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第五部 晴天帰路
138 火の災厄
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災厄の谷の底には、爽やかな野原が広がっていた。
背の低い草が地面を覆い、点々と白い花が咲いている。
その草花の下に、パッと見では分からないが魔方陣があった。
ネフライトへ災厄魔を転送するための魔方陣が、野原の下に敷かれている。
「魔方陣を壊すには、野原を荒らさなくちゃいけないのか。なんだか気が咎めるなあ」
「……わっ!」
突然、背後から大声と共に背中を押されて、俺は心臓が口から出るかと思った。
サナトリスが一瞬で臨戦態勢となり、槍をくるりと回して背後を向く。
「何奴?!」
「ふふふ……驚いた?」
そこに立っていたのは、白髪のあどけない顔立ちをした少女だった。
先ほどまで野原の中央で歌っていた子だ。
彼女は全裸だった。
長い髪の毛で局所が隠れているが、目のやり場に困る。
「ふ、服を着ろ! 無いのか? だったら作るから、ほら!」
俺は焦りながら、白い布を魔法で生成した。
少女の上に被せる。
「何なの? 訳わかんなーい」
「それはこっちの台詞だ!」
いつの間にか、歌は止んでいた。
俺は無意味に咳払いして、ただ者ではなさそうな少女に向き直る。
「君は誰だ?」
「私はテナー。災厄魔を封じるもの」
テナーは無邪気な表情で、俺を見上げる。
災厄の谷の底にいるくらいだ、人じゃ無いよな、どう考えても。
「あ」
彼女は突然、しまったという顔になった。
「火の災厄魔が、復活しそう……」
「何?!」
例の、クロノアがネフライトに送ろうとしてた奴か!
少女の歌が止まったせいか、それとも俺が来たのが引き金になったのか。反省する間もなく、ゴゴゴと地面が揺れ始める。
「あの壁の石が、災厄魔なのかよ?!」
野原を囲む、巨大な五本の石柱を見上げ、俺は戦慄した。
苔むした石柱のひとつが、内側から赤く輝いている。
「おい、君が封じてるんじゃないのか?!」
「私が歌うと災厄魔は眠るけど……本当に歌っても良いの?」
「歌ってくれ!」
というか、それが君の役目だろう。
そう突っ込むとテナーは「仕方ないね」と言って歌い出した。
今まで聞いたことのない不思議な旋律が流れ始める。
少女の声は高く低く、どこまでも伸びやかに響いた。
石柱の鳴動が止まる。
俺は安心したが、それと同時に違和感を覚えていた。
「なんで俺まで眠く……!」
「カナメ殿?!」
サナトリスが、よろけた俺を横から抱き止める。
「サナトリスは眠くないのか?」
「特に眠くはない。カナメ殿は疲れが溜まっているのでは」
「いや、そんな疲れてないし」
テナーが俺を見ている。
得体の知れない金色の瞳に見つめられてゾクリとした。
『この歌で眠くなるのは、災厄魔に連なるものだけ』
唐突に少女の声が脳裏に響いた。
これはテレパシーか。
テナーは相変わらず歌っており、歌とテレパシー、二重で音声が聞こえてくる状態だ。
『特別な魔石、セーブクリスタルは、災厄魔の欠片から生じるの。あなたは、災厄魔の欠片に意識を宿してしまった人間』
「なんだって……?!」
「カナメ殿、何か聞こえているのか。私は何も聞こえないが」
テナーの声が聞こえているのは、俺だけらしい。
サナトリスは不思議そうにしている。
自分の腕に爪を立てて、痛みで眠気をかき消しながら、俺は必死に考えた。
このまま災厄魔と一緒に眠るのは困る。
「歌うのを止めてくれ!」
テナーは、ぴたりと歌を止めた。
「どうするの?」
「……俺が、この場で火の災厄魔を倒すか、封印すれば良いんだろ!」
俺はサナトリスから離れて背を伸ばした。
右腕を前に差し出すと、白い光に包まれた杖が現れる。
神器・聖晶神の杖だ。
「カナメ殿、災厄魔を倒せるのか?!」
「分からない! やってみないと!」
「それは行き当たりばったりと言うのでは?!」
サナトリスは腰が引けているようだ。
魔族の彼女は、さぞかし災厄魔について恐ろしい伝説を聞かされて育って来たのだろう。
「本当は、クロノアは水の災厄魔に火の災厄魔をぶつけて、相殺するつもりだったんだけどね」
テナーが、無茶苦茶気になることをさらっと告白した。
「なんで君がそれを知ってる」
「私と彼は共犯者だもの」
詳しく教えろと、テナーを問い詰めたいが、それどころじゃない。目の前で災厄魔と思われる石柱は内側から赤く輝き、形を変えつつあった。
火の災厄 Lv.?????
やはり鑑定でレベルが見えない。
俺はとりあえず、手持ちで最強の攻防一体の魔法を行使する。
「増幅魔法、連結。盾運魔法式、起動! ダイヤシールド×100!!」
左右に青い結晶が浮かび上がり、俺を中心に百枚の光の盾が円を描いて飛翔した。
轟轟と音を立てて石の柱が燃え上がり、中から真紅の炎でできた竜が姿を現す。竜の首は少なくとも八本以上あった。
「またヤマタノオロチみたいだな! 災厄魔は、ヤマタノオロチのシリーズか何かなのか?!」
「ヤマタノオロチ……あなたの世界の神話ね。あなたの世界では、大いなる自然の象徴として人は竜を思い描いた。この世界でも竜の役割は、あなたの世界と変わらない。大地、空気、水、炎、光、闇の大本となる存在は、竜の姿を取るのよ」
テナーの解説に耳を傾ける余裕はない。
災厄魔から飛び散った炎で、俺の放った盾の何枚かが燃え尽きていた。防御が保てない。いったい、どうすればこいつを倒せる。
「カナメは絶望しないのね! すごい! 私をもっともっと楽しませて! 大丈夫、勝っても負けても、私が後で眠らせてあげる。ふふっ、あははははは!」
燃え盛る炎で炙られ、野原は消し飛んだ。
しかしテナーは涼しい顔で高笑いしている。
災厄魔だけでも厄介なのに、後でテナーという強敵とも連戦しなければならないとは、さすが災厄の谷の底、ゲームで言えば隠しボスがいる場所ってことか。
「カナメ殿……!」
サナトリスが不安そうにこちらを見てくる。
普段は勇ましいのに、そういう顔をしてると女の子らしいな。
「こんなところで負けてたまるかっての」
俺は軽口を叩いて、杖をヒュンと回した。
災厄魔と戦うのは初めてじゃない。
過去に何度か遭遇した経験から、今度こそは突破口が見つかるはずだ。
「絶対に倒す方法を見つけてやる!」
背の低い草が地面を覆い、点々と白い花が咲いている。
その草花の下に、パッと見では分からないが魔方陣があった。
ネフライトへ災厄魔を転送するための魔方陣が、野原の下に敷かれている。
「魔方陣を壊すには、野原を荒らさなくちゃいけないのか。なんだか気が咎めるなあ」
「……わっ!」
突然、背後から大声と共に背中を押されて、俺は心臓が口から出るかと思った。
サナトリスが一瞬で臨戦態勢となり、槍をくるりと回して背後を向く。
「何奴?!」
「ふふふ……驚いた?」
そこに立っていたのは、白髪のあどけない顔立ちをした少女だった。
先ほどまで野原の中央で歌っていた子だ。
彼女は全裸だった。
長い髪の毛で局所が隠れているが、目のやり場に困る。
「ふ、服を着ろ! 無いのか? だったら作るから、ほら!」
俺は焦りながら、白い布を魔法で生成した。
少女の上に被せる。
「何なの? 訳わかんなーい」
「それはこっちの台詞だ!」
いつの間にか、歌は止んでいた。
俺は無意味に咳払いして、ただ者ではなさそうな少女に向き直る。
「君は誰だ?」
「私はテナー。災厄魔を封じるもの」
テナーは無邪気な表情で、俺を見上げる。
災厄の谷の底にいるくらいだ、人じゃ無いよな、どう考えても。
「あ」
彼女は突然、しまったという顔になった。
「火の災厄魔が、復活しそう……」
「何?!」
例の、クロノアがネフライトに送ろうとしてた奴か!
少女の歌が止まったせいか、それとも俺が来たのが引き金になったのか。反省する間もなく、ゴゴゴと地面が揺れ始める。
「あの壁の石が、災厄魔なのかよ?!」
野原を囲む、巨大な五本の石柱を見上げ、俺は戦慄した。
苔むした石柱のひとつが、内側から赤く輝いている。
「おい、君が封じてるんじゃないのか?!」
「私が歌うと災厄魔は眠るけど……本当に歌っても良いの?」
「歌ってくれ!」
というか、それが君の役目だろう。
そう突っ込むとテナーは「仕方ないね」と言って歌い出した。
今まで聞いたことのない不思議な旋律が流れ始める。
少女の声は高く低く、どこまでも伸びやかに響いた。
石柱の鳴動が止まる。
俺は安心したが、それと同時に違和感を覚えていた。
「なんで俺まで眠く……!」
「カナメ殿?!」
サナトリスが、よろけた俺を横から抱き止める。
「サナトリスは眠くないのか?」
「特に眠くはない。カナメ殿は疲れが溜まっているのでは」
「いや、そんな疲れてないし」
テナーが俺を見ている。
得体の知れない金色の瞳に見つめられてゾクリとした。
『この歌で眠くなるのは、災厄魔に連なるものだけ』
唐突に少女の声が脳裏に響いた。
これはテレパシーか。
テナーは相変わらず歌っており、歌とテレパシー、二重で音声が聞こえてくる状態だ。
『特別な魔石、セーブクリスタルは、災厄魔の欠片から生じるの。あなたは、災厄魔の欠片に意識を宿してしまった人間』
「なんだって……?!」
「カナメ殿、何か聞こえているのか。私は何も聞こえないが」
テナーの声が聞こえているのは、俺だけらしい。
サナトリスは不思議そうにしている。
自分の腕に爪を立てて、痛みで眠気をかき消しながら、俺は必死に考えた。
このまま災厄魔と一緒に眠るのは困る。
「歌うのを止めてくれ!」
テナーは、ぴたりと歌を止めた。
「どうするの?」
「……俺が、この場で火の災厄魔を倒すか、封印すれば良いんだろ!」
俺はサナトリスから離れて背を伸ばした。
右腕を前に差し出すと、白い光に包まれた杖が現れる。
神器・聖晶神の杖だ。
「カナメ殿、災厄魔を倒せるのか?!」
「分からない! やってみないと!」
「それは行き当たりばったりと言うのでは?!」
サナトリスは腰が引けているようだ。
魔族の彼女は、さぞかし災厄魔について恐ろしい伝説を聞かされて育って来たのだろう。
「本当は、クロノアは水の災厄魔に火の災厄魔をぶつけて、相殺するつもりだったんだけどね」
テナーが、無茶苦茶気になることをさらっと告白した。
「なんで君がそれを知ってる」
「私と彼は共犯者だもの」
詳しく教えろと、テナーを問い詰めたいが、それどころじゃない。目の前で災厄魔と思われる石柱は内側から赤く輝き、形を変えつつあった。
火の災厄 Lv.?????
やはり鑑定でレベルが見えない。
俺はとりあえず、手持ちで最強の攻防一体の魔法を行使する。
「増幅魔法、連結。盾運魔法式、起動! ダイヤシールド×100!!」
左右に青い結晶が浮かび上がり、俺を中心に百枚の光の盾が円を描いて飛翔した。
轟轟と音を立てて石の柱が燃え上がり、中から真紅の炎でできた竜が姿を現す。竜の首は少なくとも八本以上あった。
「またヤマタノオロチみたいだな! 災厄魔は、ヤマタノオロチのシリーズか何かなのか?!」
「ヤマタノオロチ……あなたの世界の神話ね。あなたの世界では、大いなる自然の象徴として人は竜を思い描いた。この世界でも竜の役割は、あなたの世界と変わらない。大地、空気、水、炎、光、闇の大本となる存在は、竜の姿を取るのよ」
テナーの解説に耳を傾ける余裕はない。
災厄魔から飛び散った炎で、俺の放った盾の何枚かが燃え尽きていた。防御が保てない。いったい、どうすればこいつを倒せる。
「カナメは絶望しないのね! すごい! 私をもっともっと楽しませて! 大丈夫、勝っても負けても、私が後で眠らせてあげる。ふふっ、あははははは!」
燃え盛る炎で炙られ、野原は消し飛んだ。
しかしテナーは涼しい顔で高笑いしている。
災厄魔だけでも厄介なのに、後でテナーという強敵とも連戦しなければならないとは、さすが災厄の谷の底、ゲームで言えば隠しボスがいる場所ってことか。
「カナメ殿……!」
サナトリスが不安そうにこちらを見てくる。
普段は勇ましいのに、そういう顔をしてると女の子らしいな。
「こんなところで負けてたまるかっての」
俺は軽口を叩いて、杖をヒュンと回した。
災厄魔と戦うのは初めてじゃない。
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