上 下
130 / 159
第五部 晴天帰路

129 冒険者登録

しおりを挟む
 夜鳥が戻ってこない。
 ホルスの神殿で待っているのだが、仲間の中で夜鳥だけが不在のままだった。ちなみにホルスは夕方に帰ってきて、はやばやと神殿の中庭にある大樹の梢で就寝してしまった。
 異世界の人々は早起き早寝なので、神殿は夜になると静まりかえる。
 宿舎に泊まっている俺たちだけが魔法の明かりを付け、のんびり団らんしながら仲間の帰りを待っている状況だった。
 
「心配ですねー」
 
 心菜が背中に寄っ掛かりながら呟いた。
 俺たちは背中合わせに座ってくつろいでいる。
 真が割り込みながら「心菜ちゃんばっかりずりーの」と茶々を入れ、心菜が「彼女特権です」と返したり。しばらくぶりの平穏な日常だ。心が安らぐ。
 
「……」
 
 俺は二人の会話には入らずに、黙ってマップを操作する。
 実は夜鳥の居場所は分かっている。
 仲間に配った、毒を無効化する銀色のイヤリングが、一種のGPSのような役割を果たしているからだ。結果的に目印になっただけで、けっしてストーキングのために配った訳じゃないと弁明しておこう。
 
「……様子を見てくる」
 
 膝の上で寝ているリーシャンを心菜に渡し、立ち上がる。
 タンザナイト出身の夜鳥だから、地元に詳しいはずだ。危険な事に巻き込まれている可能性は低い。何か事情があって帰ってこれないと見るべきだ。大勢で行っても仕方ない。
 俺だけで行こう。
 
「行ってらっしゃいですにゃー」
「気を付けてなー」
 
 心菜と真をその場に残し、休んでいるサナトリスと大地を起こさないよう、静かに部屋を出た。
 転移魔法を使って、夜鳥のいる建物の近くに移動する。
 宿屋らしき建物の窓口に「知り合いがいるんで」と声を掛けて、堂々と二階に足を踏み入れた。
 部屋の扉をノックする。
 
「誰だよ……って、枢?!」
「戻りが遅いから見に来たら……女性同伴とは隅におけないな、夜鳥」
「ちがう、これはっ!」
 
 部屋の中に女性の気配を感じて、ああそういうことか、邪魔したな、と出て行こうとする俺。
 夜鳥はなぜか慌てて俺を引き留めた。
 
「助けてくれ、枢!」
「ヤトリ、逃亡は許さない……あ」
 
 部屋の中から女性が出てきた。
 昼間に会った仙神ジョウガだ。
 
「お前、私の正体を見抜いた、青い目の男!」
「あー。偶然だな……」
 
 夜鳥が「???」という顔をしているが、説明してやることは出来ない。
 呪いのせいで彼女の正体を話せないのだ。
 防御特化の俺にとっては、いつでも解ける呪いではあるのだが、今すぐ解く必要はないと考えている。あえて呪いを受けた状態を維持して、ジョウガを油断させるためだ。
 
「聞いてくれよ、枢! この女、俺にホルスの神器を盗めとか、ダンジョンに潜れとか、訳分からないことを言うんだ!」
「それは……」
 
 いったいジョウガの目的は何なんだ?
 疑問に思ったが、俺はまず自分の目的を優先することにした。
 ジョウガのステータスに、気になる部分を見つけたのだ。
 それは「仙薬作成 Lv. ∞」
 スキルレベルの欄に無限マークが付いているのは、初めて見た。
 俺のスキル「セーブ&ロード」のレベルを無限にしたら、どうなるだろう。
 もし未来が変えられなかったとしても、地球の人々やタンザナイトの人々を登録《セーブ》し、復活させることが可能になるのではないだろうか。
 
 俺はジョウガに声を掛けた。
 
「その目的、協力してやってもいいぜ。その代わり、ダンジョンの宝物庫に着いたら、俺の質問に答えてくれるか?」
「枢!」
 
 俺の言葉に、夜鳥は驚いている。
 
「質問に答えるだけ? それなら簡単」
「じゃあ取引成立だな」
 
 少女が目を輝かせる。
 
「協力に感謝。ダンジョンの宝物庫からホルスの神器奪取作戦、明日敢行する!」
 
 残念ながら、ホルスの神器はダンジョンの宝物庫にない。
 奴の神器はタンザナイトの上空に浮かんでいる。金色の円環「栄光の王冠」がそうなのだ。
 ダンジョンに潜っても意味がない。
 ジョウガに教えてはやらないけどな。
 
「枢、何か企んでるな……」
 
 夜鳥が嫌そうな顔をする。
 一方のジョウガは上機嫌で拳を握って言った。
 
「私のことはイロハと呼ぶといい。まず冒険者登録から任務開始ね!」
「冒険者登録??」
 
 え? ダンジョンに潜るんじゃないの? そんな初歩的なところからスタートなの?
 
 
 
 
 ダンジョンは、タンザナイト国営の施設という扱いらしい。
 入るには、冒険者登録が必要なのだそうだ。
 
「もういっそ忍びこめばいいじゃん……」
「規則守る、重要」
 
 なぜか律儀なジョウガ……もといイロハに諭され、次の日、冒険者登録することになった。
 メンバーは、俺と夜鳥と心菜。
 真とサナトリスと大地は、今回のパーティーを辞退した。
 
「ごめんなー、枢っち。俺には魔界で仕入れた貴重な品々を、法外な値段で売りさばくという重要な仕事があるのだよ」
「ほどほどにしろよ……」
 
 サナトリスを助手にして、真は荒稼ぎする気満々なようだ。
 大地はあれからずっと黄昏ている。いつまで沈んでいるんだか。
 ところでタンザナイトの冒険者ギルドは銀行を兼ねている。
 冒険者から現金を預り、別の都市で引き出せるような仕組みがあるからだ。
 そのせいか、冒険者ギルドの建物は、想像以上に広かった。
 ちょっとした貴族の屋敷並みだ。
 
「登録書類に名前とクラスを書いて下さい。実技試験を行います」
 
 実技試験で、なぜ冒険者ギルドの建物が広いのか分かった。
 
「試験のために、わざわざゴブリンを捕まえて飼育してるとか、どんだけ……」
 
 前衛の冒険者はもれなく、一人一匹ゴブリンと戦わされるらしい。
 
「あいうえお順なので、イロハさんからどうぞー」
「あいうえお順って何?!」
 
 謎の順番で最初にイロハが呼ばれた。
 
「は、はい!」
 
 なぜか緊張しているイロハ。
 ゴブリンごときに緊張するとか、意味わからん。
 
「あっ」
 
 そしてゴブリンに近付く前に、転んだ。
 手からすっぽ抜けたナイフが、空中を飛んでゴブリンの眉間にクリーンヒット!
 
「……」
 
 試験官と俺たちは沈黙した。
 
「……こ、幸運も実力の内ということで」
 
 良いのかそれで。
 
「次は心菜ですね。えいっ!」
 
 心菜は愛刀を召喚すると、目にも止まらぬ抜刀でゴブリンを斬った。
 ぎしり。
 ゴゴゴ……と音を立てて後ろの壁が、斜めにずり落ちる。
 建物の崩壊が始まった。
 
「ふー、また無駄なものを斬ってしまった……」
「格好付けてる場合か!」
 
 額の汗をぬぐう心菜に突っ込む。
 こいつには手加減というものを教えねば。
 
「あのぅ、建造物損壊の賠償金についてですね……」
「悪い。こいつに付けておいて」
 
 俺は請求書に真の名前でサインしておいた。
 ありがとう友よ。お前と友達で本当に良かった。
  
「俺も試験するのか……?」
 
 夜鳥は、はやくも疲れた表情を見せている。
 
「ああ、ヤトリさんは何か玄人っぽいので良いです」
「いいんかい?!」
 
 雰囲気で試験をパスとか、ありえない。
 
「じゃあ俺も」
「カナメさんは後衛なので、別の試験が」
「えぇ?」 
 
 面倒くさいから止めようよ。
 連れていかれた先には、数メートルの距離を置いて太い丸太が地面に立てられていた。
 あれを魔法で狙えという試験らしい。 
 
「きちんと呪文を唱えて下さい。採点しますので」
「はあ?!」
 
 俺クラスが呪文をきっちり唱えると、魔法の威力が出過ぎてしまう。
 ここは、わざと呪文を間違えて威力を落とすしかないか。
 
「……この魔法式ねがいの真値を」
「もう一回!」
 
 呪文を一部抜かしたのに、気付かれた。
 途中で待ったを掛けられる。
 
「我はこの魔法式の真髄を世界に……」
「もう一回!」
「かの魔法式を」「駄目!」
 
 どうしよう。すごくムカついてきた。
 
「カナメ~! 朝起きるのが遅いからって、僕を置いていくのはヒドイよ~!」
「リーシャン」
 
 空からリーシャンが飛んできた。
 いつも通り俺の頭上に乗ろうとする。
 その様子を見た試験官が言った。
 
「あなたは魔法使いではなく、モンスターテイマーだったのですね。テイマーなら契約したモンスターがいることを示せば、実技試験は免除だったのに。無駄な時間でしたね」
「……」
 
 やれやれと試験官が首を振る。
 
「おや、地震ですか」
 
 地面が小刻みに振動した。
 夜鳥が慌てて俺の肩をつかむ。
 
「おい枢、落ち着けって!」
 
 俺は深呼吸して、無意識に発動していた大地属性の魔法を止めた。
 危うくタンザナイトを滅ぼしてしまうところだったぜ。
 
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...