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カールの譚

カールの寺子屋

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 元来俺は人にものを教えるのが苦手だ。
 以前、知り合いから頼まれて鍛冶屋見習いを預かった時に、その指導法を見た同業仲間からずいぶんあきれられた。
「お前の教え方は小難しい表現と擬音が多すぎる。何言ってるかわかんねーぞ。」
 まあ、俺も伯父貴や爺に剣術や魔術を習ったが、あの二人も似たようなもんだった。ギルマスも似たようなもんだな。俗にいう脳筋ってやつかな。最終的には
「数をこなせ」
「力をつけろ」
 で話を締めくくる癖があった。
 その点親父は理論的だった。まあ、理論の方はちんぷんかんぷんなところも多くて、最近になってようやく理解できたこともある。ただ、魔力の動かし方は親父から習ったやり方がわかりやすかった。例え方がうまいというんだろうか。でも、その親父に習うことができたのはほんのわずかな時間だった。もう少し長く教えてもらえれば、鍛冶屋としてもっと成長できたと思う。

 いま、目の前には少々呆れ気味の少年がいる。さっきまではルーキーも何人かいたんだが、皆いなくなった。
 おかしいなぁ。最初は尊敬のまなざしで見られていた気がするんだが、今は随分ぞんざいな扱いだ。

 俺が何を説明しても。

「……はい。とりあえずやってみます。」
 としか言わなくなった。物分かりが良くなった……わけではなさそうだ。

 話は昨日の夕方にさかのぼる。
 
 ゴブリンの襲撃を退けて剣の鞘を取りに行ったら、そこにこの少年「サトシ」がいた。彼は、
「あの、僕に剣術と魔術を教えていただけませんか?」
 と、ずいぶんこちらを尊敬のまなざしで見ながら告げてきた。
 いや、最初は驚いたけどさ、人から尊敬された経験があまりないので、ちょっと舞い上がっちゃったんだよね。
 尊敬どころか、人から褒められたことがあまりない。爺や伯父貴からは「英雄には向いていない。なれない。ならない方がいい。」と3段活用でけなされるし、親父から性格とか態度を褒められたことはあるが、技能や技術は一度も褒められなかった。鍛冶屋になって、いっぱしの武器防具を作るようになっても、貴族連中はそれらを『寄こせ』とは言ってくるが褒めたり、俺の事を尊敬してくれることは無かった。
 で、サトシの言葉である。
「あんなに素早く華麗に動ける人を初めて見ました。僕はアイを守らなきゃいけないんです。ぜひ教えてください!」
 なんて、目をキラキラさせながら言われたら、グッときちゃうじゃない。ね?そりゃ心も動くよね。
「まあ、俺みたいなもんでよければいくらでも手を貸すよ。」
 ってなもんですよ。この子たちを守ってあげよう。なんて考えちゃいますよね。そりゃ。

 で、オットーに相談に行ったわけさ。

「オットー。俺キャラバンからいったん離れて、ここに残ろうと思うんだけどいい?」
「は?何寝言言ってんだ。職務放棄か?」
「いや。ね。あの子たちここに置いとくとまた襲われるかもしれないじゃん。だからって連れてくわけにもいかないし。でさ。せめて自分の身を護れる術を多少身に着けさせた方がいいかなってね。」
「……」
「どう?」
「まあ、連れて行くと言わないだけ分別があるな。」
「連れて行った方がいいか?」
「いや、キャラバンに余裕がないわけじゃないが、役に立つかどうかわからないやつを連れて行くのは感心しねぇ。なにより、本来ならここに残った方が安全なはずだ。俺たちは戦場に行くんだからな。」
「ゴブリンが来るかもしれねぇのにか?」
「さっきも言ったろ。襲う価値がないんだよ、ここは。だから普通に考えれば、もう襲われるはずがない。」
「でも、実際襲われ…」
「そこだ。本来ならさっきの襲撃もないはずなんだよ。これは異常事態だ。」
「そんなに気にするなよ。誰にでも失敗はあるだろうよ。」
「あ、あぁ。まあいい。さっき騎士団の本体に伝令を送った。」
「どうやって?」
「そういう魔術もあるってこった。で、今回の襲撃の原因がわからないままキャラバンを動かすのは危険だと判断した。だから、数日ここにステイだ。騎士団もちょうど魔族の街に近づいてるみたいで、そろそろ最初の戦闘が始まるらしい。あまりキャラバンが近づくのはよろしくないってんで、向こうとも話がついてる。」
「そうか、ちょうどいいな。じゃあ、俺少年の面倒見るので、よろしく。」
「面倒見るってなんだよ。」
「剣術教えてくれって言われてよ。いやぁ。まいっちゃうよな。」
「ああ、まあいいんじゃねぇか。教えてどうにかなるのかはわかんねえが。好きにしな。……いや、ついでにルーキーもシゴいてやってくれよ。」
「えぇ、いやだよ。メンドクサイです。」
「贅沢言うな。こっから先はあいつらにも働いてもらわにゃいかん、しっかり育てとけよ。」
「へいへい。まあ希望者がいたらな。」

 と、許可を取り付けた。さて、カール先生の出番だな。やったるでぇ。

 で、まずは、武器がない。少なくともゴブリンなどの魔獣から身を護るためには、最低限の武器が必要だ。
 幸いゴブリンが持ってたクズ防具やクズ武器も鍛えればそれなりになる。奴らは、死んだ冒険者の武器防具を拾って使っている。手入れする知能もないから、だいたいボロボロだ。でも、意外にいい物を持っていることもあるので、ちょっと火を入れてやると化けることがある。あの辺のクズ防具やクズ武器に冒険者は見向きもしないから、今は死体とともにまとめて放置されている。回収に行こうかなぁっと。
「エリザ!ちょっと手伝ってくんない?」
「なんです?私に頼み事とは珍しいですね。」
 エリザはちょっとうれしそうだ。気安く手伝ってくれそうなので助かる。
「魔力を少々拝借したいんだけど……いいかな?」
「まあ、今回も結構助けてもらってますし、いいですよ。」
「あそこのゴブリンの死体の山あるじゃん。あれ燃やし尽くしてほしいんだけど。」
「ああ、そうですね。衛生的にも早めに処理しておいた方がいいですね。」
 普通は、数日放置してから薪なんかで燃やすんだけど……
「ちょっと急いでてさ。高火力で一気に行きたいのよ。」
「カールの方が向いてそうな気がしますが、まあいいでしょう。あのあたりでいいですか?」
 エリザは、ゴブリンの死体の山を指さす。
「そう、一気に行っちゃって!」
「はい。」
 そういうと、エリザはぶつぶつと何かを唱えながら伏し目がちになる。
 瞳の奥に何やら輝く魔法陣が現れ、エリザの全身が光に包まれる。エリザが目標に掌を向けると、エリザを包んでいた光が一直線に死体の山を貫く。
 風と炎の合成魔術らしい。いくつもの炎の竜巻がゴブリンの死体を燃やし尽くす。ほとんどが灰となり、その中に武器と防具が転がっている。
 クズ防具は原形をとどめず金属の塊となっているが、その中にあって業物の武器・防具だけが原形をとどめている。
 おお、大量じゃぁ。

 材料と、業物ゲットだぜ!
「いやぁ、助かったよエリザ!」
「喜んでもらえてうれしいです。」
 お、こう見るとエリザかわいいなぁ。俺ももう少し若かったらなぁ。
 さて、サトシのとこに行ってみるか。

「サトシだっけ?ちょっといいか?」
「はい、何でしょう?」
「昨日言ってた、剣術の件だけど、教えてやってもいいぜ」
「ありがとうございます!早速教えてもらえるんですか?」
「いや、まずは武器と防具の調達だ。棒っ切れで練習したところで、魔獣相手に戦えねぇからな。実際に剣を振った方がいい。時間がないから実践あるのみだ。で、そのための武器・防具をそろえる。目ぼしいのは持ってきたから、集落のはずれの廃屋になってる鍛冶屋に行こう。」
「鍛冶屋ですか?」
「そうだ、この武具はそこそこのモンだが、もう一度鍛えなおさないとな。俺は鍛冶屋だからよ。いったん使い物になるようにしておいてやるよ。」
「剣士じゃないんですか?」
「ああ、剣術はおまけみたいなもんだな。」
「おまけで…あれですか…」

 おそらく鍛冶屋だったであろう廃墟は荒れ果ててはいるものの、鍛冶屋道具はそれなりにそろっていた。
 ハンマー、金床、やっとこ、炉に鞴(ふいご)、燃料となるコークスもある程度は残っている。仕上げの砥石もあるときた。これなら数人分の武器は鍛えなおせそうだ。

「ちょっと火を入れてみようか。」
 炉に火を入れる。ふいごで風を送るとみるみる熱気を放ち始めた。
「あの、カ、……」
「ああ、まだ名前行ってなかったな。俺はカールだ。よろしくな。」
「いえ、あ、あぁカールさん、よろしくお願いします。で、カールさんがお持ちの剣なんですが…これもカールさんが作られたんですか?」
「これかい、これは親父の作でね、形見なんだよ親父の。俺には作れなかった。材料もなければ腕もないしな。まあ、その程度の鍛冶屋だけどよ。それなりのモンは作れるぜ。」
「ほかの冒険者さんが持っている剣と…その、ずいぶん形が違いますね。」
「ああ、そうだな。親父は『カタナ』って言ってたな。そういう剣らしい。」
「そうですか…」
「ああ、そういえば、ゴブリンの群れが来た時、なんか言ってなかった?」
「いえ、特に何も」
「そう?」
 まあ、いいや。
 さて、炉に熱が入ったころ合いで、おそらく業物であっただろう剣の柄を外して刃の部分を放り込む。空気を送り剣がオレンジに輝くまで加熱する。
 明るく光った剣を炉から取り出し、金床の上で叩く。ハンマーと剣がぶつかり火の粉を散らす。この瞬間がたまらない。無心にハンマーでたたき続ける。
 輝きが鈍ったところで、再度炉に入れ温度を上げる。熱を持った剣を再度金床の上で鍛え続ける。
 形が整ったところで、再度炉にくべる。オレンジから黄色に輝きが変わったところで、一気に水につける。
 ジュワァァ!!!
 激しい水蒸気が立ち上る。水の中で剣を小刻みに動かしながら冷やす。
 水から出てきた剣は真っ黒になって見る影もないが、磨けば今まで以上の輝きと強さを発揮するはずだ。

 俺の作業を食い入るように見ていたサトシが
「すいません。僕にもその作業教えてもらえませんか?」
「お、こっちに興味持ったか。センスあるな。いいぞ。やってみるかい?」
 サトシは見よう見まねでもう一本の剣を鍛え始めた。おや、ギルよりよっぽど筋がいいんじゃないか?何も教えなくても普通にできてるぞ。
「最後の焼入れはどのくらいまで加熱すればいいですか?」
「あれ、前にやったことあるのか?」
「いや、ちょっと知り合いに聞いたことがあったので」
「そうか、なら話が早い。「焼入れ」はだいたいオレンジから黄色く輝きだしたら十分な温度だ。そこから一気に水で冷やす。本当は加熱する前に塩と野菜かすを混ぜた様などろどろの液体をまぶしてからやった方がいいんだが、まあ今回は良いだろう。ところで、サトシは魔力持ちか?」
「へ?」
 素っ頓狂な声を出すな。魔力持ちを知らないのか?
「いや、魔力があるとこの作業も楽なんだよ。ちょっとやってみようか?」
 さっき俺が鍛えた剣を手に持ち、腹の下に魔力をためる。
「まずは、腹の下の方に魔力をためるんだ。臍の下、握りこぶし半分くらいのところに意識を集中する感じだ。魔力がたまってくると熱を感じる。」
「ちょっとやってみます。あ、なんだか腹の下があったかくなってきました。」
「そう、それだ、そこから肩、腕、掌、剣とその熱を動かしてみな。」
「なんだか難しいですね。」
「そうだな。ちょうど腹の中に水が溜まっていて、その水が徐々に動いていく感覚をイメージしてみな。」
「あ、なんとなくできる気がします。ちょっとずつ動いてきました。」
「剣まで魔力が流れると、剣が光りだす。その時に剣の中をイメージするんだ。」
「剣の中?」
「そう、剣もそうだが、俺たちの体も、小さい粒が集まって出来上がってる。剣を作ってるその小さい粒をイメージするんだ。」
「ああ、なるほど」
 あれ?ずいぶん物分かりがいいな。だいたいこの辺で、みんな『なにいってんの?』って感じになるんだけど、かなり頭が柔らかいのかな。
「すごいな、よく一発で理解できたな。俺も理解できたの最近なのに。」
「いや……、…カールさんの教え方がうまいんですよ。」
「そう?そうかなぁ。いや照れるなぁ。じゃあ、次行っちゃおう。剣を作ってる金属は、氷なんかと同じように結晶でできてる。ただ、この結晶の大きさによって素材の強さが大きく影響されちまうんだ。特に大きな結晶だともろくなっちまう。だから結晶を微細化するのが良いんだが、なかなかイメージしにくい。一番楽なのは全部の結晶を無くしちまうんだ。」
「無くす?」
「そう。言ってみれば、小さい粒が規則的に並んでいるのが結晶だ。金属はその結晶がいくつもくっついた状態になっているんだが、それをイメージするのが難しい。で、最終手段として、全部を規則性のない乱雑な状態にして結晶をなくしちまうんだな。切れ味は微妙だが強度は折り紙付きだ。」
「……やってみます。」
 ギルとは段違いの理解力だな。すげえぞ。これ。こいつは一流の鍛冶屋になるんじゃないか?
「あ、結晶が見える気がします。」
「マジで?俺見えないのに?」
「あ、いや、見えたような気がしただけですが…」
「俺も必死でやってみたら見えるのかなぁ。ちょっとやってみよう。」
 魔力を流して結晶をイメージする。確かに、今まではこっちのイメージを送り込むばっかりだったが、剣の様子を『見よう』とはしてなかった。
 ……
 ……
 あ、あれ?これか?見える。見えるよ。すげー。見えたよ。
「おお、俺にも見えたよ。結晶。すげーな。こうなってたのな。」
「あっ、ああ、見えますよね。すごいですね。これ。」
 才能って恐ろしいな。
「いや、俺の方が教えられたな。」
「いえいえ、カールさんの教え方が適切だったからですよ。」
 いや、すごい。この子すごい。すごくいい子。今すぐ連れて帰りたい。ギル追い出してこの子と店やりたいよ。
「よし、防具もやってみようか。今の感じだと火入れしなくても魔力で何とかなりそうだな。」
「はい。やってみます。」

 その後2時間ほど、二人で魔力を注ぎながら武器、防具を鍛えまくった。
 いやあ、かなりの最強装備出来上がったんじゃない?これ中々だよ。この剣なんて希少品(レア)だな。ダンジョン最奥あたりでしか手に入れられないだろうな。たぶん国宝級だよ。サトシすげー、ほんの数分で俺の鍛冶屋スキルに追いつかれた感じだ。うれしいような悲しいような。
 でも、おかげで時間をずいぶん節約できたと思う。魔力の使い方は剣技にも攻撃魔術にも通じるところがあるし、武器防具を自分で修理できると拠点防衛しやすい。
 サトシは魔力量もそれなりに豊富らしく、この後剣術の訓練をしても大丈夫そうだ。

「では、剣術の訓練と行こうか」
「よろしくお願いします。」
「「「「しやーす!」」」」

 なぜだろう、ルーキーたちも参加している。サトシに剣術訓練をすると言う話を聞きつけたらしい。なんとも邪魔くさい。

 ようし、それじゃぁいっちょもんでやるか。

「それじゃぁこれから手合わせだ、とりあえずお前らの実力を見るぞ。」
「よろしくお願いします。」
「「「「しやーす!」」」」


 どうやらかなりやる気だ。とりあえず一人ずつ手合わせして実力を確認する。

 まずは、サトシから。

「てやぁーーー!」
 ん~。まず声を上げるあたりがまずいな。黙って打ってこないとね。でも、太刀筋は悪くないように思うな。
 軽く剣をいなしつつ、足さばきなんかも見てみる。ああ、完全に足がお留守だ。一点に集中しすぎだな。
 とりあえず、足元を蹴たぐって転がす。
「ハイいいよ。ちょっと休憩してナ。」

「ありがとうございます。」
 いいね。礼儀正しい子は好きだ。っていうか、どこぞの貴族の令息か?育ち良すぎない?

「ハイ次」
「俺が行く!」
 鼻息荒くルーキーがやってくる。あ、冒険者Aじゃない?もうすでに顔を忘れてるけど、こんな感じだった気がする。

「うりゃぁーー!!」
 お前もか…。冒険者やってるんなら基本だろ。敵に感づかれるだろうがバカちんが!
 勢いだけで打ち込んでくるなぁ。目線もひねりがないし、ほんとにやる気あんのかね?
 なんかムカつく。退場願おう。
 剣の柄(つか)で、がら空きのみぞおちを突く。

「ぐはっ!!」

 もんどりうって倒れこんだ。

「ハイ次」
「次は俺だ!!」
 BだっけCだっけ。まあどっちでもいいか。
「セイヤ!」
 こいつも一緒だ。ルーキーってこんなもんなの?弱すぎない?俺の頭部めがけて振り下ろされる剣が遅すぎて泣けてくる。こいつらに背中を任せるのは自殺行為だな。キャラバンの防衛すら任せるわけにいかんだろ、これじゃ。
 と、考えていてもまだ剣が俺の頭部に到達しない。イラついたので、俺から剣を迎えに行く。素手で。むんずとつかんでひねって取り上げる。
「さあ、ポチ!あの剣を取っておいで!!」
 と、奪い取った剣を投げ飛ばす。600mくらいは飛んだかな。
「ああ、俺のエクスカリバーが!!」
 なんだよ。御大層な名前つけてやがんな。当分帰ってくんな。

 そのあとも、数人相手にしたが、どれもこれも期待外れだ。これじゃあ護衛を任せるわけにはいかない。性根から鍛えてやるしかないか。

 さて、サトシにはやさしく指導しよう。が、ルーキー達、お前らはだめだ。徹底的にシゴいてやる。覚悟しとけ。

 というわけで、カールさんの熱血指導が始まった。

「まず、サトシ。相手に切りかかる時に声を出しちゃだめだ。癖ってのは咄嗟の時に出る。暗闇で敵を仕留めなきゃならないときにわざわざ自分の居場所を教えることになる。」
「なるほど」
 後ろでルーキーたちうなずいてるが、お前らもなんだよ。理解してるか?ちゃんと直しておけよ。

「それと、攻撃に気を取られすぎだ。狙いを目線からも読まれるし、なにより足元に意識が行っていない。周り全体に注意を払って、自分の手や足が今どこにあるかを逐一把握することだ。」
「ハイ」

「あと、俺の剣を真正面から受けようとしてたな。あれもまずいな。お前の剣は魔力で鍛えてはいるが、基本ある程度切れ味をよくするために硬く仕上げてる。硬い金属はもろい。真正面から剣を受けると、欠けるか、最悪折れることもある。受けるならある程度力を「いなす」つまり受け流す必要がある。タイミング次第ではじき返すこともできるが、今はまだやめた方がいい。」
「カールさんの剣が欠けないのはやっぱり腕ですか?」
 ああ、心地いい尊敬のまなざしと素敵な質問。
「いや、腕というよりは、魔力だな。いま俺はこの剣に魔力を流してる。だからこの魔力を超える打撃を食らわない限り剣にダメージは入らない。」
「魔力ですか」
「ああ、実際、強度以外にもメリットがある。切れ味も上がるし、刃の届かない斬撃の延長線上の敵も切れる。それと、俺の剣には関係ないが、サトシの使う剣はどちらかというと切れ味よりも強度重視だ。「切る」というよりは「叩き折る」という戦い方になるから相手を両断して剣を振り抜くには相当の力が必要になる。魔力を通して切れ味を増しておけばより振り抜きやすくなるから、周囲を敵に囲まれた時も戦いやすくなる。」

「なるほど」
 
 サトシは物覚えが恐ろしく良く、技や魔力の使い方にも長けていた。呑み込みが早いってレベルではないと思う。

 まあ、冒険者としてやっていくには根本的に体力と腕力が足りないから即戦力ってわけにはいかないが、さっきまで周りで聞き耳を立てながら練習していたルーキーを今日一日で超えてしまった感じだ。
 周りのルーキーたちはバツが悪くなったのか、一人、また一人と去っていった。まあ、遠くの方で仲間同士手合わせしてるみたいだから、向上心はあるんだろう。でもまあ、気持ちはわかる。こんな才能を間近で見せつけられたら、そりゃ恥ずかしくもなるよ。ちょっと奴らが不憫に思えた。

「カールさんは、あの冒険者の方々と親しいんですか?」
 親しく見えたのか?
「いや、親しくはないな。とりあえず習いに来たから教えてるだけで」
「そうですか」
 
「ようし。俺はこの棒っ切れを使うから、こっからは本気で手合わせするか。」

「よろしくお願いします!」

 尊敬のまなざしってこんなに心地よい者なのか。指導者っていいなぁ。
 
 と、思ってた時期もありましたよ。ええ。

 ここからは、棒っ切れに魔力を注ぎ、サトシと真剣勝負である。と言ってもこちらはずいぶん手を抜いているが。
 サトシの攻撃をいなしつつ、スキがあればケガをしない程度に棒ではたく。けがをさせずに練習できることでサトシの腕前はみるみる上達していった。
 まだ未熟なところが多いが、そこはいろいろとアドバイスしてやる。
「今の受け流しだが、ビュッときたのをペンっとうけたろ?そこはパンっと返す方がいいな」
「?はい…」
 ん?反応が微妙だな。
「お、いまのザッときたのは良いが、その前のボワッってのはまずいな。もっとビュッといこう」
「あ、はい…」
 おかしいな、アドバイスを与えるたびに、太刀筋に迷いが出てる気がするし、なんだか俺の顔を見る目も最初と違ってきたような…

 ……

 そんな感じでサトシに稽古をつけ始めて少し経つと、俺のアドバイスに対しては、
「ハイ。やってみます」
 しか言わなくなってきた。まあ、いいか。
 最初は太刀筋に迷いがあったけど、今は、アドバイスした後少しぶつぶつ独り言を言った後、こっちのイメージ通りの動きをしてくれるようになった。


そして、稽古7日目
「いいよ。今のいい。」
「ありがとうございます!」

 うん。なんかよくわからんが褒めとけば勝手に伸びてくな。よし。褒めよう。それだけにしよう。そうしよう。

「そうだ、今の受け流しは良い!」
「はい!」

 そんなこんなで10日ほど。ずいぶん長居しちまったが、サトシはここにいるルーキーの誰よりも強くなったと思う。
 そこで、オットーにこんな相談をした。
「なあ、サトシを連れてっちゃまずいか?今のルーキー達よりよっぽど使えるぜ」
「……確かに戦力としては良いかもしれねぇが…」
「それこそ、俺と同じで炉がなくても武具を修理できる。願ったり叶ったりじゃねぇか?」
「……アイって子も連れて行くのか?あの子は残るっていうんじゃねぇか?」
「そこは聞いてないな。まあ、十分な戦力なんだし、あの女の子は役に立たないかもしれないが、そのぐらいは大丈夫だろう?」
「一応、キャラバンの差配は俺に任されてるんだ。役に立たない人員は増やしたくない。それがお前の頼みでも…だ。まあ、本人に確認してみちゃどうだ?」
「なんだよケチくせえな。じゃあ、聞いてみるよ。」
 いつものオットーらしくない言いっぷりだな。まあいい。サトシに聞いてみよう。

「サトシ!俺たちと一緒に来ないか?まあ、キャラバンの護衛やら武器の修理は手伝ってもらうことにはなるが、ここにいるよりいいと思うぜ?」
「あ、ありがとうございます。でも、アイがここに残りたいって言うので。ありがたいお話ですが、ここに残ろうと思います。」
「そうか。悪い話じゃないと思うんだがなぁ。アイちゃんも一緒に来た方がここに居るより怖くないんじゃないか?」
「いえ、できればゴブリンに連れ去られた家族を助けたいんです。まだ実力が足りませんが、早く強くなって助けたいと思います。」
「……」
「……」
 
「そうか。そうだな。助け出せるといいな。がんばれ!応援してるぞ。」
 正直もう時間がたちすぎだと思う。が、家族を思う気持ちは理屈じゃない。俺がとやかく言うことでもない。後はサトシが決めることだな。
「俺も仕事が終わったら、また帰りに寄るからよ。その時に家族を助けられてたら、一緒に王都で鍛冶屋やらねぇか?」
「ありがとうございます。それまでに家族を助け出せるように頑張ります!」
 本当に気持ちのいい子だな。家族の愛情を受けて育ったんだろう。サトシの家族が助かることを心から願ってるよ。

 その様子を確認しにオットーがやってきた。
「で、どうなった?」
「まあ、お前の予想通りだろう?」
「そうか、そろそろ出発するか?いい骨休めになったろ」
「そうだな。」
 

「じゃあな、サトシ。次来た時にいい知らせが聞けることを期待してるよ。がんばれよ!アイちゃんも元気でな!」
「本当にありがとうございました!このご恩は一生忘れません」

 いや、ほんとに育ちがいいな。何喰ったらそんな子供が生まれるんだよ。

 車列が出発し、俺たちの姿が見えなくなるまでサトシとアイはずっと手を振り続けていた。
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