上 下
60 / 159
第二部 時空越境

60 アダマスの大聖堂

しおりを挟む
 グレンは「杖を作る」とやる気を出して、工房にこもってしまった。
 賭博の件を解決した上に、グレンのやる気を引き出した訳だから、約束通り、アセル王女に大聖堂を案内してもらうとしよう。
 
「仕方ありませんね。結局あなたの正体は分からないままですが」
 
 アセル王女に大聖堂に案内してほしいと言うと、彼女は唇を尖らせた。
 
「あなたたちは一体何者なのですか? 賭博場を牛耳っていた悪人を始末した手並み、並大抵のものではありませんでした。お忍びで旅をしている名のある英雄とお見受けしますが」
 
 そんな大層なものじゃないよ。
 俺は日本人の得意技、へらりと微妙な笑みを浮かべて誤魔化した。
 
「そんな目で見ても駄目です! 枢たんは、心菜のものなんだから!」
 
 心菜がガシっと俺の腕に抱き着いて、アセル王女をにらむ。
 
「何を言っているのですか。私は別に」
 
 アセル王女はなぜか狼狽えた。
 なんなんだろうな、この空気は。
 
「大聖堂、入ったことないから観光が楽しみだぜ」
 
 大地が嬉しそうに言ったので、アセル王女は我に返ったように、俺と心菜から視線を外した。
 彼女は明後日の方向を向きながら言う。
 
「特別に入堂できるように手配しますので少々お待ちを」
 
 
 
 
 こうして、俺たちはアセル王女の案内で大聖堂内部に入ることができた。
 大聖堂は改修工事中ということになっており、灰色の垂れ幕で全体が見えないようになっている。
 一般人に見つからないように裏口から布をくぐって、密かに中に入った。
 
「うわあ……」
「天井、高っ!」
 
 内部に入った途端、心菜や夜鳥は感嘆の声を上げる。
 
「千年前、聖なるクリスタルを祀る小さな教会がここにあったのです。その教会を包み込むように、巨大な大聖堂は作られました。建物が二重になっているので、天井が非常に高いのです」
 
 アセル王女がツアーコンダクターのように説明する。
 俺は懐かしい気持ちになって、周囲を見回した。
 白く冷たい石の床がどこまでも続き、高い柱に支えられたアーチが何層にも連なっている。窓には青いステンドグラスが嵌め込まれ、外の光を幻想的に通していた。
 
「見学できるのはここまでですね。クリスタルの間は非公開ですので」
「え?! ここまで来たのに」
 
 俺たちはブーイングした。
 というか、クリスタルの間が目的地なのに、これじゃ意味がないじゃないか。
 
「仕方ないでしょう! 今はお見せする訳にはいかないのです!」
 
 王女が光を失ったクリスタルを部外者には見せられないと考えているなんて、この時の俺は気付いていなかった。
 食い下がろうと言葉を探していると、神官が駆け足で近づいてくる。
 
「アセル王女! 大変なことになりました!」
「なんです? 今は取り込み中」
「アダマス王国に接する神聖境界線ホーリーラインが崩されそうになっています!」
 
 なんだって?
 
「魔物の群れが、神聖境界線を壊そうと一点集中で攻撃を仕掛けています。このままでは……!」
 
 俺は黒崎の言葉を思い出した。
 神聖境界線を崩し、この世界を魔界に変える。
 奴はそう言っていた。
 
「ほっほっほ。何を騒いでおるのかな?」
「ホイップ……グリゴリ司教!」
 
 下っ端神官が慌てて頭を下げる。
 王女も驚いた顔をした。
 白い髭をモコモコ生やした爺さんが、ゆっくり通路を歩いてくる。
 グリゴリ爺さん、まだ生きていたのか。
 俺は若い頃はやんちゃだったグリゴリ司教のことを思い出して、こっそり笑みを浮かべた。
 
「おや……?」
 
 白い眉に隠れた細い爺さんの目と、俺の視線が交差する。
 爺さんの動きが一瞬止まった。
 
「皆さん、残念ですが観光案内はここまでです。帰ってください」
 
 アセル王女は厳しい表情で言う。
 俺たちを出入口に戻そうと、神官たちがやんわり「こちらです」と誘導しかけた。
 
「……待たれい」
 
 その動きを止めたのは、グリゴリ司教の鶴の一声だった。
 爺さんは俺をまっすぐに見る。
 
「どこに散歩に出られていましたのかな」
「グリゴリ司教……?」
「お戻りをお待ちしておりましたぞ」
 
 よぼよぼと杖にすがって、俺のところまで歩いてくる。
 その足取りが危なっかしいので思わず俺は前に出て、爺さんに手を差し出した。
 爺さんは恭しく俺の手を握る。
 
「聖晶神アダマントさま」
「!!」
 
 大聖堂の空気が凍り付いた。
 
「ちょっ……グリゴリ司教はご老人だから、呆けられているのでは?!」
「いいえ! ホイップクリームさまは見た目こそフワフワされていますが、全然呆けられていません。この間も、掃除をさぼった下級神官を見破って、やんわりと指摘しておられました。――ということは」
 
 アセル王女は何の冗談かと思ったようだが、神官たちはグリゴリ司教の言葉を信じるようだ。
 俺はどうしたものかと彼らを見回した。
 爺さんが「ほっほ」と笑いながら俺に言う。
 
「あんまりお戻りが遅いので、クリスタルの表面をきれいに雑巾がけしてしまいましたぞ」
「や、やめろ! そんなピカピカにしなくて良いってば!」
 
 俺は腕に立った鳥肌をさすった。
 自分の体であるクリスタルに必要以上に触られるのは気持ち悪い。
 雑巾で磨かなくても良いと神官たちに伝えるために、ピカピカとモールス信号ばりに光ってみたり、いろいろ工夫して意思疎通しようとしていたのだ。
 
「本物だ……!」
 
 神官たちが俺に向かって次々と膝まづく。
 それまで透明だったリーシャンが、後光とともに姿を現し、俺の頭上を舞うように飛んだ。
 
「ね? ちゃんとアダマントだって分かったでしょ?」
 
 楽し気な竜神の飛行の軌跡に沿って、光の粉がきらきらと降る。
 俺は「そうだな」と苦笑するしかなかった。
  
 
しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル 異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった 孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。 5レベルになったら世界が変わりました

世界中にダンジョンが出来た。何故か俺の部屋にも出来た。

阿吽
ファンタジー
 クリスマスの夜……それは突然出現した。世界中あらゆる観光地に『扉』が現れる。それは荘厳で魅惑的で威圧的で……様々な恩恵を齎したそれは、かのファンタジー要素に欠かせない【ダンジョン】であった! ※カクヨムにて先行投稿中

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...