上 下
97 / 159
第四部 星巡再会

97 蒼雪妃

しおりを挟む
「椿は俺が守ってあげる」
「約束だよ、えいちゃん」
 
 幼い頃、少年と少女は指切りを交わした。
 おそらくはもう覚えてはいない。
 椿だけが約束の幻影に縛られている。
 
「椿ちゃんは俺が守ってあげるよ」
 
 だから、大地のその言葉に椿は果たされない約束を重ね、理不尽にも激怒したのだ。
 
「どうせ男なんて約束を守らない生き物なんだから!」
「え? ど、どうしたの?」
 
 おろおろする大地を、氷壁の中へ放り込む。
 やってしまってから後悔した。
 人の好い大地をいいように利用しながら、その優しさに甘えている事を、椿は自覚していた。行き場のない彼女を救ったのは、大地と枢だった。
 さらに大地は蒼雪峰まで付いてきてくれたのだ。
 地球の話ができる相手は、大地しかいなかったのに、衝動に任せてとんでもないことをしてしまった。
 しかし、もう遅い。
 
「これで良かったのよ、どうせ近藤枢とその仲間は敵なんだから」
 
 そう、自分に言い聞かせた。
 
「永治のことを考えるのは、もう止めよう。私は蒼雪峰の女王。異世界の吸血鬼カミーリアこそ、本当の私だったのよ」
 
 雪で出来た棺の中には、もう一人の椿が眠っている。
 異世界で吸血鬼の女王として生きた、カミーリアの肉体が。
 椿は棺に手を伸ばす。
 
 
 
 
 氷に閉じ込められた大地を見て気が変わった俺は、吸血鬼の少女フレアの案内のもと、椿のもとへ向かっていた。
 今は螺旋階段をくるくる登っているところだ。
 思い出すのは「もう一人の自分と統合する」件について。
 俺はクリスタルと合体するなんてエグいと遠慮したが、椿は吸血鬼の自分と合体したんじゃなかろうか。そして完全な魔族になってしまった。
 
 想像を裏付けるように、背の高い黒髪の女性の後ろ姿が見えてくる。
 
「椿!」
 
 バルコニーに立って外の景色を見下ろしていた女性が振り返った。
 椿の面影を宿しながらも、椿ではない。
 セーラー服の少女は成熟した女性へと成長していた。
 床に打ち寄せる波のような青いドレスをまとい、深紅の瞳をこちらに向ける。純白の肌に、艶やかな黒髪。雪の結晶の飾りが付いた略式の王冠を額に嵌めている。
 まるで映画に出てくるプリンセスのような佇まいだ。
 
「その名前で呼ばないで。私はカミーリアよ」
 
 不機嫌そうに彼女は言う。
 俺はあえて名前を連呼した。
 
「椿椿椿椿……」
「嫌がらせなの?!」
「そうだ。大地を氷から出すまで呼び続けてやる」
 
 俺と椿は険悪に睨みあった。
 
「カナメ殿、吸血鬼の女王と知り合いなのか?」
「ああ?」
「蒼雪峰のカミーリアと言えば、有名な吸血鬼の女王だが」
 
 サナトリスが困惑した様子で言う。
 俺は眉をしかめた。
 
「知らん。俺が知ってるのは、すぐ頭に血が登ってやらかす馬鹿椿だけだ」
「だから私はカミーリアだってば!」
「別人だと主張するなら、大地を殺してみろよ? どうせ氷に入れた後、後ろめたくてズルズルそのままにしてるんだろ」
「!!」
「図星か」
 
 椿の顔に動揺が浮かぶ。
 
「……根拠もないことを、偉そうに。白蝿の羽音並みに耳障りだわ。叩きつぶしてあげる」
「やってみろよ」
 
 その瞬間、壁を這ってきた氷の薔薇を、俺の火炎魔法が吹っ飛ばした。
 
「カ、カナメ殿! 屋根が消し飛んだぞ!」
「風通しが良くなっていいじゃねえか」
 
 椿と俺の魔法がぶつかりあった余波で、天井と壁が壊れた。
 外の雪風が舞い込んで、視界が白くなる。
 雪が晴れると、崩れた壁の向こうに例の氷壁が見えた。
 あ、危な……氷漬けの人間と一緒に壁を割ってしまうところだった。
 それにしても、さっきのは予想より強力な魔法だったな。咄嗟に俺も手をゆるめずに火炎魔法を使うしかなかった。
 今の椿のレベルは……?
 
『ツバキ Lv.980 種族: 魔族 クラス: 蒼雪妃』
 
 鑑定の結果に、俺は密かに気を引き締めた。
 予想通り称号に「超越者」が付いている。それにレベルが接近している。昨日今日Lv.900台になった奴に負けるつもりは無いが、万が一ということもあるだろう。
 
「カミーリア様、こんなところで戦えば、氷の貯蔵庫が壊れてしまいますよ!」
 
 爆風になびく髪を押さえながら、フレアが叫んだ。
 氷の貯蔵庫って、あの氷壁のことか。……待てよ。
 
「……場所を移しましょう」
 
 忌々しそうに提案する椿。
 俺はその提案を一笑に付す。
 
「何でだ? もう死んだ奴らの事を、気にかける必要ないだろ」
「え……?!」
 
 椿は愕然とした。
 
「あなた大地を助けたいんじゃないの?!」
「お前が助ける気がないなら、諦める」
「は?」
 
 俺は聖晶神の杖を召喚した。
 無言で大地属性の呪文を思い浮かべる。それだけで、地面が揺れて、洋館の壁に亀裂が追加された。
 
「異世界の俺は、数えきれないくらい人の死を見てきた。アダマスの存続のために多くの人間を犠牲にした。今さら、この程度の人数の死を気にかけるとでも?」
 
 冷たい表情を作って畳み掛けると、椿は蒼白になった。
 
「……人間を守護する光の七神とは思えない言葉ね」
 
 実際は割りきれずにクリスタルの中で悶々としていたのだが、そこはそれ。今は言う必要がない。
 力加減に細心の注意を払いながら、大地属性の魔法を使って山脈の一部を崩す。小規模の雪崩が俺たちのすぐそばを駆け抜けていった。
 青い氷壁にピシリとヒビが入る。
 
「止めて!」
 
 椿が膝から崩れ落ちながら叫ぶ。
 
「殺さないで……!」
「……分かれば良いんだよ」
 
 これ絶対、俺が悪役だよな、と思いながら勝利宣言をした。
 
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

前世で眼が見えなかった俺が異世界転生したら・・・

y@siron
ファンタジー
俺の眼が・・・見える! てってれてーてってれてーてててててー! やっほー!みんなのこころのいやしアヴェルくんだよ〜♪ 一応神やってます!( *¯ ꒳¯*)どやぁ この小説の主人公は神崎 悠斗くん 前世では色々可哀想な人生を歩んでね… まぁ色々あってボクの管理する世界で第二の人生を楽しんでもらうんだ〜♪ 前世で会得した神崎流の技術、眼が見えない事により研ぎ澄まされた感覚、これらを駆使して異世界で力を開眼させる 久しぶりに眼が見える事で新たな世界を楽しみながら冒険者として歩んでいく 色んな困難を乗り越えて日々成長していく王道?異世界ファンタジー 友情、熱血、愛はあるかわかりません! ボクはそこそこ活躍する予定〜ノシ

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

処理中です...