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冬休み[クリスマス]

第118話 クリスマスナイト (9)

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 ――クリスマスイブの夜

 駿の部屋に泊まっているジュリア、ココア、キララ、そして幸子の四人。
 駿とキララは、近所の二十四時間営業のスーパーで買い物をするため、深夜の街へ出かけていった。

 ――午前二時四十分

「さ、寒いね……」
「だから言ったろ。戻って寝てるか?」

 キララは、首を横に振った。

「イブの夜に男の子と深夜のデートって、何かステキじゃない!」
「もうイブじゃないし、デートの行き先はスーパーマーケットだけどな」
「いいの! 朝まではイブの夜なの!」
「わかった、わかった」
「クリスマスデートの相手が私じゃ不満?」
「んなワケねぇだろ、キララはオレには勿体無さすぎるよ」
「あらあら、随分な過大評価で嬉しいわね! あっ、さっちゃん、起こしてくれば良かったね!」
「グッスリ寝てたから、さすがに起こすのは可哀想だよ」
「そうだよね、あははは」

 とりとめのない会話を続けながら、ゆっくりと深夜の街を歩く駿とキララ。
 キンと冷えた空気は澄み、空にはくっきりとキレイな月が輝いている。

「ねぇ、駿……」
「ん?」
「お願い、聞いてもらっていい……?」
「当たり前だろ、何でも言えよ」
「三つあるんだ」
「おう、全部聞くぜ」

「最初に、さっちゃんのことなんだけど……」
「うん、何かあった?」
「さっちゃんをね、もっと特別扱いしてあげてほしいの」
「ん? どういうこと?」
「駿、さっちゃんのこと、好きでしょ?」
「まぁ、そりゃな」
「女の子として、ってこと」
「あ、う、まぁ、うん……そうだな……」

 照れて顔を赤くして、頭をかく駿。

「さっちゃんも、きっと駿のことが好き……ううん、絶対に好き。でもね、さっちゃん、どうしても自分に自信が持てないみたいなの……」
「そっか……」
「さっちゃん、入学したばかりの頃と比べたら、すごく変わったよね」
「そうだな」
「それは、駿が目に見える形で、目に見えない形でも、さっちゃんに手を差し伸べ続けたからだと思う。でも、さっちゃん、何か重いものを抱えているかのように、一歩を踏み出せないみたいなの」
「それは……うん、オレも気付いてて……」
「駿、クリスマスプレゼントをあげたでしょ? ほら、あのリップ」
「あー……やっぱりキララは気付いてたんだな……」
「ふふふっ、お見通しだから」
「まいったな……みんなにはナイショな」
「うん、わかってる。それで、あのリップをさっちゃんに塗ってあげたの」
「可愛かったな、さっちゃん」
「でしょ! でもね、当の本人は……うまく説明できないんだけど……静かにパニックを起こしてるの」
「静かにパニック?」
「うん……駿からプレゼントをもらえて、すごく嬉しいはずなの。でも、そういう駿から向けられる優しさや好意を受け止め切れていないようなの。受け止め切れないから、どうしたらいいのか分からなくて、心がパニックを起こしてるんだと思う」
「そうなんだ……」
「私、リップを塗ってあげた時に言ったの。駿の気持ちを疑っちゃダメだよって。そしたら……さっちゃん……泣いちゃって……」
「そんな状態なのか……」
「それに、さっちゃん言ってたの。駿の隣にいるのは、自分じゃダメだ。可愛い子じゃないとダメだって」
「マジで……?」
「さっちゃんね、自分のこと、チンチクリンだって……さっちゃん、笑顔で自分のことを蔑むの……」
「さっちゃんは、自分を卑下することがクセみたいになってるな……」
「駿のことは好き、駿も自分に優しくしてくれる、好意も向けてくれている、それはすごく嬉しい。でも駿の隣にいるのは自分じゃダメだ、駿にはもっと可愛い女の子じゃないとダメなんだ、でも駿のことは好き……そんな相反する想いがさっちゃんの心の中にあって、ぐるぐる回って処理し切れなくて、身動きが取れないんじゃないかと……」
「オレに何ができるかな……?」
「うん、だからこそ駿に、さっちゃんを特別扱いしてほしいの。駿にとって、さっちゃんは特別な女の子なんだって、さっちゃんに教えてあげてほしいの」
「わかった、努力するよ」
「私たちがよくからかったりするけどさ、さっちゃんの心も準備が必要だと思うから、ふたりのペースで仲良くなってくれれば嬉しいな」
「うん、オレも頑張ってみるよ。ありがとな、キララ」
「駿、がんばって!」
「おう!」

 ふたりは、お互いに顔を見合わせて微笑みあった。

「ふたつ目は?」
「えーとねぇ……今の話とはまた矛盾しちゃうところもあるんだけど……」
「うん、何でも言ってくれよ」
「たまにでいいんだ……たまにでいいから――」

 少しうつむき気味だったが、思い切ったように顔を上げたキララ。

「――これからも、私たち三人を特別扱いしてほしいなって……」
「オレに?」
「うん……ほら、私たちクラスで浮いてるのも分かってるし、男友達って言えるのは、駿しかいないからさ」
「でも、お世辞抜きに、三人ともすごく可愛いと思うし、引く手あまただろ?」
「ジュリアとココアは、あの一件以来、駿以外の男子には心を開かないし……」
「あんなことがあったからな……キララは?」
「うーん……何というか……露骨なんだよね……」
「露骨?」
「声かけてくる男子の顔に書いてあるのよ。『すぐヤラせてくれるんだろ』って。ジュリアとココアに声掛けてくる男子も同じ……ギャル風なファッションしてるからなんだろうけどさ……」

 キララは、呆れたように笑った。

「駿だから言うけどさ……みんなにはナイショね……?」
「もちろん」
「私たちだって、そういうことに興味が無いわけじゃないし……さっさとバージン捨てちゃいたいけどさ……何か違うんだよね……」
「うん」
「あの子がやった、この子がやった。えーっ、アンタはまだなの? 遅いよー、なんて……そんなのに流されて、焦って、好きでもない男とお試しで付き合って、バージン捨てるためにお試しでセックスして、って……何か違うかなって……」
「そうだな。オレも何か違うと思うぜ。焦る必要なんてひとつもねぇよ。自分が納得いかない周りの情報に、踊らされたらダメだろ」
「だからさ、やっぱり駿になるんだよね……あっ! 消去法とかじゃないよ!」
「ホントかよ」

 クククッと笑う駿。

「ホントだよ! 今までだって、今日だって……駿は、いつだって私たちのために戦ってくれて、頭下げてくれて……それで見返りを求めるわけでもなく……さっちゃんだけじゃないんだよ。駿のこと、カッコイイって思ってるのはさ」
「言い過ぎ、言い過ぎ」

 駿は、照れているのか、頭をかいている。

「ふふふっ。だから、そんなカッコイイ駿に褒められたり、優しい言葉かけられると、私たちすごく嬉しいのよ。ホントに」
「そうか……そんな風に見てくれてるって、オレもすっげぇ嬉しいよ」
「さっちゃんに影響の無いレベルでいいからね。駿は、さっちゃんファーストでよろしく」
「わかったよ、これからもよろしくな!」

 改めて、顔を合わせて笑い合うふたり。

「で、最後のお願いは?」
「あー……私個人のわがままなんだけどさ……」
「気にすんなって、わがまま言ってくれよ」
「うん……あの……」

 キララは、うつむいてしまう。

「……を……で……ですか?」
「えっ、なに?」

 ゆっくり顔を上げるキララ。
 キララの顔は真っ赤だった。

「なんでも言いな、大丈夫だから」

 キララに微笑む駿。

「う、腕を組んでもいいですか⁉」

 急に大声を出したキララに、駿は驚いた。

「あ。ウソです、ウソ、ウソ。さっちゃんファーストで!」

 あはは、っと笑いながら慌てだすキララ。
 そんなキララを見て、駿はスッと腕を差し出した。

「気が利かなくてゴメンな。ちゃんとキララをエスコートしなきゃな」
「い、いいの……?」
「もちろんですよ、キララお嬢様」

 パァーっと明るい表情に変わり、駿の差し出した腕にしがみつくキララ。

「あ、ありがとう、駿……イブの夜に男の子と腕組んで街を歩けるなんて……」
「キララみたいないい子のところにはさ、焦んなくたって、すっげぇイイ男が必ずやってくるから。それまでは、オレで我慢してくれ」
「我慢だなんて……最高だよ、駿!」

 キララは、満面の笑みを浮かべた。

「可愛いこと言いやがって、こんにゃろ」

 キララの頭を撫でる駿。

「じゃあ、行こうか」
「うん!」
「ただ、エスコート先がスーパーってのがな……」
「私たちらしくて、いいじゃない!」
「まぁ、そうだな。お嬢様がそれでよろしければ……」

 微笑み合うふたり。

「ねぇ、駿」
「ん?」
「早くここがさっちゃんの定位置になるように、頑張ってね!」
「おぅ、ありがとな」
「私だけじゃなくて、ジュリアも、ココアも……私たちみんなふたりを応援してるから」
「プレッシャーかけるなよ……」

 弱気な駿に、微笑みを残しながらもムッとするキララ。

「プレッシャーかけなきゃ、駿とさっちゃんは進展しないでしょうが! おりゃ おりゃ!」

 キララは組んだ腕の肘を、駿の脇腹にグリグリした。

「わっ! くすぐったいだろ! や、やめ、アハハハハ!」
「おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ!」
「アハハハハハハ!」

 キララの攻撃に身をよじらせながら笑う駿。

 冷たい冬の風が吹く深夜の街を、楽しげに歩くひと組の男女。
 空で輝く月は、そんなふたりを銀の光で暖かく照らしていた。

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