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クリスマス特別編

その後の物語 4 - 石井由美子と安田武と有園透子 (2)

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 ――ショッピングモール 人気ひとけの少ないお手洗い前

 ぶつかった拍子にジュースをかけてしまったふたりの中学生に絡まれる透子。
 偶然それを見かけた由美子は、勇気を振り絞って透子を助け出ようとしたのだが、その前にやってきたのは、イジメっ子の安田だった。
 安田は、中学生ふたりから透子庇うように立ち塞がる。

 しかし――

「遅えと思ったら、何やってんだよ」

 ――中学生がもうひとりやってきた。

 中学生三人を前にしても怯まない安田。
 その様子を見た、後から来た中学生は――

 バシッ バシッ

 ――元からいた中学生ふたりの頭を引っ叩いた。

「オマエらは小学生相手に何やってんだよ!」

 ジーンズを汚された中学生が笑う。

「いやぁ、この子、妹みたいでかわいくてさ、ちょっとからかっちゃった」
「それに乗っかってみた」

 バシッ バシッ

 改めて頭を叩かれるふたり。

「からかうなら妹にやれよ!」
「最近かまってくれなくて……」
「こいつ、シスコン野郎だからな」

 後から来た中学生は頭を抱えた。
 そして、安田と透子の方を向くと、にっこり微笑みかけた。

「ふたりともゴメンな、コイツら悪いお兄ちゃんだから、あとでオレが怒っておくからな」

 そういうと、財布を取り出して安田に五百円渡した。

「ジュースこぼしちゃったんだろ。ほら、ふたりで新しいジュース買いな」

 ぽかんとする安田と透子。

「えー、五百円じゃ足りなーい」
「紙のお金がいいー」

 バシッ バシッ

 もっと金を払えという最初からいた中学生ふたりは、思いっきり頭を叩かれた。

「ほら、いくぞ!」

 去っていく最後に来た中学生。
 最初からいたふたりは、安田と透子の頭を撫でた。

「ボク、カッコよかったぞ!」

 顔を赤くする安田。

「からかってゴメンね、ちゃんと前見て歩きなよ」

 透子は素直に頷いた。
 そして、中学生たちは去っていく。

 は~、という安田の大きなため息。

「透子、気をつけろって言っただろ。すぐはぐれちまうし……」
「たーくん、ごめんなさい……」

(た、たーくん……?)

「プププッ」

 覗いていた由美子は、思わず吹き出してしまった。

「だ、誰だ!」

 安田は焦る。

(あー……もう誤魔化せないね……)

 お手洗いから出てきた由美子を見て、驚く安田。

「あ~、由美子ちゃんだ~」

 透子は、笑顔でとてとてとてっと走り寄ってきた。
 安田がどんな態度に出てくるか由美子は心配だったが、いきなり暴力に訴えてくることはなさそうな雰囲気だ。
 安田が由美子に近づいてくる。

「石井(由美子)、ちょっと時間くんねぇか……」
「ゆうじくん、待たせてるんだけど……」
「あのチビスケも一緒か……じゃあ、透子とチビスケを三階のちびっこ広場で遊ばせよう」
「うん、わかった」

 私たち三人は、ゆうじくんの元に向かった。

 ◇ ◇ ◇

 ――ちびっこ広場

 クッションに囲まれたちょっとしたスペースで、ゆうじくんと透子が遊んでいる。
 透子がゆうじくんに遊んでもらっているようにも見え、安田と由美子は苦笑した。

 ちびっこ広場が見渡せるベンチに座った安田と由美子。
 安田は何やら考え込んでいる様子。

 この時、由美子は思っていた。

(弱味をつかんでみんなにバラせば、もう乱暴はしないかも!)

 ちょっと黒い考えが頭をよぎる。
 由美子から口火を切った。

「安田は、トロ子(透子)ちゃんと仲イイんだ」

 少しからかう感じに言ってみた由美子だったが、安田は真面目に答えた。

「透子は家が近所で幼馴染みだ」
「へぇ~、今日はデート?」
「家族ぐるみで付き合いあるから、みんなで買い物に来た」

 安田と透子が幼馴染みだとは、普段の様子からはまったく想像も出来なかった由美子。

「学校でも仲良くすればいいじゃない」
「色々問題あんだろ、オレはみんなに無視されてるしよ」
「自業自得でしょ」
「そうだな……うん、それは分かってる……」

 ゆうじくんと楽しそうにじゃれ合っている透子を見つめる安田。

「透子さ、去年イジメられてたんだよ……」
「え?」
「石井は別のクラスだったから知らねぇと思うけどよ……」
「トロ子ちゃん、いい子なのに……なんで?」
「アイツ、鈍くさいだろ。勉強も運動も出来ねぇしさ」
「…………」

 否定できず、答えられない由美子。

「何されたって笑ってるし、言い返したりもしないからな」
「トロ子ちゃん、いつも笑ってるもんね……」
「『トロ子』って呼ばれるようになってから、嫌がらせされるようになるまで、あっという間だった……」
「イジメのターゲットに……」

 安田は頷いた。

「オレ、我慢できなくて、透子をイジメてるヤツラ、男子も女子も全員ボコボコにしてやったんだよ」
「去年聞いた隣のクラスの男子が暴れた話って……」
「あー……オレだな、それ……」

 苦笑いする安田。

「そしたらよ、不思議なことが起こったんだよ……」
「不思議なこと?」
「みんなが透子を守り始めたんだ」
「え?」
「今まで透子をイジメてた女子とかも、みんな」
「どういうこと?」
「オレ、透子をイジメてるヤツラをボコボコにした時、透子の名前は出さなかった……つーか、それでからかわれるのヤじゃん」
「何となく気持ちはわかる……」
「だからさ、鈍くさい透子が危ないって、そう思ったんじゃねぇかな」
「あー……そうかもね、確かに……」
「それってイイんじゃね? って思ってさ……」
「え、まさか、ウソでしょ……?」
「オレが暴れてりゃ、透子はみんなから守ってもらえる」
「安田……」

 心配そうな由美子に、ニッと笑う安田。

「と、ここで話が終わってりゃ、超カッコいいんだけどな!」
「へっ?」
「暴れるとよ、みんな言う事聞くじゃん。何か楽しくなっちゃってよ」
「おい……」

 由美子は、ジトッと安田を睨んだ。

「そう睨むなよ」
「自業自得……」
「まぁ、そういうこった」

 ゲラゲラ笑う安田。
 由美子は、大きなため息をついた。

「なぁ、石井……頼みがあんだよ……」

 ひとしきり笑った安田は、ちびっこ広場でゆうじくんと遊んでいる透子に目を向ける。

「何よ……クラスでアンタの味方なんかしないからね」
「オレじゃねぇよ……透子だよ……」
「トロ子ちゃん? え、だって、私たち仲いいよ?」

 うつむいてしまう安田。

「さっきも言っただろ……『トロ子』って呼ばれるようになってから、早かったって……」
「で、でも、トロ子ちゃんをイジメる子なんて――」
「『石井さんに迷惑かけるな』」
「あ……」

 由美子は、終業式の日の男子の言葉を思い出した。

「きっかけは、そんなことなんだよ……」

 うつむいたままの安田。

「私、トロ子ちゃんを守るよ。仲良しだもん。大丈夫だよ」

 由美子の言葉に、安田は顔を上げた。
 その顔は怒りに満ちていた。

「透子のことを『トロ子』って馬鹿にするヤツが仲良しなのかよ……!」
「え……」
「オマエ、オレが『カス子』って言ったら、死ぬほど嫌がってたよな」

 頬のそばかすをイジメのネタにされていた由美子。
 一時は、登校拒否になりかけていた。

「だって、それは……」
「オマエの仲のいい友だちが『カス子』って呼んだら、オマエは気分いいのか?」
「…………」

 何も言えない由美子。

「石井、オマエ透子がいつも笑ってるって言ってたよな……」
「うん……」
「それは透子が泣いてるところを見たことがないだけじゃねぇのか……?」
「…………」
「透子が『トロ子』って呼ばれて、傷付いてないとでも思ってんのかよ……!」
「そ、それは親しみを込めて……」
「じゃあ、親しみを込めれば、オマエを『カス子』って呼んでも問題ねぇんだな……?」
「!」

 うなだれた由美子。

 ――お互いに無言の時間が流れる。

 安田は、由美子に顔を向ける。

「石井、頼みってのはよぉ、透子のことを『透子』って呼んでほしいんだ……オマエだけでいいから、透子のホントの仲良しになってほしいんだ……それだけだ……頼む……」

 ゆっくり頷く由美子。

「うん……わかった……」

 由美子の承諾の言葉を聞くと、安田は立ち上がった。

「透子! そろそろ行くぞ!」

 安田の声に満面の笑みを浮かべて、とてとてとてっとやって来る透子。

「は~い。ゆうじくん、またね~」
「とうこおねえちゃん、またねー! おい! とうこおねえちゃんをイジメるなよ!」

 ゆうじくんに苦笑いする安田。

「うるせえ、チビスケ!」
「由美子ちゃん、ばいば~い」

 透子は手を振りながら、安田とショッピングモールの人混みの中に消えていった。

(私もイジメをしてたんだ……)

 うなだれ、ベンチから立ち上がれない由美子。

「ゆみこおねえちゃん、だいじょうぶ……?」

 由美子を心配して声をかけてくれたゆうじくん。
 しかし、由美子はゆうじくんの顔を見ることができなかった。

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