンデレが。
などと考えながら、シンクに小皿を置くと
「ようやく話も佳境に入ってきましたねぇ!」
ひと際高い声がした。
「誰だ!?」
「これは失礼。なかなか面白い話をされているようでしたのでつい」
目の前にある黄色いスポンジが、俺に向かって話しかけてきた。
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長岡更紗
ライト文芸
島田颯斗はサッカー選手を目指す、普通の中学二年生。
しかし突然 病に襲われ、家族と離れて一人で入院することに。
中学二年生という多感な時期の殆どを病院で過ごした少年の、闘病の熾烈さと人との触れ合いを描いた、リアルを追求した物語です。
※闘病中の方、またその家族の方には辛い思いをさせる表現が混ざるかもしれません。了承出来ない方はブラウザバックお願いします。
※小説家になろうにて重複投稿しています。
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