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サトシの譚

昔話

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「あの山はもともとこの町の守り神を祭った古代の神殿だったんじゃ。
 太古の昔、このあたり一帯は広大な沼地じゃった。この沼の泥は地下から湧き出しておったんじゃが、黒くてむせ返るような匂いだった。臭いだけならまだしも、良く燃える泥での、ひとたび火がつくとあたり一面火の海になる始末じゃった。」
「それって……原油か?」
「ああ、かもしれませんね。」

「おい!そこ!聞く気があるのか?」 
「ああ、わりーわりー。聞いてるよ。ちゃんと。さ、続きを頼む」
「なんじゃと!せっかくこのワシが話してやっとるのにその態」
「良いから続きを話して。」 
 アイがぴしゃりと爺に言い放つ。すると爺は恍惚の表情を浮かべながらアイを見つめながら、 
「嬢ちゃんに言われると断れんのぉ」
「なんだこのジジイ」
 サトシとルークスはあきれ顔だ。
 
「仕方ない。ありゃ。どこまで話したかな。」
「火の海になる沼の話だな。」
「ああ、そうじゃった。で、そんな魔獣も寄り付かぬ沼に人が集まり始めたんじゃ。」
「なんで?」
 急展開に着いて行けずにサトシが突っ込む。
「この場所から離れた所にいくつか街があったんじゃが、そこを追い出された者たちじゃ。行く当てもなく。住むところも無い棄民たちじゃな。それらが自然とこの地に集まってきたんじゃ。すると、その者たちを不憫に思った天上の創造神がここを肥沃な土で埋め尽くし、その者たちに街をつくらせたのじゃ。」
「創造神ね……」
 ルークスは、何か言いたげにジジイを見つめる。ジジイは気にも留めずに話し続ける。
 
「その偉大な創造神は、哀れな者たちに住む場所と肥沃な大地を与えることで農業や畜産で生活できるようにしてやったんじゃ。」
「なんだか、自分の手柄みたいに話しますね。」
「あ、ああ。」
 サトシが小声でルークスにも話しかけるが、ルークスの反応は薄かった。
「そしてその地に住まう者たちの代表が、より豊かな生活を求めて創造神と契約したんじゃ。」
「契約?」
「そうじゃ、創造神は契約によりその者たちの為に数々の奇跡を起こしたのじゃ。大地からは清らかな水が湧き、豊かな自然の恵みを与えた。」
「で、その契約って?」
「じゃが、その豊かな生活が周囲の街からの嫉妬を生んだんじゃな。肥沃な大地を求めて周りの街から多くの野党どもが襲撃してきた。」
「無視っすか?」
「いや、創造神は契約した住民たちを守ったんじゃ。敵対民族には神罰を与え、二度と攻め入られぬように周囲に山を作り上げての。その様子に感謝した住民たちは創造神への忠誠を示すため、町の中心に創造神を祀る巨大な神殿を建立したんじゃ。
 そして住民の代表が王となりその神殿を守ることになる。数年後王が没した後もその子、孫と代々神を信仰し神殿を守り続けておった。」
「で、契約って何?」
「まあ、そう急くな。
 ところがじゃ、100年ほど経つと、神に与えられた豊かさの中で、町の住民は傲慢になっていったんじゃ。
 自分たちの力を過信し、忠誠を誓わず町を離れる者も出てきた。その様子に激怒した創造神は、彼らに試練を与えたんじゃ。」
「随分狭量な神だな。」
 ルークスがニヤつきながらつぶやく。
「フン。そんなことは無いわい。黙っておれ!
 その街に大地震が起こり、町の神殿以外の建物という建物はほとんど崩れ落ちた。それとともに、空から多くの岩や火の粉が降り続いたんじゃ。街のほとんどは破壊され岩と灰に埋まりすべての生命は失われた。それから1000年近い時が流れ、神殿だった場所は小高い山となり、中の神殿に眠る財宝が溶け出して希少な金属を豊富に含有する豊かな鉱山となったんじゃ。」
「そんなに前の話なの?」
「ああ、そして山から得られる希少な金属を求めて多くの人が集まり、やがて町となったんじゃな。町では鉱山で財を成したものが領主となり、一気に発展し現在に至るんじゃ。」
「良く知ってんなジジイ。」
 ルークスはじっとジジイを見据えている。しかし、ジジイはアイを見てデレデレしている。
 
「神殿の奥には信仰を失い、奈落に落ちた邪神が心が眠っている。この町の領主が代々短命なのは、神殿に祭られている神の呪いだ。」
「ほほう。邪神と来たか。で、そいつはどんな奴なんだ?」

「その邪心は、すでに神だった頃の力は失っておる。残りかすと言ったところかのぅ。が、それでも人の理(ことわり)から外れる強大な力を持って居る。人の顔と獅子の体。鷲の翼と、サソリのしっぽを持つ化け物じゃ。」
「マンティコアか。」
「マンティコアとは厄介ですね。」
「ほほう。おぬしら知っておるのか。意外に博識じゃの。」

「マンティコアってなに?」
「おうおう。お嬢ちゃんは知らぬのか。ワシがやさしく教えてやろう。」
「いや、さっきてめえが説明してた通りじゃねぇか。この耄碌ジジイ!」
「なんじゃと!ジジイとはなんじゃ!ジジイとは。」
「今更そこかよ。散々ジジイ呼ばわりされてきただろうが。耄碌に引っ掛かれよ。」
「もういいから。で、そのマンティコアはどのくらい強いの?」

「おうおう、いい質問じゃのう。おぬしらでは太刀打ちできまいて。出会えば死を覚悟すべきじゃな。近寄らぬがよかろう。」
「ご忠告痛み入るね。でもまあ、中を探索しないといけないからな。なんにせよ。楽しい話だったよ。」
「じゃあ、おじいちゃんありがとう。」

「おうおう、かわいいお嬢ちゃん。ちょっと待ちなさい。これをやろう。」
 ジジイは懐からテニスボールほどの大きさの毛玉を取り出す。毛玉には角らしきものが生えている。サトシもアイもこれには見覚えがあった。
「ヌー?ヌーなの?」
 アイがヌーに向かって駆け寄る。
 
「ほう、ヌーを知っておるのか。」

 その言葉には全くと言っていいほど感情が乗っていなかった。しかし、その何気ない言葉にサトシはそこはかとない違和感を感じた。
「きゃわわわわ。きゃわいい。元気にしてたでちゅか!?」
「うわ!?なんだアイ。急に!」
 アイはヌーを見て猫なで声を上げる。そんなアイを見てルークスは目を白黒させていた。サトシもその様子に先ほどの違和感は意識から零れ落ちていた。
 
「おお、ヌーもお嬢ちゃんを気に入ったようじゃな。よかろう。それはお嬢ちゃんにやろう。」
 アイはヌーを抱きかかえて頬擦りしている。サトシもその様子をほほえましく眺めていたが、はたと疑問を思い出す。

「で、契約って?」
 ジジイを見ると、すでに机に突っ伏し大いびきを立てている。横ではアイがはしゃぎまわり、その様子をルークスはさめざめと眺めている。サトシの呟きに答えてくれるものは誰も居なかった。
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