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第一部 世界熔解

01 セーブポイント転生

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 ここはどこだろう……?
 俺は眠りの淵から覚めて身動きしようとし、肉体の感覚が無いことに気付いた。夢の中のように視点だけ宙に浮いていて、手や足を動かすことはできない。だが夢と違い、妙に視界ははっきりとしており、頭は冴えていた。
 辺りは暗い。いや、自分の周囲だけ明るい。
 ごつごつとした岩肌や地面が見える。
 どうやら自然の洞窟の中のようだ。
 耳を澄ませてみたが誰の声もせず、しんと静まり返っている。
 
 誰かいませんか。
 そう声を出そうとした。
 だけど声が出ない。
 
 夢なら覚めてくれ。
 そう願ったが、一向に状況が変わる気配は無い。
 時間が経つにつれ、絶望的な環境にいることは明らかになった。
 誰も来ないし目が冴えてしまって眠ることもできない。
 
 ただダラダラ思考に耽っていると、地響きがした。
 土埃と共に周囲の状況が変化していく。
 土と岩だった床が、緑色に輝く人工の金属の床に変わった。
 目の前が眩しく光る。
 
『特大の魔石 → セーブクリスタル に進化しました!』
 
 唐突に、視界にポップアップウインドウが現れる。
 ゲームのシステムメッセージを思わせる透明な板。
 え……今の何?
 俺はしばし呆然とする。
 
 床と壁が平らに均された人工のものに変わってから、見晴らしが良くなった。
 鏡のような、とはいかないのだが、曇った暗い緑色の床に、青いひし形の光輝く結晶の姿が映っている。穴が空くほど見つめてから、それが今の自分の姿だとようやく分かった。
 俺は「セーブクリスタル」とやらに変わってしまったのだ。
 
 
 
 RPGゲームの世界に入り込んでしまったのだろうか。
 それなら主人公とはいかないものの、ただの村人の方がずっと良かった。動けないし話せない冷たい石になるなんて、あんまりじゃないか。
 泣きたかったが、涙も流れない。
 
 最初は散々嘆いたが、気を取り直して色々情報収集したところ、ここが『ダンジョン・小さな森の遺跡 地下二層の壁』であると知った。
 「ステータス」や「鑑定」など思い付く限り念じてみて、最後に何も考えず、パソコンの背景を右クリックするイメージを思い浮かべるとメッセージが表示されたのだ。
 俺自身にも同じようにしてみたところ『セーブクリスタル Lv.1』と表示された。
 他にもこまごまとスキル等が記載されている。
 なになに「回復Lv.1」だと?
 
 早速、近くを通りかかったネズミや小さなモンスターに「回復」を念じてみたところ、奴らの傷がふさがってレベルが上がった。モンスターを倒した経験値でレベルが上がるタイプでなくて助かった。どうやら技の熟練度合いによってレベルが上がるタイプのようだ。
 
 俺は暇に飽かせてどんどんレベルを上げた。
 レベルを上げながら、これが現実なら今までの俺はどうなってしまったのだろうと考えた。
 父さん、母さん、それから……恋人の心菜ここな
 
 ――かなめたん、笑って笑って! にゃーん!
 
 柔らかい栗色の髪をした少女は、袖の長い淡いピンクのカーディガンから両手をグーにして胸の前にそろえて出し「にゃーん」と鳴く。お前それあざとすぎるだろ、と指摘すると「枢《かなめ》たんにだけサービスだよ?」と可愛いことを言っていた。
 
 あいつらは今どこにいるのだろう。
 俺はどこへ行ってしまったのだろう。
 
 
 
 ダンジョンには冒険者たちがやってきていた。
 俺はゲームのセーブポイントよろしく彼らを回復させてやっていた。レベルも上がるし、冒険者たちの話を聞けば、元の世界に帰るヒントがあるかもしれないからな。
 異世界だからなのか、冒険者たちの言葉は聞いたことのない言語だったが、不思議と内容は理解できた。しかし内容が理解できても意思疎通はできない。こっちは石だからな……。
 そんなある日、冒険者がとんでもないことを言った。
 
「なあ、セーブポイントって、動かせないのか?」
「!?」
「森の中に置いて拠点にしたら、ここから色々なダンジョンに行けて便利じゃないか」
 
 いやー、目から鱗の発想だったね。
 俺だけじゃなく仲間の冒険者も「確かに」と感心していた。
 冒険者たちは、台座に置かれたひし形の結晶の俺を「よっこらせ」と抱え上げ、移動させた。
 地上に出て、森の中に設置したのだ。
 これが運命の分岐点だった。
 
 森の中の川辺に置かれたセーブポイントの周囲には、頻繁に冒険者たちのキャンプが張られるようになった。俺は話せないが他人の会話を聞くのは好きだ。冒険者たちの会話を聞くうちに魔法の習得の仕方も分かった。回復だけではなく地水火風の魔法もゲットできた。それらの魔法でキャンプの周りのモンスターを退治すると、レベルも上がった。
 俺が密かにモンスターを駆除するせいで、セーブポイントの周囲は無害な動物ばかりになり、森一帯は安全な場所となった。ちなみにレベルを上げると、魔法の範囲も視界も広くなるんだぜ。半径一キロメートル範囲を見渡せるようになって、身体が動かせない不自由さがだいぶ軽減された。
 
 そうしていつしか、冒険者たちは俺を「旅人の守護石」と呼んで大事にし始めた。
 奴らが付けた名前は「称号」として俺のステータスに加わった。
 人が集まると商人がやってくる。
 定住する奴も出てくる。
 いつの間にか、セーブポイントを中心とした村ができた。
 村ができるほどだから、数年以上経過したのだろう。俺は石なので正確に時間を測ることはできない。だが、周囲の人々が老いて死んでいくのを眺めておおよその年数を把握する。
 
 
 
 村は発展して街になった。
 この街は「始まりの街」と呼ばれるようになった。
 俺は「街の中心」「待ち合わせ場所」「原初の石」などという称号が付いた。
 なんだか普通のセーブポイントじゃなくなっちゃったな。
 立派な教会が建てられて、俺はその中に設置された。
 神官たちが朝夕、俺を拝むようになった。
 石を拝んで何になるっていうんだろうと思わなくもないが、俺は寛容な男なので赦してやろう。さあ、伏し拝むが良い!……なんちゃってな。
 
 数十年経つと、俺は異世界の石ころになってしまったんだということを実感して、受け入れていた。
 人生、おかしなことも起こるもんだ。
 いつか生まれ変わって人間に戻れたら、自伝を書いてもいいな。
 街の中心に据えられた俺は色々な話を聞いてすっかり耳年増だ。
 
 沢山の冒険者が俺に祈りを捧げ、ダンジョンへ旅立っていった。
 やがて戦争が起き、この「始まりの街」も戦火に見舞われる。
 モンスターの大群を率いた魔族の一団が押し寄せ、街を囲む城壁の一部が崩れた。こっそり俺も街の防衛を手伝ったので、称号がまた増えた。「奇跡を起こす石」「勝利をもたらすもの」だってさ。
 あまりにも有名になった俺を壊そうと、暗黒騎士がやってきたこともあった。
 あの時は、クリスタルが砕けたら俺も死ぬのだろうかと戦々恐々だったね。
 
 戦争は人間や冒険者の勝利に終わった。
 風の噂で聞いたのだが、勇者が魔王の城に乗り込んで親玉を倒したらしい。
 すごいな! 俺は見てもいないんだけど。
 勇者はお姫様を嫁にもらって、なんと俺の前で結婚式を挙げた。
 
「この聖なるクリスタルの前で私は誓う。お前を永遠に愛し続けることを」
「勇者さま……!」
 
 リア充爆発しろ! と思ったね。ああ、元の世界の彼女が懐かしい……。
 でも幸せな奴らを見るのは心があったまるから、これはこれで良いけれども。
 勇者は高台に登り、民衆を見下ろして声を張り上げる。
 
「この始まりの街を王都とし、我々はここにアダマスの建国を宣言する! 永遠に砕けぬ石のように、永久の平和を目指して共に歩んで行こう」
 
 永遠に砕けない石かあ……俺って寿命いつまでなんだろう。
 だけど、悪くないな、一国の守護石って立場も。
 
 
 
 百年が経った。
 二百年が経った。
 アダマス王国の移り変わりを、俺は見守り続けた。
 王国は「クリスタルに守護された国アダマス」として、王様は代替わりしたり、多少の波乱や戦争もあったけれど、何とか命脈をつなぐ。
 五百年が経った。
 七百年が経った。
 そろそろ俺の意識もすり減るんじゃなかろうかと思ったけれど、称号「永遠に輝くクリスタル」「聖晶神アダマント」も追加されてしまって、まだまだ終わる気配が無い。
 暇つぶしに上げたスキルのレベルも、上限の「Lv.999」に達してしまった。これ以上あげてどうするんだろう。うーむ、仕方ないから、新しい魔法でも研究するか。
 そして八百年が経ち……。
 
 
 千年が経った。
 
 
 最近、上空の雲行きがおかしい。
 日が陰り、黒雲が空を覆っている。
 世界は闇に閉ざされようとしていた。
 複数の神官たちが俺の足元に集まって祈りをささげている。
 
「……クリスタルに宿りし聖なる意思よ。我らが神アダマントよ、王国を、民を、貴方の光で導いてください」
 
 ステンドグラスの向こう側で稲光が走る。
 俺はかってない不穏な気配を感じて、石の中で身じろぎした。
 千年の間に、俺はこの国にすっかり愛着が沸いてしまった。
 できれば人間たちを助けてやりたい。
 自分も元人間だったことは棚にあげて、強くそう思う。
 だが、悲しいかな。
 石ころの俺は動くことができない。
 
 何か強力で強大で残酷な怪物が、黒雲を泳いでこっちにやってくる。
 俺の張った結界を壊しながら進んでくる。
 くっそー、動けたら、あいつの弱点を突いて倒してやるのに。
 それに周囲に人間の暮らす街があるのに、超強力な攻撃魔法は使えないじゃないか!
 
 とうとう黒雲のボスらしい、金色のヤマタノオロチのようなモンスターが上空に現れて、動けない俺に光の息を吹きかける。
 足元でおろおろしている神官や街の人々を守るために、俺はあえて攻撃を受けた。
 黄金の光と、クリスタルから放たれる銀色の光が、王都の中心でせめぎ合う。
 じりじりと力を削られる。
 硬いクリスタルに亀裂が走った。
 ああ、これでおしまいか……。
 
 これで俺は本当に死ぬのかな。
 本当に死ぬのなら、死ぬ前にもう一度、心菜に会いたい。
 
 
 ……。
 
 
 …………。
 
 
 
「……かなめたん、起きて」
「うーん、むにゃむにゃ」
 
 俺は、頭にもやがかかったような状態で目覚めた。
 あまりにも長い間、現実世界にご無沙汰過ぎて、今どこにいるのか咄嗟に把握できなかった。
 そこは昼休みの教室だった。
 等間隔に小さな机と椅子が並ぶ広い部屋。正面には落書きのある黒板。揃いの制服を着た若者たちがたむろしている。俺は学生服を着て机に突っ伏していた。
 五感が同級生たちがはしゃぐ雑多な物音をとらえる。
 初夏の風が吹き込んできて、寝汗を心地よく乾かしてくれた。
 目の前にいるのは俺の恋人である心菜《ここな》だ。
 
心菜ここな、俺、ずっとお前に会いたかった……!」
 
 思わず、俺は彼女の手をガバっと握りしめる。
 彼女は当然だが、驚いた顔をしてちょっと引いている。
 
「枢たん、どうしたの? そんな涙目になって」
「聞いてくれよ、変な夢を見ちゃってさー」
 
 俺は涙ながらに、異世界でセーブポイントになってしまった夢について、語ろうとした。
 その時、地面がぐらぐらと揺れた。
 
「何?!」
「心菜……!」
 
 俺は彼女と手をつないで、地震が収まるのを待つ。
 周囲の生徒たちも不安そうな顔で、それぞれ机や椅子にすがって揺れが収まるのを待っている。
 普通の地震より揺れは長く続いた。
 ようやく終わったと思った途端、目の前に夢の中で見た、あのメッセージウインドウが表示される。
 
『【警告】時空のメルトダウンが発生しました。独立世界ジ・アース、およびジ・アニマの接触が確認されました。世界の一部が統合されます』
 
 いったい何が起こっているんだ……?!
 背筋を寒気と戦慄が駆け抜ける。
 尋常ではない何かが起きようとしていると、俺は直感した。
 目の前の心菜の手をぎゅっと握りしめる。
 
 どうやら俺の異世界転生は、千年も掛けてようやくスタート地点に経ったところらしい。
 
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