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第五部 晴天帰路

130 神器の代わり

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 冒険者登録には手間取ったものの、その後の探索はスムーズだった。
 こっちにはタンザナイト出身の夜鳥もいる。
 ダンジョンに入ってしまえば、迷うこともない。

 タンザナイトの地下ダンジョンは百層ある。
 まともに攻略していたら年単位の時間がかかる。
 そこで俺は、一層降りるごとに転移魔法を使って、十層ずつショートカットすることにした。裏技で迷宮のマップを表示し、下に降りる階段の高さや広さを計算する。座標さえ絞り込めば、知らない場所でも簡単に転移できる。
 イロハに気付かれないよう、無詠唱でこっそり魔法を発動した。
 頭上のリーシャンだけは気付いて「カナメ、ズルしてる」と呟く。
 
「どんどん敵が強くなっていきますね! まるで一層降りるたびに十層降りたような」
「気のせいだ、心菜」
 
 魔法には気付かない癖に、敵の強さで正確に現在位置を把握する心菜。
 しかし百層降りようが、俺たちのレベルなら大した脅威ではない。
 サクサク倒して、あっという間に地下の宝物庫に辿り着く。
 
疑問おかしい。こんなに早く最下層に着くはずがない……」
「たまには、そういうこともあるさ」
 
 さすがにイロハも疑問を抱いたようだ。
 
「偽装、あるいは敵の撹乱……もう一度、一層から探索をやり直し」
「待った」 
 
 イロハは「最初からもう一度」と言って聞かない。
 俺は嫌だぞ、そんな人生ゲームのサイコロを振って「振り出しに戻る」みたいなのは。
 
「ここは正真正銘、最下層の宝物庫だ!」
不信いいや、信じられない」
「信じろ!! 信じれば道は開ける!」
 
 勢いで、変なことまで言ってしまった。
 
「だいたい何でホルスの神器なんて欲しいんだよ?!」
「それがカナメの質問か」
 
 しまった。
 スキルレベルを無限にする方法を聞くつもりだったのに。
 
「約束だからな。ここまで付き合ってくれた礼に、ここがダンジョンの底で無くても答えよう」
 
 うっかり質問内容が確定してしまった。
 イロハはホルスの神器を欲する理由を語り始める。
 
「私の国は濃霧の中に没し、人々は衰弱している。陰気すなわち水気を退け、光輪によって大地を照らす天空神ホルスの神器が必要なのだ」
「!!」
「だがホルスの神器なくば、タンザナイトは吹き上がる地下水によって滅亡するだろう。神器によって地下水脈が抑えられているゆえに、今のタンザナイトの繁栄がある。私の行為は、いずれタンザナイトの滅亡を招く」
 
 ジョウガの国マナウが危機に瀕していたなんて、聞いたことがない。
 十年後の未来では、タンザナイトもマナウも健在だった。
 佐々木さんの侵略を受けるまでは。
 タンザナイトもマナウも、今の時点で滅びるはずがないのだ。
 俺は、質問を重ねることにした。
 
「どうして他の国の神々に助けを求めなかったんだ? 理由を話せば、天空神ホルスだって力を貸してくれるはず」
不可能できない
 
 彼女は深刻な表情で首を横に振る。
 
「私の国を侵略したのは、時の神クロノア。光の神々、信じられない」
 
 クロノアの奴、俺の知らない間に、ジョウガの国を侵略してたなんて。
 
「クロノアの裏切りにより、私は神々を信頼できなくなった。ホルスもクロノアと繋がっているかもしれない……」
 
 うーん、俺はあの爺さん常々あやしいと思ってたから、裏切られてもショックじゃなかったけど、ジョウガは違ったんだな。
 俺の頭上でリーシャンが「クロノア、ジョウガの前だと美青年に化けて真面目にしてたよ」とささやく。女子の前では猫かぶってたのかよ。
 
「すべて奴が黒幕でござる! 成敗でござるよ、枢たん!」
「心菜、シリアスな空気が壊れるから……」
 
 今までの経緯を知っている心菜と夜鳥にも、事の次第は理解できたらしい。でも心菜、ござる口調は止めてくれ。
 
「あー、なるほど。イロハの事情は分かった。それでホルスの神器が必要なんだな。じゃあ、俺が神器の代わりになるアイテムを作ろうか?」
「は?」
 
 イロハは、俺の言葉が理解できなかったらしい。
 間抜けに口を開けて絶句した。
 
「……意味不明。もう一度」
「俺が神器の代わりを作ろうか?」
「……」
 
 イロハは少し無言になると、すすすっと夜鳥の横に移動した。
 
「ヤトリ、カナメは何を言ってる? 神器の代わりを作るなど、普通の人間には不可能だぞ」
「気持ちは分かるけど、残念ながら枢には出来るんだよ……」
 
 夜鳥はちょっと疲れた顔になっている。
 
「ホルスの神器を再現すればいいんだろ。腕が鳴るぜ」
 
 俺は久々にウキウキしていた。
 道具や防具を作るのは好きだ。アダマスに職人が多いのは、彼らを支援する国策を打つよう、俺がこっそり働きかけたせいだ。無いものは作ればいい。世の真理である。
 
「よし。この宝物庫の中身を材料に頂こう。ホルスも好きな女の子に貢ぐなら本望だろう」
「実際はカナメの趣味に貢ぐんだけどねー」
 
 リーシャンがのんびり頭上でコメントした。
 
 
 

「かわいいイロハのためなら、そして我が盟友カナメのためなら、数百年かけて溜めてきた宝物の一個や百個、大したものではない……!」

 アイテムの材料を、ホルスは勿論、快く提供してくれた。
 なんか涙ぐんでる気がするが、気のせいだろう。
 リーシャンが小さな前肢でホルスの頭を撫でた。
 
「ホルス、泣いてるの~? よしよし」
 
 俺は数日かけて神殿の裏庭に工房を作り、作業に明け暮れた。
 ホルスの神器は、持ち主であるホルスの魔力を利用して、遥かな大空に浮かび、国土を照らす白熱の光を常時放っている。効果が強力な割に、持ち主の魔力消費は少ない。エコロジーだ。
 俺はまず手のひらサイズの金環を作成して、魔法を込めてみた。
 魔力を込め過ぎると割れるし、逆に魔力が足りないと魔法が定着しない。結構難しいな。
 試作品で上手くいったら、本番のでかい金環を作る予定だ。
 
「枢っち、進捗はどう?」
 
 魔界の物品を売り終えた真が、様子を見に来た。
 良い値段で売れたらしく機嫌が良い。
 
「まあまあだな」
「ふーん」
 
 真は、俺が手慰みに作った指輪を取り上げて、光にかざした。
 
「……ところでさ、今さらだけどホルスさんが枢っちの名前を知らなかったのは、何で? 伝説では光の七神が協力して、神聖境界線を張ったんだろ。仲間なのに名前を知らないのは変だよな」
「それは……」
「俺が異世界ではダレスって名前だったように、枢っちにも異世界での名前があるからかな? 枢っちは異世界の名前、アダマントだっけ?」
「ちがう!」
 
 アダマスの守護神だから、国名をもじってアダマント。意味はまんまアダマスの神。個人名じゃない。
 
「……石になってたから、しゃべれなかったんだよ」
「えー? これだけ精巧な細工が作れるなら、文章書いて伝えられたんじゃ?」
「それが……なんか呪われてるみたいに、文字が書けなくて」
 
 異世界の文字と日本の文字は違うという問題もあった。
 しかし俺には千年も時間があった。ある程度、異世界の文字も読めるようになる。普通なら書くこともできただろう。
 だが魔法で建物の設計図を書いたり、アイテムに繊細な彫刻を施したりできるのに、なぜか文字となるとグチャグチャの意味を成さない紋様になってしまうのだ。
 結局、リーシャンと友達になるまで、誰にも俺の考えていることを伝える事はできなかった。
 
「へーえ。不思議だね」
「……」
 
 昔は、クリスタルの体で文字が書けないのは、仕方ないと諦めていた。
 けれど今考えると「何故だろう」と疑問に思う。
 
「枢っちー、試作品売っちゃ駄目?」
「駄目」
 
 ほっとくと部品を盗みそうなので、真を工房から追い出した。
 よし。気持ちを切り替えよう。
 どうせだからホルスの神器よりパワーアップしたアイテムを作るぞ!
 
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