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第二部 時空越境

68 椿の不安とシシアの謎

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「普通に命令してくれちゃって……枢は私のことを、仲間だと思ってるのかしら」
 
 ちょうどアダマスから出発する前の晩。
 夜中に目が覚めた椿は、廊下に出て窓から外を眺めていた。
 思い出すのは、異世界アイドルを名乗る七瀬との戦いで、流せと指示した枢の態度。呼び捨てで、まるで旧来の友人のように、気軽に声を掛けてきた。あまりにナチュラルだったから、椿も思わず従ってしまった。
 
「最初は、枢の寝首をかいて、永治への手土産にしようと考えていたのに」
 
 本気で枢の仲間になる気はなかったのだが、いつの間にかすっかり馴染んでいる。他ならぬリーダーの枢が、椿を仲間同然に扱ってくれるからだ。
 黒崎永治は、椿の近況を知っているだろうか。
 椿が枢たちと一緒にいることに、何を感じるだろう。
 裏切られたと、そう感じるのだろうか。
 
「このまま枢の仲間になったら、永治のところへ帰れなくなる……」 
 
 成り行きで枢の一行に加わってしまったが、これからどうなるのだろう。
 椿は漠然とした不安に、心を揺らしていた。
 
 
 
 
 枢と心菜、椿が部屋を出ていったことに、残った大地たちは気付いていた。
 そして、彼らも何となく目が冴えてしまった。
 
「椿さんに俺の愛は届くんですかね」
「それ俺に相談しちゃう?」
 
 大地は、真に恋愛相談を持ちかけている。
 
「お前ら、うるさいよー」
 
 夜鳥は布団をかぶって不機嫌そうだ。
 
「椿ちゃん、大地の事が気になるって言ってたよ」
「本当ですか?!」
「嘘だけど」
 
 しれっと答えた真に、大地は寝台に突っ伏した。
 
「……やっぱり、椿ちゃんも枢さんが好きなんですかね」
「枢っちは頼りがいあるからなー」
 
 抜けているようで、決めるところは決めるを地で行く男だ。
 アダマスに来て、大聖堂の主であることが判明し、ますます謎が深まった。
 
「キュー! キュキュー?」
「どうしたメロン、枢さんを探してるのか? 今は取り込み中だと思うから、行かない方が良いぞ」
 
 枢になついて旅に同行しているウサギギツネが、主の姿を探して鳴いている。
 大地はウサギギツネを引き止めると、ギュッと抱きしめた。
 
「はあー、あったかい。女の子ってこんな感じなのかな……」
「大地お前……」
 
 小動物に妄想する大地に、真と夜鳥はちょっと引いてしまった。
 
「そういえば、シシアさんは今どうしてるのかな」
「シシアさん?」
 
 大地は急に全然ちがう話を始めた。女性つながりで連想したのだろうが。
 真と夜鳥は顔を見合わせる。
 
「すっかり忘れてた……」

 シシアは、地球で出会ったダークエルフの少女だ。
 銀髪に浅黒い肌、赤い瞳をした美しい女性である。
 異世界に落ちる直前のダンジョン攻略で同行し、最後に仲間がバラバラになった際に行方が分からなくなった。大地たちと同じように、異世界のどこかに落ちている可能性が高い。
 
「なんで俺ら忘れてたの?」
「枢さんも何も言わないよな。ひょっとして忘れてる?」
 
 なぜ忘れていたのかと、三人は首をひねった。
 
「明日、枢っちにシシアさんのこと忘れてないか聞こうぜ」
「だな」
 
 細かいことは明日にしよう、と真は提案し、大地と夜鳥も同意した。
 三人は会話を切り上げる。
 ウサギギツネと大地が格闘する音が少しの間響いていたが、それもほどなく静かになった。
 
 
 
 
 神聖境界線ホーリーラインの向こう側、魔族たちの土地が広がっている。豪雪地帯の蒼雪峰ブルースノーや年中地面が燃えている灼熱地獄バーンヒル、砂嵐に閉ざされた白灰砂漠アイボリア……そして、魔神ベルゼビュートの本拠地である死風荒野ブラックヒース
 死風荒野は、地面のあちこちから不気味に脈動する長い刺《とげ》が生え、毒を含んだ風が吹き渡る場所だった。
 魔神ベルゼビュートの居城にも刺が生えている。
 
 ぼうぼう生えた刺は、剃ってない顎ヒゲみたいで見た目が良くない。魔神ベルゼビュート=黒崎は頑張って刺を切ったりしてみたのだが、次の日には生えてくるので伐採をあきらめていた。
 
「……神聖境界線を攻略して、アダマスを初めとする国々の土地が手に入ったら、引っ越ししてやる」
「それはようございますわ」
 
 黒崎は、玉座にふんぞり返って呟く。
 たまたま聞いていたダークエルフの女性から返事があった。
 
「もうすぐ聖晶神アダマント=近藤枢とその仲間たちが、魔界にやってきます。魔族に有利な土地に引きずりこんで、一網打尽にすれば良いでしょう」
 
 銀髪に赤い瞳のダークエルフを横目で見て、黒崎は眉をしかめた。
 
「シシア」
「はい」
「お前はどちらの味方のつもりだ? 近藤たちに協力したかと思えば、魔族に情報を流したり。まるでコウモリのようだ」
 
 シシアが枢たちに協力していたせいで、黒崎は一度、敗退しているのだ。
 そして今度、彼女は黒崎たちに付くと言う。
 
「どちらの味方でもありません。私は、時の神クロノアの啓示で動いているだけ。我が神が望んでいるのは、ただこの世界アニマの存続のみです」
「本当にそうであれば、俺と利害が一致するのだがな」
 
 今一つ信用できないと、黒崎は目を細める。
 彼女を寄越した時の神クロノアの思惑はどうも不明瞭で、気味が悪かった。
 
 
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