愚痴と黒猫

ミクリヤミナミ

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おかしな客

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「おかえり」

「ああ、ただいま」

「まさか今日もマグロ缶じゃないよな?」

「なんで? マグロ缶だ。」

「おまえ、ネット通販で4個298円の買い貯めてるだろ」

ばれてたか・・・勘のいいやつめ

「まあ、いいじゃないか。うまかろ?」

「安物は後味がなぁ・・・」

「贅沢な」


「まあ、それは良いとして、今日は客とちょっとややこしいことになってな。まあ、結果的には丸く収まったんだけど」

「さらっと流したな。良くは無いが・・まあ良い、話してみろ、

 で、どんな客だ?」

「まあ、ある意味ほほえましいんだけどね」

「ほう」

「大友さんと本橋さんのシフトだったんだけど・・・」

「安定シフトだな」

大友さんは30歳のシングルマザーだ。女手一つで小学生の娘さんを育てており、開店から夕方まで、ほぼフルで入っていて、非常に頼りになる。

社員になることを進めているが、お子さんの都合で休むこともあるため、自由が利くパートが良いと固辞している。

本橋さんは50歳だが、すでに孫が二人いる。親子ともどもシングルマザーと言う苦労人である。

現在は、二人の娘も独り立ちしており(まあどちらもシングルマザーらしいが)孫の小遣いが稼げればよいらしく

シフトはほどほどにしか入っていないが、肝っ玉母さんタイプなのでこちらも非常に頼りになる。


「まあな、一番頼りになる二人だ。二人とも淡々と仕事をこなしてくれるから俺も非常に安心して休憩できるよ」

「また外で油売ってたな」

「まあ、そういうことだな」

うちの制服は、襟や胸元が白地なので、他のファミレスと違って、上にジャケットを羽織ると普通のサラリーマンにしか見えない。

アルバイトには、「営業所で会議がある」と言えば、外で油売り放題である。

ただ、店で何かあった時にはすぐに帰れるように、店の目の前の喫茶店で休憩することにしている。

事務所で休んでもいいが、バイトの手前、店長がずっと休憩しているのも・・・ねぇ


「で、俺のいないときにベルスターならしまくる常連客が来てね」

「ベルスターってあの呼び鈴か、鳴らしまくるってなんだよ?」

「呼ぶ割には、結構な頻度で『あ、少し待ってください。後でまた呼びます』ってな感じになるんだ」

「めんどくせーな」

「まあ、本橋さんは初めて見る客だったから、最初は面倒な客だなぁ、と思ってたらしい。

 でも、何回か受けるうちに気づいちゃったらしいんだな」

「なにに」

「本橋さんが聞きに行くと、『あとでまた呼ぶ』になるんだよ」

「ということは?」

「そう、大友さんが行くと、注文するんだよ。長々と『いや~、ちょっとまって』とかなんとかいいながら」

「あからさまだな。」

「まあ、知る人ぞ知る別嬪さんだからな。大友女史は。で、また幸薄そうな感じがそそるんだよねぇ

 俺ももう少し若ければなぁ・・・」

「若さはともかく、お前こそアタックしないといけないんじゃないか?いつまで独身決め込んでるんだ?

 ま、DTにはハードル高いか」

「DTちゃうわ!!昔はそこそこモテとったっちゅーねん!」

「まあ、必死になるあたりが怪しいし、似非関西弁なのがうっとうしいな」

「ま、それはさておき、その客近所のアパートに住んでる大学生なんだよね。」

「何で知ってんだ?」

「いや、だって、ずっとだよ。5月ごろから今まで、3か月ほどうちに通い詰めてるもん、

 最近はたまにしか来ないけど・・・

 ちゃんと授業出てるのか心配になるくらいだよ。これ見よがしにテキストなんかテーブルにおいてさ

 わかりやすいったらありゃしない」


「じゃあ、ずいぶん前から大友狙いだってことは知ってたのか?」


「ああ、俺が注文取りに行くと、あからさまに顔に出るから」


「お前の事だから、わかっててお前が注文取りに行くんだろ?」


「あ た り ま え~。と言いたいところだけど、そうしてたのは最初の数日だな。トータル5日間ほどあったかな」


「5日もやりゃぁ十分だろ。

 ってか、普通来なくなんかいか?

 よく続いたな」


「そうなんだよ。そこで心がおれなかったんだよね。おれ結構大友さんをブロックしてたんだけど。」

「店員を守るふりしてるけど、単なる嫌がらせだろ?結構なクズだな」

「いや、試練を与えたんだよ。でさ。さすがにそれでも毎回2000円近く飲み食いして帰るわけよ。

 客単価700円のうちの店で。」

「太客だな・・・ん?なんだ、5日間でトータル10000円くらい使ってんのかファミレスで。キャバクラ行けよ。もっとちやほやしてもらえんだろ?」

「そう。あえて安直な方法に出ずに、

 かたくなに大友さんへの思いを貫いたナイスガイに敬意を表して、

 俺もちょっと協力したわけよ」

「どんな」

「まあ、正直その日は忙しくなってさ。楽しんでガードしてる場合じゃなくなったんだよね」

「やっぱクズじゃねーか」

「まあ、そうとも言う。

 忙しすぎて、相手するのがめんどくさくなってさ。

 オーダー取りに行ったときに、向こうがあからさまに『チっ』ってなったからさ、

 『おや、もうしばらく悩まれますか?』大友さんの方をチラ見しながら確認してみたのさ。」

「そしたら?」

「どうも俺の意図が伝わったらしくてさ。『は、はい!!』って満面の笑み浮かべやがってさ。あまりにもほほえましかったから、サービスタイムをあげたのよ」

「サービスタイム?」

「大友さんに『あの客ちょっと悩んでるみたいだから、今月のおすすめプッシュしてきて』って。

 まあ、その月のおすすめ『トリプルステーキ膳 ¥3800』だったんだけどね。」


「いや、クズ過ぎるだろ?」

「いやぁ、いい顔で注文してたよ。彼。素敵だったなぁ~」

「鬼畜だな。」

「で、そっからは大友さん利用して、来店するたんびに激高メニュープッシュしてたよ。売上のびたぁ~」

「ど畜生だな」

「するとさ、来店するたびに、俺に目配せしてきてね。俺も、うなずき返すわけよ。すると、彼はやはり4~5000円落として帰るのさ。いい顔で」

「そいつ、じきに犯罪に手を染めないか?良く金が続くな」

「まあ、そろそろ限界に近い気はしてたけどね。先週も、俺がうちに帰るときに工事現場で交通誘導してるの見たよ」

「全米が泣くぞ

 それで、今日はお前がいないときにその客が来たのか?」

「そ。話が早いねぇ~。安定の大友、本橋ペアの時にね。

 基本 『オオハシ』ペアは前衛 本橋、後衛 大友だからね。」

「バドミントンペアみたいに言うな。前衛・後衛ってなんだよ」

「前衛は注文 後衛は配膳と食器下げ、で、忙しくなったら、前衛は本橋が少人数席、大友が大人数席で回すんだよね」

「おい、基本その客は1人なんだろ?」

「そ、だから目の前を通過するタイミングで呼ばない限り大友のターンは来ない。ずっと本橋のターン」

「不憫だな」

「で、本橋さんに気づかれたと。」

「なに、本橋さんもお前と同じ鬼畜種か?」

「いや、あの人も苦労人だからさ、おなじシンママなのよ。まあ、本橋さんはすでに中学生の孫がいるけどさ・・・

 だから、大友さんのこと気にかけてるんだよね。相談にも乗ってるみたいだし。大友さんパートに友達いないんだけど

 本橋さんにはずいぶん懐いてるんだよね。だから、愛情のブロック。俺のとは強度と質が違うよ」

「で、すごすご帰ったのか?」


「いや、何の収穫もなく帰るのがつらかったんだろうな。帰り際に本橋さんに当たったみたいなんだよ。」

「なにしたんだ?」

「レジで金を投げつけて帰ろうとしたらしいんだ。」

「札がひらひら舞ったのか?」

「いや、彼、意外に貧乏性でさ」

「意外も何も、お前が貧乏にしてるんじゃないのか?」

はて、何のことでしょう?

「まあ、貧乏性らしく、端数の小銭は出すんだよね。1円玉だけならよかったんだけど、今回100円や10円玉もあったらしくてね。

 結構な勢いで本橋さんの額に当たったらしい。年齢的にお肌にはりがないから少しへこんでたよ。」

「おいおい、いくらなんでもまずいだろ。言いようもひどいが・・・」

「だな。本橋さん、元ヤンだからさ。『おいこら待て』となったらしいんだわ
 で、やばいと思ったキッチンのバイトが警察呼んじゃったんだよね。」

「おまえ、さぼってる場合じゃないだろ」

「ほんとだよ。びっくりしたさ、

 店の前の茶店でのんびりコーヒー飲んでたら自転車に乗った警察官が2人入っていくしさ。

 慌てて茶店飛び出して、俺が無賃飲食で捕まるところだったよ。」

「いや、ちゃんと払えよ」

「そこはちゃんと払ったサ」

「とりあえず、ヒートアップした本橋さんを抑えて、警察にもお引き取りいただいてさ。

 で、彼を事務所に呼んでさ、話を聞いたのよ。

『なんでこんなことするの?』って、まあ気持ちはわかるけどね。

 そしたらさ、『最初のうちは仕送り使って、ほぼ毎日のように来てたんですが、金銭的に厳しくなってきて』って

 確かに最近は週に1回とか少なくなってきてたんだよね。」


「・・・」

なんだかじとっとした目でこっちを見てくるな。

「不況のせいだね」

「・・・いや、お前のせいだ。」

 ずいぶん誤解されているようだな。まあいい

「『バイトの金を突っ込んで、少しでも話す機会が欲しかった。』って泣かせるじゃない。」

「それを利用した奴に言われてもな」

 ん?利用とは?

「ほぼ毎日バイトに入っている彼女の生活が苦しいんじゃないかと思って、少しでも生活の足しになればと思って、高いメニューを無理して食べてたらしいんだ。泣かせるよね。」

「やっぱりお前クズだな」

「まあ、それはさておき、横で聞いてた本橋女史も、少し冷静になってさ。」

「『あんたがやってることは、ストーカーだ、店の売り上げには貢献してるかもしれないが、彼女のためにはならないし、邪魔してるだけだ』と、」

「本橋さんまともだな。それに引き換えお前は・・・

 話聞いてみたら、結局この客をストーカーに育てたのお前じゃねーか」

「・・・
 まあ、それは置いといてだ」

「置いとけねぇよ」

「彼も反省したらしくてね。本橋さんに『八つ当たりして申し訳ありませんでした』って素直に謝ってたよ。

 それを見て本橋さんも不憫に思ったようでね。『高い金使うことが彼女のためになるわけでもないし、当然君のためにもならない。彼女を見守りたいのならそっとしておいてあげてほしい』ってさ。

 で、俺も提案したわけよ。じゃあ、うちで働くか?って」

「おい、おかしいだろ!まず本橋さんが突っ込むだろ」

「よくわかったね。『店長バカですか?』ってストレートに言われたよ、驚いちゃった。」

「その通りじゃねぇか」

「いやいや、ちゃんと説明したさ、『このまま彼がストーカーになるよりは、我々の監視下でまっとうに働く方が良いと思います』ビシ!ってな」

「ビシ!じゃねえよ。意味が解らんわ」

「なんだよ、本橋さんと全く同じこと言うなよ」

「常識的に考えりゃそうなるだろうよ」

「ま、うちのシフトちょっと偏ってたんだよね。本橋さんたまにしか入らないし。

 特に、夕方が手薄なんだわ」

「主婦のパートが時間短いからか?」

「そう、なんやかんやで夕方ピーク前に上がるんだよね。」

「でも、高校生が来るだろ?」

「微妙に時間が空くんだよ。高校生のバイトはピーク時間入りが多いんだよね。」

「その隙間を埋めてほしいってか」

「そ、基本大友さん上りは早いけどフルに近いくらい入ってるし、そのあたりを埋めてもらえるとかなり助かる。」

「彼も、女子高生に囲まれたらちょっとは考え変わるかもしれんしね」

「まあ、どうだかわからんが」

「本橋さんは呆れてたけど、本人かなりやる気だったし」

「知らんぞ、揉めても」

「まあ、何とかなるっしょ」

「お好きにどうぞ、どうせまた愚痴るんだろうけどな」

「まあ、そういいなさんな。話題を提供できそうだよ」

「どうだか・・・」

黒猫はひと鳴きして、窓から出て行った。
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