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二学期・後半

第68話 文化祭 (2)

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 ――文化祭 二日目

 今日は外部からの来校者が訪れる一般公開日。
 そして、音楽研究部のライブの日だ。

 午前中、駿と幸子はまた写真撮影に追われていた。前日に撮れなかった生徒を中心に行列ができたのだ。そのせいで、来校者は「メイド喫茶」へ入れないような状態になっていた。

 ――教室 メイド喫茶

「高橋(駿)くん! 後がつかえてるから早く!」

 クラスの文化祭推進係である遥の激が飛ぶ。

「はいよ~」

(昨日と変わんねぇな……何でだ……?)

「山田(幸子)さんも、写真よろしくね!」

「は、はい!」

(昨日あんなに写真撮ったのに、何で今日も……)

 ふたりは、今のこの状況が疑問だった。

 客が持っていたチラシが目に入る。
 そこには、こう書かれていた。

『本日最終! 写真撮影は午前中限定!』

 遥が煽っていた。

「渡辺(遥)さん! 何でこんな煽ってんの!」

 遥にチラシを持って詰め寄る駿。

「当たり前でしょ! 日本人は『限定』とか『最終』って言葉に弱いんだから!」
「いや、そうじゃなくて……」
「谷(達彦)くんはどうしたの⁉ 今日もいないの⁉」
「連絡すらつきません……」
「じゃあ、高橋(駿)くんがやるしかないでしょ!」
「えー、だって……」
「や・る・し・か・な・い・で・しょ!」

 逆に遥から睨まれる駿。

「わ、わかったよ……」
「はい! じゃあ、さっさと写真!」

 遥にやり込められた駿を見て、メイドの扮装をしたキララとジュリアは笑いをこらえ、ココアはケタケタ笑っていた。

(アイツら、後で絶対お仕置きしてやる……!)

「ほら! 高橋くん、ボサッとしない!」
「はい、はい……」

 写真撮影地獄は、二日目も午前中いっぱいまで続いた。

 ◇ ◇ ◇

 ――昼過ぎ

 駿と幸子は、地獄から開放され、花壇に来ていた。
 そこは、見事なコスモス畑になっていて、ピンク色の可愛らしい花が秋風に揺られている。
 また、文化祭実行委員の協力により、時折校内放送でコスモス畑のことを紹介してくれていたため、在校生や来校者、教員など、多くの見学者で賑わっていた。

「駿くん……」
「うん……」
「私たち、頑張りましたよね……」
「うん、頑張ったよ……ごめん、オレ言葉にならない……」
「こんなに大勢の人たちが、私たちが一生懸命育てたコスモスを楽しそうに見てくれています……」

 ふたりの瞳には、小さな女の子がキャッキャ言いながら、花をちょんちょんと触り、それを若い両親が優しい眼差しで見守っている姿が映っている。
 そして、あの時の荒らされた花壇の光景を思い出した。

「あの時の犯人にも、この光景を見せてあげたいです……そして、自分のやったことを後悔させたいです……」

 手をぎゅっと握る幸子。
 駿は、そっと幸子の肩に手を置いた。

「山田さん……?」

 自分を呼ぶ声に振り返る幸子。
 呼び掛けた男の顔を見て驚く。

「光司くん……?」

 中学生時代、幸子が好きだった男子、榎本 光司がそこにいた。
 幸子の脳裏に、あの卒業式の悪夢が蘇る。

 幸子の様子がおかしいことに気付いた駿。
 幸子は顔面蒼白で、手が震えている。
 駿は、夏祭りのことを思い出した。
 幸子を隠すように前に立つ駿。

「誰だ、お前」

 駿に睨みつけられ、驚いた光司。

「榎本 光司と申します。山田さんとは中学の時に同級生でした」

 背は一七〇センチメートル位、中肉中背で、黒髪真ん中分けの真面目そうな男だ。

「その榎本くんが、彼女に何の用だ」

 手を後ろに回して、幸子を隠すようにする駿。

「山田さんと少しだけお話しさせてもらえないでしょうか……」

 光司の言葉に、うつむいた幸子が駿の影からそっと出てきた。

「わかりました……その代わり、彼も一緒に……駿くん、お願い……」

 幸子はうつむいたままだ。

「わかった……」

 駿が幸子の横に並ぶと、幸子は駿の制服の袖をぎゅっと掴んだ。
 手はまだ震えているようだった。

 袖を掴んだ幸子の手に、自分の手を重ねる駿。
 幸子と目を合わせ「オレがついてる」と微笑んだ。
 幸子の顔にも安堵の微笑みが浮かぶ。

 そして、揺れるコスモスの花が三人を見守った。

「山田さん、あの時は本当にゴメン。ボク、何がなんだか分からなくて……」

 本当に申し訳無さそうに話す光司。

 中学校の卒業式の後、幸子は友達だと思い込んでいた諸留 亜利沙に裏切られ、侮蔑の言葉を吐かれ、心に深い傷を負った。その場面にいたのが、亜利沙の恋人でもある光司だったが、その時点では事情を知らなかったのだ。

「…………」

 幸子は、うつむいてしまった。
 駿の袖を握る力が強くなる。

「諸留(亜利沙)さんは、今日はご一緒ではないのですか……」

 必死に言葉を絞り出した幸子。

「あの直後、すぐに別れた……」
「えっ?」

 幸子は驚きの声を上げ、顔を上げる。

「あの直後、亜利沙を問い詰めたんだ。何で山田さんにあんな酷いこと言ったんだって」
「…………」
「その時、アイツから初めて色々な話を聞いて……喜々として説明するアイツが醜い怪物に見えたよ……」
「…………」
「腹が立って、不愉快で……その場で別れた……」
「確か、同じ高校に行かれたんですよね……」
「うん……ボクとやり直したいって言ってたらしいけど……」

 ふぅー、と大きなため息をついた光司。

「亜利沙、学校辞めたんだ……」
「えぇっ!」

 幸子は目を見開き驚いた。

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