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冬休み[お正月]

第127話 正月 (1)

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 ――元旦

 駿、亜由美、幸子の三人は、初詣からの帰り道、幸子の厚意で幸子の家へ立ち寄ることになった。

 戸神ニュータウンの住宅地の中にある二階建ての一家屋。周りの家と比べると、少し古めな感じがする。

「はい、到着! ここが私の家です」
「駿は、さっちゃんの家、知ってたの? 何か迷わずに歩いてた感じだったけど……」
「うん、さっちゃんを家まで送り届けたりしたことがあってね」
「一、二度、お越しいただきましたね」
「へぇー、そうなんだ」
「寒いですから、中入ってください」

 幸子が玄関のカギを開けた。

 ガチャリ ガチャリ ガチャッ

「お母さん、ただいま! 亜由美さんと駿くん、連れてきたよ!」

 キッチンから幸子の母親・澄子が笑顔でやってくる。

「ようこそ、いらっしゃいませ」
「澄子さん、あけましておめでとうございます」

 頭を下げた駿。

「高橋(駿)くん、あけましておめでとう。今年も幸子と仲良くしてあげてね」
「はい、もちろんです」

 駿は、優しい笑みを浮かべる。

「あけましておめでとうございます、中澤 亜由美と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 頭を深々と下げた亜由美。

「まぁ、キレイな子ね! さっちゃんがよく言ってる『亜由美さん』ね! あけましておめでとう」
「ね! お母さん、言ったでしょ! すごくキレイで、それにすごく優しいの! 私の憧れなの!」

 幸子は、目を輝かせている。

「そうね、いつもさっちゃん言ってるもんね。中澤さん、いつも幸子と仲良くしてくれて、ありがとうございます」

 頭を下げた澄子。

「い、いえ、こちらこそ……お礼を言うのはこちらの方です。いつもお世話になり、本当にありがとうございます……」

 亜由美は、改めて頭を下げる。

「さぁ、さぁ、玄関先じゃ寒いですから、上がってくださいな。さっちゃん、お部屋に案内してさしあげて」
「うん! 亜由美さんも、駿くんも、どうぞ! 私の部屋は二階です!」
「すみません、お邪魔します」
「お邪魔いたします……」

 亜由美と駿は、幸子の先導で階段を上がっていき、幸子の部屋に通された。

 カチャリ

「どうぞ、何も無い部屋ですが……あっ、今暖房とホットカーペットをつけますね!」

 ピピッ カチリ

「じきに暖かくなりますので、適当に座っていてください。今、出店グルメをお皿に入れて、温めてきますから、少しだけお待ちください!」

 明らかに浮かれている様子の幸子。
 亜由美と駿を家に呼べたことが、余程嬉しいようだ。

「さっちゃん、慌てないでいいからね。階段とかで転ばないようにね」
「はい! 駿くん、ありがとうございます!」

 パタン

 ホットカーペットの上に座る亜由美と駿。

「亜由美」
「ん?」
「大丈夫か……?」

 駿の言葉に、亜由美は悲痛な面持ちになり、うつむいてしまった。
 必死で平静を装っていたのだ。

「ご、ごめんなさい……私、やっぱり帰る……」
「神社のこと、気にしてるのか?」
「だって……さっちゃん、乱暴されそうになったんだよ……私のせいで……それに、私が無事だったのは、さっちゃんのおかげなの……」
「さっちゃんの?」

 頷く亜由美。

「さっちゃんが、身体を張って私を助けてくれたの……あの時、助けてもらえなかったら、私きっと……」
「いずれにしたって、亜由美も、さっちゃんも無事だったんだから……」
「それだって、駿が命懸けで助けてくれたからじゃない! あんな、ヤクザかもしれない人たち相手に……」
「亜由美とさっちゃんが危なかったんだ。相手が何だろうと戦うのは当たり前だろ」
「当たり前……」
「当たり前だよ。亜由美とさっちゃんのためなら、命張れるよ、オレは」

 カーペットの上に亜由美の涙がポタリポタリと落ちた。

「そんな駿の優しさを……私、当たり前に思っていたんだと思う……私、最低だ……」
「そんなことないよ、亜由美」

 首を左右に振る亜由美。

「さっちゃんだって、さっちゃんが優しいのをいいことに、あんな危険な目に合わせて……挙げ句に助けてもらって……もう、さっちゃんの顔、まともに見られないよ……大好きだなんて言えないよ……」

 カーペットの上に、亜由美の涙のあとが増えていく。

「亜由美、こっち向いて」

 首を左右に振る。

「駿にだって顔向けできない……できないよ……」
「亜由美」
「ごめんなさい……ごめんなさい……私を嫌いにならないで……ごめんなさい……」

 亜由美はそのままうずくまり、声を震わせながら、嗚咽混じりに駿へ謝り続けた。

「亜由美、こっちを向いてごらん」

 優しく声をかけた駿を見る亜由美。
 亜由美は、悔しそうな表情を浮かべながら、涙を流していた。
 そんな亜由美に、優しい微笑みを向ける駿。
 そして、駿は亜由美の涙を指で拭い、優しく自分の胸に抱きしめた。

「亜由美、今日オマエは大きな間違いを犯したな……?」

 駿の胸の中で、小さく頷く亜由美。

「それは、オマエの軽率な行動が原因だな……?」

 亜由美は小さく頷いた。

「それが分かってるなら、大丈夫だ。もう同じ間違いは犯さないだろ?」

 頷く亜由美。

「でも、私、駿を危ない目にあわせて……」
「亜由美を傷付けるヤツは許さない。これはオレ自身で決めたことだ。亜由美が謝ることなんて、ひとつもない」
「駿……」
「亜由美のことは絶対に守る。危険かどうかなんて問題じゃねぇ」

 亜由美は、駿の胸に顔をうずめながら背中に手を回し、まるで離されまいとするように、駿にしがみついた。
 そんな亜由美の頭を優しく撫でる駿。

「駿……やっぱり、さっちゃんには顔向けできないよ……」
「さっちゃんだって、亜由美が深く反省していることは分かってるよ」
「でも、女の子の一番大切なものが奪われるところだった……さっちゃんだって内心は……」
「本当にそうかい?」
「えっ……?」

 駿は、部屋の扉に向かって話した。

「さっちゃん、いるんだろ。入っておいで」

 キィ……

 部屋の扉がゆっくり開く。

「ごめんなさい……盗み聞きするつもりは無かったんですが……」
「さっちゃん!」

 慌てて駿から離れた亜由美。
 そして亜由美は、幸子から目をそらし、身体を震わせている。

「亜由美さん」

 身体をビクッとさせた亜由美。
 幸子の方は見られない。

 ガバッ

 幸子は、亜由美に抱きつき、耳元で囁く。

「亜由美さん、大好きです」
「さっちゃん……」
「亜由美さんが言えないんだったら、私が何度でも言います。亜由美さん、大好きです!」
「あぅ……ああぁ……ごべんなざい……ごべんなざい……うああぁぁ……」

 幸子に抱きついた亜由美。
 涙を流しながら、何度も謝罪の言葉を口にする。

「亜由美さん、私、何があったって亜由美さんが好き。大好きです」
「うわああぁぁぁ、うわあぁぁ、うわぁぁぁぁぁ」

 亜由美は、幸子にしがみつきながら号泣した。
 駿が幸子に目をやると、幸子は優しく微笑んだ。

 ◇ ◇ ◇

「さっちゃん、駿……取り乱しちゃってゴメンね……」
「亜由美が反省していることは、よく分かったよ。ね、さっちゃん」
「はい、もう十分です。早くいつもの亜由美さんの笑顔が見たいです」

 駿と幸子は、顔を合わせて微笑み合う。
 しかし、亜由美はどこか申し訳無さ気な表情をしていた。

「さっちゃん、耳貸して……」

 幸子が耳を寄せると、駿はボソボソっと何かを呟く。

「なるほど……ホントにやるんですか?」
「さっちゃんがね……」

 悩んだ様子を見せた幸子。

「わかりました……意外と楽しいかもしれませんし……」
「でしょ?」

 幸子は、亜由美に向き直る。

「亜由美さん」
「はい」
「私、亜由美さんにお仕置きします」
「えっ……?」
「ベッドに座ってください」
「は、はい……」

 素直に、幸子のベッドに腰掛けた亜由美。

「目をつぶってください」

 亜由美は、目をつぶる。

「つぶったよ……」

 駿と幸子はアイコンタクトを取り、駿は大きく頷いた。

「では、お仕置きです」

 幸子はベッドに上がり、亜由美の後ろ側に回り込む。

 そして――

 ムンズ

「キャッ!」

 亜由美の胸を後ろから鷲掴みにした幸子。

「それっ!」

 モミ モミ モミ モミ

「キャッ! ちょ……ちょっと! さっちゃん!」
「亜由美さんのオッパイ、柔らかいです」
「ちょっ……これじゃいつもと逆じゃない!」
「はい! いつもセクハラされてますからね! お返しです!」

 モミ モミ モミ モミ

「し、駿、さっちゃんを止めて!」

 しかし、駿は腹を抱えてゲラゲラ笑っている。

「もーっ! セクハラはんたーいっ!」
「ふふふっ、じゃあ、そろそろ許してあげます」

 亜由美から手を離した幸子。

「いやぁ、さっちゃんにイジメられる亜由美、超面白かったわ」
「駿くんもいかがですか?」
「そうだな……」

 いやらしい目つきで、手をワキワキさせながら亜由美に迫る駿。

「オレにも見返りがあってしかるべきだよなぁ~、亜由美ちゃ~ん」
「駿なら……いいよ……」
「へっ?」

 亜由美は手を下ろし、胸を駿の方へと向けた。

「お願い……優しくして……」

 パコンッ

「いたっ」

 亜由美の頭をチョップする駿。

「亜由美、そういう返しはやめなさい……」
「ふふふっ。駿くん、大切な亜由美さんにそんなことできませんよね」

 駿は、頭を抱えた。

「まったく、ジュリアといい、亜由美といい……こうやって最後は、オレがからかわれるんだよな……どうせオレは、チキンで、根性無しで、意気地なしですよ!」
「拗ねてる駿くん、可愛いです」

 幸子の言葉に顔を赤らめる駿。

「まいったな……さっちゃんにまで言われるようになっちまった……」
「ぷっ……くくく……あははははは!」

 たまらず吹き出し、笑い出した亜由美。

「元気出たみたいですね! 亜由美さん!」
「うん、メソメソしてたらダメだよね。さっちゃん、ありがと!」
「そうそう、亜由美は笑顔が一番可愛いんだから! 笑って、笑って!」
「うん! 駿、ありがと!」

 明るく笑顔を浮かべる亜由美を見て、駿と幸子はサムズアップを送り合う。

「じゃあ、出店グルメ食べませんか? 今、持ってきますね!」

 ガチャ パタン

 幸子は、部屋を出ていった。

 そっと駿の手を握る亜由美。

「駿、本当にありがとう……」
「中学の時にオレを救ってくれた恩、まだまだ返しきれてないぜ」
「駿……」

 駿は、亜由美の頭をポンポンと軽く叩いた。

 幸子が階段を上がる音がする。
 同時に、廊下の方からいい匂いが漂ってきた。

「すみません……ドア開けてください……」

 幸子の声に、慌てて部屋の扉を開ける亜由美。

「あ、ありがとうございます……」

 幸子は、たくさんの料理を乗せたお盆を持っていた。

「さっちゃん、オレ持つよ!」

 幸子からお盆を受け取る駿。

「駿くん、ちょっと待っててくださいね! 今、テーブル出します」

 部屋の隅から足が折り畳める小型のテーブルを引っ張り出し、設置した幸子。

「駿くん、こちらに置いていただけますか?」
「はいよ! ……よっと」

 たこ焼きや焼きそば、唐揚げ、串焼き、フライドポテトなどが、大きな皿に乗っている。

「おぉー、すごいボリューム……!」
「スイーツ系は、置いてきましたので、おやつに食べましょう!」
「そっか、甘いものもあったわよね」
「じゃあ、せっかくさっちゃんが温めてくれたんだし、冷めないうちにいただこうか!」
「そうね!」

「じゃあ、いただきま~す!」

 駿の号令とともに、出店グルメに舌鼓を打つ三人であった。

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