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第五部 晴天帰路
129 冒険者登録
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夜鳥が戻ってこない。
ホルスの神殿で待っているのだが、仲間の中で夜鳥だけが不在のままだった。ちなみにホルスは夕方に帰ってきて、はやばやと神殿の中庭にある大樹の梢で就寝してしまった。
異世界の人々は早起き早寝なので、神殿は夜になると静まりかえる。
宿舎に泊まっている俺たちだけが魔法の明かりを付け、のんびり団らんしながら仲間の帰りを待っている状況だった。
「心配ですねー」
心菜が背中に寄っ掛かりながら呟いた。
俺たちは背中合わせに座ってくつろいでいる。
真が割り込みながら「心菜ちゃんばっかりずりーの」と茶々を入れ、心菜が「彼女特権です」と返したり。しばらくぶりの平穏な日常だ。心が安らぐ。
「……」
俺は二人の会話には入らずに、黙ってマップを操作する。
実は夜鳥の居場所は分かっている。
仲間に配った、毒を無効化する銀色のイヤリングが、一種のGPSのような役割を果たしているからだ。結果的に目印になっただけで、けっしてストーキングのために配った訳じゃないと弁明しておこう。
「……様子を見てくる」
膝の上で寝ているリーシャンを心菜に渡し、立ち上がる。
タンザナイト出身の夜鳥だから、地元に詳しいはずだ。危険な事に巻き込まれている可能性は低い。何か事情があって帰ってこれないと見るべきだ。大勢で行っても仕方ない。
俺だけで行こう。
「行ってらっしゃいですにゃー」
「気を付けてなー」
心菜と真をその場に残し、休んでいるサナトリスと大地を起こさないよう、静かに部屋を出た。
転移魔法を使って、夜鳥のいる建物の近くに移動する。
宿屋らしき建物の窓口に「知り合いがいるんで」と声を掛けて、堂々と二階に足を踏み入れた。
部屋の扉をノックする。
「誰だよ……って、枢?!」
「戻りが遅いから見に来たら……女性同伴とは隅におけないな、夜鳥」
「ちがう、これはっ!」
部屋の中に女性の気配を感じて、ああそういうことか、邪魔したな、と出て行こうとする俺。
夜鳥はなぜか慌てて俺を引き留めた。
「助けてくれ、枢!」
「ヤトリ、逃亡は許さない……あ」
部屋の中から女性が出てきた。
昼間に会った仙神ジョウガだ。
「お前、私の正体を見抜いた、青い目の男!」
「あー。偶然だな……」
夜鳥が「???」という顔をしているが、説明してやることは出来ない。
呪いのせいで彼女の正体を話せないのだ。
防御特化の俺にとっては、いつでも解ける呪いではあるのだが、今すぐ解く必要はないと考えている。あえて呪いを受けた状態を維持して、ジョウガを油断させるためだ。
「聞いてくれよ、枢! この女、俺にホルスの神器を盗めとか、ダンジョンに潜れとか、訳分からないことを言うんだ!」
「それは……」
いったいジョウガの目的は何なんだ?
疑問に思ったが、俺はまず自分の目的を優先することにした。
ジョウガのステータスに、気になる部分を見つけたのだ。
それは「仙薬作成 Lv. ∞」
スキルレベルの欄に無限マークが付いているのは、初めて見た。
俺のスキル「セーブ&ロード」のレベルを無限にしたら、どうなるだろう。
もし未来が変えられなかったとしても、地球の人々やタンザナイトの人々を登録《セーブ》し、復活させることが可能になるのではないだろうか。
俺はジョウガに声を掛けた。
「その目的、協力してやってもいいぜ。その代わり、ダンジョンの宝物庫に着いたら、俺の質問に答えてくれるか?」
「枢!」
俺の言葉に、夜鳥は驚いている。
「質問に答えるだけ? それなら簡単」
「じゃあ取引成立だな」
少女が目を輝かせる。
「協力に感謝。ダンジョンの宝物庫からホルスの神器奪取作戦、明日敢行する!」
残念ながら、ホルスの神器はダンジョンの宝物庫にない。
奴の神器はタンザナイトの上空に浮かんでいる。金色の円環「栄光の王冠」がそうなのだ。
ダンジョンに潜っても意味がない。
ジョウガに教えてはやらないけどな。
「枢、何か企んでるな……」
夜鳥が嫌そうな顔をする。
一方のジョウガは上機嫌で拳を握って言った。
「私のことはイロハと呼ぶといい。まず冒険者登録から任務開始ね!」
「冒険者登録??」
え? ダンジョンに潜るんじゃないの? そんな初歩的なところからスタートなの?
ダンジョンは、タンザナイト国営の施設という扱いらしい。
入るには、冒険者登録が必要なのだそうだ。
「もういっそ忍びこめばいいじゃん……」
「規則守る、重要」
なぜか律儀なジョウガ……もといイロハに諭され、次の日、冒険者登録することになった。
メンバーは、俺と夜鳥と心菜。
真とサナトリスと大地は、今回のパーティーを辞退した。
「ごめんなー、枢っち。俺には魔界で仕入れた貴重な品々を、法外な値段で売りさばくという重要な仕事があるのだよ」
「ほどほどにしろよ……」
サナトリスを助手にして、真は荒稼ぎする気満々なようだ。
大地はあれからずっと黄昏ている。いつまで沈んでいるんだか。
ところでタンザナイトの冒険者ギルドは銀行を兼ねている。
冒険者から現金を預り、別の都市で引き出せるような仕組みがあるからだ。
そのせいか、冒険者ギルドの建物は、想像以上に広かった。
ちょっとした貴族の屋敷並みだ。
「登録書類に名前とクラスを書いて下さい。実技試験を行います」
実技試験で、なぜ冒険者ギルドの建物が広いのか分かった。
「試験のために、わざわざゴブリンを捕まえて飼育してるとか、どんだけ……」
前衛の冒険者はもれなく、一人一匹ゴブリンと戦わされるらしい。
「あいうえお順なので、イロハさんからどうぞー」
「あいうえお順って何?!」
謎の順番で最初にイロハが呼ばれた。
「は、はい!」
なぜか緊張しているイロハ。
ゴブリンごときに緊張するとか、意味わからん。
「あっ」
そしてゴブリンに近付く前に、転んだ。
手からすっぽ抜けたナイフが、空中を飛んでゴブリンの眉間にクリーンヒット!
「……」
試験官と俺たちは沈黙した。
「……こ、幸運も実力の内ということで」
良いのかそれで。
「次は心菜ですね。えいっ!」
心菜は愛刀を召喚すると、目にも止まらぬ抜刀でゴブリンを斬った。
ぎしり。
ゴゴゴ……と音を立てて後ろの壁が、斜めにずり落ちる。
建物の崩壊が始まった。
「ふー、また無駄なものを斬ってしまった……」
「格好付けてる場合か!」
額の汗をぬぐう心菜に突っ込む。
こいつには手加減というものを教えねば。
「あのぅ、建造物損壊の賠償金についてですね……」
「悪い。こいつに付けておいて」
俺は請求書に真の名前でサインしておいた。
ありがとう友よ。お前と友達で本当に良かった。
「俺も試験するのか……?」
夜鳥は、はやくも疲れた表情を見せている。
「ああ、ヤトリさんは何か玄人っぽいので良いです」
「いいんかい?!」
雰囲気で試験をパスとか、ありえない。
「じゃあ俺も」
「カナメさんは後衛なので、別の試験が」
「えぇ?」
面倒くさいから止めようよ。
連れていかれた先には、数メートルの距離を置いて太い丸太が地面に立てられていた。
あれを魔法で狙えという試験らしい。
「きちんと呪文を唱えて下さい。採点しますので」
「はあ?!」
俺クラスが呪文をきっちり唱えると、魔法の威力が出過ぎてしまう。
ここは、わざと呪文を間違えて威力を落とすしかないか。
「……この魔法式の真値を」
「もう一回!」
呪文を一部抜かしたのに、気付かれた。
途中で待ったを掛けられる。
「我はこの魔法式の真髄を世界に……」
「もう一回!」
「かの魔法式を」「駄目!」
どうしよう。すごくムカついてきた。
「カナメ~! 朝起きるのが遅いからって、僕を置いていくのはヒドイよ~!」
「リーシャン」
空からリーシャンが飛んできた。
いつも通り俺の頭上に乗ろうとする。
その様子を見た試験官が言った。
「あなたは魔法使いではなく、モンスターテイマーだったのですね。テイマーなら契約したモンスターがいることを示せば、実技試験は免除だったのに。無駄な時間でしたね」
「……」
やれやれと試験官が首を振る。
「おや、地震ですか」
地面が小刻みに振動した。
夜鳥が慌てて俺の肩をつかむ。
「おい枢、落ち着けって!」
俺は深呼吸して、無意識に発動していた大地属性の魔法を止めた。
危うくタンザナイトを滅ぼしてしまうところだったぜ。
ホルスの神殿で待っているのだが、仲間の中で夜鳥だけが不在のままだった。ちなみにホルスは夕方に帰ってきて、はやばやと神殿の中庭にある大樹の梢で就寝してしまった。
異世界の人々は早起き早寝なので、神殿は夜になると静まりかえる。
宿舎に泊まっている俺たちだけが魔法の明かりを付け、のんびり団らんしながら仲間の帰りを待っている状況だった。
「心配ですねー」
心菜が背中に寄っ掛かりながら呟いた。
俺たちは背中合わせに座ってくつろいでいる。
真が割り込みながら「心菜ちゃんばっかりずりーの」と茶々を入れ、心菜が「彼女特権です」と返したり。しばらくぶりの平穏な日常だ。心が安らぐ。
「……」
俺は二人の会話には入らずに、黙ってマップを操作する。
実は夜鳥の居場所は分かっている。
仲間に配った、毒を無効化する銀色のイヤリングが、一種のGPSのような役割を果たしているからだ。結果的に目印になっただけで、けっしてストーキングのために配った訳じゃないと弁明しておこう。
「……様子を見てくる」
膝の上で寝ているリーシャンを心菜に渡し、立ち上がる。
タンザナイト出身の夜鳥だから、地元に詳しいはずだ。危険な事に巻き込まれている可能性は低い。何か事情があって帰ってこれないと見るべきだ。大勢で行っても仕方ない。
俺だけで行こう。
「行ってらっしゃいですにゃー」
「気を付けてなー」
心菜と真をその場に残し、休んでいるサナトリスと大地を起こさないよう、静かに部屋を出た。
転移魔法を使って、夜鳥のいる建物の近くに移動する。
宿屋らしき建物の窓口に「知り合いがいるんで」と声を掛けて、堂々と二階に足を踏み入れた。
部屋の扉をノックする。
「誰だよ……って、枢?!」
「戻りが遅いから見に来たら……女性同伴とは隅におけないな、夜鳥」
「ちがう、これはっ!」
部屋の中に女性の気配を感じて、ああそういうことか、邪魔したな、と出て行こうとする俺。
夜鳥はなぜか慌てて俺を引き留めた。
「助けてくれ、枢!」
「ヤトリ、逃亡は許さない……あ」
部屋の中から女性が出てきた。
昼間に会った仙神ジョウガだ。
「お前、私の正体を見抜いた、青い目の男!」
「あー。偶然だな……」
夜鳥が「???」という顔をしているが、説明してやることは出来ない。
呪いのせいで彼女の正体を話せないのだ。
防御特化の俺にとっては、いつでも解ける呪いではあるのだが、今すぐ解く必要はないと考えている。あえて呪いを受けた状態を維持して、ジョウガを油断させるためだ。
「聞いてくれよ、枢! この女、俺にホルスの神器を盗めとか、ダンジョンに潜れとか、訳分からないことを言うんだ!」
「それは……」
いったいジョウガの目的は何なんだ?
疑問に思ったが、俺はまず自分の目的を優先することにした。
ジョウガのステータスに、気になる部分を見つけたのだ。
それは「仙薬作成 Lv. ∞」
スキルレベルの欄に無限マークが付いているのは、初めて見た。
俺のスキル「セーブ&ロード」のレベルを無限にしたら、どうなるだろう。
もし未来が変えられなかったとしても、地球の人々やタンザナイトの人々を登録《セーブ》し、復活させることが可能になるのではないだろうか。
俺はジョウガに声を掛けた。
「その目的、協力してやってもいいぜ。その代わり、ダンジョンの宝物庫に着いたら、俺の質問に答えてくれるか?」
「枢!」
俺の言葉に、夜鳥は驚いている。
「質問に答えるだけ? それなら簡単」
「じゃあ取引成立だな」
少女が目を輝かせる。
「協力に感謝。ダンジョンの宝物庫からホルスの神器奪取作戦、明日敢行する!」
残念ながら、ホルスの神器はダンジョンの宝物庫にない。
奴の神器はタンザナイトの上空に浮かんでいる。金色の円環「栄光の王冠」がそうなのだ。
ダンジョンに潜っても意味がない。
ジョウガに教えてはやらないけどな。
「枢、何か企んでるな……」
夜鳥が嫌そうな顔をする。
一方のジョウガは上機嫌で拳を握って言った。
「私のことはイロハと呼ぶといい。まず冒険者登録から任務開始ね!」
「冒険者登録??」
え? ダンジョンに潜るんじゃないの? そんな初歩的なところからスタートなの?
ダンジョンは、タンザナイト国営の施設という扱いらしい。
入るには、冒険者登録が必要なのだそうだ。
「もういっそ忍びこめばいいじゃん……」
「規則守る、重要」
なぜか律儀なジョウガ……もといイロハに諭され、次の日、冒険者登録することになった。
メンバーは、俺と夜鳥と心菜。
真とサナトリスと大地は、今回のパーティーを辞退した。
「ごめんなー、枢っち。俺には魔界で仕入れた貴重な品々を、法外な値段で売りさばくという重要な仕事があるのだよ」
「ほどほどにしろよ……」
サナトリスを助手にして、真は荒稼ぎする気満々なようだ。
大地はあれからずっと黄昏ている。いつまで沈んでいるんだか。
ところでタンザナイトの冒険者ギルドは銀行を兼ねている。
冒険者から現金を預り、別の都市で引き出せるような仕組みがあるからだ。
そのせいか、冒険者ギルドの建物は、想像以上に広かった。
ちょっとした貴族の屋敷並みだ。
「登録書類に名前とクラスを書いて下さい。実技試験を行います」
実技試験で、なぜ冒険者ギルドの建物が広いのか分かった。
「試験のために、わざわざゴブリンを捕まえて飼育してるとか、どんだけ……」
前衛の冒険者はもれなく、一人一匹ゴブリンと戦わされるらしい。
「あいうえお順なので、イロハさんからどうぞー」
「あいうえお順って何?!」
謎の順番で最初にイロハが呼ばれた。
「は、はい!」
なぜか緊張しているイロハ。
ゴブリンごときに緊張するとか、意味わからん。
「あっ」
そしてゴブリンに近付く前に、転んだ。
手からすっぽ抜けたナイフが、空中を飛んでゴブリンの眉間にクリーンヒット!
「……」
試験官と俺たちは沈黙した。
「……こ、幸運も実力の内ということで」
良いのかそれで。
「次は心菜ですね。えいっ!」
心菜は愛刀を召喚すると、目にも止まらぬ抜刀でゴブリンを斬った。
ぎしり。
ゴゴゴ……と音を立てて後ろの壁が、斜めにずり落ちる。
建物の崩壊が始まった。
「ふー、また無駄なものを斬ってしまった……」
「格好付けてる場合か!」
額の汗をぬぐう心菜に突っ込む。
こいつには手加減というものを教えねば。
「あのぅ、建造物損壊の賠償金についてですね……」
「悪い。こいつに付けておいて」
俺は請求書に真の名前でサインしておいた。
ありがとう友よ。お前と友達で本当に良かった。
「俺も試験するのか……?」
夜鳥は、はやくも疲れた表情を見せている。
「ああ、ヤトリさんは何か玄人っぽいので良いです」
「いいんかい?!」
雰囲気で試験をパスとか、ありえない。
「じゃあ俺も」
「カナメさんは後衛なので、別の試験が」
「えぇ?」
面倒くさいから止めようよ。
連れていかれた先には、数メートルの距離を置いて太い丸太が地面に立てられていた。
あれを魔法で狙えという試験らしい。
「きちんと呪文を唱えて下さい。採点しますので」
「はあ?!」
俺クラスが呪文をきっちり唱えると、魔法の威力が出過ぎてしまう。
ここは、わざと呪文を間違えて威力を落とすしかないか。
「……この魔法式の真値を」
「もう一回!」
呪文を一部抜かしたのに、気付かれた。
途中で待ったを掛けられる。
「我はこの魔法式の真髄を世界に……」
「もう一回!」
「かの魔法式を」「駄目!」
どうしよう。すごくムカついてきた。
「カナメ~! 朝起きるのが遅いからって、僕を置いていくのはヒドイよ~!」
「リーシャン」
空からリーシャンが飛んできた。
いつも通り俺の頭上に乗ろうとする。
その様子を見た試験官が言った。
「あなたは魔法使いではなく、モンスターテイマーだったのですね。テイマーなら契約したモンスターがいることを示せば、実技試験は免除だったのに。無駄な時間でしたね」
「……」
やれやれと試験官が首を振る。
「おや、地震ですか」
地面が小刻みに振動した。
夜鳥が慌てて俺の肩をつかむ。
「おい枢、落ち着けって!」
俺は深呼吸して、無意識に発動していた大地属性の魔法を止めた。
危うくタンザナイトを滅ぼしてしまうところだったぜ。
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