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第四部 星巡再会
100 火鼠のコート
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真と心菜と夜鳥、リーシャンは、枢を追いかけて蒼雪峰を目指そうと、準備を整えている最中だった。
雪と氷に覆われた蒼雪峰に登る前に、防寒アイテムを買うため、灼熱地獄の街イグナイトでショッピングに繰り出す真たち。しかし思うようにアイテムが揃わず、滞在が長引いていた。
このショッピングを一番楽しんでいるのは、このメンバーの紅一点、心菜だろう。
彼女は魔界に来てから現地に合わせて着替えていた。
柔らかい栗色の髪は赤いリボンで結わえ、濃い赤のワンピースの上から魔物の皮を張り合わせた防具を身に着けている。見た目は可愛らしいのだが、魔族たちは心菜を積極的に襲わない。動作の端々ににじむ、猫科の肉食獣のような雰囲気を感じてのことだろう。
「わー、火鼠のコートって、ハムスターの着ぐるみなんですね。夜鳥さん、へけへけって言ってみてください」
「冗談じゃない、こんな仮装、やってられるかっ!」
試着した火鼠のコートを脱ごうとする夜鳥。
だが背中にあるボタンに手が届かず苦戦している。
夜鳥は昼間は女性、夜は男性という、呪いのような体質だった。クラスが暗殺者だけあって、元から身軽な格好と華奢な体格なので、性別による見た目の変化は、第三者から見るとそんなに気にならない。ただ本人にとっては大問題のようだ。
真は深い溜め息を吐く。
このメンバーの中で、真は唯一の非戦闘メンバーだった。金銭の管理や、買い出しの交渉は真の仕事である。
苦労して見つけた幻の防寒アイテム、火鼠のコートは、某アニメとことこハム次郎を彷彿とさせる、二頭身の着ぐるみだった。冷気を完全に遮断できるアイテムらしいが、夜鳥の言うようにハムスターのコスプレして登山するなんて、冗談じゃない。
「へけ!」
心菜が火鼠のコートを着て、謎の招き猫ポーズを決める。
楽しそうだ。
「お客様、火鼠のコートは防寒だけでなく、敵意を持った相手の目をあざむく効果がございます。何より本当に見た目が愛らしい!」
襟元がしまったチャイナ服のような格好の太った店員が、大げさに商品のアピールをする。
真は店員の説明をスルーした。
「……心菜ちゃんはハムスターで良いとしても、俺たちは別の防寒アイテムが必要だな」
「火鼠のコートよりも防寒機能は落ちますが、針鼠のコートもございますよ」
「だから、なんで着ぐるみなんだよっ!」
「落ち着け、夜鳥」
夜鳥は怒鳴り過ぎてハアハアしている。
真は、彼の体調が真面目に心配になってきた。
ちなみに、この騒がしい状況の中、祝福の竜神リーシャンは窓際ですやすやお昼寝中だ。リーシャンは枢に頼まれて、真たちの護衛をしてくれているらしいが、今ひとつやる気が感じられない。
その時、朱塗りの扉を左右にバーンと開けて、誰かが入ってきた。
「ジャジャジャジャーン! 七瀬、登場だよ☆」
アダマス王国を襲撃した、黒崎の手下の転生者だ。
派手なレモン色のドレスを着て、木製の桶に足(尻尾)を入れている。人魚なので水の入った桶が必要らしい。桶を台車に載せて運んでいるのは、大きなヤドカリだ。ご苦労様と声をかけたくなる光景である。
「何しにきたんだよ、お笑い担当」
夜鳥は眉をしかめて言い放った。
しかし七瀬は、お笑い担当という言葉が耳に入っていないようだ。
「ふっ……永治さまの命令で、あなたたちを人質にしに来たのよ!」
「ちょっと待て。人質? なんで?」
真は途中で突っ込んだ。
「我らが宿敵、アダマスの守護神、近藤枢を、死風荒野に誘い出すためよっ」
七瀬が大威張りで答える。
真は半眼になって、彼女の斜め後ろを浮遊している目玉の怪物に向かって言った。
「ペラペラよくしゃべる子だな……お前、こんなオツムの弱い子を部下にして恥ずかしくないの? 黒崎」
夜鳥が、ハッとして腰のベルトにさした短剣に手を伸ばす。
室内に緊張が走った。
『……返す言葉も無いな』
紫色の目玉に触手が生えた怪物が、地面から一メートルほどの空中に浮かんでいる。そいつはギョロリと目を見開いて、低い男性の声でしゃべった。
『本当は、七瀬ではなく、魔神アグニかソーマを動かす予定だったのだが、忙しいと断られた』
魔神ベルゼビュート――地球の名前は黒崎永治という。
黒崎は遠隔で目玉の怪物を操作して、声を送っているらしい。
それにしても、断られた、とは。
「黒崎あんた、魔神の威厳ねーんじゃね?」
真は呆れながらコメントする。
『使える部下がいないという点では、お前の言う通りだ。魔族は基本自分の好きなように行動するからな。小早川真、いや、詐術師ダレス。今なら特別報酬付きで部下に取り立ててやらない事もないぞ』
黒崎は勧誘を始めた。
本当に部下に困っているらしい。
「ふ・ざ・け・ん・な。俺はもう、魔族側には付かねえよ」
『時を戻してお前の大切な人々を生存させられるとしても?』
「……」
真の急所をついてくる台詞だ。
異世界で過ごした時間を思い出して、真は一瞬黙った。
しかし。
「……そんなこと、望んでいたとしてもお前に頼まねえよ。枢に頼む。異世界にいた頃は枢がいなかったから、仕方なくお前らの力を借りたけど、枢がいたなら枢を頼ってたよ」
「真……」
まだ着ぐるみを着たままの夜鳥が、神妙な表情で真を見た。
黒崎も説得は無駄だと分かったらしい。
『それがお前の答えなら、仕方ないな……ところで、近藤の恋人だという日本刀の少女と、暗殺者の仲間はどうした? 姿が見えないようだが』
「?!」
真は「こいつ何言ってんの、そこにいるじゃん」と思った。
しかし直後に店員の説明を思い出す。
火鼠のコートは「敵意を持った相手の目をあざむく効果」があると言っていたではないか。
心菜と夜鳥はこのまま逃げられる……!!
「あいつらはトイレだよ。枢をおびきだすなら、俺だけでも十分だろ。なんてったって、俺は枢の幼馴染だからな。恋人の心菜ちゃんより付き合い長いし? 人質の価値あるんじゃないか」
『……確かに』
黒崎は迷っているようだ。
本当は三人まとめて人質にとるつもりだったが、あまり手間をかけたくないのだろう。
「駄目です! 真さん一人を行かせられません!」
「心菜ちゃん?!」
着ぐるみを脱ぎ捨てて、心菜が叫ぶ。
せっかく逃げられるのに、と真は歯噛みした。
「何やってんだよ、心菜ちゃん!」
「枢たんが言ってたんです。真さんを一人にしちゃ駄目だって。私は、枢たんが守りたいものを一緒に守ります!」
心菜は言いながら日本刀を召喚した。
「それに、私たちもレベルアップしています。戦って勝機があるかもしれません!」
『――愚かな』
目玉の怪物が光線を放つ。
光線は心菜に向かって真っすぐ進んだ。
「そうはさせないっ!」
いつの間に起きていたのか、祝福の竜神リーシャンが、心菜の前に飛び出す。
「リーシャン!!」
光線を受け止めたリーシャンは、煙を上げながら床に落ちた。
「僕は、カナメと違って、防御魔法が苦手だからね……竜の鱗は頑丈なんだよ。でも、さすがに防げないか」
床に転がったリーシャンの体が、端から灰色に染まり始める。
石化のバッドステータスだ。
リーシャンは身をよじって起き上がろうとしている。
『抵抗すれば石にして連れていくまで』
黒崎が宣言する。
確かに石にすれば楽にさらえるだろうと考え、真は身震いした。
石像になるなんて悪夢、死んでも御免だ。
「……カナメに頼まれたんだ。ココナを守って欲しいって。僕は約束を守るよ。カナメの友達だからね」
臨戦態勢をとるリーシャン。
しかし石化がどんどん進んでおり、話すのも苦しそうだ。
『七瀬。転移魔法で、小早川と鳳を連れていけ』
「らじゃ☆」
「やめろーっ!」
リーシャンが巨大化して、目玉の怪物を踏みつぶそうとする。
真が確認できたのは、そこまでだった。
七瀬の転移の魔法が発動して、真と心菜は強制的にどこかに連れていかれたのだ。
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このショッピングを一番楽しんでいるのは、このメンバーの紅一点、心菜だろう。
彼女は魔界に来てから現地に合わせて着替えていた。
柔らかい栗色の髪は赤いリボンで結わえ、濃い赤のワンピースの上から魔物の皮を張り合わせた防具を身に着けている。見た目は可愛らしいのだが、魔族たちは心菜を積極的に襲わない。動作の端々ににじむ、猫科の肉食獣のような雰囲気を感じてのことだろう。
「わー、火鼠のコートって、ハムスターの着ぐるみなんですね。夜鳥さん、へけへけって言ってみてください」
「冗談じゃない、こんな仮装、やってられるかっ!」
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だが背中にあるボタンに手が届かず苦戦している。
夜鳥は昼間は女性、夜は男性という、呪いのような体質だった。クラスが暗殺者だけあって、元から身軽な格好と華奢な体格なので、性別による見た目の変化は、第三者から見るとそんなに気にならない。ただ本人にとっては大問題のようだ。
真は深い溜め息を吐く。
このメンバーの中で、真は唯一の非戦闘メンバーだった。金銭の管理や、買い出しの交渉は真の仕事である。
苦労して見つけた幻の防寒アイテム、火鼠のコートは、某アニメとことこハム次郎を彷彿とさせる、二頭身の着ぐるみだった。冷気を完全に遮断できるアイテムらしいが、夜鳥の言うようにハムスターのコスプレして登山するなんて、冗談じゃない。
「へけ!」
心菜が火鼠のコートを着て、謎の招き猫ポーズを決める。
楽しそうだ。
「お客様、火鼠のコートは防寒だけでなく、敵意を持った相手の目をあざむく効果がございます。何より本当に見た目が愛らしい!」
襟元がしまったチャイナ服のような格好の太った店員が、大げさに商品のアピールをする。
真は店員の説明をスルーした。
「……心菜ちゃんはハムスターで良いとしても、俺たちは別の防寒アイテムが必要だな」
「火鼠のコートよりも防寒機能は落ちますが、針鼠のコートもございますよ」
「だから、なんで着ぐるみなんだよっ!」
「落ち着け、夜鳥」
夜鳥は怒鳴り過ぎてハアハアしている。
真は、彼の体調が真面目に心配になってきた。
ちなみに、この騒がしい状況の中、祝福の竜神リーシャンは窓際ですやすやお昼寝中だ。リーシャンは枢に頼まれて、真たちの護衛をしてくれているらしいが、今ひとつやる気が感じられない。
その時、朱塗りの扉を左右にバーンと開けて、誰かが入ってきた。
「ジャジャジャジャーン! 七瀬、登場だよ☆」
アダマス王国を襲撃した、黒崎の手下の転生者だ。
派手なレモン色のドレスを着て、木製の桶に足(尻尾)を入れている。人魚なので水の入った桶が必要らしい。桶を台車に載せて運んでいるのは、大きなヤドカリだ。ご苦労様と声をかけたくなる光景である。
「何しにきたんだよ、お笑い担当」
夜鳥は眉をしかめて言い放った。
しかし七瀬は、お笑い担当という言葉が耳に入っていないようだ。
「ふっ……永治さまの命令で、あなたたちを人質にしに来たのよ!」
「ちょっと待て。人質? なんで?」
真は途中で突っ込んだ。
「我らが宿敵、アダマスの守護神、近藤枢を、死風荒野に誘い出すためよっ」
七瀬が大威張りで答える。
真は半眼になって、彼女の斜め後ろを浮遊している目玉の怪物に向かって言った。
「ペラペラよくしゃべる子だな……お前、こんなオツムの弱い子を部下にして恥ずかしくないの? 黒崎」
夜鳥が、ハッとして腰のベルトにさした短剣に手を伸ばす。
室内に緊張が走った。
『……返す言葉も無いな』
紫色の目玉に触手が生えた怪物が、地面から一メートルほどの空中に浮かんでいる。そいつはギョロリと目を見開いて、低い男性の声でしゃべった。
『本当は、七瀬ではなく、魔神アグニかソーマを動かす予定だったのだが、忙しいと断られた』
魔神ベルゼビュート――地球の名前は黒崎永治という。
黒崎は遠隔で目玉の怪物を操作して、声を送っているらしい。
それにしても、断られた、とは。
「黒崎あんた、魔神の威厳ねーんじゃね?」
真は呆れながらコメントする。
『使える部下がいないという点では、お前の言う通りだ。魔族は基本自分の好きなように行動するからな。小早川真、いや、詐術師ダレス。今なら特別報酬付きで部下に取り立ててやらない事もないぞ』
黒崎は勧誘を始めた。
本当に部下に困っているらしい。
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「……」
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しかし。
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「真……」
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『それがお前の答えなら、仕方ないな……ところで、近藤の恋人だという日本刀の少女と、暗殺者の仲間はどうした? 姿が見えないようだが』
「?!」
真は「こいつ何言ってんの、そこにいるじゃん」と思った。
しかし直後に店員の説明を思い出す。
火鼠のコートは「敵意を持った相手の目をあざむく効果」があると言っていたではないか。
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『……確かに』
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いつの間に起きていたのか、祝福の竜神リーシャンが、心菜の前に飛び出す。
「リーシャン!!」
光線を受け止めたリーシャンは、煙を上げながら床に落ちた。
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床に転がったリーシャンの体が、端から灰色に染まり始める。
石化のバッドステータスだ。
リーシャンは身をよじって起き上がろうとしている。
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黒崎が宣言する。
確かに石にすれば楽にさらえるだろうと考え、真は身震いした。
石像になるなんて悪夢、死んでも御免だ。
「……カナメに頼まれたんだ。ココナを守って欲しいって。僕は約束を守るよ。カナメの友達だからね」
臨戦態勢をとるリーシャン。
しかし石化がどんどん進んでおり、話すのも苦しそうだ。
『七瀬。転移魔法で、小早川と鳳を連れていけ』
「らじゃ☆」
「やめろーっ!」
リーシャンが巨大化して、目玉の怪物を踏みつぶそうとする。
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