上 下
9 / 229
一学期

第9話 春の週末 (4)

しおりを挟む
 週末、駅南口のカフェレストランでランチを楽しんだ幸子と駿。
 店内は、相変わらず盛況である。

「お皿お下げしますね」

 ウェイトレスがサンドイッチの皿を下げていった。

「いやぁ、食ったね……想像以上だったわ……」

「そうですね、私もお腹いっぱいです……」

 野菜たっぷりサンドも、名物のBLTサンドも、味はばっちり、かつメニューの写真以上のボリュームで、男子高校生の胃袋をもってしても十分満腹になるレベルだった。
 幸子は、野菜たっぷりサンドを一切れと、BLTサンドを半切れほど食べた。
 また、駿が一緒ということもあり、緊張で胸がいっぱいという状況。
 駿は、残りのすべて、野菜たっぷりサンドを二切れと、BLTサンドを二切れ半平らげた。

「あれはメニューの写真詐欺だよね……美味しかったけど……」
「期待を裏切るすごいボリュームでした……」
「動ける……?」
「動けません……」

 たははっと笑い合うふたり。

「もうちょっと休憩しようか……」
「はい……」

 ぷふぅ、と食後の一息をついた。

「さっちゃん……LIME(チャットアプリ)やってる?」
「母との連絡用に使ってるくらいです……」
「じゃあさぁ……LIME交換しない?」

 ドキッとする幸子。

「わ、私でいいんですか……?」
「さっちゃんがいいの!」

 駿は、お腹をさすりながら答えた。

「あの、あの、ぜひ、お願い、いたします……」

 お腹をさすりながら、ニコッと笑う駿。

「ゴメン……今動くと出そうだから……ちょっと待ってね」

 幸子は、ぷぷっと思わず吹き出してしまった。

「くそぉ~、しまらねぇなぁ、オレってヤツは……まったくもう……」

 頭を掻く駿。

「駿くん、実は三枚目ですか?」

 笑いながら幸子が尋ねた。

「くっそ~、もうさっちゃんにバレた……」

 楽しく笑い合うふたりであった。

 ◇ ◇ ◇

 ~♪

「ありがとうございましたー、またお越しください」

 まだまだ日は高く、これから遊びに行けそうな時間だ。

「駿くん、ご馳走さまでした。すごく美味しかったです」

 頭をペコリと下げる幸子。

「お、おう、とんでもないです……ゲップ」

 BLTサンドは腹持ちが良い様子。
 駿は、お腹をさすりながら、少し仰け反って手を挙げた。どこかの政治家のようだ。

「さっちゃん!」
「はい」
「本来であればだ! これから遊びに行こう! ……と言いたいところだけれども!」
「はい」

 幸子は笑いをこらえている。

「えー、すいません……今日は……無理です!」
「そうですよね」

 クスクス笑った幸子。

「さっちゃん、マジすまん」
「いいえ、今日はあんなに良くしていただいて、本当にありがとうございました」

 幸子は、駿に頭を深々と下げる。

「あ、教えてもらったLIMEだけど、オレらのグループに招待するからぜひ入ってね。亜由美とかすげぇ喜ぶと思うから」
「はい、ありがとうございます」
「何かあったら、気軽にLIME送ってよ。いや、何も無くても送っていいから。つーか、オレ送っちゃうから」
「はい、わかりました」

 幸子は、笑顔で答えた。

 街の喧騒に包まれながら歩くふたり。

「さっちゃん」
「はい」
「今度、みんなで遊びに行こうな。オレらバカしかしないから、楽しいぞぉ~」

 ニヒヒッと笑った駿。
 幸子は、自分を気遣う駿の言葉に涙が溢れそうになる。

「こら、泣かないの。また目がうさぎちゃんになっちゃうぞ!」

「うん……泣かない。駿くん、ありがとうございました!」

 目に涙をためながら、笑顔で答えた幸子。

「帰り道、気をつけてね」

 駿は、ニヤッとして続ける。

「さ・ち・こ・ひ・め」
「えっ……」
「実は、こっそり見てました」
「えっ……あれを……えっ……えーっ!」

 涙が引き、これまでに無い位に顔を真っ赤にした幸子。

「じゃあね、幸子姫。また学校で」

 駿は、ニヒヒッと笑いながら去っていく。

「もーっ! 駿くん、だいっきらい!」

 ◇ ◇ ◇

 ――午後

 幸子は自宅に帰ってきた。

「ただいま」

 母親の澄子が居間から出てくる。

「おかえりなさい、さっちゃん。随分遅かったけど、お昼は食べる?」
「ううん、いい。偶然友達と会って、ご馳走してもらっちゃった」

 友達という言葉を口にして、ちょっと恥ずかしくなり、照れた幸子。
 澄子は、その表情を見て喜ぶ。

「あら、素敵じゃない! そのお友達って、男の子? 女の子? どっち?」

 母親の急な質問に焦った幸子。

「え、えーと……お、男の子……」
「きゃー! いいわねぇ、ボーイフレンドができたのね! ステキ!」
「と、友達なだけだから。変な関係じゃないから!」
「否定するあたりが怪しいわねぇ~」

 澄子は、イジワルな目で幸子を見つめる。

「もう! お母さん、からかわないで!」
「はいはい、冗談ですよ。うふふふふ」
「まったくもう……」
「あ、さっちゃん、夕ごはん、お昼の残りでいいかな?」
「うん、ぜんぜんいいよ」
「ごめんね、楽しちゃって、助かるわ。夕ごはんは七時頃でいいかな」
「うん」
「じゃあ、準備が出来たら呼ぶからね」
「はーい」

 二階の自分の部屋へ向かう幸子。
 そんな幸子を、澄子は暖かい目で見守っている。

「良かった……あの子にお友達が出来て、本当に良かった……」

 澄子は、安堵の涙をこぼした。

 ◇ ◇ ◇

 カチャッ パタン

 自分の部屋に帰ってきた幸子。

「ふぅー」

 大きく息を吐いて、着替えもそこそこにベッドへ横になる。

(今日は色々あったなぁ……)

 ふと今日の出来事を思い返した。

(ゆうじ君のお母さん探して、本屋で駿くんと会って、今日も駿くんの優しさに触れて、駿くんとカフェレストランに……)

 心の中の暖かい気持ちが、黒い気持ちに覆われていく。
 そして<声>が響く。

 <ちょっと勘違いし過ぎじゃないの?>
 <アンタ気持ち悪いのよ! すっごくね!>
 <アンタ見て勃つ男いないでしょ>
 <アンタ一生処女だよ、絶対>

(うるさい!)

 <その気持ち悪い顔で友達とか彼氏ができると思ってんの?>

(ちくしょう……)

 <ボツボツ女>
 <山田菌>

(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!)

 幸子は頭の中の<声>にさいなまれ、ベッドの上で頭を抱え、身体を丸めていた。
 それでも<声>は止まない。
 それは、ゆっくりと、そして確実に幸子の心を蝕んでいった。

しおりを挟む

処理中です...