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第四部 星巡再会

105 偽装看破

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 七瀬が魔法で洪水を起こし、俺が地割れで水を地下に落とした。地下に流れ込んだ水流は、地割れが元に戻る頃には消えて空洞を残した。地下に落ちた俺と七瀬は、水面のクッションで無傷で済み、地面に圧し潰されず空洞で命拾いした訳だ。
 俺は額に手を当てて嘆いた。
 
「……はぁー。とんだ回り道だ」
「なによ! 勝手に人を助けておいて!」
 
 助けるんじゃなかったと思う。
 七瀬は槍の傷から回復すると、元気でうるさいお笑い担当に戻った。
 
「黒崎の城ってどっちだ? 地下で方向が分からん……」
 
 俺は魔法で灯りを作って周囲の状況を確認する。
 棘の根っこが交差して地面を掘り、複雑な地下通路が形成されていた。
 このまま地下を通って黒崎の城まで行けるんじゃないか。
 
「あっちよ」
 
 七瀬は、複雑な通路の一点を指して言った。
 その方向に生えている棘は、赤い突起物が付いていて淡く光っている。
 
「私の命を救ってくれたお礼に、二つ重要な情報を教えてあげる」
「へえ、なんだ?」
 
 七瀬の言うことは信用できないが、聞くだけ聞いておこう。 
 
「ひとつ、栄治さまの城の近くの棘は光っているから、すぐに分かるわ。ふたつ、私がアダマスを侵略したのは、ただ歌を聞かせるためじゃない」
 
 以前、七瀬は配下のモンスターを連れてアダマスの王都の前に現れた。
 その時は邪神ダゴンというハプニングもあり、侵略の意図を考えてもいなかったが。
 嫌な予感がする。
 
「私は囮、もしくは引きつけ役。本当の狙いは、アダマス王都の近くに転移用アイテムを設置すること」
「……まさか、神聖境界線ホーリーラインを越えるために」
「死風荒野に敵が少なくて不思議に思わなかった? 今頃、栄治さまの配下がアダマス近くに転移して、王都を襲っているわよ」
 
 なんてこった。お笑い担当に気を取られて、策略に気付かなかった。
 魔族は神聖境界線を越えられない。だが、召喚や転移などの魔法を介せば、話は別だ。
 もし俺の留守中にアダマスが攻撃されたら……!
 
「そういうことはもっと早く言え、お笑い担当!」
「私はお笑い芸人じゃなくて、異世界スーパーアイドル・ナナセよ!」
「似たようなもんだろ」
 
 アダマスに戻るか、このまま進んで心菜を助けに行くか。
 俺は二択を迫られた。
 
「くっそ、どっちを選んでも同じくらい後悔しそうだ……!」
 
 千年の時を過ごしたアダマスの地とそこに暮らしている人々に、俺は愛着を持っている。彼らを見殺しにすれば一生後悔するのは間違いない。だからといって恋人の心菜を見捨てる選択肢もない。
 あ、でも死風荒野では、転移の魔法は使えないんだっけ。
 
「……このまま進んで、秒速で黒崎をぶっ倒せば万事解決だよな」
 
 アダマスに転移魔法で帰るには、死風荒野から出る必要があることを思い出し、俺は進むことにした。
 例外的にセーブポイントのスキルで「死に戻り」はできるが、あれは俺自身も対象になるのか、試したことがない。今すぐ帰れない以上、どうしようもないのだ。
 
「待ちなさいよー! 一人で寂しいから放っていかないでー!」
「魚介類の取り巻きを召喚すればいいだろ。これ以上お前にかかずらってられるか」
 
 腰にしがみついてくる七瀬を引きはがし、ポイっとその辺に捨てた。
 後ろから「近藤枢のバーカバーカ」と子供のような罵倒が聞こえるが無視する。
 歩き始めると、近くの壁がボコッと崩れて、大きな蜥蜴の頭が出てきた。
 
「うわっ」
「カナメ殿! ここにいたのか!」
「サナトリス?!」
 
 壁を崩して出てきた蜥蜴モンスターの背中には、サナトリスが乗っていた。
 蜥蜴は彼女の騎乗モンスターのようだ。
 
「先に行けと言っただろ」
「行ってどうする。私は魔神と戦には力不足だし、人質の顔を知らないから救出に協力できない」
「そういえば、そうだな」
 
 俺はサナトリスの蜥蜴に乗せてもらい、地下道を光る棘がある方向目指して進んだ。
 蜥蜴はかなりのスピードで走るので、自分の足で歩いていくより断然はやい。
 
「カナメ殿。その……これから助けに行く恋人の、どんなところが好きなのだ?」
 
 サナトリスは蜥蜴を手綱で制御しながら、遠慮がちに聞いてくる。
 恋人――心菜のことを、最近まで呪いで思い出せなかった。だが、人魚姫の呪いが解けた今なら、答えられる。
 
「んー、馬鹿なところ」
「はあ??」
 
 サナトリスは俺を振り返って意味不明という顔をした。
 恋人の長所を答えると予想していたのだろう。長所? 凶暴なところか? あいつ頭も良くないし、可愛いと言っても猫的可愛さで、タレントやアイドル的な美人でもないしな。
 
「カナメ殿は、一体どういう女性が好きなのだ?!」
「落ち着けサナトリス、壁にぶつかりそうだぞ」
 
 前を見ろと注意する。
 案の定、蜥蜴は勢い余って壁につっこんだ。
 土壁が崩れて砂煙が立つ。
 
「ごほっ……」
「いわんこっちゃない……」
 
 俺たちは立往生して、煙が晴れるのを待った。
 崩れた壁の向こうに人影が見える。
 
「わー、カナメだ!」
「近藤?!」
「夜鳥、それにリーシャン。なんでこんなところに」
 
 砂煙の向こうで呆然としていたのは、夜鳥とリーシャンだった。
 確か人質救出のために、先に行っていたはず。
 
「ココナの気配を辿ったら、地下だったんだよー」
 
 リーシャンが間延びした口調で説明した。
 夜鳥が「近藤も無事でよかった」と安心した表情になる。
 
「枢たん……」
 
 夜鳥とリーシャンの後ろに、栗色の髪の少女が佇んでいた。
 うるんだ瞳で俺を見る。
 心菜だ。
 
「助けに来てくれるって、信じてました」
 
 彼女は俺に抱き着こうとする。
 俺はその手を冷たく払った。
 
「誰だ、お前」
「!!」
 
 拒絶した俺に、心菜だけではなく、リーシャンや夜鳥も愕然とする。
 
「カナメ、まだ記憶が戻ってないの?」
「近藤、お前どうしたんだ。恋人の心菜ちゃんだぞ?!」
 
 心菜の姿をした少女は、俺を悲しそうに見上げた。
 
「私が分からないんですか……?」
 
 もう記憶は戻っている。
 だからこそ分かる。こいつは心菜じゃない。
 
「うるさい。あいつが、あの心菜が、助けに来てくれてありがとうなんて、愁傷な台詞を吐く訳ないだろ」
「!!!」
 
 負けず嫌いで、意地っ張りで、猛々しくて……誰よりも努力家な俺の心菜。
 だいたい付き合うと決めたのだって、じゃんけん勝負で「私が勝ったら付き合ってください」と頼まれたからなのだ。その勢いがあんまり可愛かったから、俺はわざと負けたのだけど。
 
「お前は誰だ?」
 
 
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