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第三部 魔界探索

94 聖晶神の奇跡

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 その日、灼熱地獄バーンヒルは決定的に変化してしまった。
 枢の放った強力な水氷属性の魔法は、地下に流れる溶岩をも凍らせた。その結果、冷えて変質した岩から、大量のダイヤモンドやトルマリン、エメラルドが産出するようになったのだ。
 
「なるほど聖晶神、宝石の神だったのか」
 
 地下の闘技場で起きた出来事を知る者は、聖晶神の仕業だとささやきあった。
 
「灼熱地獄は宝の山だ!」
 
 魔族たちは宝石に群がった。
 そして闘技大会は催されなくなった。もっと金になる事業が見つかったからだ。
 変化は、もう一つある。
 この魔界に置いて最弱であった人間の地位が変化したことだ。
 
「おい、宝石はどこにある?!」
「こっちです」
 
 灼熱地獄の人間たちは、突然、宝石を見つけるスキルが付いたことに気付いた。魔族にはなく、人間だけに与えられたスキル。人間だけが上等の宝石を見つける事ができる。強かな者は魔族相手に有利に立ち回り、宝石を換金して地位を買った。
 こうして灼熱地獄は、魔界でも希な人間と魔族が共存する場所になったのである。
 
 
 
 
 真たちは、凍り付く地下の闘技場から脱出していた。
 地上の暖かい場所で一息付く。
 そこにいるのは、真と心菜と夜鳥の三人だけだった。
 いや、もうひとり……。
 
「カナメから伝言だよー」
 
 白い子竜の姿をした祝福の竜神リーシャンは、妙に間延びした口調で告げた。
 
蒼雪峰ブルースノーに野暮用がある。そこに行ってから合流するって」
 
 真は「野暮用って何だ?」と疑問に思ったが、リーシャンは「秘密だよー」と教えてくれなかった。
 ところで、恋人が戻らないと聞いて落ち込むかと思われた心菜は、なぜか逆に喜んでいる。
 
「心菜、初めて本気の枢たんと戦いました!」
「なんで嬉しそうなんだ」
 
 ウキウキした様子の心菜に、夜鳥がぎょっとした。
 
「あんた、ちょっとおかしいよ……」
「今さらだぜ、夜鳥。あの枢と付き合うには、このくらい図太くないと付いていけないってことだ」
「ああ、近藤の奴も普通じゃなかったな。魔族に囲まれても平然として、あげくの果てに全員さらっと倒しちまうんだから」
 
 夜鳥は、闘技場で見た枢の戦闘を思い出して震える。
 最初はちょっと高レベルの魔法使いという認識だった。しかし枢の使った盾運魔法式スクワイアは異次元の強さだ。異世界で神と呼ばれていたという枢の経歴が現実味を増してくる。
 心菜が目を輝かせて手を挙げた。
 
「はい! 次の目的地は、蒼雪峰ですね!」
「いや違うだろ。枢は追ってこいと言ってないんだから、大人しく魔界の出口で待つ方が」
「蒼雪峰で待つ新たな敵……心菜はLv.999を目指します!」
「ひとの話を聞いてないな」 
 
 真は遠い目になった。
 心菜は枢を追って蒼雪峰に行く気満々だ。
 顔をしかめている夜鳥に、一応どうするか聞いてみる。
 
「夜鳥はどう思う? 蒼雪峰にこのまま行くか」
「……もうここまで来たら、なるようにしかならないだろうな」
 
 夜鳥は諦めた表情で答えた。
 心菜に反対だからと言って、こんな魔界の奥でパーティーを解散して単独行動するのは得策ではない。真も一人で戦えないスキル構成なので、心菜か夜鳥のどちらかと一緒に行くしかなかった。
 
「僕も一緒に行くよー」
「リーシャンが一緒なら心強いな」
 
 今回、リーシャンは枢ではなく、真たちに同行してくれるらしい。
 竜神が守ってくれるなら、相手が魔神でも何とかなるだろう。
 
「目指すは雪山か。あー、くそ。凍え死んだら恨むぜ、枢っち」
 
 真はこめかみを揉みながら愚痴った。
 灼熱地獄には、火鼠のコート等の防寒アイテムが売られている。しっかり準備を整えなければならない。そして、そういった雑務に気を回して、商人と価格交渉できるのは、真しかいないのだった。
 
   
 
 
 リーシャンに「真たちに付いて行ってくれ」と頼んだのは、俺だ。
 灼熱地獄までは運良く五体無事だったみたいだが、これからも無事だとは限らない。人間が魔界でサバイバルするのはハードルが高いのだ。
 本当は俺も仲間の元に戻りたい。
 だが、恋人の記憶が無い不安定な状態で戻るのは、気が引けた。
 それに蒼雪峰へ行くのは理由がある。
 
「聖晶神アダマント」
「俺はカナメだ」
 
 決勝戦の前日、俺は負傷して寝込んでいるアグニを見舞った。
 アグニは包帯を巻いてベッドに横になってはいたが、顔色も良く元気そうだった。
 俺は手土産の魔法で凍らせたオレンジを机に置いた。
 
「貴様、呪いに侵されているな?」
「……」
「蒼雪峰には、縛呪の翁と呼ばれる、魔界一の呪術者がいる。看てもらったらどうだ」
 
 アグニが親切な事を言い出したので、俺は驚いた。
 
「どういう風の吹き回しだ?」
「オレンジの礼だ。それに、俺に勝った貴様が呪いに侵されて弱体化などしたら、負けた俺はもっと弱いことになるだろうが!」
 
 なぜか怒られた。
 
「……分かった。その縛呪の翁に会ってみるよ」
 
 俺が知らない人を見る目だったからか、彼女は少し傷付いていたようだった。記憶が無いのに、訳もなく心が痛む。
 さっさと呪いを解いて、記憶を取り戻してから、もう一度会いたい。
 次に会った時はこう言うんだ。
 待たせてゴメン。ただいま、と。
 
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