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第1巻 1期目 閉会~臨時国会前日

五島列島味尽くし

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「ぼーーーー」

 汽笛とともに東京湾を出発したフェリーが長崎の港に到着した。帰郷の客や観光客に交じり紋付羽織袴の男が港に降り立った。水本上親である。
 上親にとって久しぶりの長崎であった。降りた港から自分が町議を務める町まで鉄道は走っていないので、本来ならタクシーだが、今日は支持者の一人が車で迎えに来てくれるというので乗せてもらうことにしていた。

「上親先生乗りなよ」
しばらくすると気のよさそうな髭面の中年のおっちゃんが2tトラックから上親に声をかけた。
「たけちゃんありがとな。東京で金使い果たしてすっからかんや。東京は何でも高い上に人情がなくてあかんわ」
袴から取り出した財布を下に振りながら上親は言った。
「上親先生が一生懸命政治活動していることはみんな知ってるよ」
 トラックが海岸沿いに走っている。長崎と言っても上親が町議を務める町は五島列島は目と鼻の先の僻地であり、延々と人家のまばらな海岸線が続いていた。その海に目を向けるといくつか島のような陸地が見えるが、五島列島はもっと海の向こうにある。
「わいも町議になるため島を出てこの町にやってきて久しいんや。おっかさん元気かな」
「心配なら会いに行けばいいじゃん。フェリーも出てるんだしさ」
「それは真に錦を飾る日のために取っておく」
「ふー」とたけちゃんと呼ばれたおっちゃんはため息をついた。
 このような会話は上親の周りの人間は何度も聞かされているが、出世するまで母親に会わないという昔固きな性格が町民の情を呼んでいるかもしれない。

「ここでいいかい?」
上親は1件の居酒屋の前で降ろされた。そこは上親行き付けのきびなご屋という居酒屋であった。

 上親は東京での政治活動?も閉会とともに一段落したので、今回、本来の町議の仕事をしに戻ってきたのであるが、今日は帰ってきたばかりでもあるので、支持者への挨拶もかねてきびなご屋によることにしたのだった。
「がらがら」と横にドアを開けると、
「おかえり」
という声がまばらに聞こえた。店内にはカウンターとお座敷があり詰めれば20人くらいは入れるだろう。

「東京には全国いや全世界からうまいものがつどっちょるというが、魚はやっぱり取り立てでなければあかん」
カウンターに座るなり上親は東京の悪口を挨拶代わりに言った。
きびなご屋は漁港の取り立ての魚を食わせてくれることで地元では知られており、ここで出すきびなご料理は東京のどこの高級料亭でもかなわないと上親は思っている。
「きびなごの刺身、きびなごの酢もの、きびなごのから揚げ。今日はきびなご尽くしなんて贅沢やないか、親父さんどういう気の回し方や?」
「あんたの出世祝いだよ」
「出世?」
「東京じゃ大活躍だったんだって?」
「なんやて?」
上親は意外そうな顔をした。
 確かに故郷長崎のことを思い。言うべきことはいわないといかんと思い、上親なりに活動をしてきたつもりであった。しかし、東京での活動がどうして長崎の僻地の居酒屋まで知れているのだろう?

「初登院の日に乗り込んで大暴れしただろ。プレミアムフライデーのCMに若手議員引っ張りだして出てただろう?」
なんとそれらはすべてテレビを通して地元に知れ渡っていたのだった。

「あんたもいつかこんな田舎の町議でなく国に行って活動するんだろうなあ」
「言うべきことは言わんといかんと思っている」
 上親は神妙な面持ちになった。国会議員になんかなれるかとは言わない。例え今は小さな町の町議であってももっと多くの声が集まれば国だって動くはずだ。
「そんな前途洋々たる水本先生にはこれだ」
「甘うにやないか」
ぱんぱんと手を叩いて上親は嬉しそうだ。今日は甘うにはサービスらしい。
「東京には全ての味が集まって来る。だが味だけやない政治もそうだ。全て東京もんのために決まるんや。」
「確かに全国の海でうには取れる。それらは全て東京に集まる。だが、五島のうにはこれだけや、わいは五島のうにのような政治家を目指すんや」

 出された甘うにになか手をつけず「ジッ」と睨んでいたが、意を決すと一気に甘うにをかっこんだ。
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