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新春特別編

その後の物語 6 - 金髪男とピアス男 (1)

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※作者より

 本エピソードは、これまでの『コンプレックス』とはかなり雰囲気が異なります。
 肩の力を抜いて、お楽しみいただけましたら幸いに存じます。

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 ――一月某日 午前七時三十分
 ――戸神本町駅南口 繁華街に程近い交通量の多い交差点

 ~♪

 歩行者に信号が青になったことを知らせる「ピヨピヨ ピヨピヨ」という電子音が流れる。
 反射板付きの緑色のベストを着た金髪の若い男が『交通安全 児童横断中』の黄色い旗を持って道路に出た。

 「はい、みんなー、車に気をつけて渡ってねー」
 「はーい」

 色とりどりのランドセルを背負った子どもたちが、元気に右手を上げて横断歩道を渡っていく。

 「すみませーん、ちょっと待ってくださいねー」

 子どもたちの横断を待つ車に、愛想笑いをしながら頭を下げる金髪男。
 車の運転手もそれを見て、にっこりしながら軽く会釈した。

 歩行者用信号の青信号が点滅を始める。
 道路の向こう側では、同じく緑色のベストを着たピアスをたくさん着けた男が、横断中の子どもたちを手招きしながら大きな声で叫ぶ。

 「おーい、早く渡らないと赤になっちゃうよー、走れー」

 その声を聞いて、笑顔で走り出す子どもたち。
 そして、信号が赤になると、たくさんの車が目の前を走っていった。

 「おにいさん、ありがとう!」

 子どもたちの笑顔と感謝の言葉に、ピアス男も顔をほころばせる。

 「はいよ、学校まで車に気をつけてな! いってらっしゃい!」
 「はーい、いってきまーす」

 手を振る子どもたちに、手を振り返すピアス男。

 ◇ ◇ ◇

 ――午前九時 交差点近くの公園

 ここは金髪男とピアス男の定番休憩所になっていた。
 緑のベスト姿のまま、ベンチでタバコを吹かすふたり。

「なぁ、金髪……」
「なんだ、ピアス……」

 ピアス男は、カラッと晴れた青空に視線を向けた。

「なんで俺たち『緑のお兄さん』してんだろ……」
「あんとき、ナンパしたからだろ……」

 カショッ

 缶コーヒーを開けて、一口ゴクリと飲む金髪男。

「あんときかぁ……」
「あんときだ……」

 ふたりは大きくため息をついた。

 ◇ ◇ ◇

 ――昨夏

 駅前のショッピングセンターの中にあるゲームセンターで、幸子や亜由美、ギャル軍団をナンパし、挙げ句の果てに幸子とキララに手を上げた金髪男とピアス男。
 ふたりは、女の子たちを助けに急行した駿によって制裁を受け、二度と戸神の街に来ないことを約束し、その場を逃がしてもらう。

 駿への恐怖に、思わずショッピングセンターを出たふたりは、繁華街の裏道を歩いていた。

「いってー……」

 駿に殴られた頬を押さえる金髪男。

「大丈夫かよ、金髪」
「ピアス、何で助けに来ねぇんだよ!」
「助けに行ったって! でも、アイツ蹴り入れてもビクともしねぇんだよ!」
「ちっ……」

 ピアス男の言い訳に金髪男は苛ついた。

 ドンッ

 そんな金髪男にぶつかったひとりのお年寄り。
 お年寄りは転んでしまった。

「おい、ジジイ! どこ見て歩いてんだ!」

 金髪男は激昂した。

「ちょ、ちょっと、やめろって。こんなジイさん相手に」

 間に入るピアス男。

 が、ふたりがそのお年寄りを見ると、眼光鋭く睨みつけられた。

「な、なんだよ。何か文句あんのかよ」

 金髪男が焦りながらも強がると、お年寄りはスマートフォンを取り出し、どこかへ電話しだした。

 そして――

「今すぐ来てくれ……金髪とピアスだらけの男ふたり組に襲われた……」
「へ?」

 お年寄りの電話の内容に驚くふたり。
 すぐに複数人の走ってくる姿が見えた。
 どう見ても素人ではない。

「に、にげろ!」

 ふたりは、ピアス男の一言でその場から逃げ出した。
 繁華街の中を逃げながら、そっと後ろを振り向くピアス男。
 五人の男が追い掛けてきていた。

「き、金髪! オ、オマエのせいだぞ!」
「今日は厄日か? 仏滅なのか? なんでこんな……」

 半べそで泣き言を言いながら逃げるふたり。
 ちなみに、この日は大安である。

 ふたりは、ショッピングセンターに程近い繁華街の路地に身を隠した。

「なぁ、早くこの街から出ようぜ……ヤバいよ……」

 ビビるピアス男。

「車、ショッピングセンターのパーキングに入れっぱなしだぞ……」

 金髪男の脳裏に、駿からボコボコにされた恐怖が蘇る。

「アイツも怖いから、さっさと行って、さっさとこの街を出ようぜ……」

 電車で帰るわけにもいかず、ピアス男の言葉に渋々頷いた金髪男。
 ふたりは、追い掛けてくる謎の男たちと駿に見つからないように、ショッピングセンターへ向かっていく。

 ◇ ◇ ◇

「ねぇ、おかあさん。あのおにいちゃんたち、なんかへんだよ」
「コラッ、見ちゃいけません!」

 まるでマンガのキャラクターのように、コソコソと街なかを移動していくふたりの姿は、事情を知らない周囲の人からすれば、滑稽この上なかった。

「な、情けない……」
「しょ、しょうがねぇだろ……早く車まで行くぞ……」

 半泣きでコソコソ移動していくふたりだった。

 ◇ ◇ ◇

 ――ショッピングセンター 地下パーキング

 金髪男とピアス男のふたりは、相変わらずコソコソと隠れながら移動を続けていた。

「場所、どこだっけ……」

 金髪男の言葉に頭を抱えるピアス男。

「E-18だよ! 覚えてねぇのかよ……」
「E-18ってココだぞ……車、ねぇぞ……」

 ふたりは思わず隠れるのをやめて、周りを見渡した。
 黒のミニバンを探す。

「あっ! あった! あっちだ!」

 車を指差し、大声を上げて喜ぶピアス男。

「バカ、E-18じゃなくて、F-13じゃねぇか!」

 金髪男は文句を言いながらも、笑顔で足早に車へ向かった。
 自分の黒のミニバン。
 それは地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようにふたりは見えた。

(良かった……)
(助かった……街を出られる……)

 ――しかし、蜘蛛の糸は切れるものである。

 キュキュキュキュ ブオオォォォォ

 パーキング内に響くタイヤのスキール音とエンジン音。
 地下パーキングではありがちな音である。
 が、その音はスゴい勢いで近づいてくる。

 パッ

 ふたりを照らすヘッドライト。

「へっ?」「何?」

 キイィィィィッ

 フルスモークの白いハイエースがふたりの目の前で止まった。

 ガーッ ガダンッ

 車体側面のスライドドアが勢いよく開く。

「えあっ?」「うそん」

 車の中には、自分たちを追い掛けてきていた五人が乗っていた。

「に、にげろぉ~!」「助けてぇ~」

 慌てて逃げ出すふたり。
 五人は、手に大きなずだ袋を持っていた。
 ドラマや映画でよく見る頭から被されて……ふたりは嫌な予感しかしない。
 全力で地上への階段を駆け上がる。

「おがぁぢゃ~ん」
「な、泣くなよ、ピアス……俺も泣きてぇよ……」

 そのまま繁華街の方へと逃げ出した。

 ◇ ◇ ◇

 ――風俗街に近い路地裏

「スン……スン……スン……」
「もう泣くなって、ピアス……」

 ピアス男の肩を抱く金髪男。

 とはいえ、状況は一向に好転しない。
 パーキングは待ち伏せされているだろうし、駅も同じだろう。
 タクシーに乗りたくても、財布は車の中だ。
 逃げ道が無くなり、金髪男は頭を抱えた。

 ――そんな時だった。

「こっちよ!」

 女性の声がした。

 ふたりが声のした方を向くと、美しい女性が雑居ビルの狭い入り口のところで手招きしている。

「追われてるんでしょ、私も同じなの! 早くこっちへ!」

 ふたりの頭の中にミッション◯◯ポッ◯◯◯のテーマソングが流れた。
 顔を合わせて頷き合うふたり。

「すまねぇ、恩に着る!」
「姉さん、ありがとよ!」

 颯爽と女性の元へと駆け寄ると、女性はホッとした様子でニッコリ微笑んだ。危機一髪なふたりは、スパイ映画の主人公になりきっていた。
 そして、女性の誘導でビルの階段を上がっていく。

(なんとか逃げ切れた……)
(とりあえず助かった……)

 キィィ パタン

 ふたりがビルの中に消えた後、ビルの入り口のドアがゆっくり閉まった。
 ドアには店の看板らしきものが掲げられている。

『ハードSM倶楽部 女王蜂』

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