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第二部

62 他人の彼女まで救えるかっての

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 俺は、咲良に割り当てられた船室に入る寸前、躊躇した。
 女性の部屋に上がりこむのは……だが同居までしているのに、今更だ。
 一応、二人きりではない言い訳に狸も連れてきた。常夜に来てから、自分で歩くのが面倒になった狸は、米俵よろしく俺に担がれている。
 
「咲良」
「はーい」
 
 すぐに扉が開いて、咲良の振りをしたアマテラスが手招きする。
 
「はよう入れ。どうせ休憩するだけの部屋であろう」
「咲良のプライバシーとかプライバシーとかプライバシーとか……」
「そのようなものは無い」
 
 当たり前だが、部屋の中に私物はほとんど無かった。
 出航前の数時間休憩に使う部屋だから、散らかす暇もない。
 
「どうした? あと二十分で集合時間であろう」
「その前に一声掛けておこうと思って。アマテラス、この戦いが終わったら、ゆっくり話がしたい」
 
 本当は一刻もはやく解決したいのだが、今はそれどころじゃないからな。
 担がれているだけの狸は暇そうにあくびした。落としてやろうか。
 
「娘を返して欲しいと嘆願か? 私は返さぬぞ」
 
 俺が望んでいることを承知しているアマテラスは、意地悪い笑みを浮かべる。
 
「ちがうよ。アマテラス、お前の望みを叶えるために、俺から提案がある」
「ほう?」
 
 アマテラスは興味深そうに、俺の顔をのぞきこんだ。
 
「どうやら策があるようだな。ふふっ、楽しみにしておこう。話はそれだけか?」
「うん」
「では残り時間で、むつみ合おうではないか」
 
 距離を詰めたアマテラスが、頬に手を伸ばし、上目遣いで見上げてくる。柔らかそうな唇が近付いてくるのを察して、俺は冷静に後ろに一歩下がった。
 
「次は、小坂と話さなきゃいけないんだ。あー、すっげえ忙しー」
「は?」
「そういう訳で、また後で!」
 
 俺は回れ右して部屋から脱出した。
 アマテラスは呆然としている。
 通路に出ると、ちょうど小坂さんが台車に荷物を乗せて運んでいるところだった。
 
「小坂さん! 手伝いますよ」
「ありがとうございます、久我さん。打ち合わせまで時間がありませんが、大丈夫ですか?」
「たぶん大丈夫。それで運びながら聞きたいんだけど、コンゴウってさ……」
 
 小坂さんを質問攻めにする。
 エンジニア気質の小坂さんは、途中からノリノリになって説明を始めた。そのせいで俺たちは、うっかり質疑応答に熱中した。
 この後、作戦開始直前の打ち合わせに遅れて、恵里菜さんにめっちゃ怒られた。
 
 
 
 
 アメノトリフネが大神島の上空に転移した時。
 ちょうど戦艦コンゴウが真下で出航準備をしているところだった。
 間に合った……?!
 
「転移完了。通信回線を開きます」
 
 オペレーターが画面操作し、艦長席の恵里菜さんが携帯端末を顔の前に持ち上げる。携帯をマイク代わりにするらしい。
 
「こちら初代アメノトリフネ。一条恵里菜です。戦艦コンゴウと、黎明の騎士団を名乗る私掠団に警告します。今すぐコンゴウ出航を止め、投降しなさい」
 
 俺は、打ち合わせ通り、スサノオを船の横腹から発進させる。
 背後には、もう一艘の二代目アメノトリフネが飛行中だ。
 
「私たちは、東皇陛下からこの事態を解決するよう命をたまわっています。三貴神スサノオが陛下の意思を遂行します。あなたたちに勝ち目はありません。繰り返します。ただちに降伏してください」
 
 場合によっては、この後、東皇陛下に演説してもらう予定だった。
 二艘のアメノトリフネとスサノオ。これに対抗できる戦力は、大神島を占拠した黎明の騎士団は、持ち合わせていないはずだ。
 奴らはアマテラスがあると思っていたかもしれない。しかし、残念ながらアマテラスは、咲良と俺専用の機体である。
 さて、どう出てくるか。
 
『二代目アメノトリフネの斎藤です。一条さんの仰っていることは本当です。我々は騙されていたのです。こちらには本物の久我響矢さんがいます』
『……』
 
 偽物の指示で動いていた二代目アメノトリフネの艦長、斎藤さんが補足する。基地内に知り合いがいるだろう彼の言葉に、耳を傾ける者がいると信じたい。
 通信の向こうで、激しく言い争う声がした。
 ブチっと断絶音の後に、通信相手が変わる。
 
『こちら大神島基地。黎明の騎士団から制御を取り戻した。これより反撃に移るので援護されたし』
 
 うわあ、と歓声が聞こえてきた。
 どうやら、基地内で反撃の機会を伺っていた者たちが、行動を始めたようだ。御門さんの脱出も支援してくれた人たちらしい。
 
「丸く収まりそうね」
 
 恵里菜さんが、ほうっと息を吐いて艦長席に座り直した。
 コンゴウが出航していたら、二艘のアメノトリフネで挟み込んで戦う予定だったが、その作戦は実行されることは無さそうだ。
 ほんと、無駄な戦いが無くて良かったよ。
 
 
 
 
 大神島基地は、俺たちの制御下に戻った。
 戦艦コンゴウは出航直前で差し押さえられた。
 今は、黎明の騎士団の残党が、船内に立てこもっている状態だ。
 コンゴウ出航は、浮上前に錨《いかり》の解除が必要だ。今の戦艦コンゴウは、頑丈な鎖で地面に縫い止められている。
 
「響矢!」
「弘、基地にいたのか」
 
 格納庫でスサノオから降りると、弘が駆け寄ってきた。
 古神のメンテナンスを手伝っていたのか、つなぎの作業服を着ている。
 騒ぎの収拾の目処が付いて安心した表情の人たちの中で、一人、焦った顔で俺の腕をつかんでくる。
 
「綾を見なかったか?」
「綾さん? 基地にいるの?」
 
 俺は何を聞かれているかよく分からなくて、問い返した。
 
「綾がコンゴウの中に入って行ったのを、見た人がいるんだよ!」
「えぇ?!」
 
 そういや、綾さん俺の偽物と一緒にいたなあ。
 
「助けに行きたい。響矢、お前なら上に話をして、俺がコンゴウ制圧部隊と一緒に行くのを、許可してもらえるんじゃないか」
「いや、許可してもらえるかなあ。第一、危険だぞ?」
「平気だ。俺が剣道の有段者だって、響矢も知ってるだろ」
 
 弘はそう言うが……お前、真剣見て青ざめてなかったっけ。
 気の進まない様子の俺を見て、何を思ったか、弘は居住まいを正して頭を下げてきた。
 
「俺が行くのが無理なら、響矢、お前に綾を頼みたい。必ず傷ひとつ付けず笑顔の彼女を俺のもとに返してくれ」
 
 重すぎるわ!
 
「よし分かった。恵里菜さんと掛け合うから、期待していてくれ。ちなみに俺は、お前の彼女の無事を一切保証できないから」
 
 こっちは咲良の件で手一杯である。
 他人の彼女まで救ってられるか。
 
「ありがとう、響矢! お前は最高の友達だよ!」
 
 後半の台詞は聞いていなかったのか、弘は感涙にむせびながら、俺を抱きしめてきた。
 やめろ。ここは古神格納庫だぞ。整備のおっちゃん達が生ぬるい目で見てるから!
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