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秋の特別編

その後の物語 1 - ひるまゆうじ君 (3)

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 ――夜 由美子の部屋

 この日、ゆうじくんは泊まることになり、由美子の部屋で寝ることになった。
 部屋には由美子のベッドがあり、その横にゆうじくんが寝るための布団が床に引かれている。
 しかし、ベッドには誰も寝ていない。
 由美子は、床へ引かれた布団にゆうじくんと一緒に寝ていた。

「ゆうじくん……今日は私を守ってくれて、ありがとう……」
「ボクはゆうしゃだもん! ゆみこひめをまもるのはとうぜんだよ!」
「ふふふっ、頼りになる勇者様だね」
「うん」
「これからもよろしくね」
「うん……」

 声のトーンが落ちていくゆうじくん。

「ゆうじくん、どうしたの……?」
「うっ……うっ……あうぅぅぅ……」

 ゆうじくんは突然泣き出してしまう。

「どうしたの? どこか痛いの?」

 安田たちから暴行を受けたことを思い出す由美子。

「ゆみこひめ……ごめんなさい……」
「えっ、なにが?」
「ボクは……ボクはゆうしゃなんかじゃない……」

 ゆうじくんは、大粒の涙をボロボロこぼしていた。

「ボクは……ゆみこおねえちゃんをまもれなかった……」
「そんなこと……」
「だいすきなゆみこおねえちゃんをまもれなかった……ボクなんかゆうしゃじゃない!」

 布団の中で叫んだゆうじくん。

「ゆうじくん……」

 嗚咽を漏らすゆうじくんを自分の胸に抱き締め、頭を優しく撫でる由美子。

「ゆうじくんは立派な勇者だよ……」

 ゆうじくんは、由美子の胸元を涙で濡らしながらつぶやいた。

「もっとつよくなりたい……あんなヤツらにまけないくらい……だいすきなひとをまもれる『ホンモノのゆうしゃ』になりたい……」

 ゆうじくんの言葉に胸が切なくなり、ギュッと抱き締める由美子。

「ゆうじくん……こっち向いて……」

 ゆうじくんは、涙に濡れた顔を由美子に向ける。

 そして――

 チュッ

 由美子は、ゆうじくんに口づけした。
 唇同士が軽く触れ合う可愛いキスだ。

「ゆうじくんが強くなれるように、おまじないだよ」

 ゆうじくんに優しく微笑む由美子。

「勇者ゆうじくん、これからもこの由美子姫を守ってくれますか?」

 ゆうじくんは、涙をこぼしながらも満面の笑みを浮かべる。

「もっともっとつよくなって、ゆみこひめをまもってみせます!」
「約束だよ?」
「うん、やくそく!」
「ふふふっ、じゃあもう一回おまじない!」

 チュッ

「ゆみこひめ! ボクぜったいつよくなるからね!」
「うん、待ってるよ。ゆうじくん……」

 程なくして、ゆうじくんは静かに寝息を立て始めた。
 それを見た由美子は、そっと布団から出て、一階の居間へと向かう。
 居間からは明かりが漏れ、話し声が聞こえる。

 ガチャリ

 居間には、お父さん、お母さん(ユカリ)、おばさん(ゆうじくんのお母さん)がおり、全員が由美子に気付く。

「由美子、今日は大変だったわね……お母さん、安田んとこのお母さんに、ガツンッと言っといたからね!」

 まだ怒りが収まらない様子だったが、そんなお母さんに由美子は冷静に言った。

「私、二学期もちゃんと学校行く」

 その言葉に驚く三人。

「私、あんなヤツらに負けたくない! 絶対に負けたくない!」
「由美子……」
「それに……私には素敵な勇者様がついてるから……」

 頬を赤く染め、微笑む由美子。

「ふふふっ、ウチの勇者様はどうだった?」

 おばさんが由美子に訪ねた。
 由美子は笑顔で答える。

「あんなにカッコイイ男の子、私はじめて見た! ゆうじくん、最後まで私を守ってくれたの! ホントにすごくカッコ良かったよ!」

 四人は顔を見合わせて、微笑みあった。

 ◇ ◇ ◇

 カチャリ

 自分の部屋に帰ってきた由美子。
 ゆうじくんはスヤスヤ眠っている。
 そっと顔を覗き込んだ。

「ゆうじくん……本当にありがとう……」

 寝ているゆうじくんの頭を優しく撫でる。

「ゆうじくん……最後に……最後にお姉ちゃんへ勇気を分けてください……」

 最後にもう一度、由美子はゆうじくんと、そっと唇を重ね合わせた。
 傍から見れば、子ども同士の微笑ましいキス。
 しかし、由美子は真剣だった。
 柔らかなゆうじくんの唇から、ゆっくりと唇を離す。

「お姉ちゃんも頑張るからね……おやすみ、ゆうじくん……」

 ゆうじくんの隣に身体を滑り込ませる。
 由美子は、ゆうじくんに身体を寄せ、可愛い寝顔を見ながら、眠りに落ちていった。

 ◇ ◇ ◇

 ――新学期

「おい『カス子』。てめぇ俺の親にチクっただろ!」

 始業式終了後、教室で安田たちに絡まれる由美子。

「おかげで大変な目にあったんだ! 『カス子』のせいだ、謝れ!」

 あまりに身勝手な安田の言い分。夏休み前であれば、うつむいて何も言えなかっただろう。
 しかし、由美子は『勇者ゆうじ』から勇気をもらっていた。
 スッと立ち上がる由美子。

「謝らない……」

 キッと安田を睨みつける。

「謝らないって言ってんのよ!」
「なんだと!」
「『謝れ』はこっちのセリフよ! あんな小さい子に暴力ふるって! ゆうじくんはまだ四歳なのよ! 四歳の子を殴ったり、蹴ったり……暴力ふるって鼻血流している四歳の男の子を見て笑ってるって、どういう神経してんのよ!」

 由美子の言葉にざわつく教室。

「弱ぇのに意気がって、俺様に歯向かうからいけねぇんだ!」
「四歳の男の子が、アンタより弱いって当たり前じゃない!」

 ふふんとニヤける安田。

「でもね、ゆうじくんはアンタなんかより全然強いから……!」
「はぁ?」

 安田のニヤけ顔が真顔に変わる。

「三年生の男子三人相手に、四歳のゆうじくんは、たったひとりで何度も立ち向かったわ!」
「…………」
「アンタたちに何度殴られても! アンタたちに何度蹴られても! アンタたちに指差されて笑われても! 鼻血を流しながらでも! 四歳のゆうじくんは涙ひとつこぼさず、何度も立ち上がった!」
「だ、だからなん――」
「そして、私を守ってくれた!」

 由美子は叫んだ。

「…………」
「アンタたちに同じことができる? できるわけないわよね。自分より弱いものしか相手にしないし、そんな相手にすぐ暴力ふるうもんね!」
「てめぇ……」
「ゆうじくんは『本物の勇者』よ! だって、最後は四歳のゆうじくんに、アンタたち全員ビビってたじゃない! 私見てたよ!」
「ウソだ!」
「ウソじゃない! アンタたちは負けたんだ! 四歳のゆうじくんにビビって負けたんだ! アンタたちは『弱虫』だ!」

 顔を真っ赤にして激怒している様子の安田。

「また暴力? いいわよ、殴りたければ殴りなさいよ! 私にはゆうじくんがついてる! 勇者ゆうじがついてる! 本物の勇者がついてる! アンタたちなんか怖くない!」

 由美子は、安田を睨みつけた。

「ぶっ飛ばしてやる……!」

 由美子の胸ぐらを掴み、右腕を振り上げる安田。

 カーンッ

 木の棒で床を打ち付けたような音が、突然大きく響く。
 何事かと周囲に目をやった安田。

「!」

 安田は驚く。
 クラスの女子が全員、長柄ほうきやリコーダー、チアリーディングのバトンなどを持って、安田と由美子を取り囲んでいた。

「由美子ちゃんに手を上げたら、これでボコボコにするわよ」

 ビュンッ カーンッ

 再度、長柄ほうきの柄を思い切り床に打ち付ける女子。

「女子が何人集まったって――」
「ここにいる二十人、全員相手にしてみる?」
「…………」
「石井(由美子)さんに手を上げるんだったら、僕らも許さないよ」

 よく見ると、クラスの大半の男子も女子の味方をしていた。
 そして、安田たちに相対する女子を庇うように男子たちが前に出る。

「石井さんだけじゃない、女子に手を上げるんだったら、ここにいる僕ら男子全員が相手になる。もう我慢も限界だ!」
「くっ……」

 行き場のない右腕が震えている。
 カッと目を開く安田。

「やってやろうじゃねぇか! 俺は『弱虫』なんかじゃねぇ!」

 右腕を由美子へ向かって振り下ろす。
 周囲のクラスメイトたちが息を飲んだ、その時。

「安田ーっ!」

 右腕が止まる。
 クラスの担任教諭が、怒りの形相で安田を睨んでいた。

「せ、先生……」
「職員室来い……今すぐだ!」
「は、はい……」

 それまでの勢いはどこへやら、安田はすごすごと担任教諭とともに職員室へ向かっていった。
 手下たちも、教室からイソイソと出ていった。

 ワッと由美子の元に集まったクラスメイトたち。

「由美子ちゃん、大丈夫⁉」
「みんな、ありがとう……」
「石井さん、ごめんね……僕ら、怖くて今まで……」
「ううん……今、立ち上がってくれたでしょ。男子のみんなもありがとう……」

 その場にいるクラスメイトたち全員が微笑みあった。

「ところで由美子ちゃん! ゆうじくんって、どんな男の子なの⁉」
「えっ?」
「石井さんの心を射止めた可愛い勇者様か……石井さん、男子に人気あるから、ガッカリする男子多いと思うよ」
「アンタ、そのひとりじゃないの?」
「げっ、バレた⁉」

 教室が爆笑の渦に包まれる。
 由美子の顔にも心からの笑顔が浮かんでいた。

 ◇ ◇ ◇

 ――その後の安田

 始業式の日、職員室へ呼び出された安田。
 翌日は学校を欠席。
 その翌日、登校してきた安田は、顔を腫らし、丸坊主になっていた。

 後日、由美子の家へ謝罪に訪れた安田の父親は、由美子の両親とゆうじくんの母親に土下座で謝罪。
 父親は長距離トラックのドライバーで、あまり家にいることができず、甘やかしてしまったことが原因だと、全面的に自身の非を認めた。これからは鉄拳制裁も含め、厳しく育てていくことを約束。
 由美子の両親、そしてゆうじくんの母親も安田の父親の真摯な姿勢を認め、それ以上は求めること無く、この一件は幕を下ろした。

 由美子のクラスでは、ニュースで取り上げられていたNATO(北大西洋条約機構)を真似て、安田たちにやられたらみんなでやり返そうという「対安田友達機構」、略して『YATO (tai YAsuda TOmodachi kikou)』が発足。安田たちの両親にもこのことを伝え、了承を得た。
 「何がYATOだ」と馬鹿にしていた安田たちは、クラスメイトのひとりに暴力を振るったところ、クラスメイト中から追い回され、逃げ切れずボコボコにされてしまう。
 安田たちの両親は、自業自得だと息子たちを庇うことを一切せず、逆に暴力をふるったことを強く咎め、厳しく叱りつけた。

 以降、安田たちが暴力に物を言わせるようなことはなくなった。

 ◇ ◇ ◇

 ボクのなまえは「ひるまゆうじ」、4さい!
 みんなにはナイショなんだけど、ボクは『ゆうしゃ』なのだ!
 おひめさまをまもるのが、ボクのしめい!
 ……なんだけど、ボクはゆみこひめをまもれなかった。
 だから、ボクは『ホンモノのゆうしゃ』をめざしてしゅぎょうちゅう!
 おかあさんにおねがいして、カラテどうじょうへしゅぎょうにかよっているんだ!

 あ、ゆみこおねえちゃんからのてがみがとどいた!
 ゆみこおねえちゃん、いまはたのしくがっこうへいっているみたい!
 よかった!
 だって、ゆみこおねえちゃんがいちばんカワイイのは、えがおだもん!

 あっ! つぎのどようびにウチへあそびにくるって!
 はやくあいたいってかいてある! だいすきって!
 ボクもはやくだいすきなゆみこおねえちゃんにあいたいな!

 いつか、どんなモンスターもやっつけられるようになって、どんなときも、ゆみこひめをまもってあげられる『ホンモノのゆうしゃ』になるんだ! そして「さちこひめ」とまたあったときに『つよくなったね』ってほめてもらうんだ!

 よし! きょうもしゅぎょうのじかんだ! がんばるぞ!

 ボクのなまえは「ひるまゆうじ」!
『ホンモノのゆうしゃ』をめざしてしゅぎょうちゅうの『ゆうじ』だ!


 大好きな由美子姫の笑顔を守るため、勇者ゆうじの冒険は続く。

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