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母
しおりを挟む母さんはアイスが好きだった。
いつも。アイスを食っていた。
だけど、、今は。
その好きなアイスすらも。
、、食べなくなった。
母さんはたまに抜けてる所があって。
よく、アイスを冷蔵庫に入れる事があった。
俺はその都度。冷凍庫に入れなおした。
「母さん、?
また冷蔵庫にアイス入ってるよ??」
母さん「あら。
また冷蔵庫に入れちゃった、?
ごめんね?」
元々。抜けている所があった。
そこに。何の"異変"も感じなかった。
けれど。それは、病気だった事が分かった。
それに。気付かなかった。
いつの間にか。
いつからか。
母さんの脳には腫瘍が出来てしまっていた。
若年性のアルツハイマーとも疑われたが。
検査の結果。脳腫瘍だという事が分かった。
天気が悪い時にはよく頭痛を訴え。
それは気圧のせいだと思っていた。
母さんは女手ひとつで育ててくれていた。
昼も仕事。夜も仕事。
ずっと。働いていた。
そうじゃなきゃ。イケナカッタからだ。
だからそれで、ふらついたり。
目眩を起こしたりしていたと。
俺は、勘違いしていた。
医者によると。
過度なストレスによるものだと言っていた。
そのままだった。
その通りだった。
母さんの腫瘍は。前頭葉に出来ていて。
それによって。
『記憶障害』
を、起こしていたのだ。
「母さん、、?
入れとくよ。?」
冷凍庫には、食べていないアイスが。
沢山たまっていた。
「いらっしゃいませー、」
中学を卒業して以来。
俺はコンビニで働いていた。
給料が出たら母さんの病室に行って。
母さんの好きだったアイスを補充するだけの日々。
何か会話がある訳じゃあ、無い。
ただ、手を握って。
母さんの顔を見つめる。
「母さん、、?」
今じゃ、反応すらない。
それを。
ただ、繰り返すだけ。
あの時の母さんとの時間を。
日々を。
寂しさを埋める様にして、思い出す。
ずっと一緒に居れた訳じゃない。
限られた僅かな時間だった。
ただ。夕飯を一緒に食べる時間だけ。
その時間だけが。
いつもと変わらない時間だった。
俺は母さんのカレーライスが好きだった。
具なんて、何も入って無かった。
それでも、好きだった。
それが。旨かったんだ。
母さん「いつも具が入って無いね、?」
「これが美味しいよ?」
母さん「、そう。?」
「うん!」
母さん「いっぱい食べてね?」
「うん!」
母さんが居ない間。
寂しくない訳じゃなかった。
情けなく。泣いた事も少なくはなかった。
母さん「今日。学校、休んじゃおっか?」
「どうして、?」
母さん「今日は。お母さん。
遊園地、行きたいな?」
「遊園地、?」
母さん「うん。
行かない?」
「お仕事は、、?」
母さん「今日は、おやすみを貰ったの。
だから、行こう??」
「、うん!!」
そうやって。母さんは、
俺との時間を作ってくれた。
こどもの日には、近所の和菓子屋さんへ。
一緒に歩いて、柏餅を買いに行って。
窓辺に飾られた鯉のぼりを見ながら、一緒に食べた。
「何で。家には、お父さんが居ないの、?」
そんな純粋で、酷い事を。
子供ながらに、口から出した。
母さんは。
「ごめんね、?」
そう言って、俺を強く抱き締めた。
鯉のぼりには、3匹居るのに。
家には、母さんと、俺しか居なかったからだ。
こどもの日が近くなると、そんな事を思い出す。
毎年の様に、窓辺に飾られた鯉のぼりを。
俺は真似する様にして飾っていた。
コンビニの廃棄を持ち帰り。
ひとりだけの部屋で、冷たい弁当を食べる。
「お母さんの調子はどうだい?」
「、どう。なんでしょう。ね、、。」
子供の時から通っていた和菓子屋のおばさんは、
常識の無い様な事を平気で聞いてくる。
「調子が良い訳が無いだろう、、。
良かったら。ここに居るだろうが。」
開けた窓から入って来た空気の流れに。
鯉のぼりは、風で揺られて動いた。
「母さん、、」
コンビニからいつもの様に弁当を持って帰る。
ガチャ、、
テーブルに座り。
弁当を広げる。
慣れた様に弁当を開ける。
ふと、鯉のぼりを見る。
「、、あれ?」
真ん中にいるはずの鯉のぼりが。
そこには居なかった。
「取れたのかな、、?」
下を見渡すが、何処にもその鯉のぼりは居なかった。
「あれっ、、?」
大切な。鯉のぼり。
俺にとっては、とても大事なものだった。
その時。
視界に。緋い何かが写った。
「、、ぇっ?」
それは、動いていた。
いや。
空中に、"浮遊"していた。
「、、ぇ。
嘘だろ。」
テンプレかの様に目を擦った。
だが。いくら擦ろうとも。
頬をつねろうとも。
目の前の状況は、何も変わらなかった。
「どうなってんだ。。」
とりあえず。俺は弁当を食った。
何と言うか。
それに、恐怖は無かった。
見馴れていたからか?
害が無いからか???
理由は分からなかったけど。
あった事に対する安心感のが強かった。
「どうなってんだ?」
しばらくすると。
鯉のぼりは、ゆっくりと俺に近付いてきた。
触っていいのか分からないが。
鯉のぼりは、俺に身体を寄せてきた。
「、、どうしたんだ。?
腹。減ったのか??」
俺は返っては来ない言葉を投げ掛けた。
「鯉のぼりって、何か食うのか??
そもそも。何なんだ。?」
鯉のぼりは目の前でくるくると回ると。
俺を導く様に、冷蔵庫の前に立たせた。
「冷蔵庫に何か食いたいのがあるのか、?」
冷蔵庫を開けると、中を見ている様だった。
「食いたいのが無いのか??
冷凍庫にも。何か入ってたかなぁあ、。」
冷凍庫を開けると。
鯉のぼりは、真っ直ぐにアイスへと向かった。
「、、アイスが。好きなのか??」
鯉のぼりはアイスの周りを回った。
「そうか。そうか。」
アイスの蓋を開け。スプーンでアイスをすくう。
「ほらっ。」
鯉のぼりのそれに、口元に。アイスを近付けると、
スプーンにあったアイスは直ぐに無くなった。
「すげぇ、、
ほら。もっと食え。?」
こうして。
鯉のぼりとの日々が始まった。
「お先。失礼します、」
「はい、お疲れ様。」
いつもなら終わった時間をダラダラと過ごすが。
鯉のぼりが居てからは、直ぐに帰る様になった。
「ただいま。」
鯉のぼりは俺が帰って来ると、直ぐに寄って来た。
「いいこにしてたか??」
鯉のぼりは、偏食みたいで。
アイス以外には、興味を示さなかった。
だが。そんな鯉のぼりに。俺は、、
癒されていた。
そうやって。
現実から逃げていたからだろうか。
「、はい。もしもし。」
大型連休に差し掛かる前に。病院に。
入れなくなってしまった。
俺は母さんと面会する事すら。
出来なくなってしまったんだ。
未知の流行り病により。
身内や親族ですら。
病院に入り。面会する機会が、奪われた。
それなのに、、俺は。
何故か。その一本の電話で、楽になったんだ。
『最低だ』
母さんは大切だった。
母さんを好きだった、
なのに俺は、そんな母さんと会わない事を。
嬉しく思ったんだ。
「なあ。。
俺って、最低だと思わないか?」
そう、普通に話し掛けた。
『ウゥン、
ソウハオモワナイワヨ、』
「えっ、、」
頭の中に浮かぶ様な言葉。
俺は遂に、頭がイカれちったのかも知れない。
こうやって。
鯉のぼりにアイスをやってる事すら。
俺の妄想なのかも知れない、、
『ダイジョウブヨ、?
アナタハ、オカシクナンテ。ナイノ、』
「、、え。?」
優しく、鯉のぼりが俺の頬に寄る。
『ダイジョウブヨ、ダイジョウブ。』
俺は、涙が溢れ出た。
それと同時に。鯉のぼりの正体が。
何者なのか。
分かってしまった、、
だが。それを気付いてしまったら。
口に出してしまったら。
何故か。鯉のぼりが居なくなる事を分かっていた。
「あははは。」
そうやって。喪った時間を取り戻すかの様にして。
俺は、小さな子供の様に。
鯉のぼりに、ずっとくっついていた。
それは、その状態が。
長くは続かない事を。
俺は、知っていたからだった。
「病院からの電話だよ?」
それは起きるべくして、訪れた。
「ありがとうございます、、
はい。もしもし、?
、、はい。、、はぃ。。
えぇ。、、
はぃ。。
はぃ。。
はい。」
電話を切ると。店長は内容を察したかの様に。
優しく。肩に手を置いた。
「今日は、、帰りなさい。?
有休だって。残ってるし、、」
「はい。。」
俺は、走った。
病院では無い。
母さんとの大切な思い出の場所。
母さんの居る、、家に、、。
ガチャン、!
「、、母さん!!?」
俺は焦っていた。
本当に、、。
本当に。
鯉のぼりが母さんなら。
俺は、母さんに。
あの鯉のぼりに。
伝えなくちゃいけない事が。
沢山。
あったんだ。
なのに俺は、その機会を、、
「母さん!?」
「母さん!!??」
扉を開け。部屋中を探す。
だけど、母さんは。
鯉のぼりは、。何処にも居なかった。
「、、母さん。。」
分かってた時点で。
気付いてたのならば、、
俺は、、俺には。
ちゃんと。やるべき事が。
言うべき事が。
あったはずなんだ、、
「それなのに、、
母さん、、」
俺はそのチャンスも逃したのだった。
「、、泣いてるの?
意外と。泣き虫なのよね、?」
優しい温もりが、頭を撫でる。
「気を使い過ぎて。
少し、辛くなっちゃって。」
懐かしい。落ち着く匂いがする。
「そんな、あなたが。
私は、、」
「母さん!??」
俺は泣いて。疲れて。
寝てしまっていた様だった。
窓辺の鯉のぼりの居る所で。
子供の様に。小さくなって居た。
真っ暗な部屋。
部屋には、月の明かりが。
僅かに入って来るだけ。
「母さん、、。」
母さん「はあいっ?」
「母さん!!?」
近くで。母さんの声がした。
母さん「そんなに。大きい声を出さないの。」
母さんの匂いも。する。
「母さん。何処!??
今電気を、、」
母さん「駄目。
電気は付けては駄目。。」
母さんの声は震えていた。
「、、分かった。」
母さんの手が。
確かに俺の手に触れた。
「母さん。俺、、
いっぱい話したい事があってさぁ、??」
母さん「うん、。」
「母さんとしたい事もさぁ??
沢山。あってさぁ、。?」
母さん「うん、、」
「母さん、、。。」
母さん「、、ごめん。ね??」
母さんの身体は。
俺の身体に。優しく、抱き付いた。
母さん「おっきく、なったんだね。?」
「うん、、」
母さん「ごめんね、?
寂しい思い。ばかり、させて。」
「うぅん。
母さんは、悪くないよ、、
母さんは。悪くない。
俺さ。。母さんと行った遊園地とかさ。
凄く楽しかったしさぁ??
この鯉のぼりだってさあ。
ずっと、こうやって。
飾ったりしてさぁ、??」
母さん「うん、、」
ずっと。こうやって話してたかった。
「ずっとさぁ、?
待ってたんだよ、、?」
母さん「うん、、」
普通の様に。普通に。居たかった。
「俺さぁ。
何も出来なくてさ、、」
母さん「そんな事無いよ。?」
話したい事は沢山ある。
「俺は。
母さんに、、。
何かしてあげられたかなぁ??」
母さん「もう、充分。
親孝行して貰ったよ、、?」
でも。もう、、話せなくなる。
「こんな。息子で。
ごめんな??」
母さん「こんな。息子で。
母さん。良かった、よ??」
どうして。何で、、
「俺も、、。
母さんの息子で、、
母さんの子供で。
良かった。よ??」
母さん「ありがとう」
その時。風が吹いた。
「、、母さん??
、、。母さん!?
母さん!!」
俺は電気を付けた。
母さんが居た場所には。
ずっと俺が探していた鯉のぼりが。
床に。横たわって居た。
「母さん、、。」
俺はそれを優しくすくい。
母さんの布団の上に寝かせた。
「母さん。
おやすみ、、。
最後まで、。
ごめんな、?
ありがとう。。」
布団に横たわる鯉のぼりは。
やっと帰って来れた。
と、言わんばかりに。
安らかな顔をしていた気がした。
「お帰りなさい。母さん。。」
『ただいま。』
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