86 / 159
第三部 魔界探索
86 時の神クロノア
しおりを挟む
「光の七神のひとり、時間を司る神クロノアともあろうものが、なぜ魔界の奥にいる?」
クロノアの守護する国は、魔界の外、北の山脈にあったはずだ。
ちなみに時の神クロノアは会う日によって姿を変える。
よぼよぼの爺だったり、幼い男の子の姿だったり。
今回は金髪碧眼の若い男性の姿をしていた。
「いやあ、老人の姿の時に、入れ歯を落としてしまってね。この辺に落としたはずなんだが」
「俺の質問に答えてるようで答えてないぞ。そもそも入れ歯を落とすほど魔界に通ってるのはどういうことだ?」
「あー、入れ歯どこかなあ。一緒に探してくれないかい」
「……」
マイペースなクロノアは、俺の質問を入れ歯でかわす。
そんな流暢にしゃべってるのに入れ歯なんて必要ないだろ!
「魔法でちゃっちゃと探せ。魔法で」
「入れ歯を探す魔法を忘れてしまってね。歳かな」
クロノアは「いやー面目ない」と笑っている。
俺は、土埃をズボンから払いながら立ち上がった。
サナトリスはどこだろう。無事だといいが。
彼女とはパーティーを組んでいないので、居場所が分からない。自分を含めて六名のパーティー枠は、別行動の真たちで埋まっていた。サナトリスと組もうと思ったら、既存のパーティーメンバーの入れ替えになる。
ひとりだけ、名前が文字化けしたパーティーメンバーの表示を、俺は複雑な気持ちで眺めた。文字化けしているのはたぶん、記憶から消えた恋人の名前なのだろう。
「ここは災厄の谷のどこらへんかな……?」
何もない壁を右クリックするイメージで、このダンジョン全体のマップを開く。異世界転生で無機物《いしころ》になった俺にしかできない裏技だ。
空中に光の線が走り、立体的なマップが投影される。
「……最下層か」
穴ぼこだらけの地面の、一番深いところにいるらしい。
クロノアが笑顔で人差し指を上にかかげた。
「君の連れの女の子なら、ひとつ上の階にいるよ」
「本当か?」
「神様は嘘を付かないよ」
調子の良いクロノアに何となく不信感を覚えつつも、俺は上に登ることのできる場所を探して、緑色の壁沿いに歩き始めた。
「入れ歯~入れ歯~」
ふらふらと入れ歯捜索を再開するクロノアは放って置く。
明らかに行動も言動もおかしい。
何を企んでいるんだか……。
そういえば、俺が聖晶神で名前はカナメだって、説明したことあったっけ?
上へ向かうカナメとは逆に、クロノアは下に向かっていた。
「危ない危ない。この下にカナメが行ったら、彼の強い力に反応して災厄魔が起きてしまうところだった」
ゆったり歩くクロノアの姿が、時を巻き戻したように縮む。
クロノアは子供の姿になった。
やや早足になって奥へ進む。
薄暗い緑色の壁と木漏れ日が続く通路の先には、白い花が群生する野原があった。
野原の中央には泉があり、温かい水があふれだしている。
温水は放射線状に伸びた複数の水路に沿って、緑色の壁の向こうに流れこんでいた。
野原を囲む四方の緑色の壁に同化するように、苔を全身に生やした巨大な生き物が五体、うずくまっている。元は六体だったのだろう、壁の一部には大きな凹みがあった。
クロノアは壁から野原へ視線を戻す。
ちょうど白い花に埋もれるように座っていた少女が、立ち上がるところだった。
「……大丈夫かい? テナー」
彼女は肌も髪も白かった。
衣服の類いを身にまとっておらず、全身の無垢な肌をさらしている。地に付くほど長い髪が、少女の幼い身体を辛うじて覆い隠していた。白い手首にはまった金色のブレスレットと、片足のアンクレットだけが飾りである。
カナメは気付いていなかったようだが、少し前から子守唄が途絶えていた。
地底に響く子守唄を歌っていた少女は、黙って喉を撫でている。
「数千年も歌っていたら、喉が枯れてしまうなんて当然のことだ。無理をしなくて良いんだよ」
少女は戸惑ったように目を伏せ動かない。
何か言おうと開いた喉からは、ヒューヒューと草笛のような音がこぼれた。
クロノアは少女に近寄って抱きしめ、額を軽く彼女と合わせた。
「待っていてくれ。もうすぐ、君をその役割から自由にしてあげるから」
時の神クロノアと別れ、俺はひとつ上の階を目指した。
緑色の壁を、木登りの要領でえいやっと踏破する。
「キャーーッ!」
わりと近くからサナトリスの悲鳴が聞こえた。
「大丈夫か?!」
声が聞こえる方向に向かって駆けだす。
上の階は普通の土色の壁になっていて、木の根が這っている洞窟といった雰囲気だった。
障害物を飛び越えると、動物に押し倒されたサナトリスの姿が。
「キュー!」
「……メロン? どうしたんだ、そんな大きくなって」
人間より大きいサイズになった胴長で耳の長い哺乳類は、ウサギギツネのメロンと思われる。
いつもは俺の服の下にひそんでいるのだが、災厄の谷に入ったあたりから、気配を感じないなと思っていた。本来は拳よりちょっと大きいくらいの生き物なのだが。
ふかふかの腹毛に埋もれて、サナトリスは息絶え絶えである。
「この動物、私を食べようとしているのか?!」
「いや、単に懐いているだけだと思うが」
「キュー!!」
敵意のなさそうなメロン。
俺を見て目を輝かせると、素早く突進してくる。
確かに、人間よりでかいと襲われてるみたいで怖いな……というか、なんでいきなり大きくなったんだろう。
クロノアの守護する国は、魔界の外、北の山脈にあったはずだ。
ちなみに時の神クロノアは会う日によって姿を変える。
よぼよぼの爺だったり、幼い男の子の姿だったり。
今回は金髪碧眼の若い男性の姿をしていた。
「いやあ、老人の姿の時に、入れ歯を落としてしまってね。この辺に落としたはずなんだが」
「俺の質問に答えてるようで答えてないぞ。そもそも入れ歯を落とすほど魔界に通ってるのはどういうことだ?」
「あー、入れ歯どこかなあ。一緒に探してくれないかい」
「……」
マイペースなクロノアは、俺の質問を入れ歯でかわす。
そんな流暢にしゃべってるのに入れ歯なんて必要ないだろ!
「魔法でちゃっちゃと探せ。魔法で」
「入れ歯を探す魔法を忘れてしまってね。歳かな」
クロノアは「いやー面目ない」と笑っている。
俺は、土埃をズボンから払いながら立ち上がった。
サナトリスはどこだろう。無事だといいが。
彼女とはパーティーを組んでいないので、居場所が分からない。自分を含めて六名のパーティー枠は、別行動の真たちで埋まっていた。サナトリスと組もうと思ったら、既存のパーティーメンバーの入れ替えになる。
ひとりだけ、名前が文字化けしたパーティーメンバーの表示を、俺は複雑な気持ちで眺めた。文字化けしているのはたぶん、記憶から消えた恋人の名前なのだろう。
「ここは災厄の谷のどこらへんかな……?」
何もない壁を右クリックするイメージで、このダンジョン全体のマップを開く。異世界転生で無機物《いしころ》になった俺にしかできない裏技だ。
空中に光の線が走り、立体的なマップが投影される。
「……最下層か」
穴ぼこだらけの地面の、一番深いところにいるらしい。
クロノアが笑顔で人差し指を上にかかげた。
「君の連れの女の子なら、ひとつ上の階にいるよ」
「本当か?」
「神様は嘘を付かないよ」
調子の良いクロノアに何となく不信感を覚えつつも、俺は上に登ることのできる場所を探して、緑色の壁沿いに歩き始めた。
「入れ歯~入れ歯~」
ふらふらと入れ歯捜索を再開するクロノアは放って置く。
明らかに行動も言動もおかしい。
何を企んでいるんだか……。
そういえば、俺が聖晶神で名前はカナメだって、説明したことあったっけ?
上へ向かうカナメとは逆に、クロノアは下に向かっていた。
「危ない危ない。この下にカナメが行ったら、彼の強い力に反応して災厄魔が起きてしまうところだった」
ゆったり歩くクロノアの姿が、時を巻き戻したように縮む。
クロノアは子供の姿になった。
やや早足になって奥へ進む。
薄暗い緑色の壁と木漏れ日が続く通路の先には、白い花が群生する野原があった。
野原の中央には泉があり、温かい水があふれだしている。
温水は放射線状に伸びた複数の水路に沿って、緑色の壁の向こうに流れこんでいた。
野原を囲む四方の緑色の壁に同化するように、苔を全身に生やした巨大な生き物が五体、うずくまっている。元は六体だったのだろう、壁の一部には大きな凹みがあった。
クロノアは壁から野原へ視線を戻す。
ちょうど白い花に埋もれるように座っていた少女が、立ち上がるところだった。
「……大丈夫かい? テナー」
彼女は肌も髪も白かった。
衣服の類いを身にまとっておらず、全身の無垢な肌をさらしている。地に付くほど長い髪が、少女の幼い身体を辛うじて覆い隠していた。白い手首にはまった金色のブレスレットと、片足のアンクレットだけが飾りである。
カナメは気付いていなかったようだが、少し前から子守唄が途絶えていた。
地底に響く子守唄を歌っていた少女は、黙って喉を撫でている。
「数千年も歌っていたら、喉が枯れてしまうなんて当然のことだ。無理をしなくて良いんだよ」
少女は戸惑ったように目を伏せ動かない。
何か言おうと開いた喉からは、ヒューヒューと草笛のような音がこぼれた。
クロノアは少女に近寄って抱きしめ、額を軽く彼女と合わせた。
「待っていてくれ。もうすぐ、君をその役割から自由にしてあげるから」
時の神クロノアと別れ、俺はひとつ上の階を目指した。
緑色の壁を、木登りの要領でえいやっと踏破する。
「キャーーッ!」
わりと近くからサナトリスの悲鳴が聞こえた。
「大丈夫か?!」
声が聞こえる方向に向かって駆けだす。
上の階は普通の土色の壁になっていて、木の根が這っている洞窟といった雰囲気だった。
障害物を飛び越えると、動物に押し倒されたサナトリスの姿が。
「キュー!」
「……メロン? どうしたんだ、そんな大きくなって」
人間より大きいサイズになった胴長で耳の長い哺乳類は、ウサギギツネのメロンと思われる。
いつもは俺の服の下にひそんでいるのだが、災厄の谷に入ったあたりから、気配を感じないなと思っていた。本来は拳よりちょっと大きいくらいの生き物なのだが。
ふかふかの腹毛に埋もれて、サナトリスは息絶え絶えである。
「この動物、私を食べようとしているのか?!」
「いや、単に懐いているだけだと思うが」
「キュー!!」
敵意のなさそうなメロン。
俺を見て目を輝かせると、素早く突進してくる。
確かに、人間よりでかいと襲われてるみたいで怖いな……というか、なんでいきなり大きくなったんだろう。
1
お気に入りに追加
3,903
あなたにおすすめの小説
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)
こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位!
死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。
閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話
2作目になります。
まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。
「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜
上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】
普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。
(しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます)
【キャラクター】
マヤ
・主人公(元は如月真也という名前の男)
・銀髪翠眼の少女
・魔物使い
マッシュ
・しゃべるうさぎ
・もふもふ
・高位の魔物らしい
オリガ
・ダークエルフ
・黒髪金眼で褐色肌
・魔力と魔法がすごい
【作者から】
毎日投稿を目指してがんばります。
わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも?
それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
フェンリルさんちの末っ子は人間でした ~神獣に転生した少年の雪原を駆ける狼スローライフ~
空色蜻蛉
ファンタジー
真白山脈に棲むフェンリル三兄弟、末っ子ゼフィリアは元人間である。
どうでもいいことで山が消し飛ぶ大喧嘩を始める兄二匹を「兄たん大好き!」幼児メロメロ作戦で仲裁したり、たまに襲撃してくる神獣ハンターは、人間時代につちかった得意の剣舞で撃退したり。
そう、最強は末っ子ゼフィなのであった。知らないのは本狼ばかりなり。
ブラコンの兄に溺愛され、自由気ままに雪原を駆ける日々を過ごす中、ゼフィは人間時代に負った心の傷を少しずつ癒していく。
スノードームを覗きこむような輝く氷雪の物語をお届けします。
※今回はバトル成分やシリアスは少なめ。ほのぼの明るい話で、主人公がひたすら可愛いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる