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第二部

59 一難去ってまた一難

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 壊したイザナミから、嫌そうな顔の八束を引きずり出してスサノオに乗せ、俺たちは常夜に引き返した。
 
「久我、俺はこの屈辱を忘れんぞ。いずれ必ず貴様の命をもらい受ける」
「はいはい。別に構わないけど、決闘は一年後とか時間を置こうな」
 
 いい加減、八束の言動に慣れてきた俺は、おざなりに返事する。
 俺の適当な返しに、八束がイラッとしたのが分かる。
 イケメンは青筋を立てても様になるなー。
 
「響矢さん!」
 
 機体から降りると、景光かげみつが感極まったように抱きついてきた。
 
「冷や冷やしました! もっと余裕で勝って下さいよ! 心臓がいくつあっても足りないじゃないですか!」
 
 男に抱き着かれたのは初めてかもしれん。
 それにしても、出会った当初は険悪だったのに、ここ数日で随分打ち解けたものだ。
 
「景光こそ。無事でよかったよ」 
 
 背中を叩いてやんわり引きはがす。
 俺は咲良とハグしたい。咲良はどこだ。
 
「八束様! どちらにいらしたのですか?!」
 
 スサノオのコクピットから颯爽と飛び降りた八束に、焦った様子で常夜の役人が声を掛けている。
 役人は八束がスサノオに乗っていたのに疑問を持ったようだが、それどころではないらしく、不機嫌そうな八束に向かって立て板に水とばかりまくしたてた。
 
「ご不在の間に、地上から古神が降りてきて…アオイ様が迎え撃つと発進され、見事、返り討ちに」
「なんだと!」
 
 地上から古神?
 俺たち以外に、常夜に来た古神操縦者がいるのだろうか。
 不思議に思っていると、上着のポケットでスマホが振動した。
 
『こちらアメノトリフネ。一条恵里菜です。響矢くん、今大丈夫?』
「絵里奈さん。お疲れ様です。どうしたんですか?」
『それが……』
 
 飛行機の滑走路に似た、古神の発着場に、白い光が射し込んだ。
 エメラルドグリーンの機体が俺の前に降りてくる。
 波模様のうねった装甲に、龍を模した頭部。腰の後ろから蜥蜴の尾のような装飾が垂れている。手にした長槍は切っ先が三又で、鋭い銀光を放っていた。
 
 龍の古神クラミツハ。
 操縦者は、御門総一郎みかどそういちろう
 生真面目で苦労性の、俺が属する古神操縦者の部隊のリーダーだ。
 
『響矢くん!』
「御門さん、なんで常夜に?!」
『状況が変わってね。急ぎ君に伝えたいことがあったので、基地を脱出して追ってきたんだ。それはそうと、常夜で斬りかかってきた古神がいたから露払いに倒してしまったけれど、問題にならないかな……』
 
 御門さんは、あれこれ心配して気をもんでいる。
 一緒に戦ったことも少なく、手合わせしたことも無かったが、御門さんは結構強いようだ。一応あの個性的なメンバーをまとめているからには、それなりに戦えるのか。考えてみれば、俺に刀を貸してくれたのも御門さんだ。
 
「久我……また貴様か」
「え?! 俺は何もやってないのに」
 
 八束が後ろから凄い形相でにらんでくる。
 濡れ衣だ。なんでもかんでも俺のせいにしないでくれ。
 
 
 
 
 常夜の宮廷に一室借り、関係者で集まって話し合うことになった。
 
「まずは、隠れ鬼の森からの脱出が成ったこと、ようございました」
 
 常夜の姫巫女が俺たちを言祝ぐ。
 八束の決闘ですっかり頭から抜け落ちていたが、本来は隠れ鬼の森に落ちた船を救出するのが目的だった。ミッションは達成して無事に帰ってきたので、めでたい事には違いない。
 
「なぜ、ひーちゃんが久我様と一緒に戻ってきたのか聞きたいところですが……ひーちゃん、逃げましたね」
 
 会議に八束は不参加である。
 あの男、都合の悪いことをつまびやかにしたくなかったので逃げたらしい。
 常夜の姫巫女は八束の不在をぼやいている。
 
 俺は、正面で何くわぬ顔をして立っているアマテラスを見つめた。
 瞳の色は深紅から翡翠の色に戻っているが、咲良特有の奥ゆかしい雰囲気がない。猛々しさと気品を併せ持つ佇まい。まだ中身はアマテラスのままだ。
 
「……響矢くん。響矢くん、聞いているかい?」
「あ、すみません。なんですっけ」
「君の偽物が、天岩戸を完全に閉じようとしているという話だよ」
 
 御門さんが、重苦しい面持ちで続けた。
 
「戦艦コンゴウを共同開発した英吉利イギリスは、式典が私掠団に乗っ取られた件でお怒りでね……コンゴウを返して欲しいと言ってきている。天照防衛特務機関と、我が国の政治中枢は切り離されている。国の役人は陛下の失踪も含め黙秘を保ち、のらりくらりと諸国の追求をかわしている。彼らが時間稼ぎをしている内に、ことを収めなければならない」
「意外に、外国と意思疎通が取れているんですね」
 
 俺は、日本が大陸の国々と戦争しているという認識だった。
 戦争中の国交はどうなっていたのだろう。
 戦艦コンゴウを英国と共同開発した話と言い、単純に何もかも閉鎖していた訳ではなさそうだ。
 
「陛下も、国のお偉いがたも、外つ国の知識や技術が我が国の発展に不可欠だと考えている。そのため可能な限り天岩戸を完全に閉じず、海を渡る道筋を開けているのだ。しかし、完全に交流を断って鎖国すべきという考え方もある」
 
 天岩戸とは、パラレル日本の海上に敷かれた結界のことだ。
 俺が異世界転移した当初、日本列島を取り巻くように敷かれた天岩戸は、踏み込んだものを迷路のような別世界にいざなう、強固な防衛装置の役割を担っていた。
 だが、先日の戦いで天岩戸は崩れ落ちた。
 天岩戸結界を張る枢だった古神、主神アマテラスを復活させたので、再び結界を張ることは可能だ。
 
 次に天岩戸結界を張り直す際、結界を完全に閉じ防壁のようにしてしまうか、これまでのように内部に通じる道を残すか、あるいは結界を張るのを止めてオープンにしてしまうか……今更いろいろな意見で揉めているらしい。
 
「黎明の騎士団の真の目的は、コンゴウの霊子空間歪曲による物理攻撃無効機能を、天岩戸結界に上乗せすることで、完全無比な防御を築き鎖国を実現することだ。響矢くんがアマテラスの機体を見つけたことで、その企画が実現可能となった。だから彼らは行動を起こしたんだ」
「そっか。俺が来るまで、アマテラスの機体がどこにあるか、分からなかったから」
「ああ。今までは天岩戸の制御基盤を使い、既にある結界を調整することしかできなかった。しかしアマテラス本体があれば、もっと様々な改修が可能だろう」
 
 機甲学を専門としている御門さんらしい、具体的な推論だった。
 説明を聞きながら、俺は咲良の振りをしているアマテラスにちらりと視線を戻した。
 咲良が乗らないとアマテラスの機体は動かない。
 天岩戸結界の再編は不可能なんじゃないか。
 
「だが、アマテラスが動かないことに、連中もようやく気付いた」
「!!」
「響矢くん、何かしたかい?」
「え? なんでしょう。覚えがないなー」
 
 御門さんの質問に、俺はしらじらしく口笛を吹いた。
 咲良がアマテラスの機体と関係があることは、機密中の機密情報である。俺以外は誰も知らないし、兄貴分でお世話になっている御門さんにも気軽に話せることではない。
 
「たぶん響矢くんの小細工のおかげで、アマテラスが起動しなくて連中の目論見はご破算だ。追い詰められた彼らは、コンゴウにアマテラスを積み込んで、太平洋上の島のどこかに逃げるつもりなんだよ」
 
 御門さんが焦った声を出した。
 咲良に気を取られていた俺は、この時になってようやく、御門さんが急いでやってきた理由を理解した。
 
「……もう出航したんですか?」
「僕が基地を脱出した時には、準備中だった。だが今旅だっていてもおかしくない」
 
 コンゴウで出航する? イギリスがコンゴウを返してくれ、って言ってるんだっけ。止めるため船を壊したら怒られるかもしれない。出航していたら、手出しできないのでは……もしかして、もしかしなくても、それが狙いか。
 
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