上 下
158 / 229
新年特別編

その後の物語 5 - 鷹羽絵美里と天木達也 (2)

しおりを挟む
※ご注意※

物語の中に性犯罪の描写がございます。
お読みいただく際には十分ご注意ください。
--------------------

 達也は、自分のスマートフォンの画面を私に向ける。
 そこには、私(絵美里)と達也が裸で抱き合っている写真が表示されていた。

「それは消すって言ったじゃない!」

 スマートフォンを奪おうとする私の手をひらりとかわす達也。

「何で残ってるんだろうねぇ~?」

 達也は、いやらしい笑顔を浮かべた。

「こんなのもあるよ」

 スマートフォンを操作する達也。

『ああぁ……あぁん……』

 店内に私の嬌声が響き渡った。
 私も知らない隠し撮りされた動画だ。

「こんなのいつ撮ったの! 止めて! 早く止めて!」

 達也はスマートフォンをタップし、動画の再生を止めた。

「これ、エロ動画サイトに投稿してみよっか。アングラなサイトで売り捌くのもいいな。かなりいい値で売れるぜ~」
「お願いだからやめて!」

 ニッと笑う達也。

「んじゃ、金貸してくんない?」

 私は泣き出したい気持ちを抑えて、バックヤードに向かい、財布を取ってきた。三万円を差し出す。
 それを奪うように掻っ攫った達也。

「たったの三万かよ……まぁ、いいや。一週間後にまた来るからさ、五十万用意しといてよ」
「五、五十万⁉」
「そしたら、写真は全部削除してやるよ」
「…………」
「動画は五百万かな。安いだろ?」
「そんなお金……」
「自分の人生を五百万で買えるんだぜ、安いと思うけどな」
「…………」
「とりあえず、五十万位は用意できんだろ?」

 そんなお金は持っていないが、私はうなずくしかなかった。

「OK! じゃあ、来週またこの時間に来るから、じゃあな」

 去っていく達也。

「あ、絵美里」

 達也は扉の手前で振り返った。

「警察とかにチクったら、写真と動画はネットの海に放出するからな」

 ~♪

 達也は店から出ていった。

 もう仕事どころではない。
 私はどうしたらいいのか分からず、ただレジカウンターの中で立ち尽くしていた。
 涙が込み上げてくる。

 私の心は絶望に支配された。

 ◇ ◇ ◇

「絵美里ちゃん、ちょっと」

 オーナーの奥さんにバックヤードへ呼び出された。
 そこには、難しい顔をしたオーナーも奥さんの後ろに座っていた。

「絵美里ちゃん」
「はい」
「正直に言って」
「何をでしょうか……」
「何があったの?」
「え……?」
「私たちが来るまでの間に、何かあったでしょ?」
「い、いえ、何も……」
「ウソよね」
「…………」
「だって、ドリンクの補充もできてない、肉まんのケースも空よ。売り場を見てみても、在庫補充も商品の前出しも出来てない。いつもの絵美里ちゃんならあり得ないわ」
「あ、あの、お客さんが多くて……」
「POSレジ、来客数と売上金額はいつもと同じくらいよ」
「…………」

 奥さんは、諦めたように小さなため息をつく。

「絵美里ちゃん、これを見て」

 私が奥さんの指差す方には、防犯カメラの映像が映し出された液晶ディスプレイがあった。

「あなた、お願い」

 オーナーは私に背を向け、マウスを操作している。
 ディスプレイに映し出されたのは、私が達也にお金を渡す場面だった。
 一万円札を三枚、鮮明な映像が映し出されている。

「絵美里ちゃん、一体何があったの?」

 瞳から涙が滲み出てくることを感じる。
 泣かないって、誓ったはずなのに。

 そんな私を奥さんは優しく抱き締めてくれた。

 誓ったはずなのに。
 誓ったはずなのに。
 涙が止まらない。

 私は嗚咽を止められず、奥さんにしがみつきながら、すべてを打ち明けた。
 奥さんは私を強く抱き締めながら、頭を撫で続けてくれた。

「大丈夫だからね、何も心配することないから、全部私たちに任せて、ね」

 オーナーも、奥さんと、奥さんの胸で泣きじゃくる私を包み込むように抱き締めてくれた。

 ◇ ◇ ◇

 ――一週間後

 ~♪

 客の入店を知らせる電子音。

「いらっしゃいませー」

 レジカウンターのオーナーが挨拶した。
 そこにやってくる若い男。達也だ。

「お仕事中すみません、鷹羽(絵美里)さんはいらっしゃいますか?」

 オーナーがそのまま応対する。

「あ、もしかすると天木(達也)くんかな?」
「え、あぁ、そうですけど……」
「鷹羽さん、今、急な配達に行ってもらってるんだけど、十分くらいで帰ってくるから。何か渡すものあるから待っててもらってくれって、そう伝言頼まれてる」

 明るい表情に変わる達也。

「そうなんですね、わかりました」
「あそこにイートインのスペースあるんで、あそこで待ってたら?」
「じゃあ、ちょっと場所お借りします」
「はい、はい、どうぞご自由に」

 達也は、店舗奥のイートインスペースへ向かった。

 オーナーは、バックヤードにいる奥さんに合図を送る。

 ◇ ◇ ◇

 ――十分後

 ~♪

 入店の電子音が流れる。
 達也は、イートインスペースでスマートフォンをいじっていた。

「天木達也くんだね?」

 達也が振り返ると、大人の男性が四人立っていた。
 年齢はバラバラ。二十代くらいの若い男性から四十代くらいのオジサンまで。
 頭にハテナマークが浮かぶ達也。

「はい、そうだけど……」

 四十代くらいのオジサンがバッジを見せた。

「県警の生活安全課です」

 スーツを着た若い男性が内ポケットから一枚の紙を取り出す。

「恐喝容疑で君に逮捕状が出ています」

 紙を見せる若い男性。
 確かに逮捕状と書いてある。

(あ、絵美里! 絵美里なのか!)

「ちょ、ちょっと待った! 俺は絵美里から金を借りただけだ! 脅し取るようなことはしてない!」

 焦る達也。

「それ、ウソかホントか、すぐに分かるからね」

 警察側は誰も相手にしない。

「そ、それに俺は未成年だ! 少年法で守られて――」
「未成年は逮捕されないと思ってんの?」

 達也に被せるように話す三十代くらいの男性。

「え……されないんじゃないの……」

 達也の冷や汗が止まらない。

「一月八日、午前八時十四分、逮捕」

 その言葉と共に、達也の腕に手錠がかけられた。
 呆然とする達也。
 そのまま店から連れ出され、駐車場に止められていた車に乗せられて、所轄の警察署へと連行されていった。

 ◇ ◇ ◇

 絵美里が事情を打ち明けたあの日、オーナー夫妻はすぐに行動に移した。

 オーナーは防犯カメラの映像と音声を再確認。現在設置されている防犯カメラは、高解像度の映像と共に、音声も記録できるタイプのものだった。
 映像と音声を確認後、オーナーの奥さんは、警察の性犯罪被害相談ダイヤル『#8103』へ連絡。事情を説明すると共に、すでに被害にあっていることと、明確な証拠があることを説明した。
 直後、所轄の警察署の生活安全課から連絡があり、警官が証拠の確認に店まで来ることになる。

 同日夕方、生活安全課の女性警官が派遣され、防犯カメラの映像と音声を確認。
 達也が隠し撮りの動画を再生した場面では、冷静だった女性警官の目に怒りの炎が点った。

 オーナー夫妻は、この映像と音声のデータを証拠として警察に提出。
 同時に、絵美里立ち会いの元、被害届が出されて受理された。

 容疑者(達也)確保のタイミングが一週間後ということもあり、警察側も緊急体制で対応にあたる。
 証拠の精査と協議に多少の時間を要し、逮捕状の請求は容疑者が店に現れる二日前だったが、緊急を要する事態を裁判所側も理解し、翌日には逮捕状が発行された。

 取り調べに対し、達也は当初すべてを否認、黙秘していたが、証拠の存在に観念し、全面的に恐喝の事実を認める。

 幸い画像や動画データは、インターネットのアクセスログなどの分析で、クラウドストレージなどにアップロードはされておらず(該当するアプリ等もスマートフォンに無かった)、SNSや画像掲示板などへの投稿の履歴も見つからなかった。
 自宅の捜索においてもパソコンやデータ保存のためのストレージ、記録メディアなどはなかったため、スマートフォンの中だけにしか保存されていないことが分かる。
 達也本人から外部へ流出させたことはないとの自供もあり、画像と動画はスマートフォンごと没収され、証拠として確保された。

 ◇ ◇ ◇

 ――その後

 達也は家庭裁判所へ送致され、結果保護観察処分となる。

 その後の達也の行方は知れない。
 噂では、本人の更生のため、家族で父親の田舎へ転居したらしい。

 ◇ ◇ ◇

 ――コンビニエンスストア

 ~♪

「いらっしゃいませー!」

 元気な絵美里の声が店内に響く。
 事件の後、元気を取り戻した絵美里は、コンビニでのアルバイトを続けていた。
 目下の悩みは体重だ。今は懸命にダイエットに励んでいる。

(私も頑張らなきゃ……そして、いつか高橋くんに……)

 絵美里は、何度か駿の姿を見かけていた。
 窓の外を歩いている姿、そして店で買い物する姿。
 あの優しい目は変わっておらず、すぐに駿だと気付いた。髪を伸ばして、とても格好良くなっている。
 でも、ネームバッジを外した絵美里には気付いていないようだった。

(もう見た目は、ほぼ別人だしね……)

 そんな駿には、必ず側に小柄な女の子がいた。顔にそばかすが色濃く残る、でも笑顔が可愛らしい女の子だ。
 駿の幸せそうな笑顔に、複雑な感情が湧いてくる。

(あんな優しい男の子を裏切り、私は落ちぶれた……あの女の子のように、高橋くんの隣にいられたのかもしれないのに、私は自らそれを拒否したんだ……)

 心の中を後悔の気持ちが埋めつつも、絵美里は微笑む。

(高橋くん、あの女の子と幸せになってくれればいいな……そして、いつか、ちゃんと謝るんだ……)

 絵美里は、駿へ謝れる自分になるために、今日も前を向いて働く。

 ~♪

 客の入店の電子音だ。

「いらっしゃいませー!」

 絵美里の元気な明るい声が店内に響き渡った。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

短編エロ

BL / 連載中 24h.ポイント:1,917pt お気に入り:2,144

されど御曹司は愛を知る

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:82

第3次パワフル転生野球大戦ACE

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:15

幼なじみに契約結婚を持ちかけられました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:65

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:168

約束を守れなかった私は、初恋の人を失いました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:332

毒姫ライラは今日も生きている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:335

今日も楽しくいきまshow!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:100

処理中です...