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第三部 魔界探索

69 リーシャンの回想<前編>

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「アダマスに戻れて良かったね、カナメ」
 
 大聖堂の屋根にちょこんと座って、リーシャンは月を見上げていた。
 リーシャンは「祝福の竜神」と呼ばれている、北西の国ユークレースの守護神だ。
 本当は大きな純白の竜の姿なのだが、今は行動しやすいように一抱えほどのサイズに化けている。ついでに人前では透明化の魔法を掛けて、正体を悟られないようにしていた。
 
「カナメと出会って何百年経ったかなあ」
 
 尻尾を振って首をかしげる。
 リーシャンが「聖晶神アダマント」ことアダマスの守護神である枢に出会ったのは、とてもとても昔のことだった。
 今でもその時のことをはっきり思い出せる。
 
 
 
 
 あの頃、リーシャンは退屈して旅に出ていた。
 旅の途中で、まだ小さな国だったアダマスに立ち寄ったのだ。
 
「ここにキラキラ光る石があるんだってー?」
 
 リーシャンは光るものが大好きだった。
 金属や宝石で気に入ったものは、人間からもらって(奪って)、巣に持ち帰ることもある。
 アダマスの教会にあるという青いクリスタルの噂を聞き、自分のコレクションに加えたいと思った。
 
「とうちゃーくっ! おお……結構おおきいなあ」
 
 小さい竜の姿に化け、こっそり教会に忍び込む。
 設置されていた青いクリスタルは人の子供くらいの大きさがあった。
 リーシャンは石の輝きに目を奪われる。
 クリスタルの奥で青白い光が揺らぎ、心臓の鼓動のように明滅して、微細な星の欠片を思わせる鱗粉を吐き出していた。石の表面は温かいのだろう。不思議な熱気がクリスタルから発散されている。まるで石そのものが生き物のようだった。
 
「なんだろう。これ、本当に石なの?」
 
 リーシャンは青いクリスタルを見上げて疑問に思った。
 
「――こちらにどうぞ」
 
 その時、教会の中に人間が入ってきた。
 人に見つかると面倒なことになる。
 リーシャンは急いでクリスタルの台座の陰に隠れた。
 
「こちらが癒しの奇跡を起こすクリスタルです。旦那さまの病気も立ちどころに癒えるでしょう」
「おお!」
 
 太って顔色の悪い男が、側仕えに支えられながら入ってくる。
 嫌な感じの人間だと、リーシャンは見ていて思った。
 悪い人間はすぐに分かる。誰かを傷つけたり殺したりして憎まれている人間は、怨念や陰気を引きずっているからだ。太った男は誰かの恨みを買っているらしく、黒く濁った気配をまとっていた。
 男はクリスタルの近くまで歩いてきて、立ち止まる。
 
「どうした? なぜ奇跡が起こらない?!」
「おかしいですね。いつもはクリスタルの前まで来ると、ぱあっと光って全快されるのに」
 
 人間たちが何やらさわいでいる。
 
「せっかく高額の寄進をしたというのに! くそっ、こんな教会、つぶしてやる!」
「申し訳ありません。奇跡が起こらない理由を調べて、必ず旦那さまの病気が治るようにしますから!」
 
 怒る男を、神官がなだめた。
 それでも憤慨する男は、文句を言いながら教会から出ていく。
 神官も出て行って、教会は静かになった。
 
「……あいつが悪人だったから、癒さなかったの?」
 
 リーシャンはクリスタルを見上げた。
 つぶやきに反応するように、クリスタルが一瞬まぶしく光る。
 
「なんだか怒ってる?」
 
 竜神の鋭敏な感覚で、クリスタルの気配に怒気が混じっていることに気付いて、リーシャンは首をかしげた。
 ぴかり。
 リーシャンの疑問を肯定するように、クリスタルが光る。
 
「わかった! 君は生きてるんだね!」
 
 クリスタルに意思があることを確信して、リーシャンは尻尾をピンと立てた。
 悪人を無視する姿勢や、リーシャンに対する反応から、クリスタルに宿る意思は高い知性と清らかな心を持っていることが察せられた。
 なんて綺麗で、素晴らしい石なのだろう。
 持って帰って巣の真ん中に置いておきたい。
 だけど意思のある生き物を、無理やり移動させるのは、リーシャンの主義に反する。
 まずは仲良くなって、一緒に暮らすよう説得するところからだ。
 
「あいつ、教会をつぶす、って言ってたよね。よし! 僕があいつをやっつけてあげるよ!」
 
 リーシャンはクリスタルに恩を売ることにした。
 クリスタルが困惑するように光るのを無視して、教会から飛び出す。
 悪人さえやっつければ全て解決だと、この時のリーシャンは考えていた。
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