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二学期・後半

第90話 図書室の少女 (2)

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 数学が壊滅的に苦手な達彦は、迫る期末試験の対策に、図書室で勉強に励むこととなった。
 達彦はそこで、受付にいた二年生の 川中 静 と出会う。

 ――放課後 図書室

 受付で本を呼んでいる静。

「静先輩」
「わっ!」

 静が驚いて顔を上げると、目の前には、カウンター越しに達彦がいた。

「あー、すまん……脅かすつもりはなかったんだが……」
「い、いえ、こちらこそ、すみません……夢中で読書していました……」

 借りていた参考書をカウンターに出す達彦。

「これありがとな。昨日、家ですげぇ勉強がはかどったよ」

 達彦の言葉に、静は微笑んだ。

「本当ですか? お役に立ったようであれば、良かったです」
「今日も図書室は、俺の貸し切りだな……」

 誰もいない図書室を見渡す。

「人気ないですからね……」

 静は苦笑した。

「まぁ、勉強するには静かでいいけどな」

 静に背を向けて、片手をひらひらさせる達彦。
 そのまま大きなテーブル席に座り、数学の勉強を始めた。

 そんな達彦にスッと近付く静。

「た、谷くん……」
「ん?」

 声を掛けてきた静に、達彦は顔を向けた。
 静は、何枚かの書類を持っている。

「これ……」

 達彦に書類を渡した静。

「これは……テスト?」
「はい、昨年の二学期の数学の期末試験です。多少でも傾向をつかめるかなって……」
「静先輩、モノ持ちいいな……これ貰ってもいいか?」

 微笑む静。

「はい、そのためにコピーして持ってきましたので……」
「おぉー! さすが、サービス満点の図書室!」

 静は、顔を赤くして照れた。

「ぜひ谷くんの勉強にお役立てください」

 達彦に頭を下げ、受付へ戻っていく静。

(せっかくもらったんだし、自分の実力を計るためにも挑戦してみるか……!)

 達彦は、静にもらった前年の期末試験に挑み始めた。

 ◇ ◇ ◇

 ――しばらくして

「谷くん、いかがですか……? もうすぐ閉館ですが……」

 静は、頭を抱えている達彦に声を掛けた。

「あー……色々とマズいことは、よく分かった……」

 諦めの笑みを浮かべながら、片付けを始める達彦。
 静は、自分が渡した前年の期末試験の問題用紙を見た。
 たくさんの書き込みがあり、達彦なりに色々考えながら問題に挑んでいることが分かる。

「谷くん、この用紙、一度お借りしてもいいですか?」
「あぁ、いいぜ。元々静先輩からもらったものだし」
「じゃあ、一度お預かりしますね」

 問題用紙を回収した静。

「静先輩、帰りますか」
「あー……はい、ありがとうございます……」

 一緒に帰るのが当然のように振る舞う達彦に、静ははにかむ。
 ふたりは、施錠した図書室を後にした。

 ◇ ◇ ◇

 ――翌日の放課後 図書室

「静先輩、こんちは……」

 達彦は、どんよりとした重い空気をまとっている。

「谷くん、こんにちは……何だか元気がないですね……」
「まぁ、あんだけできないとな……」

 昨日、前年の期末試験の問題に挑み、玉砕した達彦。

「谷くん、ちゃんと出来てますよ」
「へ?」

 静はにっこりと達彦に微笑む。
 静が取り出した可愛らしい動物のキャラクターが描かれたクリアファイルには、昨日達彦が使っていた問題用紙と解答用紙が入っていた。
 そこからそれらを取り出す静。

 達彦は驚いた。
 たくさんの赤ペンが入っていたのだ。

「谷くんは、基本はちゃんと出来ているようです。ただ、その基本をどう活かすかが苦手のようですね」

 唖然とする達彦。

「えーと、谷くん……?」
「あぁ、悪い、ちょっと驚いた……」

 達彦の本心だった。

「あの……新しい問題用紙を持ってきましたので、一緒に問いてみませんか?」
「静先輩と?」
「あー……私じゃイヤかもしれないですけど、色々教えてあげられますよ?」

 困ったように微笑む静。

「いやぁ、静先輩が教えてくれるなら、ぜひ! 静先生!」
「先生は言い過ぎです……」

 静はクスクス笑った。

「じゃあ、机でやりましょうか」

 カウンターから出てきて、テーブル席へ向かう静。

「あ、静先輩」

 達彦が静を呼び止めた。

「ちょっとそのまま……髪にゴミついてるから」
「えっ」
「悪い、ちょっと髪に触るぞ……」

 長い髪に絡まるようにゴミがついている。
 ノートの切れ端を小さく折り畳んだような紙くずだった。

「何だこれ?」

 紙くずを指で挟んで、首をかしげる達彦。
 静は、それを見てハッとした。

「何かしらね……はい、捨てておくからそのゴミ貰いますね」

 紙くずを静に渡した。

「じゃあ、さっそく一緒に解いてみましょう」

 ふたりは席に並んで座り、達彦が問題に挑んでいく。

「うん、一問目と二問目は正解。これができるってことは、基本が出来てるってことだよ」
「マジ……?」

 微笑みながら頷いた静。

「三問目も谷くんなりに解いてみて」

 達彦は、頭を悩ませながら答えを出す。

「うん、谷くん、ここのAとBを最初に計算したらダメなの。先にこっちの公式を当てはめて、出てきた数値を使って計算してみて」

 頷きながら、再度問題を解いていった。
 先程とは違った答えが導き出される。

「うん! 正解! ほら、谷くん、できるでしょ!」

 思いの外、かんたんに正解してしまったことに驚いた達彦。

「数学はパズルみたいなものでね、ちょっとコツを掴むと、意外とかんたんに解けちゃうの」

 達彦の表情が明るくなる。

「静先輩! 次、やるぜ」
「うん、やってみて。次は、ちょっと引っ掛けっぽいよ」

 問題用紙に解答までの過程を書いていく達彦。

「引っ掛からなかったね、正解!」
「よっしゃ!」
「次は、応用問題だね。がんばってみて」

 達彦は頭を抱えながら、ガリガリと数式を問題用紙に書いていった。

「惜しい! そこは先に計算しないとダメなの。なぜかというと――」

 達彦の横から、赤ボールペンでその問題の解き方を説明していく静。

「――だから、そこを先に計算する必要があるの」
「おぉー、静先生、すげぇ分かりやすい!」

 教わった解き方に従って、応用問題を解き、答えを出した。

「そう! 正解!」

 達彦は笑顔になる。

「数学って、解けると気持ちいいな!」

 ふふふっ、と微笑んだ静。

「しーずーかーちゃ~ん」

 ハッして、自分を呼んだ女の声の方を向く静。

「ま、牧原さん……」

 静が牧原と呼んだ女は、いかにもな金髪ギャルだ。
 可愛らしい顔付きをしており、取り巻きらしき女をふたり連れている。

「静ちゃ~ん、この二、三日、私のお願いも聞かずに、さっさと教室を飛び出していくと思ったら、男遊びしてたの~?」

 いやらしく笑った牧原。

「…………」

 静は下を向いたまま、何も言わない。
 取り巻きが達彦に気付く。

「ねぇ、マッキー(牧原)、あれ一年の谷くんじゃない?」
「えっ、ウソ!」

 ズカズカとふたりに近づいてきた牧原。

「マジ! スゲェ!」

 牧原は、ふたりの間近までやってくる。

「静、邪魔! どいて!」

 席を立つ静。
 牧原は、静に代わり席へ座った。
 そして、達彦に媚びた笑顔を浮かべる。

「はじめまして~。私、二年の牧原って言いますぅ~」
「はぁ……」

 興味の無さそうな達彦。

「ねぇ、こんな根暗なブスといたってつまんないでしょ~? 遊び行こうよぉ~」
「今、静先輩と勉強してるんで……」

 牧原は、静を睨みつける。

「静、いいわよね!」

 無言でうつむいてしまった静。

「ほら、静もいいって! ね、行こっ!」

 牧原は、達彦の腕に自分の腕を絡めて引っ張る。

 バッ!

 その腕を振り払った達彦。

「静先輩、五問目がよく分かんねぇんだけど」

 達彦は、座ったまま問題用紙を静に見せる。
 どうしたら良いのか分からず、困惑した静。

「なぁ、牧原さんだっけ?」

 牧原は、自分の腕を振り払われ、呆然としている。

「そこ静先輩の席なんで、どいてくんねぇかな」

 達彦の言葉に、おずおずと席を立った牧原。
 達彦は、空いた席の座面をポンポンと叩きながら、静にニッと笑う。
 牧原の目を気にしつつ、席にそっと座った静。
 達彦が静に身体を寄せていく。

「ここってさっきの公式を当てはめればいい?」
「ううん、ここは別の公式を使うの。もうひとつあったでしょ、思い出してみて」

 頭を抱える達彦を、優しい眼差しで見つめた静。
 そんなふたりを憎々しげに牧原が見つめている。

「もう行こ」

 取り巻きを連れて、図書室を出ていった牧原。

(調子にノリやがって……)

 牧原の目には、どす黒い嫉妬の炎が燃え上がっていた。

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