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第二部

66 死神ヒルコの贄

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 映像からは、命の危険を感じているような切迫感は伝わってこなかった。
 綾さんの自作自演だろ。
 確証はないけど。
 でも、自作自演だとしたら、今コンゴウを占拠しているのは綾さんということになる。
 彼女ひとりで、そんな大それたことができるとは思えない。
 いったい誰が裏で糸を引いてるんだ……?
 
「響矢! 罠だとしても、俺は綾を助けに行きたい!」
 
 弘が冷静さを失ってわめいている。
 俺は腕組みして考え込んだ。
 うーん。
 このバカをどこかに置いてこれないかな。
 
「響矢さん、罠だとしても、放っておいて良いことはありません。相手がどう出てくるか分かりませんし。俺が弘さんと一緒に艦橋に向かいましょうか?」
 
 景光が申し出た。
 
「けど、部隊を二つに分けるのは……」
「僕が景光くんに付いていくよ。技師たちは響矢くんと一緒に行くだろう。艦橋に行く僕らは囮になって、ちょうどいいんじゃないかな」
 
 意外なことに、御門さんが景光の肩を持った。
 囮か。
 確かにそれは良いアイデアだ。
 
「すみません、御門さん、景光。弘をお願いできますか」
「任されたよ」
「響矢さんこそ、気を付けてくださいね。うっかり暴走してコンゴウを壊さないように」
 
 御門さんは快諾し、景光は……俺を信頼してるのか、その台詞は。
 こうして俺たちは二手に分かれることになった。
 
「小坂さん、俺ひとりが護衛で不安かもしれませんが」
 
 戦力は囮部隊に集中して、こちらは前衛が俺ひとり、銃を持った兵士二人に、残りは全部非戦闘員の技師だ。
 守られる側の技師は不安に感じているかもしれない、と向き直って声を掛けると
 
「いえいえ。隠れ鬼の森で、響矢さんの強さはよく知っているので、ひとつも不安はありませんよ」
 
 小坂さんは笑顔で答えた。
 他の技師たちも、平静な表情だ。
 
「……俺の後ろから出ないで下さいね。御門さんたちに追いつくために、全速力で突破します」
 
 俺は、妖刀の柄を撫でた。
 景光にはコンゴウを壊さないよう言われたが、最短距離で機関制御室まで辿り着くために、壁や床を切り抜くという手を使おうか。壊しても叔父さんが何とかしてくれるという話だし。
 
 
 
 
 景光たちは、響矢と分かれて艦橋を目指す。
 船の中心部に近づくにつれ、複数の迎撃ロボットが現れるようになった。
 
「……心無罣礙、無罣礙故……はっ!!」
 
 御門が経を唱えながら、槍で迎撃ロボットをまとめて薙ぎ払う。
 一見、華奢に見える槍の一撃にも関わらず、ロボットは面白いほど豪快に吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちた。
 
「無有恐怖、遠離一切顛倒夢想……」
 
 戦場で佇む御門の周囲だけ、別の空気が流れているようだ。
 景光は、おそるおそる声を掛けた。
 
「あのー、なんで戦闘中に般若心経を唱えるんですか?」
 
 戦力として付いてきたものの、無双する御門のおかげで、景光の出番は全く無かった。
 普段は温厚な御門が、戦闘となれば眉ひとつ動かさずに敵を圧倒する。謎の呪文のような経を唱えながら。その姿は一種独特で、普段との温度差とも相まってギャップが半端なかった。
 
「僕、あがり症なんだよね。最初の頃は、戦場に出たら怖くて、体を動かすこともできなくて」
「えぇ?!」
 
 にこにこと説明する御門。
 
「お経を唱えて、頭を空っぽにすれば戦えるようになるんだ。僕はここにいない。恐ろしかったり、苦しかったりするのは幻だってね」
「は、はあ」

 景光は「分かったような分からないような」と思いながら頷いた。
 考えてみれば神華隊の隊長で、いわば、この国の古神操縦者のトップなのだから、鬼のように強くて癖のある性格であってもおかしくない。虫も殺さない普段の弱気な姿の方で惑わされていた。
 
「綾! そこにいるのか?!」
 
 もう艦橋のある部屋は目の前である。
 弘が声を上げると、廊下の上に設置されたモニターが明るくなった。
 
『ちょ、ヒロ、なんでここにいるのよ?!』
「君を追いかけてきた!」
『アヤの王子様は、ヒロじゃないのよ。お呼びじゃないの!』
 
 画面に映った女性と、弘は言い合いを始めた。
 
『もー、なんなの! せっかく本物のナリヤ様が助けにきてくれて、アヤとゴールイン☆を目指していたのに!』
 
 何を言っているのだろう。
 分からない単語も混じっているが、綾が純粋な人質ではないことは、第三者である景光にもはっきり分かった。

『不正解よ、不正解! こんな回答認めない! ボッシュートです!』
「は?」
 
 突然、足元の床が真っ二つに割れた。
 
「こんな罠が!」
「うわああっ!」
 
 戦艦の床を開閉式にするなんて、と景光たちは仰天した。
 おそらく荷物を下に降ろすための装置だろうが、まんまと引っかかってしまった。
 
『アハッ! ハハハハハッ!』
 
 女性の高らかな笑い声を聞きながら、景光たちは落下する。
 下は倉庫だった。
 
「……っ。ひどい目にあった」
 
 なぜか西瓜が山盛りに入った木箱に突っ込み、果汁でべとべとになった景光は悪態をつく。
 木箱から飛び降りると、周囲には自分以外の隊員はいない。
 
「御門さん、皆……?」
 
 どうやら落ちた場所が違うらしい。
 御門が先頭で、支援部隊が中間で、景光がしんがりという配置だったから、立っている場所で着地点が違ったようだ。
 見回すと三方が分厚い壁となっており、御門たちの気配は感じられなかった。
 
『……こちらに、来い……』
「誰だ?」
 
 かすかに、景光を呼ぶ声がする。
 ぼんやりとした低い男性の声だ。
 景光は、声を頼りに歩き出す。
 
『……我は、ここだ……』
 
 暗い倉庫を進むこと、十分ほど。
 倉庫の奥で、景光は足を止める。
 
「これは……!」
 
 そこには、異形の古神がうずくまっていた。
 乾いた血の色の胴体から、ねじくれた手足が伸びている。手足は途中からケーブルに変わり、棺桶のような箱と接続していた。
 胴体の中央には、黒い太陽を模した模様が浮かびあがっている。
 
『……乗れ……』
 
 古神の頭部が引っ込み、搭乗口が現れる。
 景光は息を呑んだ。
 謎の古神は、景光をいざなっている。
 任務の途中だというのに、好奇心のおもむくまま、景光は謎の古神のコクピットに足を踏み入れた。
 操縦席の黒い勾玉に触れる。
 
『――死神ヒルコ 起動――』
 
 ぞくりとした。
 勾玉を通して、古神の情報が伝わってくる。
 生まれた直後に不具合があるからと廃棄された神、それがヒルコだった。
 その恨みと悲しみが、偶然、近くにいた景光の過去と共鳴したのだ。
 
『復讐だ……我を捨て、無かったものとした親神、光明神として讃えられた妹アマテラスに、復讐を……』
 
 本来なら、自分が天照大神の位置にいたはずなのに。
 三貴神に数えられることなく、存在自体、無かったものとされた。
 
「俺は、復讐なんて望んでない」
 
 景光は古神から伝わってくる感情を、必死で押し返した。
 勾玉から手を離そうとする。
 
「誰も恨みたくないんだ。お前の復讐に、俺を巻き込まないでくれ」
 
 たとえ共鳴する過去があったとしても、景光は前向きに生きたいと望んでいる。
 しかし、死神ヒルコは起動するために霊力の高い人間を必要としている。自分が動く燃料になりそうな景光を取り込もうと、強く働きかけてきた。
 
「おやおや。念のため、死神ヒルコを積み込んでおいたのが、役に立ちそうですね」
 
 その時、コクピットの中に、黒い燕尾服を着た男が現れた。
 
「誰だ?!」
「通りがかりの執事です。逃げないでくださいよ。君には利用価値がある」
 
 男は、勾玉から手を離そうとする景光の腕をつかみ、操縦席に座らせる。
 
「止めろ!」
「抵抗しても無駄ですよ。君は死神ヒルコの贄で、私の操り人形になるのです」
 
 古神との同調率が上がっていく。
 悪魔の干渉によって、景光と古神との間に強引な接続パスが通された。
 必死に抗う景光の瞳が、深紅の色に染まる。
 
「嫌だ! 響矢さん!」
 
 裏切った訳ではないと、なりやは信じてくれるだろうか。
 景光は悔しさに胸がつぶされる思いだった。
 
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